隠しキャラから隠されるとか、
「――さあ、今宵こそ決めて頂きますぞ皆々様方!我等が総大将ぬらりひょん様の後継者を!」
山伏の服装に赤ら顔、長い鼻と厳めしい相貌。大天狗の声と共に、次代の総大将を決する会議が開始される。
「……え?」
畳何十枚なのか数えるのが億劫な程広大な大広間で繰り広げられるのは、何度か見た事のある光景。ただし、スマホの画面の中で。それがいきなり目の前で繰り広げられている、という理解不能な状況。零れた声は、周囲の喧騒に掻き消された。
「ここはやはり大妖九尾様の御子を……!」
「何を言う!座敷童子様の御子こそが相応しいわ!」
「血迷うたか!長子は……」
龍に河童に大蛇に天狗。鬼、狒々、猫、犬、老爺に老婆にその他大勢。白熱しているが故に部外者に気が付かないのか、もしくは今、自分は夢を見ているのか。
――……うん、夢だな……――
寝具に潜り込んだ記憶もある。でもこれは夢に見る程好きなゲーム、という訳でもない筈。だって友人の熱い布教が面倒……いや、熱意に打たれて始めたゲームだし。まあ、長いものには巻かれろって事で。
妖怪なんてこの世に存在する筈がない。だが実際、目の前は妖怪会議の真っ最中。存在しないモノが存在しているのだから、答えは夢一択しかない。
【夜明けの晩の黄昏時と昼下がり】、通称【夜昼】は、朝昼晩のどこなのかとツッコミを入れたい題名のスマホアプリゲーム。種類は恋愛。選択肢で登場人物との交流や親密度を深めていく系のノベルゲー。宣伝文句は〝人外との恋愛を楽しもう!〟で、日本や中国の妖怪の他にも幽霊や幻獣、西洋妖怪(?)の吸血鬼や人狼なんかも登場する。攻略成功か攻略失敗で変化する結末は、人外らしく神隠しからの箱庭エンドが大半。両想いのめでたしめでたしや、執着囲われからのヤンデレエンド、稀に失敗は殺害エンドもあったような?
そしてこのゲームの最大の特徴は、ギャルゲ、乙女ゲー、BLに百合、全てに対応可能というところ。攻略したい登場人物に対して利用者は男性、女性の選択は勿論、両性具有も中性体も選択可。その上、攻め受けも選べる仕様で、それは設定画面からいつでも変更可能だった。ただし、主人公の種族は人間で固定。人外同士、ではなく、あくまで人外との恋愛というところに重きをおいているからだろう。にしても正直、製作陣遊び過ぎだと思う。
この会議風景は、〈倭―オオヤシマ―ノ章〉の一場面。日本妖怪の総大将、ぬらりひょんの謎の消失と、結果起こった跡目争いを主題に繰り広げられる物語。恋愛を楽しみながら、ぬらりひょん消失の謎を追っていく。
総大将には子供が二人いる、という設定で、其々の子供を次代の総大将へと担ぎ上げるべく現在百鬼夜行は分断の危機――即ち、御家騒動の真っ最中。
『どちらを選択しますか?』
『朱翠』
『夜桜』
後継者候補一人目は大陸の大妖、白面金毛九尾の狐、火華との間に生まれた朱翠。母である九尾の性質を色濃く受け継ぐ、火炎の画像が美麗な美少年キャラ。
もう一人は福と富、繁栄と時には没落を齎す座敷童子、花の子、夜桜。父であるぬらりひょんの性質と、母である座敷童子の性質を併せ持つ美幼児キャラで、可愛らしい弟属性。
どっちも囲い込みがヤバかったな。執着心がエグくて、でもそれがいいってネット上でも好評価だった。最後の静止画の神隠しが特にヤバい。人間じゃないよ感半端無さ限界突破待った無しのヤバさ……私の語彙力もヤバいのでは?
利用者は後継者候補の二人から、どちらかを選択。この選択肢で対立する陣営の応援先が決まって、その後の物語が変化。確か攻略対象者にも違いが出るんだった筈。朱翠陣営は雄が多くて、夜桜陣営は雌が多かったような、と思い出したところで、違和感に気が付ついた。
――……え?一人多くない……?――
画面上では上座に二人、朱翠と夜桜が座っていた筈。だが明らかに一人多い。しかも見た事ない人物が。えーと待って、一人ずつ外見を確認しよう。まずは向かって左から。
朱翠は十四、五歳の外見で、肩口で真っ直ぐに切り揃えられた白銀の髪。蠱惑的な紫紅の双眸は母親譲り、左目の下の泣き黶子が婀娜を添える美貌は、中性的と言うよりもやや女性的。漆黒に金糸、白い彼岸花の刺繍が映える絢爛ながら上品な振袖に、純白に銀糸の帯と、赤い彼岸花の帯留め。少年なのに振袖を纏う理由は、母親である火華様の趣味。頭部の狐耳と背後で揺れ動く九つの尻尾が母親の血の濃さを証明する……これ画面上では気にならなかったけど、もしかして着物に尻尾穴とか開いてたりします?いや、ここまでの質量は穴くらいでは賄えない……?
えー、気を取り直して。向かって右の夜桜は、外見年齢が五から八くらい。黒髪に琥珀の瞳は朱翠に比べてやや特徴が薄いものの、却ってそれが子供らしさとあどけなさとを全面に押し出して庇護欲を唆る。母子でお揃いの臙脂色の着物に女郎花色の帯はどちらも柄無し、両手で大切そうに抱える手毬は水色や白、赤に桃色、黄緑の糸が精緻な幾何学模様を描く。所在無げに縮こまり、時折ちらちらと周囲を見回しては立ち上がり掛け、その都度司会進行役?の大天狗に嗜められては、退屈そうに頬を膨らす。大人達の話飽きちゃったよ、遊びに行きたいよ感が凄い。
あれ?なんか違和感が。退屈そうな夜桜もだけど、朱翠もこっそり欠伸してない?
可笑しいな、ゲームの中ではどっちも自分が跡を継ぎたいって言って、この会議にも随分積極的だった筈なのに。
やっぱり夢って曖昧なものなのか。現にもう一人いるしね、と、最後は朱翠と夜桜の間、真ん中に座る謎人物を目に映す。
深縹の髪を飾る学生帽。十六、七程度の学生を思わせる少年らしさの奥に、高貴と高潔が潜む相貌を彩る金色の左目に銀色の右目。ヘテロクロミアとは確か、虹彩異色症というのだったか。妖しさよりも神々しさ、いっそ神秘性を帯びる金銀妖瞳に、服装はなんと書生服。白いシャツの上には夜色の着物と同色の袴。両足を飾るのは是非とも編み上げブーツでお願いします、と要望したい格好……うん、この大正浪漫溢れる美少年は誰なの?
「なんの!雪女ささら様が御子たる長子、莉氷様こそ我等が次代の総大将ぞ!」
「!」
筋骨粒々の鬼が言い放った名前には聞き覚えがあった。不定期発生する物語を成功すると入れる隠れ分岐。ぬらりひょんのもう一人の子供、隠しキャラ――莉氷の名前。
隠れてない!隠れてないよ!隠しキャラなのに全く隠れてない。寧ろ堂々と中央に居るよ!忍んでない忍者ばりの存在感なんですが??
ぬらりひょんに子供が二人、は、実は表向きの設定。本当は異母兄弟は三人で、長男が莉氷、次男が朱翠、末っ子が夜桜である。最もこれはその隠された分岐に入って初めて明かされる設定らしいのだけれど。
なんでも物語の不定期発生率が本当に不定期過ぎて中々辿り着けないそうで、莉氷の外見はレア等軽く通り越しているのだとか。
自身のスマホで見る事が出来ると、最早伝説扱いされるレベル。多分ネットで画像検索すれば見られるんだろうけど、そこまでの熱意で操作してないから莉氷って人物の存在は知ってても、外見までは知らなかったな。へぇー、こんな書生さんみたいな格好なんだ……って、いや待って。知らない筈なのに夢見てるって事はつまり外見は空想の産物って事?道理で性癖に刺さ……じゃなくて、知らないキャラの見た目を勝手に想像して夢に見るとか我ながらイタ過ぎるんですけど?
「――其処の貴女、」
ほっぺたつねればこのイタい夢から目覚めますかね?と両手で両頬引っ張ってたら隠しキャラに指差された。え?
「貴女は、誰が総大将として相応しいと思います?おれと、二人の義弟達と……」
うわ、声音まで好み……違くて。え?さっきまで道端の石ころ以下の存在感だったのに、急に注目されて脳内の処理が追いつかない。ちょ、妖怪さん達も一斉にこっち見ないで頂けます?
「……じゃ……、じゃんけん、で……決めるとか……どう、ですかね……?」
存在ガン無視からの急な注目に硬直した思考が反射的に紡いだ言葉に、振袖美少年が呵々大笑から呼吸困難に陥ってしまい、後継者会議は一時中断を余儀無くされた。なにこれ?
あの後、ふっさふさの己の尻尾に埋もれて痙攣する程笑いに笑いまくった朱翠が、そのお姉さんとボク達三人で決めるから!と宣言し、莉氷と夜桜を伴って大広間から退室。なにしてんの?ついてきて?と案内……というより腕を引かれて連行された先がこの室内。もう一回言っていい?なにこれ?
机や椅子等の家具や、その他調度品、内装に至るまで懐古趣味な此処は、ぬらりひょんと雪女の混血児、莉氷の私室らしい。いや、部屋広過ぎなんですが?ああ、夜桜が毬つき始めてる。
「あー……おっかしかったぁ……氷兄ィ見た?爺ィ共の間の抜けた貌……くっ、あははははっ!」
治まった筈の笑いの発作が再発したらしい朱翠は、またもや自身の尻尾に埋もれている。足をバタつかせているのは可愛いけれど、ちょっと目の遣り場に困ります。そう言えば尻尾穴どころの話じゃなくて、振袖の腰から下がスッパリ切れて別れてました。実際の着物では有り得ないレベル。サービスなのか下品なのかの判断に苦しむところ。めくれあがったら大惨事かと思いきや、九本のもふもふが全てを覆い隠してセーフ仕様。うん、ややサービスより判定でお願いします。
「……朱翠、いい加減落ち着け。すみません、巻き込んでしまって……気が進まない会議だったもので……」
もうなんでも良いという心境になってしまい、咄嗟に目についた貴女に話を振ってしまいました、と。
前半は義弟に、後半は此方へと向けられた言葉に、どう反応するのが正解なのか。結局解答は導き出せずに、曖昧に頷く、という中途半端な対応を披露する羽目になってしまった。夢ってこんなに儘ならなかったっけ?
掛けて下さい、と、示されたソファに腰を下ろす。大人三人掛けても余裕そうな大きさ、そして座り心地の良さに密かに慄く。お幾らですか?なんて怖くて聞けない、聞く気にもなれない。
未だに笑い転げる朱翠を横目に対面の椅子に座った莉氷に対して、何か言った方がいいのかなと思っていたら、つん、と、服を引かれた。
「?」
引っ張られた方向に顔を向ければ、いつの間にか隣に座っていたらしい夜桜が此方を見上げていた。君さっきまであっちで毬つきしてた筈……あ、上目遣い可愛い……じゃなくて。
「お姉ちゃん、どこからきたの?」
うん、お姉ちゃんもね、何処が知りたいんですよ。でも多分寝具に誘われて、です。
操作していたゲームを勝手に空想して夢を見るとか、本当イタ過ぎるから早く目覚めてほしいところ。夢長くない?現実でどれだけぐっすり寝てるの?
「あ、それボクも思ったぁ~!いつの間にか居たよね?」
大笑の名残が、紫紅の瞳にうっすらと扇情的な膜を張る。涙出る程笑っても色気が崩れないどころか増加するってエ……違くて!
おかしい。これは夢。夢の筈。なのに何故、こんなにも色々現実的なのか。
「?ねぇ、お姉さん、さっきから夢夢って何言ってんの?」
心の中で夢夢言い過ぎで声にまで出していたらしい。無意識の呟き聞かれてたの恥ずかしい。あと夢の中の人物に何言ってんの?って言われるの、想像以上に衝撃大きい。つら。
「……いや……、夢なら、早く覚めないかな……って、思ってですね……」
この言い訳も精神にくる。夢の中で何言ってんの?これが本当の何言ってんの?だよ。つら。
「ああ、つまり貴女は夢渡りをしているんですね」
「……夢渡り……?」
ええ、と頷いた隠しキャラ、もとい、書生服の美少年莉氷曰く。夢渡りとは文字通り、夢を通じて別の空間、世界、次元へと渡航している状態の事らしい。現実では肉体は眠りに就いているのだとか。
「……つまり、此処は私の夢じゃなく……?」
「おれ達にとっては紛れも無く現実の世界、ですよ」
良かったーー!!いや、待って?この何か最もらしい説明も実は夢でした、とかではない?
えぇー……嘘でしょ勘弁してよ。どれだけ空想……いやもう妄想の類いだよ。ねぇ、早く目覚めて?いたたまれないよ。
頭を抱えて項垂れたら、頭いたいの?って夜桜に撫でられた。夢って自分の願望だっけ?え?実は美幼児によしよしされたい変態だった?は?処刑ものでは?
「……え?実はショタによしよしされたい変態だった?は?死ぬべきでは……?」
「氷兄ィ~……このお姉さんまだ信じてないよ?」
まだ自分の夢だと思ってるよ、と。
頭を抱えたまま未だに小声で「夢覚めろ」を連呼する彼女の頭を、夜桜が必死に撫でている。うん、今日もおれの義弟は可愛いな、じゃなくて。
「仕方無いさ。おれ達にとっては現実でも、彼女は夢を見ている感覚なんだ」
夢の中で、これは現実だ、信じろ等と言われたところで、中々はい分かりました、とはならないだろう。
だが本当に助かった。彼女が大広間に顕現してくれたお陰で、気が進まない、どころか最低最悪の会議から退室出来たのだから。
日本全土の物ノ怪、妖、化生の類いを纏め上げ、百鬼夜行を成した実父、ぬらりひょんの突然の消失。偉大なる総大将を失った百鬼夜行は現在、勢力が三分化している。
「……気が重い問題だな、後継者争いなんて……」
理解している。逃れられる程軽い問題じゃない事情くらい。だがそれでも、思わず本音が洩れてしまう。
「んー……、でも現実的な話、次代は氷兄ィが継ぐべきだよ。長子だし、ボク半分外来種だしさ」
「そう言って体良く候補から外れようとするな。大体、今時血脈等は大した問題にならない」
「あ、バレた?」
だって絶対面倒くさいよ~……やりたくな~い!と両足を投げ出す朱翠を嗜める。おい、いい加減開けた裾を直せ。そんなところも可愛いが……違くて。
おれ、もしくは夜桜を後継者へと推す勢力は朱翠の発言通り、総大将は日本古来の妖怪が継ぐべきだと主張している。
愚かしい。おれと朱翠がお互い本気で殺し合ったら、どちらに軍配が上がるかは明白じゃないか。大妖九尾狐の血は伊達や酔狂等ではないんだ。
「まぁ冗談はここまでで……でも実際、ボクと氷兄ィが本気で戦ったら勝つのは氷兄ィだと思うんだよね」
「は?」
自身と正反対の主張に、我ながら間の抜けた声が出た。いっそ本気でじゃんけんで決めちゃう?という言葉を制する思考を奪われる。
「百鬼夜行がこのまま別れて三つ巴なんて絶対嫌だから、結局はボクか氷兄ィが継がなくちゃ駄目なんだけどさ」
そうだ、夜桜はまだ幼い。夜桜は確かに兄弟の中で、一番色濃くぬらりひょんの性質を受け継いでいる。が、夜桜を推す連中は、傀儡政治の意図が明け透けだ。夜桜が総大将になったら、おれも朱翠もなんのかんのと理由をつけて、夜桜から遠ざけられてしまうだろう。可愛い義弟と物理的に離されるとか冗談じゃない、じゃなくて。
頭を撫でられ続ける事にいたたまれなさを感じたらしい彼女が、ありがとうございます、もう大丈夫です、もうお腹いっぱいです、と丁寧なお辞儀をしながら夜桜と距離を取ろうと立ち上がって後ろに下がる。うん?最後の言葉だけよく解らないな。夜桜は彼女が離れていく理由が理解出来ないのか、彼女が下がる度にとことこと距離を詰めていく。なんだあれ可愛いな。違くて。
何あれ?可愛い~!交ざってこよ~っと、なんて言ってるが朱翠、そんなお前も可愛いからな?じゃなくて。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
朱翠に背後から抱き着かれて、彼女が悲鳴というか奇声を上げた。なんか彼女も可愛いな、違くて。
「お姉さ~ん、ボクともあ~そぼっ!」
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
別に相手が振袖美少年じゃなくても、いきなり後ろから抱き着かれたら、誰だってびっくりすると思うんですよ。でも上げた悲鳴は全く可愛くなかった。最早悲鳴ではなく奇声の領域。なんて残念なんだ我ながら。
ああ、目の前の美幼児が、これ鬼ごっこだったんだ、 みたいな表情してくる。琥珀の瞳を煌めかせて、つかまえたー!って抱き着かれた。何この前門の虎と後門の狼……もとい、正面の座敷童子と背後の九尾。完全に事案だよ。絵面がヤバい。
「そう言えばお姉さん人間なんだねぇ~……ねぇ、お姉さんの名前教えて?ボクは朱翠で、こっちが義弟の夜桜で、あっちが氷兄ィ……義兄の莉氷だよ」
折角紹介してくれたけど、ごめんなさい、存じ上げております。だって画面で何度も見たから。いや、正確に言うと莉氷は知らないんだけども。なんて言えないからとりあえず、自分の名前だけ言っておこう。
「あ~!いいな~……お姉さんボクも撫でてよ?」
「!」
そんな馬鹿な。気付いたら、夜桜の頭を撫でていた……?
手が、手が理性の言うことを聞かない。これは、本能が撫でたがっている……?子供特有のサラふわな髪が……じゃなくて、えーと……わー、すごい。朱翠の狐耳もっふもふ。ずっと触ってられ……違くて!
なんで未だに前後からサンドイッチされたままなの?そう言えば夢の筈なのに、感触とか体温とか、やっぱり妙に現実的で……え?まさか……?
「……。夢じゃない、とか……?」
どうやら本当に夢ではなかったらしい。良かった。いや、良くはない……?
そんなに熱中していなかった筈のゲームの、否、ゲームとよく似た世界に夢を通して渡ってしまった。イマココ。うん、なにこれ?
つまりあのゲームは現実だった?この世に妖怪は存在する?今までの人生で一度もお目に掛かった事ないのに?いや、今見てるじゃんとかそういうのは置いといて。
漸く冷静になった頭に、勝訴!処刑は免れた!の紙が掲げられる。ん?やっぱりまだ冷静ではない……?
脱サンドイッチの具をする為にソファに座り直したのに、左隣に夜桜、右隣には何故か莉氷が腰掛けた。なんで?パンが狐から雪女(男?)に換わっただけなんですが?あとなんで背もたれ挟んで背後に朱翠?君は背後取るのが趣味だったりします?物騒だからお止め?
謎の包囲網を敷かれた気分を味わいながら、ゲームでは伝説扱いされる程の隠しキャラだった筈なのに此処では全然隠れていない莉氷から、同じ説明を改めて受ける。
「……え?それ寝てる私の身体はどうなります?」
と、いうよりも。私の肉体は私の世界で寝てる筈なのに、何故此処に身体があるんだろう。
朱翠は、気にするトコそこ~?とか言うが、気にするでしょそこは。
「――すみません、それはおれにも分かりません」
困惑と申し訳なさの宿る金銀妖瞳には、はぐらかされてる感じはない。これは、多分本当に分からないんだろうな。
「えーと……どうすれば帰れ?ますかね?」
「貴女の世界で貴女が目覚めれば、恐らくは……」
目覚めを待つと言われても、今のところ何の兆候も……って!?
「ひッ!?りっ、莉氷!なんかっ、なんかいる!」
「ッ!?」
今家具の影でなんか動いた!黒光りして飛んで這い回るヤツを想像した恐怖のあまり、つい目の前の莉氷に抱き着いて……あ、違う。これ胸ぐら掴んじゃってる。なんて残念なんだ我ながら(2回目)。
「……ッ、ああ……、家鳴りですね」
家具の隙間から小鬼がわらわらと。え?家鳴りって小鬼達が物理的に出す音なの?わっ、膝に乗ってきた。あ、ちょっと待って、腕から肩に登らないで。ジャングルジムじゃないから!
「――だめ」
わぁわぁ言いながらわらわら増える家鳴り達を、夜桜がぺしぺし叩いて追い払ってくれる。そんな夜桜の手を掻い潜り頭にまで登り詰めた最後の一体は、莉氷が掴んで放り投げ……すごい!華麗な一回転で着地した!じゃなくて!
「……あー……えーと……、ごめんね……いや、ごめんなさい……?違くて……申し訳ございません、莉氷くん……さん?」
咄嗟に〝莉氷〟って呼び捨てにした上に、着物も崩してしまった事を謝りたいのに謝罪は家出、もしくは絶賛迷子中らしい。もごもごする此方に対して、お気になさらず、と言いながらも、莉氷は口元を押さえて顔を逸らした。え?震えてません?もしかして今見るに堪えない程酷い顔してます?つら。
とか思ってたら、真面目な相貌で視線が合った。ん?なんで今手を握って……?
「――惚れました。結婚を前提に、お付き合いして頂きたく」
「……どゆこと?」
ああ、駄目だ。義弟達が可愛いのは当然だが、彼女の反応も逐一可愛い。思えば最初に目があった時に挙動不審になったのも、その後じゃんけん等という可笑しな提案をした事も、朱翠に手を引かれるがままに部屋に入ってしまうところも、抱き着かれて上げた悲鳴も、妖怪に名を問われて素直に応えてしまう無防備さも、全部が全部好ましかった。義弟達を撫でる手つきは優しくて、そんな何気無いところにも、彼女に対する好感が増していく。しかも家鳴りに驚き抱き着くのではなく、まさか胸ぐらを掴んでくるとか。
――……嗚呼、駄目だ……もう堪らない……――
切欠なんて、本当に些細なものだ。けれど切欠で、もっと様々な彼女を見てみたいと、見ていたいと思ってしまった。人間と、妖怪と。種族の違い等、それこそ人外には関係がない。これから先の彼女を見るのは、もうおれ達だけでいい。なんて、そう思った時点できっと落ちているのだろう。恐らくは、最初に彼女を見つけた瞬間から。
「……莉氷。恋とは落とすものではなく、落ちるものなのですよ」
漸く母の言葉の意味を理解出来た気がした。これはもう、完全に、
「――惚れました。結婚を前提にお付き合いして頂きたく」
そういう事だ。
「……どゆこと?」
ん?何か誤りがあっただろうか?人間はこうして好意を伝え、添い遂げる筈では?
「!お姉ちゃん、お姉ちゃんになるの!?」
茸の如く疑問符を大量発生させている彼女の思考を置き去りに、夜桜があどけない相貌に満開の喜色を乗せる。可愛いな、と思っていたら彼女がまた夜桜の頭を撫でていた。きっと無意識だろう、可愛いな。ああ、他の誰かに奪われる前に、早く隠してしまわなければ。堅実な方法といえば、やはりアレだろうな、と、対象物へと視線を向けた。
「え?いや……待っ、告……?隠し……え?」
全く隠れてない隠しキャラからまさかの告白。惚れた?結婚を前提にお付き合い?今の流れのどこに惚れる要素を見出だしたの?
考え直した方が良いと思う。びっくりして可愛い悲鳴の代わりに奇声を発して、恐怖に抱き着く代わりに胸ぐら掴んじゃう系の女だよ?あれ?可笑しいな、目から汗が……。
兎に角落ち着いて、まずは精神を安定させないと。ああ、お姉ちゃんが出来たとはしゃぐ美幼児が可愛い……じゃなくて。
「……あ、やっぱり夢を見てるのか……」
そう、やっぱりこれは夢。夢でなければ説明がつかない。性癖に刺さる美少年から重めの告白されるとか、願望でなければなんだというのか。
「……。ですからこれは夢ではなくて……いえ、やめましょう……それよりも、」
聞き心地の良い美声を奏でる口元が微笑を模って、莉氷がソファから立ち上がる。所作がとても美しいですね……違くて。
水屋箪笥に歩み寄り、格子戸を引いて持ち出したのは、木製の果物鉢。盛られていたのは、深紅の宝石めいた赤色の粒が艶やかな柘榴。なんで急に食べ物を?と思うより早く、意識が柘榴に吸い寄せられる。
――……柘榴……――
物体とは時に、知識や記憶の切欠となる。鬼子母神より異国の神話を思い出す私は中々に個性的かもしれない、という思考が、好みの声音で名前を呼ばれて侵蝕された。
神秘を添える金銀妖瞳を湛えた美貌が、口元に艶やかな一粒の赤を食んで近付く。その眼差しに情欲の念が揺らいで見えて、脳裡が一粒の正体を導き出すよりも先に、後頭部と腰とに手が回される。
あれ待って、なんか距離が近いような……と思った瞬間、口唇が重なり合った。ころん、と転がり込んでくる軽やかな侵入者を緩やかに押し込む温度に逃亡の意思が剥ぎ取られ、咥内のそれを嚥下する。咽喉の動作を自覚するのと、辛うじて保っていた意識が強奪されるのとが、ほぼ同時。
――……あ、千切れた……――
何が、なのかは、判らなかった。
これが卑怯で、強引な行為である事は自覚している。
口唇が食むのは、柘榴の一粒。これは契り、そして、千切り。古には戸喫、もしくは竈食と記す。彼方と此方を分断し、彼方側から此方側へと、魂魄を留める為の方法。柘榴にしたのは、異郷の書物から得た知識が故。
彼女には分からないと言い、事実原理は知らない。だが夢を渡り来る来訪者が、魂魄を鎧う新たな器を備えて顕現する事実は知っている。本来の肉体から抜け出した無防備な魂魄を、恐らくは保護する為に。
此方の魂魄と彼方の肉体とが断絶し、此方の器と定着する。弛緩し頽れた彼女を支えた腕の本数は、六。一対は歓喜を湛え、一対は愉悦を孕み、一対は愛しさを宿す。
「……お姉ちゃん、嬉しい」
歓喜に緩んだ琥珀の眼差しに、たくさん遊んでもらう未来を映して、夜桜が笑う。
「可哀想ォ~……もう氷兄ィから逃げられないね?」
もう帰れないもんねぇ、と微笑む朱翠の瞳が孕む愉悦の裡に、ほんの僅かな同情が浮かんだ。
「可哀想?まさか。雪女は一途なんだ……一度見初めた相手とだけ、一生を添い遂げる」
此方が落ちたのだから、彼女にも落ちてもらわなければ。
「嫁御じゃ!」
「慶事じゃぁ!」
「やれ、めでたい!」
「めでたいのぉ!」
わぁわぁ騒ぐ家鳴り達に、まだ居たのかと問いを投げれば、大天狗から様子を見てくるよう言われてきたらしい……そのお使いの途中で人間という存在に興味を唆られ、本来の目的を忘れたようだが。
大天狗と父、ぬらりひょんは知己である。故に今回の騒動も完全に中立という立場を保ち、だからこそ知己の築いた百鬼夜行の分断を阻止するべく、次代の選定にも積極的だ。昔から何くれとなく世話を焼いてくれ、おれだけじゃなく朱翠も夜桜も、大天狗には頭が上がらない。だがしかし、これからは。
「朱翠、夜桜。いいな?」
何が、なのかは、態々口にする事もない。
人間と妖怪の交わりは、特段禁忌とされてはいない。人類と人外とが太古から交合を為す異類婚姻は、禁じられた行為ではないが故に忌避の対象ともならない。
が、朱翠や夜桜を推す輩の中にはそれを理由とし、莉氷を候補から外すべきと主張する者がいるかも知れない。
大切に抱え上げた彼女を、自身の寝台へと横たえた。枕元から離れない何体かの家鳴りを残し、朱翠と夜桜を伴って大広間へと戻る。当人達が居なくとも白熱した弁舌で以て口論を続ける配下共を真に下すべく、伸ばした腕の、その指先へと、己が妖力を結集させた。
「――“氷紋”」
指先を起点に、羽根や植物の葉の形状を模した放射状の、更に円状に重なり合った幾何学模様が白い軌跡を描いて走る。
展開される“それ”は玲瓏と荘厳の輝きを纏い、氷結の高音を奏でた刹那、破砕音を放って消えた。舞い落ちる余韻すら美しく満ちる贅沢な、神秘と幻想の饗宴。
静まれ、等と言葉にするより、妖力の方が余程効果的だ。
「話し合いは決した。本日これより、ぬらりひょんと雪女が長子、我が義兄莉氷が百鬼夜行の主となる」
「みな、忠でもってお仕えするように」
常の飄逸さを消し去って放たれた朱翠の声に次いで、あどけなさを凛々しさに変えた夜桜の言葉が続く。
大広間全体を支配する凍氷の奏でる極冬の気配に、異論があるなら実力で以て述べてみせよを内包させる。
「――御意」
まず膝を折ったのは大天狗。頭を垂れる大妖の様に遅れる事、僅か数瞬。
集結した全ての者が、新たな総大将へと跪き。
――その後、口論が上がる事はなかった。
「氷兄ィが総大将に決まったよ」
婚礼ノ儀はこの後だってさ、と。
明日の夕飯カレーだよ、くらいの軽さで、自分の結婚について話されるとかあるの?
「……え?あ、はい……?いや、え……?」
目が覚めたら夢の世界から帰れなくなってて、しかも隠しキャラから神隠しされて、なんと花嫁になってた。イマココ。
神話って御国が違うのに何故か被るの不思議だよね、なんて現実逃避してみる。春の女神と伊邪那美命が其々、冥界の女王と黄泉津大神となった理由も根源は同様だったね、確か。その世界の物を食べてしまったら、その世界のヒトになってしまう、とかなんとか……ああ、駄目だこれ。全然逃避出来てない。一周もしてないのに戻ってきた感じがする。というか神隠しの方法がヤバい。口移しで柘榴って……冥王だって口移しまでしてないんじゃ……?いや、そこまで神話に詳しくないから判らないけど。
「……えー……と……、不束者ですが……」
とりあえず現実を受け入れる、というより寧ろお得意の、長いものには巻かれろを発動する事にした。大切にしますと頭を下げる書生姿の美少年(妖怪)に肯定を返してみたら、美麗な美貌の微笑をゲット。うん、ご褒美かな?
そもそもどっちも囲い込みがヤバい二人の義兄が、ヤバくない訳がなかった。これは執着心の方もエグくない訳がない筈。つまり告白された時点で終了。これが本当の終了のお知らせ。
神隠しからの箱庭エンドは、せめてめでたしめでたしでありたい。もう助からないゾ♡ではなく、もう逃げられないゾ♡程度でお願い致します。
神隠しの〝神〟って神以外の意味合いが圧倒的に多いな、とは思ってた。でもまさか、ぬらりひょんと雪女の混血児に隠されるとは思ってなかった……というか、
【隠しキャラから隠されるとか、】
全然予想してなかったな。




