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九話 開催

 ともあれ、文化祭は幕を開けた。校門から玄関、全ての教室が華やかに飾られ、体育館では吹奏楽部の演奏会が行われているようだ。中学校にしてはずいぶん本格的だ。

手芸演劇部(仮)の公演は2時ごろのようだから、まだ時間はある。

この日ばかりは教師の出番はあまりない。しかも俺は担任でもない。何もやることがないので寝ようと思っていたのだが。

「行くぞきりっち!」

「何でだよ・・・」

またしても夏川につかまっているのである。

「友達と行動すりゃいいだろう。なんで俺なんだよ。」

「わかってないな、きりっち!大人の男がいたほうが女はついてきやすいだろ?」

逆だろ。中学生と大人が急に声をかけてきたら、俺なら何かあると思うが。俺が不審者として通報される可能性大だな。

「しかし、お前のとこの担任は何だって休みなんだよ。」

心から思う。早くあの男に聞きたい。何を聞くかは定まっていないのだが。とにかく、岡本新が無関係でないことは間違いない・・・はずなのだ。

「なんか俺らのクラス展示でさあ。やることねえから当日来ねえって言ってたんだ。おかもっちのいつもの冗談だと思ってたら、ほんとに来ないでやんの!はは!」

いや笑い事じゃない。タイミングを逃さずに聞きたいんだが。




文化祭と同じ日。桐生が夏川と行動を開始するその時間。近衛月斗は研究室にいた。

無論、大学の研究室などではなく、自分の家の地下にある場所のことではあるが。

そこで、ある男は二度目の絶望を迎えていた。

「ふむ。心のない人間の生体・・・ですか。これは興味深いものがありますねえ。」

また心の研究か。ならば自分を解放してほしいものだと、男は思った。

殺人を犯し、警察に捕まってしまったのが一度目の絶望。そして、その後意識を失いここに縛られていたのが二度目の絶望。いや、今ここで定期的に痛めつけられているのが二度目だったのかもしれない。

心の研究。要は人を傷つけるものが傷つけられたらどうなるのかどうか。それを研究していることは、たまに現れる研究者の会話で察することはできた。だがこの男は、近衛月斗という青年は、自分を最終的にどうするのか。殺すのか。それは考えたが、もう二週間もこのままだ。気が済めば帰してくれるのかもしれない・・・

ピッと音がしたと思ったら、重い鋼鉄の扉が開いたようだ。やはり研究しているものへは厳重な守りをしいているようだ。

「梓ですか? ・・・・・?・・・・なるほど。」

近衛は一人で納得しているようだが、男には意味が分からなかった。

というのも、男はこの二週間目が見えていない。目隠しをされているのだ。

「専用のカードを手に入れて入ってきていただけるとありがたいのですが。セキュリティの意味をご存知ですか?」

「ふん、知っているが?それを実践する必要はないと思うがね。そもそもお前のセキュリティに合わせてやる必要などない。ワタシ程度に破られるセキュリティなど子供の積み木同然だよ。」

先に声を発したのは近衛だ。二週間この男の声を聴いていたのだからわかって当然だ。だが、あとの声は誰のものなんだろうか。少女のような声。子供か?

「まだ君はこんなことをしているのか。悪趣味な。」

「悪趣味はお互い様でしょう。それに、あまりいい研究材料ではないのですよ。平均的な結果しか見いだせない。私の見込み違いでしたよ。」

「ワタシの実験と近衛の力に頼った君の研究ごときを一緒にするな。」

「何を言うのですか。すべて私の力。近衛の力がどれだけ結集しようと、私という一人の近衛にはかなわない。」

「それが自信過剰だといってる。ワタシを見習ってほしいな。」

何やら言い争っているようだが、意味は分からない。だが、この俺が平均的・・・だと。組に入って、ボスにようやく認められ、敵の組織のリーダーを殺したこの俺が。

「それより、いい材料が学校にいるのですよ。あなたのこともよく知っているようでしたよ。」

「ああ、そういえば君の計画はうまくいったのか?」

「あなたが薬を届けてくれないおかげで見つかってしまいましたよ。まったく。こうなることを想像していたのでしょう?いや、そうなってほしかった、の間違いでしょうか。」

「バカなことを言うな。ワタシは顧客の不幸を願うような愚かな女ではないよ。でも、よく気づかれたな。人間の体が自由自在になるなんて、現代に生きる人間には信じられないだろうに。」

「それが、いい材料なのです。」

こいつらは何の話をしてるんだ。それにしても・・・この女の声・・・本当に子どもなんだろうか。

子供にしてはあまりに話す事柄が一致していない。女の姿を見たい。どんな女なんだ。

「ほう、君が興味を持つとは、いったいどんな人間だ?」

「桐生という、5年前のアレの関係者のようですね。先ほども言いましたが、あなたのことを知っているようでした。」

「きりゅう。桐生。知らないな。ワタシの記憶にはない。5年前に聞いたことのない名前だ。君の勘違いじゃないか?」

「いや。あの様子は深い因縁を感じましたね。あなたへの憎しみが感じられました。しかしいい研究ができそうです。私は今とても幸せだ。桐生先生を調べられるという満足感でいっぱいだ。お分かりですか?」

「分からん。・・・ふむ。まあ全然知らない人間に恨まれることも少なくないからな・・・」

早く俺を解放してほしい。なんだってこの俺が。組のエースになるはずだったこの俺が。苦痛に顔をゆがめさせられなければならない。屈辱だ。

「この男どうするつもりだ?もう研究には使えないんだろう?ワタシが買ってやろうか?いま開発中の薬があってね・・・」

「そうですねえ・・・最後の実験を今から行いますので。待っていてください。」

開発中の薬?麻薬の類か?だとすれば、やはりこの女は子供ではないな。しかし声の特徴が少女そのものだ。いったいどういうことだ?

それに、最後の実験とはどういうことだ?また俺にあの苦痛を・・・? 

いや、終わったら帰してくれるんじゃないだろうか。帰ったらどんな手を使ってでも、組のやつらを総動員して、この野郎を見つけ出してやる。名前はわかってる、近衛だ。ぜったいにコロシテヤル。

・・・・いや・・・ まさか。俺が殺されてしまうんじゃないだろうか。用済みになったら殺される?

「殺しませんよ。」

脂汗が体中から吹き出ていた俺の頭上から声がする。

「ただし、逃がしもしません。すでに名前が割れているのですから。有効利用させてもらいますよ。」

「有効利用?腹でも開くつもりか?それはいい。」

「・・・はあ。あなたの発想は恐ろしいんですよ。それに、開腹手術専門はシャギンです。私はあまりすきではないのですよ。そうではなく、いろいろな研究施設を転々としてもらうだけですよ。それこそ、心が死ぬくらいにね。」

「シャギン?そんなくそ野郎の名前をワタシに聞かせるな。虫唾が走る。」

心が死ぬ・・・?俺はやはり近衛の言っていることの意味が分からなかった。

「その最初がワタシなのだろう?ああ楽しみだ。」

「ええ。ですから待っていてください。」

こいつらくるってやがる。

足音が聞こえる。足音が近づいてくる。近衛がこっちに来ているのだ。何をするつもりだ・・・・

「あなたに対する最後の実験です。」

「・・・・」

「あなたは夜の街のギャングとして活躍していた。そして敵対する組のリーダーを殺すことに成功した。」

「・・・・」

何が言いたいんだ・・・ 

「しかし、全て嘘だったのですよ。敵のリーダーも、あなたの活躍も、いえ、あなたが裏の世界に入ることができたのも、全てが嘘なのです。財政難だったあなたの組のボスに金を払い、あなたという人間の心の変化を観察していたのです。ただ、あなたの心理は平均的だった。あくびが出るほどにね。だから、打ち切ったんですよ。あなたが人を殺したその時に。『裏の世界』という名の『表』での実験はその時終わったのです。それからの二週間はあなたもご存じのとおり。『裏』の実験だった。そして、最後の実験・暴露が今終わりました。あなたを形成していたもののほとんどが、偽物だったのです。」

何を・・言ってる? 嘘? 男の顔が驚愕の表情へ変わっていく。

下手な漫画の登場人物のように長台詞を一気にまくしたてられたのに、それに引き込まれていった。

「その戸惑いの反応。実に平均的だ。だからこそ実験は終わるのですがね。偽物で塗り固められたこれまでの人生を思い出しながらたらいまわしにされてください。」

俺は組のエースなんだ。ボスに認められたんだ。そんな俺が。嘘だ。

「それでは。ごきげんよう。次の被験先では丁重に扱われるといいですね。」

「ワタシは保証しないがね。」

嘘だ・・・ウ・・・ソ・・・・・だ・・・・・・・

男は鋼鉄の扉がしまる音を聞いたような気がした。




1時過ぎ。体育館舞台裏。

手芸演劇部のメンバーは最後の打ち合わせをしていた。

「よし。じゃあ翔は向こうにはけたときに小人の人形を準備しておくこと。良ははける回数が少ないから、人形を見失わないように。その辺武藤ちゃんがサポート。いいかにゃあ?」

「部長!しまらないじゃないですか!」

「とにかく、悔いのないように頑張りましょう!」

「おーし!」

準備を始めた相澤に、木嶋が声をかける。

「おい相澤ー。ちょっといいか?」

「・・・はい・。」

武藤や浅野に聞こえないところに移動する二人。

「昨日はすまなかったな。」

「いえ、昨日は僕もどうかしていました。」

「お前の言ったとおりだよ。俺が武藤のためだと思ってやってたことは、すべて自己満足だった。武藤を傷つけるだけだったんだな。」

「・・・・」

「文化祭公演に無事にこぎつけた今だからこそお前に頼みがある。来年は武藤を・・・。来年からはお前ら二人だけになっちまうからなー。わかるな?」

木嶋がへらっと笑いながら言うと、相澤はうつむいたまま言った。

「・・・やっぱり、先輩はずるいです・・・」

「・・・ああ。悪いな。」

「僕が・・・もらっちゃいますよ・・・?」

「立つ鳥跡を濁さずっ。難しい言葉を使っちまったなー!・・・・頼むぜ、相澤。」



「何で邪魔すんだよきりっち!!」

「バカか。何が「この後どう?」だ。女の子も引いてたじゃねえかよ。それに俺は教師だぞ。不純異性交遊は絶対に認めん。」

「だーいじょぶだって!俺きりっちのこと先生とは。。。い、、いてえ!いてえよ!、耳引っ張んな!」

まったく・・・そろそろこいつには、俺が教師でお前は生徒なのだということを叩き込んでやるとしよう。

「怖い!オーラが怖い!あ、きりっち!そろそろ公演始まるって!さすがに見に行くだろ!?」

「・・・ッチ。」

仕方ない。早く体育館に行くとしよう。ようやく事件も解決して、あいつらも楽しく公演できるだろう。最後まで見届けてやらなきゃな。

「いたーーーー!!!」

最近ほんと騒がしいな!

「せんせいーーー!」

「グッ!!!」

おい・・・昨日もあったような気がするぞ。こんなことが。背中に痛みを感じる時が。

「せんせいー!見に来たよ!」

「てめえ南・・・!」

「走っちゃだめだよ。南ちゃん。先生、今日はよろしくお願いします。公演を見に来ました。」

南とロボが見に来たようだ。なんだかんだロボには手伝ってもらいすぎたからな。ロボも最後まで見届けたいと思ってくれてるのかもしれない。南は・・・まあ・・・うん。

「偶然だねせんせい!もしかしてこれって運命?」

「お前は外部からの客。もしくはOG。俺はここの教師。何も偶然じゃない。必然だ。」

「つれないよせんせい!」

「女の子の体が背中に・・・うらやましすぎる!」

どさくさに紛れて何を言ってる夏川。お前本当に中一か。

「あんたたちうるさいわよ・・・」

「あ。美智姉。」

振り返ると、青空よりも真っ青だと思わせるほどの顔色をした美智子が立っていた。お前も来たんかい。

「どうしたお前?」

「わかるでしょ、二日酔いよ・・・ まったく、あんだけ飲んでたらとめなさいよね・・・」

「山ほど飲んどいてどんな言い草だ!?」

こんな状態なのになんで来たんだこいつは・・・

「青春してるあの子たちの晴れ舞台を見てやんないとね・・・うっぷ・・気持ち悪い・・・」

「お前、何か知ってんだろ・・・ あと吐くなよ。」



「いけない、早くいかないと。」

西條涼子は職員室にいた。何をするでもなく、自分の今回の行動を省みていたのである。

時間を忘れてしまい、気が付いたら公演の時間になっていたのである。放送では実行委員会の担当である彼女は幾度となく呼ばれていたのだが。

(みんなには迷惑かけちゃったから・・・ 最高の公演を見届けないと!)

一心不乱にダッシュしていた西條は、前から来る人物に気が付かなかった。

その人物は大柄の男であった。全身黒ずくめの異形な姿だったのだが、いそぐあまり西條は気にも留めなかった。

男は走り去った西條のほうを振り返り、一瞥した。

「・・・・あれは教師か?ずいぶん元気がいいものだな。これからもっと面白いものが見られるというのに・・・ まあ、特等席は私のものだがな・・・文化祭にふさわしい『花火』を打ち上げてやろう。それはそれは、盛大に・・・な。」














あとちょっとです。

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