第40話 検証!下着の可動域と、意識の彼方へ…
私が深紫のランジェリー『月影の誘惑』姿で先生に問いかけるも、先生の意識はすでに半分朦朧としていた。
そんな先生の様子を気にしたのか(あるいは、単に自分の体が強張っているのを感じただけかもしれない)、私はこともなげに言った。
「ふぅ…少し体が固まってしまいましたわね。先生、わたくし、一寸柔軟でもしてもよろしいでしょうか?」
先生は、もはや思考能力のほとんどを失いかけていたが、曖昧に目を瞬かせた。
私は、先生の反応を肯定と受け取り、「では、軽く準備運動から…」と肩を回したり、背伸びをしたりした後、突然、アイスブルーの瞳を輝かせ、まるで重大な発見をしたかのように声を上げた。
「あ、そうだわ! 先生、せっかくこの素晴らしい『月影の誘惑』を身に着けておりますし、ついでにこのランジェリーの動きやすさや、身体への追従性についても検証しておきましょう! これも今後の『研究資料』の品質向上のためには、絶対に欠かせないデータですもの! まさに一石二鳥ですわ!」
先生は、かろうじて「け、検証…? な、何を…」と声を絞り出そうとしたが、私はもう「さあ、先生、しっかりとご覧くださいまし!」と、満面の笑みで次の行動に移っていた。
「では、まずは基本的な可動域から…」
私はそう言うと、そのしなやかで鍛えられた身体をゆっくりと動かし始めた。
そして次の瞬間、私は信じられないほど滑らかに、その美しい脚を左右に開いていった――完璧なY字開脚のポーズを、いとも容易く決めてしまったのだ!
深紫の『月影の誘惑』が、私の白くすらりとした脚のライン、そして引き締まった腰回りを、否が応でも強調する。
私は、その体勢を維持したまま、真剣な表情で先生に向かって「検証結果」を報告し始めた。
「先生、ご覧ください! この『月影の誘惑』、ここまでの開脚をしても、生地のどこにも突っ張りを感じませんわ! 縫製も非常に丁寧で、激しい動きにも耐えられそうです! 特に股関節周りの可動域を全く妨げないこの設計…素晴らしいですわ! 今後の下着開発の重要な指針となりますわね!」
私は――とても真剣だった。
この古代の技術を、しっかりと記録しなくてはならない。
そして――先生に、この素晴らしさを伝えなくてはならない。
しかし――先生の目は、完全に虚ろになっていた。
そして、限界を超えた先生の身体は、ついに悲鳴を上げたようだった。
まるでスローモーションのように、先生の体は静かに傾き始め、抵抗する力もなく、バタン!と音を立てて床に崩れ落ちた。
先生の意識は、完全に暗闇へと落ちていった。
「先生!? ま、またどうなさったのですか!? わたくしの下着の検証が、そんなに衝撃的でしたでしょうか…? もしかして、あまりの柔軟性に、魂が体から離れてしまったとか…?」
私は、Y字開脚のポーズを解き、慌てて駆け寄った。
心配そうに先生の顔を覗き込み、首をかしげた。
レティシアさんは、倒れた先生をスキャンし、いつもの冷静な声で告げた。
【マスターの意識レベル、完全に消失。心拍数、辛うじて維持。呼吸、極めて微弱。原因:アリア様によるY字開脚という超高難度柔軟運動の至近距離における視覚的提示、及びそれに伴うランジェリーの形状変化と身体的ラインの極限までの強調による、性的興奮、情報過多、そして脳の処理能力完全停止。結論:卒倒。アリア様、速やかにマスターの蘇生措置を開始してください】
私は、レティシアさんの言葉に頷いた。
「なるほど、先生はわたくしの検証に、色々な意味で限界を感じてしまわれたのですね…」
私は、全く的外れな解釈をしつつ、先生の蘇生に取り掛かった。
◇
床に崩れ落ち、完全に意識を失っていた先生。
その傍らでは、私が「先生!先生!しっかりしてくださいまし!」と半泣きで呼びかけ、レティシアさんが冷静に先生のバイタルサインを計測していた。
【…マスターの意識レベル、徐々に回復の兆候が見られます。アリア様、過度な揺さぶりは脳への負担を増大させる可能性がありますので、お控えください】
レティシアさんの静かな制止に、私はハッとして動きを止めた。
やがて、先生の瞼が微かに震え、うめき声と共にゆっくりと目が開かれた。
最初に先生の視界に飛び込んできたのは、心配そうに覗き込む私の美しい顔――そして、その背後に広がる、濃い紫色のランジェリー『月影の誘惑』をまとった私の肢体だった。
私は、先生の顔を覗き込むために屈んでおり、その豊かな胸元が、重力に従ってさらに危険な角度を形成していた。
先生の脳裏には、先ほどのY字開脚の衝撃映像が鮮明にフラッシュバックしたようだった。
先生はかろうじて声を絞り出した。
「あ…ありあ、君…その…格好は…」
私は、先生が目覚めたことに安堵の表情を浮かべ、満面の笑みで言った。
「まあ、先生! お気づきになりましたのね! 本当によかったですわ! やはり、わたくしの『心身活性化の秘儀』が、先生の潜在能力を刺激しすぎたのでしょうか…? 文献には、あまりに強力な刺激は一時的な意識混濁を引き起こすとも…」
私は真顔で、原因分析を続けようとした。
「先生、きっと栄養が不足していらっしゃるのですわ! これはわたくし特製の『濃縮ラベンダーエキス入り・古代ゴーレム用エネルギーゼリー(試作品)』です! きっとお口に合うはず…」
私は、『無限収納箱』から怪しげな紫色のゼリー飲料を取り出し、先生の口元へ運ぼうとした。
「ま、待てアリア君! そ、それは丁重にお断りする!」
先生は最後の力を振り絞ってそれを制止した。
レティシアさんが、そんな私たちのやり取りを冷静に見守りながら口を開いた。
【マスター、アリア様。マスターの卒倒の直接的原因は、アリア様の現在の服装とY字開脚による複合的な視覚的・精神的負荷が、マスターの許容量を大幅に超過したためと断定されます。アリア様、今後のマスターの健康と、任務の円滑な遂行のためにも、まずはその衣服をより適切なものに交換することを強く推奨いたします】
「まあ! レティシアさんまでそんなことをおっしゃるなんて…」
私は少し頬を膨らませたが、レティシアさんの「推奨」という言葉と、先生の尋常でない顔色の悪さを見て、ようやく納得した。
「…仕方ありませんわね。先生がそこまでおっしゃるのでしたら、この『月影の誘惑』の機能性検証は、また別の機会に…」
私は少し残念そうに呟くと、『無限収納箱』に向き直った。
私が取り出したのは、以前私が着ていたような、シンプルで機能的な旅装だった。
そして――私は、その場で、何の躊躇もなく、今身に着けている『月影の誘惑』を脱ぎ始めた。
「ア、アリア君ーーーーっ!!」
先生の悲鳴が、再び工房内に木霊した。
◇
数分後。
ようやくまともな旅装に着替えた私と、魂が半分以上抜けかかったような先生、そして表情一つ変えないレティシアさんの三人は、改めて工房の奥へと続く、先ほど開かれたばかりの扉の前に立っていた。
「先生、お待たせいたしましたわ。これで、心置きなく工房の探索に集中できますわね!」
私は、いつものように明るく微笑んでいる。
私の中では、先ほどの出来事は既に「解決済み」だった。
先生は、もはや何も言う気力もなく、ただ力なく頷いた。
レティシアさんが、扉の奥をスキャンしながら報告した。
【この先のエリア、複数の区画に分かれている模様。中央には大規模なエネルギー反応。そして…微弱ながら、複数の生命反応も検知します。ただし、人間のものではありません】
「生命反応…だと?」
先生の表情が、わずかに引き締まった。
私の瞳も、好奇心と技術者としての探究心で輝き始めた。
「いよいよですわね、先生! この工房の真の秘密に、一歩近づけるかもしれませんわ!」
私は――興奮していた。
未知の技術への挑戦。
そして――先生と共に歩む冒険。
私の「先生攻略作戦」は――まだまだ続く。
そして、私の『貴重な文献』の知識は、私の記憶の片隅で、次なる出番を静かに待っているのかもしれない…。




