番外 サイドA 思惑
「このたびの失態、許していただきたい。」
赤間仁義は青年のマンションで土下座をしていた。
先ほどまでのテロリストの感じは全くなく、借りてきた猫のようにおとなしい。
「俺はさあ。別に計画失敗に怒ってるんじゃないんだよ、仁義さん。」
青年はダーツの矢を二本の指で器用にクルクルとまわしながら、いう。笑ってこそいるが、間違いなく上機嫌の部類に入る様相ではない。
「わかる?逆上して桐生先生を殺そうとしたことが、最低最悪の失態なんだよ、最強の爆弾テロリストさん。」
皮肉めいたことを言いながら、ダーツを構える青年に、赤間仁義は身構える。
青年の指を離れた矢は、赤間仁義の脳天・・・ではなく、壁にかかっている丸い的に命中した。
「まあいいや。ここで仁義さん殺しても気分晴れないし。それに、桐生先生の底力、見せてもらったしね。すごかったでしょ。」
「・・・む。確かに、あの男の勢いはすごかった。あなたが一目置くだけのことはある・・・」
「ふふ・・・でもさあ・・・桐生先生が仁義さんに勇敢に立ち向かうなんてねえ。すごいなあ、あのころではありえないことだったのにねえ・・・」
感慨深げに眼を閉じる青年。
「まあ今回の失態は目をつぶるよ。仁義さん、次はないからね。」
赤間仁義が帰った後、部屋には青年と岡本新だけが残っていた。
「はは・・・赤間のダンナを殺すんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ。」
「殺してもよかったんだけどね。まだ有効活用ができそうだ、彼は。」
なんちゅう考え方だ。恐ろしく非情・・・
「それより、あの「近衛」が動き出したそうだが・・・」
「うん。桐生先生が仁義さんに聞いたんだってさ。近衛を知ってるか。ってさ。どうやら脅迫状とやらを出したのは近衛グループの人間のようだね。」
そして、桐生は赤間仁義もその仲間だと勘ぐったのだろう。
「さて。近衛の名前を聞くのもしばらくぶりだけど、邪魔になってきたら排除するから、新君もそのつもりでね。」
ふられても困るのだが・・・と岡本は思った。近衛にしろこの青年にしろ、自分を楽しませてくれるのならば何でもいいのだ。それを言ってしまうと、また青年の機嫌を損ねてしまうため黙っているのだが。
「しかし新君、よくあの場にいたね。」
「ん?ああ。」
「よく偶然にもあの屋上にいてくれたもんだよ。おかげで仁義さんの暴走を止めることができた。君の手柄だよ、これは。」
青年は立ち上がり、何やら荷物を準備しながら続ける。
「そういえば、俺のダーツが一本ないんだけど。新君、知らない?」
青年の問いに、岡本の体は一瞬こわばる。が、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「いや?見ていないな。」
「そう。まあ何はともあれ、感謝してるよ。偶然屋上にいて、偶然桐生先生が殺されそうなのを、止めてくれたことをね。」
「・・・・」
「そういえば、やけに桐生先生の到着が早かったって言ってたなあ。仁義さんは予告なんて出していないのに、何でだろうね?」
岡本は言葉を探した。この青年を納得させる言葉を。しかし、知らない、ということしか思いつかなかった。いや、何を言っても見透かされていると判断したのだ。
「まあいいや。俺講義があるからいくね。」
「ああ、いってらっしゃい。」
青年が玄関へと消えていく。が、声だけがまた岡本の耳へと入ってくる。
「面白いこと好きもほどほどにしておきなよ。」
扉が閉まる音が聞こえ、部屋は完全に無音になった。
岡本新は部屋にたった一人残され、そして、ほくそ笑んだ。
「ふふ・・・赤間のダンナの計画は最初からつぶす気だったさ。学校を破壊、なんてもん、大して面白くないのは目に見えているからな。」
偶然、なんてものはなかった。すべてが必然。すべてが岡本新の暗躍の結果。
「でもまあ・・・彼にはオミトオシだろうな・・・なくしたダーツだってダンナが返してるだろうし。俺が桐生先生に情報を流したことも、止めるために屋上に潜んでいたことも、全て・・・」
そう、岡本新がいなければ、今回の爆破事件は最悪の形で終わっていたことだろう。
無論、岡本が言葉で制したところで、赤間仁義は止まらなかっただろう。彼はそのとき、プロのテロリストに徹しようとしていたのだから。だからこそ、岡本は黒いダーツの矢を無断で持ち出しておいたのだ。青年の象徴である矢を見せることで、恐怖心をあおり、思いとどまらせようとしたのだ。
引っかかるのは、岡本が学校を助けようなどという善意でした行動ではないという点なのだが。
「ほどほどに・・・か。しょうがないじゃないか、病気なんだから。俺も君も、計画は面白いほうがいいだろ?叶真理くん。」
岡本は、自分がしたがっているはずの青年の名前を呼んで、また笑った。そこには家来の面持ちなど到底なく、同等に物事を考えているさまが感じられた。
「あとは、『近衛』・・・か。 ふふ・・・『叶』、『近衛』、そして『桐生』。おれをたのしませてくれる要素はいくつあってもいい。せいぜい、各々役割を演じてくれよ。」