十一話 苦闘
屋上。いつも俺が寝ている場所。文化祭の今日はいつもと違う雰囲気を醸し出していた。
というのも、子供たちがたくさん来場するということで、屋上は立ち入り禁止になっているのだ。
しかし、その立ち入り禁止のはずの屋上には、およそ文化祭などの学校行事に似つかわしくない姿の男が立っていた。
「・・・・・まさか入ってくるものがいようとは。最近の大人は文字も読めないのか・・・?」
「こっちのセリフだ。ここは俺の特等席なんでね。どっかいってくれるかい。」
大柄の男はこちらを振り返る。サングラスをしており、素顔を見ることはできない。が、一般人とは違う、どこか危険なにおいを感じさせる男だ。
「おっさん、何者だ?」
「・・・・・想像してみたまえ。今この場、このとき、歓喜に沸いている者たちを。そして、その後苦しみの渦にのまれるであろう者たちを。」
「・・・!てめえ、やっぱり・・・!」
こいつが、夏川の言っていた危険人物。
「私もお前を知っているぞ。桐生という教師だな・・・?私の主が大層お気に入りの様子でな・・・ 私には意味が分からなかったが、会ってみても意味は分からぬ。こんなボンクラにあの方が・・・」
無茶苦茶失礼な奴だな・・・ だが、あの方、主、か・・・
「おい、近衛という名前を知っているか。」
「?どういう意図があっての質問かはわからぬが、答える必要はない。」
俺の問いを切り捨て、男は懐から機械のようなものを取り出した。
「これを見るがいい。このスイッチ一つでこの学校に設置した爆弾がすべて爆発する。」
「クソ・・!やっぱり犯人は別にもいたか!脅迫状を送ったやつではないようだな・・・!」
「・・・?そんなものは知らぬ。それに、犯行を予告するような奴は素人か、自身の力を誇示したい愚か者だけよ。プロというものは、相手の意表をついて思ってもみなかった殺戮を起こすものを言うのだ。今貴様の目の前にいるのがどっちかわかるか?」
俺には分かる。こいつは今まで出会ってきたどんな奴らよりも異質だ。平気な顔で人を殺せる、そんなやつだ。
どうすればいい?どうすれば、学校を守れる・・・?
「ふん、おびえているか。殺人者を前にして。ならば何も言わず、貴様も見物していくがいい。この学校が爆音とともに苦しみに侵食されていく様を。」
「・・・・・てめえ。」
「どうした?大丈夫だ、貴様は賢い。ここにいれば、命を落とさないのだからな。下のやつらは知らないが、これまでの行いによって生死が割れるのかもしれないな・・・ ふははははは・・・・・神になったような気分だ。」
こいつ、マジでイカレてる。マジで此処を爆破して人を殺すつもりだ。
だが、ぜったいにやらせない。
俺はそう思った瞬間、男に殴りかかっていた。
「くそがああああああああ!!!」
男はそんな俺の姿を見てあきれたように笑い、そして言った。
「そんな風に走っていいのか?無数の地雷がかくされているというのに。」
ナニ!?俺は止まった。そして、震えていた。迫りくる死が恐ろしかった。怖かった。
「元気だな。忠告するならば、さっきの私の言葉はここが安全だという意味ではないぞ。そこでおとなしく、情けなく突っ立っているならば、死なないというだけだ。私とて、あの方のお気に入りは殺さんよ。いや、殺せんといったほうが正しいか。」
俺はこのまま、こいつの暴挙を許していいのか。だが、動いたら死ぬ。
こいつの言葉はハッタリじゃない。此処には絶対爆弾がある。俺には分かる。
逃げればいい。逃げれば、ここにいれば、死なない。だが、逃げれば生徒や文化祭に来た人みんなが危険にさらされる。たくさん人が死ぬ。たくさん人がけがをする。俺は・・・・!
迷わない。
生徒を見守ると決めた。俺にとっての対策室は、もうやりたくないことをやらされる、押し付けられた場所じゃない。悩みを持った子供を助ける場だ。
なら、今俺が取るべき行動は、突っ立っているだけでもなく、逃げることでもない。
「そう、だよな・・・!」
俺は走る。逃げずに走る!
「ぬ・・・!何と無謀なことか・・・!助かる道がありながら死を選ぶというのか!愚か者め!」
死なんて、選んじゃいない!
「なめんじゃねえぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
俺は走りながら、ポケットをまさぐった。そして、適当なものをつかみ、前に投げる。
どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!!!!!!
爆音とともに、黒い煙が舞う。
「ぬうううう!!!目くらましか!!!そんな小細工をしようとも無意味!何個地雷があると思ってる!?私のところまでたどり着けるはずがない!」
そう思ってんなら、大きな間違いだ・・・・!
俺は男の目の前に立つ。そして、勢いよく腕を振りかぶる。
「バカな・・・!無数の地雷をすべてよけたというのか!?」
「ああ・・・・まあな。俺って運がいいのかもなあ。占いの本、見とけばよかったぜ。」
言い終わると同時に、男の頬に俺のこぶしが突き刺さる。
男の巨体をよくあれだけ吹き飛ばせたもんだ、と思うほどよく吹っ飛んだ。火事場の馬鹿力、ってやつか。
男が地につくと同時に、また地雷が爆発した。おいおい、死ぬんじゃねえのか。
聞きてえことは山ほどあるからな。死んでもらっちゃ困るんだが。
「・・・・く、くくくくくくくくっくくくくくくくくくく!!!!!」
笑いながら、男は立ち上がった。不死身かよこいつ。
「ふははははっはははあはははあははははははは!!!!面白い、面白いぞ教師よ!!!!あの方のお言葉の意味がようやく分かったぞ!」
よくこんなに笑ってほざける元気があるもんだ。あの爆発で怪我ひとつ見当たらない。
「忘れているようだな。スイッチだ!私をどれだけ殴り倒そうとも!スイッチはわが手に!」
そういや、スイッチ忘れてたな。ヤバいかもしれない・・・!
「恐れおののけ!これが私が作り出す、苦しみの連鎖だ!!」
男がスイッチを押す。
爆音は、起きない。
爆発も、見えない。
苦しんでいる様子は、ない。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・バカな。なぜ・・・・」
下を覗き込み、完全に呆けている男。無理もない。あれだけの爆弾が一つも起動しなかったのだから。
「どうした?苦しみとやらを見せてくれよ。まあ、できるかどうかはご覧の通りだがな。」
「き、貴様アアアア・・・・なにか、なにかしたのか・・・?」
黒い男は壊れたロボットのようにゆっくりと、ギギギとこちらを振り返る。サングラスの下は相変わらず表情を読み取れないが、明らかに動揺しているのがわかる。
「うちの優秀な生徒が知らせてくれたんだよ。楽しい楽しい文化祭に水を差す不届きものの存在をな。で、爆弾は撤去させてもらった。これまたうちの大事な教え子のおかげでな。」
「・・・!!どこに、どこにそんな時間があったというのだ・・・!」
そう。今回の爆弾はマジもんだった。最初は体育館の前にあるトイレで発見した。遠隔操作系であることはロボの助言で分かった。しかし、問題はその数だった。
俺たちは手分けした。犯人を捜す役・つまり俺だ。そして、爆弾を探すもの・夏川だ。危険だとも思ったが、犯人探しのほうが危険だと判断した。そもそも、この件を知るものは少ないから、協力者は多いほうがいい。最後に、爆弾探知機を持ってくる役・ロボ。恥ずかしい話だが、爆弾やらが絡んでくると、こいつに頼るしかない。この分担で、爆弾事件を解決しようとしたのである。まあ、早々に犯人を見つけてしまったのは予想外だったが。
そして、問題の時間なのだが・・・
「まさか、わざと私と・・・?」
「ご名答。普段の俺ならさくっと警察に頼ってたがな。ンなことしてるとドカンだ。だからこそ、俺は教え子を信じた。」
「不必要に私と会話したり、殴りかかってきたのは、時間稼ぎのためだったというのか・・!」
「相当綱渡りだったんだぜ?あんたが殴られた後スイッチ取り出したときはヤバいと思ったね。だが、アイツらを信じた甲斐があった。改めていっとくぜ。もう、爆弾はない。」
そして、あとはこの危険人物を捕まえるだけだ。近衛は逃がしちまったが、こいつは絶対に捕まえる。
「さあ、観念するんだな。」
男は驚愕の表情をしばらく崩さなかったが、俺が話しかけるとはっとして、次に不敵な笑みを浮かべた。
この状況で笑うとは。まだ何か企んでいるのか・・・?
「おい、聞いてんのかよ。」
「ふふふふふ・・・ 聞いているとも。貴様、何を勝ったような気でいる?貴様の目の前にいるのが、誰だと思っているのだ・・・!プロのテロリストだぞ・・・?」
「だから、お前の計画は頓挫した。もうてめえはテロなんて起こせねえ。」
俺がそういっても、男の笑いは揺るがない。先ほどまでの、計画の破綻のショックからは完全に立ち直ってしまっているようだ。
「何笑ってやがる!」
「計画失敗・・・!そのような現実を突きつけられて、この私が揺らぐとでも思ったのか?」
「どういう意味だ!」
「さっきはさすがに驚いた。まさか私の爆弾がすべて撤去されようとは。よほどその道に長けていなければ出来ぬ芸当だろう。折角の苦しみのフィナーレが台無しだ・・・」
男は屋上の淵へと歩き始める。地雷の位置は頭に入っているらしく、軽快に進んでいく。そして、こっちを見て、言った。
「だが、そこで引き下がるわけにはいかない。引き下がってはいけない。目的を完全に達成できぬというならば、できるところまで遂行するのが、真のプロというものだ。」
やはりこいつ、何か隠し持ってる。
「もはや、貴様一人の苦しみで我慢するしかないな。」
「なんだと・・・」
「貴様一人を殺せる爆薬くらい、所持している。一人分の苦しみなどでは到底満足などできぬが、貴様には煮え湯を飲まされたからな・・・!」
俺一人の命を、ここで奪うつもりだ。マズい。ここでそんな騒ぎを起こされてしまっては、アイツらが、楽しく文化祭を終わらせられないじゃないか。
「絶対に、文化祭はつぶさせない・・・!つぶさせて、たまるか・・・!」
男を止めるため、近づこうとする。が、男はすでに懐から爆弾を取り出していた。
「くそ・・・!」
「この屋上を吹き飛ばすくらいの威力はあるぞ・・・ 私は死なない。断言できる絶対の経験があるのでな。」
そういうと、男は爆弾を高く掲げ、もう片方の手を広げる。まるで、下で文化祭を楽しむ人々をあざ笑っているかのように。
「言い残すことは?あったとしても、もう遅い。これで、終わりだ。」
結局、俺は油断していたんだ・・・! 近衛の件が終わって、人形劇も成功して、完全に安心しきっていたんだ。近衛の口ぶりから、あの女やその他の人物も暗躍していることを知っていたはずなのに・・・!
警戒を怠っていたんだ・・・!
「苦しみを。」
男は言い終わると、爆弾を投げつけ・・・・るとほぼ同時。
男の顔の横を、何かが駆け抜けた。
「・・・・・!?」
男自身、何が起こったかわからないようだが、もちろん、俺もわからない。
地面にその物体を発見した男は、途端に真っ青な顔になってそれを拾い上げる。
それは、ダーツの矢だった。それも、真っ黒な。それにしても、どうして男はこんなにも動揺しているんだ?
あと数センチで刺さりそうだったからか?それとも・・・?
「く、ぬぬ・・・!仕方ない!苦しみを与えるのはまた今度だ・・・!さらばだ、教師よ!」
そういうと、男は屋上から飛び降りた。
「ま、待て!」
俺は事態の急展開に驚いたが、その場を動くことができなかった。地雷のこともあるが、何か、追うことができないような、鬼気迫る表情だったのである。
男はどうなったんだろうか。通常この高さだと命はないが・・・
察するに、あの男はきっと生きている。そして、あの方とやらのところに行ったんだろう。
「きりっち!ロボにいちゃんが爆弾解除したぜ!」
夏川とロボが屋上へ入ってくる。
「な、なんだ!?地面が黒焦げだ!」
「動くな夏川!・・・ロボ、頼む。」
「・・・先生。・・・なるほど、地雷ですか・・・」
入口で撤去作業をするロボを見守る俺と夏川。
「びっくりしたよほんと!ちょっとトイレ行こうと思ったら、紙切れが落ちててさあ。今日爆弾てろが起こるって書いてあんだもん。」
「・・・ああ。」
「それにしてもロボにいちゃんすごいよなあ。あんなもん扱えるなんて。」
「・・・ああ。」
「それに比べてきりっちは!犯人逃がすんだもんよお。まあ怪我がなくてよかったけどよ!」
「・・・ああ。」
俺の腑抜けた返事に、隣にいた夏川が俺の正面で怒ったような顔をしている。
「聞いてんのかよ!」
俺はたまらず夏川に倒れこんでしまった。なんか・・・疲れた。
「おおおお、おい!きりっち!大丈夫かよ!重、重いよ!どうしたんだよ!」
「ああ、怪我がなくて、よかった。本当に、よかった。」
俺の様子に夏川は何か言いたげだったが、口をつぐみ、俺の頭を触りながら言う。
「うん、解決だよ。きりっちのおかげおかげ。あ、やっぱ重いからどいてくんねえ?そ、そろそろ限界・・・」
俺がさらに倒れこみ、夏川が悲鳴を上げるまであと10秒・・・
機材の片づけを一緒に手伝う俺と夏川。
「先生、撤去終わりました。」
「ああ、本当にありがとう、ロボ。」
俺は深々とお辞儀をする。するとロボはあわてて、
「やめてくださいよ、先生。僕のほうが先生に頭が上がらないんですから。それより、犯人は・・・?」
「・・・逃げたよ。」
「そう、ですか・・・」
ロボは何か考え込んでいる様子だ。それから、何かを思い出したようで、口を開く。
「この件について、美智子さんや南ちゃんには・・・?あと、生徒さんには?」
「言わないでやってくれ。今日の文化祭は、きれいな思い出のままにさせてやってくれよ。大成功だったってな。」
それが、正しいとは思えない。どう考えても警察沙汰なのだから。
だが、俺はこの件を大きくするわけにはいかない。俺を知っている人物たちと、ケリを付けるのは俺だ。
「ところで先生、こんなものが落ちてたんですが・・・」
「ん?」
ロボが差し出したのは、ぼろぼろの布きれだった。
「これは・・・人形、のようですね。それも、魔女の。」
「あ・・・!」
昨日、近衛の爆発事件があった時、爆発もとはこの人形だったんだな。それを俺はポケットに入れっぱなしだった。そして、さっきとっさに犯人に向かって投げたということだ。
「こんな軽いもんでも作動すんのかい。怖いねえ。ま、あの男にとってはその高性能が誤算になったんだろうが。」
「何のことです?」
「・・・俺の勇敢な戦いの話だよ。行くぞ。」
ロボは不思議そうな顔で、言い終わって階段を下りだす俺と夏川を追った。
「二度目の魔法はいい魔法・・・か。」
人形劇に使えなかった、武藤たちがつくった人形。
俺たち全員の命を守ってくれた、魔法使いだったのかもしれない。
もうすぐ終わる終われるううう。