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噂がある。
最近?いつ?どこから?
そんなことを問うのも馬鹿馬鹿しい噂だ。
そうと知っていながら、遊び半分、もしくは冗談交じりでその噂を実行する人間も少なくないという。それすらも、噂だ。
悪魔を召喚する儀式。
それが、真実、噂されるとおりに本当だというのなら。
誰もいない教室の中で、麻朝は携帯を弄る。
誰もいないのだからどこに座ろうとも変わらないはずだというのに、自分の席である窓から2列目、前から4番目に、いつも通りに座っていた。
音はしない。携帯は消音モードで、するのはわずかにボタンを押すときのカチカチという音だけだ。
メールを打ち終えて、パタン、と携帯を閉じる。
閉じてすぐ、ちらりと横を見て、また視線を元に戻す。携帯を机の上に置く。
まるで待ち遠しい返信を待つように、じっとサブディスプレイを見つめた。
送ってもいないのに。
メールは書いた。宛先は不明。
一体誰に送るというんだ。
届くかこんなもの。
誰が、私を。
こんな噂に頼り縋りつきたくなった自分が惨めで、麻朝は机に顔を伏せた。後頭部を暖める光が翳っていく様子さえ手にとるように判る、夕暮れ。
教員がやってきて、帰るように促されて終わるだろうと思った、その矢先に。
聴いたことも無いメロディが鳴った。
驚いて顔を上げると、それは確かに自分の携帯だ。でも、そんな曲を入れた覚えはない。どこかで聞いたことも、ない。
夕闇を映しこむようなメロディ。橙から紫に、そして黒へと変わっていく空の色を思わせる曲が、夜になる手前で消える。
あまりに不可解な現象に、手に取ることさえ忘れていた携帯が、その時ようやくメールの着信を知らせていることに気づいた。
麻朝は、ぷっくりと膨らんだ自分の唇を噛む。
恐々と自分の携帯を取るなんて、馬鹿馬鹿しい。いっそ乱雑な手つきで、携帯を開いた。
一件のメール。本文も件名も空白。どころか送ってきたアドレスすらも空白だ。
悲鳴を上げそうになった麻朝の心を読んだように、直前で誰かが声を掛けた。
「来たよ」
静かな声に振り向く。教室の後ろの扉に誰かが立っていた。
同じ年くらいだろうか、十代半ばの少女だ。同級生だといわれても信じてしまいそうだったが、生憎麻朝には見覚えがなかったし、その少女は制服など着ていない。
飾り気のないTシャツの上からロングのパーカーを羽織り、スキニージーンズを穿いている、どこにでもいそうな小柄な少女だ。
頭にキャスケットを被っていることが特徴的といえば特徴か。
目深に被った、やはりどこにでもありそうなキャスケットから目を離せない。
ばくばくと脈打つ心臓を押さえるように胸に手を当てながら見ていると、少女は薄暗い教室の机の隙間をするりと通り抜けて、麻朝の前に立った。
「初めまして、私はあなたの悪魔。
願いを叶えてあげるわ。
あなたの《死んだ人の記憶》と引き換えに」