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泡沫(うたかた)

作者: |||&_.


 ――どなた様も、ご愛嬌。

 この世の生は、しょせん、ひとつの長い夢なのでございます――。


 どうぞ、せいぜい、ごゆるりと、永く醒めない好い夢を――。




 ワタクシ達は、昼夜の区別なく働いております。

 苦でも、不満でもございません。むしろご主人様にお仕えすることは、ワタクシ達にとって、最上の喜びでございます。

 ワタクシ達の存在のすべては、ご主人様の御為(おんため)に。ワタクシ達は、ご主人様の傍にいることが、正しい在り方なのでございますから。


 モンシロウが門の鐘をふたつ鳴らしました。ふたつの鐘は、来客の合図でございます。

 鐘を聞くと、ワタクシ達はそれぞれ仕事の手を止め、玄関へと向かいます。門から玄関までの長い道のりを、モンシロウがお客様を連れてまいる間に、ワタクシとタテハは玄関の前に座し、お客様をお迎えするのです。

 ここにいらっしゃるお客様のすべては、ご主人様のお客様です。そしてお客様の殆どが、ご主人様に依頼をなさる為に、お出でになります。

 折よく、先ほどから作業場での音が途絶えておりました。午睡の時間には少し早うございますので、休憩をなさっておられるのでしょう。ご主人様が作業をなさっている時は、ワタクシ達は何人たりとも取次ぎを致しません。その点で、このお客様は少し幸運でございます。

 玄関の戸が引かれ、モンシロウがお客様を連れてまいりました。ワタクシとタテハは手をつき、深く頭を下げます。それからタテハはお客様を対面の間へ、ワタクシはモンシロウから受け取ったお客様の紹介状を持って、ご主人様に来客の意を伝えに行くのです。初めてお越しになるお客様には、必ず紹介状をお持ち頂くことになっております。

 庭に面した廊下を歩き、ご主人様の作業場の前でコンコンとふたつ、床をたたきます。ご主人様が返事をされても、されなくても、ワタクシは中に入ることを許されていますが、必ずたたく、ワタクシはそれを決まりとしております。

 すぐに中からお声があり、ワタクシは静かに障子を開けました。

 ご主人様は、御簾(みす)の向こうで脇息(きゅうそく)にもたれかかり、火鉢を前にして煙管を吸っておられました。手元には先ほどお持ちしたお茶がありますが、湯気もなく既に冷めてしまっております。ご休憩中に温かいお茶がないなど、いけません。すぐに新しく淹れ直さなければ。

 ワタクシはご主人様の元へ進み、紹介状を差し出します。それをお受け取りになり、ワタクシを見て、ご主人様が仰りました。

 「右肩の関節がずれているね。重いものでも持ったのかい?」

 確かに、さきほど井戸の水を汲み上げました。そういえば右腕が動かしづらく、紹介状を差し出す手も右だけが中途半端な高さで止まっております。

 「直さないとね。駄目だよ、気をつけないと。君たちは丈夫にできていないんだから。力仕事なら(カブト)に任せなさい。あの子はその為に、頑丈に造ったのだからね」

 ご主人様の長い髪が、風に揺れます。障子を開けたので、風が入ってくるのでした。

 ワタクシは頷きます。そうなのです。ワタクシの(からだ)は、ご主人様のモノなのでございます。不用意に傷つけたり、壊したりするのは許されないのでございます。なんということでしょう。ワタクシはそれをやってしまったのです。消え入りたいほど、恥じました。ですが勝手に消えることなど、もちろんしてはいけません。深く頭を下げることで、ワタクシは過失の咎を受けました。

 その時、ふいに廊下から乱暴な音が聞こえてまいりました。何かが倒れ、荒い足音がこちらへ近づいてまいります。ワタクシは立ち上がり、廊下へと出ました。

 長い廊下の向こうから、こちらに来るのは先ほどのお客様でございます。お客様の後ろにタテハがついており、こちらへ突き進むお客様を阻止しようとしておりますが、お客様がタテハの手を振り払い、タテハの倒れる音があたりに響きました。

 お客様はそれでも止まらず、こちらに参ります。タテハは立ち上がり、お客様に追いすがりますが、どうも動作が妙でございます。どこかが壊れてしまったのでしょう。歪んでしまった躯でお客様に躯当たりをし、止めようとしますが、やはりその手は振り払われて、あたりに乱暴な音が響きました。

 ―― 一大事でございます。

 ワタクシは廊下に立ちふさがりました。ご主人様の危機でございます。

 このように乱暴な方は、ご主人様にお目通しさせるわけにはまいりません。ご主人様には指一本、触れさせてはなりません。ご主人様の危機は、我が身の危機よりも一大事。ご主人様より頂いた躯ではありますが、その身を挺してでも、この方をここで止めなければなりません。

 「もう一体いたのか。本当によくできた人形だな、これだけ人間のふりがうまいなんだからな」

 お客様はワタクシの目の前で止まりました。顔を覗き込んで、なにやらお話になっているようですが、ワタクシには、ご主人様のお声以外、人間の言葉を感知できません。お客様には、このまま玄関までお戻り頂きます。

 押し戻そうとするワタクシの手を、お客様は掴み、引き倒しました。瞬時に天と地が入れ代わり、ワタクシの視界は天井を映し、中庭を映しました。首の関節が外れてしまったようです。それきりどうやっても首は動きませんでした。

 仕方がありません。見えなくても、気配でお客様の位置はわかります。ワタクシはお客様の服を掴み、起き上がるつもりで強く引きます。お客様には、このまま玄関までお戻り頂きます。何人たりとも、ご主人様に危害を加えるような方は、お目通しをさせるわけにはいかないのです。

 お客様は腕を振り上げ、振り下ろしました。袖を掴んでいたワタクシの躯は持ち上げられて滑空し、廊下を弾んで少しだけ滑りました。

 お客様には、玄関までお戻り頂きます。何人たりとも、ご主人様に危害を加えるような方は、お目通しをさせるわけにはいかないのです。躯の中で、まだ動くのはどこでございましょう。ひとつひとつを検分し、お客様にお戻り頂くための算段をつけていきます。

 「うちの子たちに乱暴な真似はよしてくれないか」

 ふいに、ご主人様の声が聞こえてまいりました。振り向こうとしましたが、首は動かないのでございました。何とかして、ご主人様に危機をお伝えしなければなりません。お目通しするわけにはいかないのです。

 「お前が義足の仕立て屋か」

 お客様――、いいえ、この方はお客様ではなく、侵入者でございます。侵入者は、ご主人様の前に進み出ました。前に立ちふさがり、なにやら睨みつけているのが、視界の隅で確認できます。なんという不躾な態度でございましょう。即刻お帰り願わなければ。

 男の粘着質な音とは対称的なお声で、ご主人様はお喋りになります。いつ聞いても涼やかで、まるで鈴が転がるようなお声でございます。

 「まぁ頼まれれば義足も造るが、お前はだれだ?」

 「おれは客だ。この前、お前に義足を発注した。だが合わねぇ。造り直せ。それを言いに来た」

 ご主人様の煙管の煙が、空気に流れて揺れております。ご一服なさるなら、煙管盆をお持ちしなければなりませんのに、どうしたことでしょう。躯がまったく動かないのです。ワタクシは途方に暮れてしまいました。

 「お前が客? 知らないな。人違いじゃないのか?」

 「ふざけるな。おれは確かに、てふてふ堂に依頼を出した。受けているはずだ。この義足に覚えがないとは言わせねぇぞ」

 男は左足を差し出し、ご主人様がそれを眺めます。

 「確かにこれは私が造った。だが依頼主はお前ではないはずだよ。大体の身長はあっているが、骨格も骨盤も筋肉のつき方も、お前とは全然違う、もっと痩躯な人間が本当の依頼主だろう。私は仕様書の通りに造った。他人のものをお前がはめても、合うはずがない。当たり前だ」

 「ふざけるな! どんな躯にも合うものを造るのがお前の仕事だろう。誰のものをおれがはめようと、使えるものを造りやがれ! 今すぐ直せ! 今日中だ! 試合は明日なんだ! 一刻の猶予もねぇんだよ!」

 廊下に、男が足踏みをする振動が伝わってきました。どしんどしんと、まるで地震です。ご主人様も呆れ返っているようでございます。

 「馬鹿か? 誰にでも使える足が欲しいのならば他をあたれ。ここはそういうものを造る場所じゃない。そもそも私は義肢を造る職人でもない。人形師だ。どうしてもという奴がいるから、頼まれれば義肢も造ることがある。気が乗らなければ断ることもある。お前の足は造る気がしない。帰れ」

 ご主人様は煙管の煙を男に吹きかけます。視野が悪いので定かではありませんが、男の顔は茹でたタコのように赤くなったようでございます。ですがご主人様が気になさるご様子はありません。

 「そもそも、お前のような下品な輩に下げる商品はない。この子たちの修繕費は払ってもらうが、今日のところはお前に用はない。お帰り願おうか」

 「なんだとっ」

 男がなにやら喚いていますが、すぐに大人しくなりました。いつの間にか、ご主人様の隣には(カブト)がいたのでございます。

 甲は躯を俊敏に動かし、男の懐に入り込みました。男が呻いて気を失うまで、恐らく一秒もかからなかったことでしょう。甲の一撃は男を簡単に打ち倒し、その襟首を持って、ご主人様の命令を待っております。

 「ご苦労様。表に捨てておいで。それから便利屋の親父に、ゴミを回収するよう連絡を取っておいてくれ。揚羽(あげは)立羽(たては)の修理代の取立ても忘れずに言っておくんだよ」

 甲はひとつ頷くと、男を引きずって去っていきました。お客様にはお帰り頂きました。これで安心でございます。

 「揚羽、大丈夫かい?」

 ご主人様の長い髪が、視野で揺れております。ですがどうにも、明瞭に像を結ぶことができません。ご主人様のお顔でさえも、グラグラと焦点がぶれてしまうのです

 「あぁ、これは酷いな。全身を造り直さなければいけないかもしれない」

 ご主人様の呟きが聞こえます。ワタクシは、そうとう酷い有様のようなのでした。ご主人様に申し訳が立ちません。せっかく頂いた(からだ)を、ワタクシは壊してしまったのです。そんなワタクシに新しい躯を下さるというご主人様は、なんと素晴らしいお方なのでしょう。

 そしてワタクシは考えます。

 全身を造り直されたワタクシは、今のワタクシと同じモノなのでございましょうか? それとも、まるきり違う別のワタクシなのでございましょうか?

 よくは解りませんが、どちらにしても、造り直されたワタクシは、今と同じように、ご主人様にお仕えすることでしょう。

 それがワタクシ達、お傍人形にとっての喜びなのです。


 視界がますます暗くなって参りました。ご主人様の涼やかなお声も、どんどん遠のいております。

 造り直され、新しい命を吹き込まれるまで、ワタクシ達にはしばらく眠ることが許されます。

 ワタクシ達人形は、夢を見ません。しかし「夢」という概念は存じております。

 もしかすると、今までご主人様に仕えていたことこそが、ひとつの長い夢なのでしょうか?

 新しく造り直されるタテハは、今と同じタテハなのでしょうか? 違うタテハなのでしょうか? 違うのであれば、ワタクシ達は分担していた役割を一から確認しあわなければならないでしょう。

 夢でも、夢ではなくても、ワタクシもタテハも、ご主人様の所有物でございます。

 夢の中のワタクシ達も、夢から覚めたワタクシ達も、新しく造られるワタクシ達の(からだ)にとって、それは揺るぎのないことなのでございます。

 ご主人様の所有物でいられることこそが、ワタクシ達人形にとって、最上の喜びなのですから。

 あぁ、目が覚めたら、まずはご主人様に温かいお茶をお出ししましょう。ワタクシは覚えていられるでしょうか。煙管盆も、お掃除をしなければいけませんし、火鉢の炭も――……。

 

 コトン……。

 






カブトという文字を見て、「仮面ライダーかよw」

というツッコミを入れたあなたは恐らく勝ち組です。

読み直した自分の作品に同じツッコミを入れた私は、負け組なんだと思います。

何のツッコミもなかったという方、ありがとうございます。


ちなみに、仮面ライダーはまったく関係ありません。ご了承下さい。

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