第5話 水着姿の研究と、乙女の戦略
レティシアの起動から数日が経った。
私たちは、荒らされた工房を少しずつ片付けながら、レティシアの調整と、今後の計画を練っていた。
そして――私は、相変わらず水着姿だった。
黒地に青いラインの入った、水中活動用特殊スーツ。
他に着るものがないのだから、仕方がない。
『でも…これは逆にチャンスですわ!紅の書には「大胆な肌見せで視線を釘付けに」と書いてありましたもの!』
私は、自分の状況をポジティブに捉えていた。
先生は、時折私の方を見ては、慌てて視線をそらす。
『先生の視線を感じますわ…!さすがバイブルの教え…完璧ですわ!』
「マスター、アリア様。本日の作業計画を提示します」
レティシアが、AIスマホの画面を見ながら、淡々と報告する。
「工房の修復作業、完了率:35%。必要物資リスト:魔力触媒×5、精密工具セット×2、防御結界用魔石×3」
「ありがとう、レティシア。君の分析能力は本当に助かる」
先生が、レティシアの頭を優しく撫でた。
レティシアは、一瞬動きを止め、その瞳が微かに揺れた。
「……マスター。この行為は、何の目的がありますか?」
「え? いや、その…褒めているというか、感謝の気持ちを…」
「理解しました。『頭を撫でる』=『褒める』『感謝』。データに記録します」
レティシアは、真面目な表情で頷いた。
私は、その様子を見て、少し複雑な気持ちになった。
『先生が…レティシアさんの頭を…!』
いえ、違う。
レティシアさんは、コロさんの魂を受け継いだ、先生の大切な相棒。
私が嫉妬するなんて、おかしい。
でも――
『でも…私も…先生に頭を撫でられたい…!』
私は、自分の心の声に驚いた。
『いえいえ!私は恋愛指南書で完璧に学びましたわ!こういう時は、黒の書の「計算ずくの無邪気さ」を発揮すべきですわ!』
「先生」
私は、作業台から顔を上げ、先生に向かって微笑んだ。
「私も、頑張っていますわよ? レティシアさんの調整、順調ですもの」
私は、少しだけ上目遣いで先生を見つめた。
これは、黒の書に書いてあった「甘えるような視線で、男性の保護欲を刺激する」テクニックだ。
「あ、ああ…そうだな。アリア君の技術力には、本当に助けられている」
先生は、私の方を見て――そして、一瞬固まった。
私の水着姿が、先生の視界に入ったからだ。
「そ、それより! アリア君、その格好で作業を続けるのは…その…大変じゃないか?」
「大丈夫ですわ。このスーツ、動きやすいですもの」
私は、自信満々に答えた。
『先生が気にしてくださっている…!これは紅の書の効果ですわ!』
その時、レティシアが不思議そうに私を見た。
「アリア様。質問があります」
「何かしら、レティシアさん?」
「アリア様の服装は、『水中活動用特殊スーツ』と定義されていますが、現在は陸上です。なぜ、通常の服を着用しないのですか?」
レティシアの質問は、至極真っ当なものだった。
「それは…その…」
私は、一瞬言葉に詰まった。
まさか「工房が荒らされて服がないから」とは言えない。
それに、この水着姿が先生の視線を引きつけているのも事実だ。
「これは…戦略的な選択ですわ!」
私は、咄嗟にそう答えた。
「戦略的…?」
レティシアが首を傾げる。
「ええ! この軽装なら、作業効率が上がりますし、動きやすいですし…それに…」
私は、少し頬を染めながら続けた。
「先生の視線を…いえ、先生の注意を引くことで、コミュニケーションが円滑に…」
「理解できません。マスターの視線を引くことと、作業効率の関連性が不明です」
レティシアは、真面目な表情で言った。
『レティシアさん…まだ恋愛を理解していないのですわね…!』
「レティシアさん、これは『高度な対人戦略』ですのよ。いつか、あなたにも教えて差し上げますわ」
「高度な対人戦略…データに記録します」
レティシアは、AIスマホにメモを取った。
先生は、私たちのやり取りを見て、苦笑していた。
「アリア君…君は本当に…」
「何ですの、先生?」
「いや…何でもない。君らしいな、と思ってな」
先生は、優しく微笑んだ。
『先生の笑顔…素敵…!』
私の心臓が、高鳴る。
その後、私たちは工房の修復作業を続けた。
私は水着姿で、精密な機械部品を組み立てる。
先生は、日本から持ち帰った物資を整理する。
レティシアは、私たちをサポートしながら、様々なことを学んでいく。
昼過ぎ、私たちは少し休憩を取ることにした。
「アリア君、腹は減っていないか?」
先生が尋ねてきた。
「ええ、少し…」
実は、かなり空腹だった。
朝から作業に没頭していたため、食事を忘れていたのだ。
「よし、じゃあ俺が何か作ろう」
先生は、日本から持ち帰った調味料を取り出した。
「日本の味を、少しでも再現してみるよ」
先生が作ってくれたのは、簡単な野菜炒めだった。
でも、日本の醤油とコショウで味付けされたそれは、今まで食べたことのない、不思議な美味しさだった。
「美味しい…!」
私は、感動しながら野菜炒めを食べた。
『先生が作ってくれた料理…!これは…桃の書の「手料理で心を掴む」の逆バージョン…!先生が私のために…!』
「気に入ってくれたか? 日本では、これは家庭料理の基本中の基本なんだ」
「基本…!? こんなに美味しいのに…!?」
私は、驚きの表情で先生を見た。
『日本の技術は、料理にまで…!』
レティシアも、私たちの食事を興味深そうに見ていた。
「マスター、アリア様。私も、食事をする必要がありますか?」
「いや、君はアンドロイドだから、食事は必要ない。エネルギーは魔力で補給できるからな」
「理解しました。では、『食事』とは何のために行う行為ですか?」
レティシアの質問に、先生は少し考えた。
「そうだな…栄養補給のためでもあるが、それだけじゃない。人と人とのコミュニケーションでもあるんだ」
「コミュニケーション…?」
「ああ。一緒に食事をすることで、心が通じ合う。それが、食事の大切な役割なんだよ」
先生の言葉に、レティシアは真剣な表情で頷いた。
「理解しました。『食事』=『栄養補給』+『コミュニケーション』。データに記録します」
私は、先生とレティシアのやり取りを見ながら、思った。
『先生は、本当に優しい方ですわ…レティシアさんに、丁寧に教えてくださって…』
そして――
『私も、先生ともっとコミュニケーションを取りたい…!』
私は、5冊のバイブルと日本のファッション雑誌を思い出した。
あの本に書いてあった、様々な恋愛テクニック。
『そろそろ、次の作戦を実行すべきですわね…!』
食事の後、私たちは再び作業に戻った。
でも、私の頭の中では、既に次の「先生攻略作戦」が回転し始めていた。
夕方、先生が言った。
「そろそろ今日の作業は終わりにしよう。アリア君も、疲れただろう」
「いえ、私はまだ大丈夫ですわ」
実は、かなり疲れていた。
でも、先生の前で弱音を吐くわけにはいかない。
「無理をするな。明日も作業は続く。今日はゆっくり休もう」
先生は、優しく言った。
その夜、工房の片隅に簡易的な寝床を作り、私たちは休むことにした。
先生は、工房の一角で布団を敷いた。
レティシアは、充電用の魔法陣の上で休止状態に入った。
そして、私は――
先生から少し離れた場所に、布団を敷いた。
でも、私の心は落ち着かなかった。
『先生と…同じ部屋で…眠る…!』
これは、5冊のバイブルには載っていなかった状況だ。
いや、待って。
確か、紫の書には「夜の静けさの中で、心の距離を縮める」という章があったはず。
『これは…チャンスですわ…!』
私は、そっと起き上がり、先生の方を見た。
先生は、既に眠っているようだった。
『先生の寝顔…穏やかで…優しくて…』
私は、しばらく先生の寝顔を見つめていた。
そして――
『今なら…先生に近づいても…』
私は、そっと先生の方へと這い寄った。
水着姿のまま、音を立てないように。
先生の布団の近くまで来た時――
先生が、寝言を言った。
「…コロ…ありがとう…な…」
私は、ハッと動きを止めた。
『先生…まだ、コロさんのことを…』
私の胸が、キュッと締め付けられた。
先生は、コロさんのことを、本当に大切に思っていたのだ。
そして、今も――
『私は…先生の心を癒やせているのかしら…?』
私は、自分の無力さを感じた。
でも――
『いえ、諦めてはいけませんわ!私には、5冊のバイブルがありますもの!必ず、先生を幸せにして見せますわ!』
私は、そっと先生の布団に手を伸ばし――
そして、先生の手に、自分の手を重ねた。
先生の手は、大きくて、温かかった。
『先生…私が、必ずあなたを幸せにしますから…』
私は、そう心の中で誓いながら、そっと手を離した。
そして、自分の布団に戻った。
その夜、私は幸せな気持ちに包まれながら、眠りについた。
枕元には――5冊のバイブルと、日本のファッション雑誌が、しっかりと置かれていた。
翌日――
私が目を覚ますと、先生は既に起きていた。
そして、レティシアと何やら話をしている。
「おはようございます、先生」
私は、あくびをしながら挨拶した。
「ああ、おはよう、アリア君。よく眠れたか?」
「ええ、ぐっすりですわ」
私は、微笑んだ。
でも、内心では――
『昨晩、先生の手に触れたこと…バレていないかしら…!?』
私は、少しドキドキしていた。
「アリア様、おはようございます」
レティシアも、挨拶してくれた。
「おはよう、レティシアさん」
「本日の予定を確認します。工房修復作業の続き、物資調達のための街への偵察、そして――」
レティシアが言葉を止めた。
「そして?」
「アリア様の服の調達、です」
レティシアは、私の水着姿を見ながら言った。
「マスターと私で協議した結果、アリア様の現在の服装は『作業効率』『防御力』の観点から問題ないと判断されましたが、『社会的適切性』の観点から、通常の服を用意すべきという結論に至りました」
『え…?』
私は、一瞬困惑した。
『服を…用意する…?でも、この水着姿は、先生の視線を引きつけるのに最適なのに…!』
「でも、レティシアさん。私はこの水着で十分ですわよ?」
「アリア君」
先生が、真剣な表情で言った。
「君がその格好で平気でも、俺が…その…困るんだ」
「え…?」
「いや、その…君は美しいから…いや、違う…その格好だと、作業中に気が散って…」
先生が、珍しく言葉に詰まっている。
『先生が…困っている…?』
私は、ハッと気づいた。
『もしかして…私の水着姿が、先生にとって刺激的すぎたのかしら…!?』
『これは…紅の書の「大胆な肌見せ」が効きすぎたということ…!?』
『でも、効きすぎて先生が作業に集中できないのは、本末転倒ですわ…!』
私は、少し反省した。
「分かりましたわ、先生。では、服を用意しましょう」
「ああ…すまない、アリア君」
先生は、申し訳なさそうに言った。
こうして、私たちは街へと偵察に出ることになった。
物資を調達し、そして――私の服を手に入れるために。
でも、私の心の中では――
『服を手に入れても、時々はこの水着姿で先生の前に…いえ、バイブルによれば「適度な刺激」が大切…!完璧な戦略ですわ!』
私の「先生攻略作戦」は、まだまだ続いていた――。




