十話 本心
体育館に入ると、そこは人でいっぱいだった。
ここまで人形劇は人気なのかと感心していたが、その大半は子供たちであることに気が付いた。
ロボ曰く、近隣の小学校や幼稚園の子供たちは、一年に一度ここの文化祭を見に行くのが恒例行事らしいのだ。
俺たちの席はないんじゃねえの、くらいの子供の数だったが、前のほうに謎の看板が立っているのに気が付いた。
そこには『桐生先生御一行』と書かれており、何かのツアーをにおわせている。誰があんなもんを。
「あ、桐生先生!」
看板を持って立っていたのは西條先生だった。何してんだあんた。
「場所を、とっておきましたー!」
「こんな目立つ場所取りするんじゃねえ!」
俺が思わず一喝すると、西條先生はおろおろしだした。
「う・・・め、迷惑でしたかね・・・?」
「い、いや。迷惑というか・・・」
「せんせいの迷惑だよ!ほんとにもうしっかりしてよね!」
南はややこしくなるから入ってくるなよ。
「とにかく、席取ってくれてたのはありがとう。じゃあ座ろうぜ。」
俺たちはぞろぞろと座りだす。
美智は椅子を二つ分取り出して寝転がってしまった。何しに来たんだ。
それに伴ってロボの分の椅子がなくなってしまった。おかげでロボは座らずに屈んでいる状態だ。
俺はというと、一番乗りしていた西條先生の横に座ろうとしたのだが、なぜか猛スピードで南が割って入ってきた。そしてそのままドカッと座ってしまう。なんだお前。
夏川はというと、女の子を探しているが、みなはるかに年下の子供たちということもあり、意気消沈していた。何しに来たんだ②。
ようやく開演の二時になった。体育館の明かりが暗くなるのと同時に、ステージの袖から武藤が出てきた。
最初の挨拶をするようだな。とはいえ、子供たちのおしゃべりはおさまらないが。
「みなさま、本日は演劇部、手芸部の合同公演会にお越しくださいまして、誠にありがとうございます。私たちは、この半年間ほど、人形の作成、演技と頑張ってきました。でも、その間にはたくさんの障害がありました・・・!」
子供たちのおしゃべりが止まる。
「私たちは、絶対にあきらめないという気持ちでいました。4人しかいない部活でしたが、一人一人が強い思いを持ち、練習に励みました。それでも、高すぎる障害が私たちを襲いました。ぶつかり合うこともありました。」
武藤・・・
「でも、私たちは今ここに立っています!この人形劇を成功させるために!皆さんに喜んでいただけるように!だから・・・どうか・・・私たちの最高の人形劇を、楽しんでください!私たちも、楽しんで演じます!」
武藤がいい終わり、しばしの静寂。そして、体育館が割れんばかりの拍手に変わった。
始まる前からこの盛り上がり。武藤の気持ちが伝わった。
これは人形劇は相当楽しめそうだな・・・
「昔々あるところに、白々デレラというかわいそうな女の子がおりました。」
体育館がざわつく。そりゃそうだろう。聞いたことのない人名だからな・・・
ナレーションが終わると、部屋のような背景の中に、かわいらしい女の子の人形が出てきた。
「私は白々デレラ。なんてかわいそうな女の子。」
自分で言うな!あと声は木嶋か!浅野とか武藤とかでよかったろ!裏声が全然世界観とマッチしてねえ!
俺が心の中で突っ込んだところで、白々デレラのお姉さんの人形が出てくる。
「白々デレラ!?掃除をしていくおくように言ったじゃない!どうしてやってないのよ!」
こっちの声は浅野かよ。
「い、いやお姉さま、あの、そう!部屋に化け物が現れて、そう!退治していたもので・・・」
白々しすぎるだろ!なんだこの劇!子供たちぽかんとしているじゃねえか!
「白々しいわ!」
「そんな・・・ひどい・・・!」
ひどくねえよもっともだよ!何をこの女悲劇のヒロイン演じようとしてんだ!
「あなた昨日街中でパンを盗んで子供に暴力をふるったんですって!?」
ものすごい極悪人だな・・・流石に主人公がそんなことしねえだろ・・・
「い、ういや。あの、それは、そう!化け物が私の体をのっとったんですの!」
いややってるよこいつ!こいつ白々しいとかじゃなくてただのクズだろ!
で、何でこいつすぐしどろもどろになんだよ。あと化け物って単語を使いすぎだ。気に入ってんのか!
かわいらしい人形がはくとは思えないセリフの数々に、子供たちは戸惑っていたが、だんだんと引きこまれているようで、笑い声があがるようになってきた。
まあネタとしては面白いが、武藤の感動的あいさつの後にこれか・・・
背景が変わり、お城の中の不気味な部屋になった。そこには女王のような人形が一体。
「一方、他国では、意地悪な継母が、鏡に向かってなんか話していました。」
背景が部屋に戻る。継母も引っ込む。
(・・・・・今のなんだよ!!!!!!)
子供たちも俺も南たちもみんな思ったことだろう。今の場面は何だ!?
継母他国の人なのかよ!全然話に関係ないし、鏡の場面は鉄板だろ!?どうして雑に終わらせるんだよ!
ツーか今のいらねえええええ!!
俺は今すぐ叫びたかった。
「お姉さま・・・舞踏会に行きたいのだけど・・・」
「あなたドレスがないんでしょう?だからお金をためておくように言ったのよ!あなたお年玉も誕生日の小遣いも、全部インターネットのゲームに課金しちゃったんでしょう!?舞踏会はあきらめなさい!」
全部お姉さんのいうとおりじゃねえか。このお姉さんを主人公にしたスピンオフが見たい。いやむしろそっちが本編でいい。このバカ女よりは。
つーか時代背景わからん!インターネットゲームが普及している時代に舞踏会って・・・あんのか?あったとしてもおかしくはないが・・・ ええい!モヤモヤさせる劇だな!
「そんな・・・ひどい・・・」
ひどかねえよいいかげんにしろ!すべてお前の計画性のなさが生み出した結果だろうが!
「一方その頃・・・」
またあの関係ない城の背景に変わる。今度はストーリーにかかわるんだよな・・・
「鏡よ鏡。この国で一番美しいのは誰?」
「それはあなたです。」
「だよねー。」
(・・・・・・・そりゃそうだよ!)
そりゃそうだよ他国なんだから!ただの継母の自己満足じゃねえか!その国では何も起こらないだろうよ!
と、叫びたい気持ちでいっぱいなのだが、きっとあいつらは大まじめだ。
またも部屋に背景が変わり、今度は夜になったようで、暗い感じになっている。
「ふひひ・・・姉さまも寝たわね・・・これでドレスを盗めるってもんよ・・・」
出だしから最悪だなこいつ。あとおとぎ話の主人公はふひひとは笑わん。
「かかったわね白々デレラ!」
「なに!?ベッドに隠れていたか!」
どんな展開だこれは。今から白々デレラVS姉のバトルが始まるのか?
「やっぱりやると思ったわ!前科が4つもあるような妹、信用するわけないじゃない!」
正論だ・・・
「違うわよ!これは化け物がやったのよ!」
こいつもう白々しいとかじゃないだろ!逆ギレだただの!
え、こいつ前科4つもあんの!?俄然怖くなってきたんだが・・・!
「一方その頃・・・」
また女王様か?いいよもう。
と、思いきや今度の背景は森の中だった。
「七人の小人は来るはずのないお姫様を永遠に夢見ているのです。来るはずのない。」
何で二回言った!?あと会わせてやれよ!そうやって展開を広げて行けよ!あの心の醜い白々デレラでは持たないぞ絶対・・・
そして背景転換。今度は家の外のようだ。
「くすん・・・舞踏会に行きたいのに・・・!」
いやあきらめろよ・・・お前に同情する魔法使いなんていないぞ・・・
しかし、きらきらした効果音とともに、魔法使いの人形が現れる。
「甘ったれない!」
魔法使いのまさかの怒声に、子供たちは硬直する。
この声は相澤か。気合入りすぎて声のボリュームがおかしいだろ。
「あ、魔法使い様!私を助けに来てくれたんですね!」
「そんなわけないでしょう!どの口がそんなこと言ってるんですか!」
ようやくツッコミがきてくれた。俺が心の中でやらなくて済みそうだ。
「なんでですか!?こんなに困っているのに!」
「いや自業自得だからでしょうよ!ずっとあなたの行動を監視していましたが、ひどいものです。悪い奴ランキングで山賊の次があなたですよ!?女性としては考えられないことです!」
つーかこのネタを子供たてちは理解してんのか?
「なによ!わたしだってねえ・・・!」
「あなたはそうやってずっと生きていくつもりですか!そうやって、自分を偽って、悪いふりして!」
いや悪いふりというか極悪人だって。
「わたしは・・・」
「もうやめましょう。逃げるのはやめましょうよ、先輩。」
ん?先輩?
「お、おい何を言ってんだ相澤!」
「うるさい!聞きなさい!」
怖いな相澤・・・ 木嶋の反応的に、これは相澤のアドリブだ。どうするつもりなんだ?
俺はじめ会場が困惑していると、美智がいつの間にか起き、横に来て耳打ちする。
「あの子、先に腹をくくったのよ。」
いや、意味が分からないんだが。
「もう逃げるのはやめなさい!後輩に任せるのもやめなさい!自分の気持ちを、ちゃんと本人に伝えなさい!」
「相澤・・・」
女の子の人形から男の声が出てる今の状態はなかなかにカオスだ。
「白々デレラはきちんと想いを伝えることにしました。」
「ちょっと浅野先輩!なななな、何を・・・!」
「いいんだって!良の覚悟をあんたらも見習うにゃあ!」
裏も裏でもめてるようだ。
「さあ!早く!」
「・・・・・」
木嶋も武藤が好きだったのか・・・? さっぱりわからん。
「あんたわかってないんでしょ。やっぱり鈍感よね。」
「るせえ。説明しろ。」
「終わったらね。それより今は大事な生徒の晴れ舞台に注目しなさい。」
ふん、いわれなくても見るさ。
「む、武藤!おれはずっと逃げてた!自分の気持ちを知らないふりして逃げてた!相澤をイラつかせたし、浅野をあきれさせた!でも、俺はお前と部活が、すごく楽しかった!」
体育館は静かになる。
「俺はこれでお前と離れるのは嫌だ!さみしい!だから、同じ高校に来い!俺が先に行って、昔みたいにお前の入部を待っててやる!だから、来い!」
木嶋の声が体育館中に響いた。武藤の心にも届いたんだろうか・・・
「ほら武藤ちゃん!」
「う・・・木嶋先輩・・・!」
用意していた王子の人形が現れる。どう考えても出てくる場面じゃないし、王子とデレラの声もあべこべだ。だが、きっとあいつらは、これでよかったのだと思う。
「私、うれしいです!絶対、同じ高校行きます!待っててください!」
武藤が言い終わるのと同時に、また大拍手が体育館に轟いた。みんなが木嶋の告白に感動した証拠だ。
「こうして白々デレラは素直になることを覚えて、王子様と幸せに暮らしましたとさ、いや、一緒の高校に行こうと約束しましたとさ。」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!!!!!!
「・・・いい話でした・・・ううう・・・」
横にいた西條先生は泣いていた。まあ話というか、何というかだったが。
あの事件の渦中にいた彼女からすれば、結果大成功だったのがうれしいんだろう。
「くそう、私より年下なのに幸せそうに。私も頑張らなきゃ・・・!」
南は謎の対抗心を燃やしている。どうこの劇を見たらそんな感情が生まれるんだ・・・!
「ま、あの子たちもなぐり合った意味があったわね。よかった。」
美智は何か知っているようだが・・・? あとで聞きだすとしよう。
いろんな事件に邪魔されたあいつら。喜んでいるなら、それでいい。俺もまあうれしいしな。
俺がそんな感慨にふけっていると、あることに気が付いた。
そういや、夏川の姿が見えないな。トイレにでも行ったんだろうか。
「先生。夏川君なら誰かに連れられて劇の最中に出ていきましたよ。」
俺にそう教えたのはロボだった。そうか、しかし誰に連れていかれたんだ?全然気づかなかった。
「大変だああああああ!!!」
大声を上げながらやってきたのは話に上がってた夏川だ。何をしてるんだあいつ。
「おい、もう劇終わったぞ。なにやって・・・」
「大変だきりっち!......が!」
「・・・・・・・・・・・なんだと?」