第37話 開かずの扉と、天使の(文献準拠な)大胆提案
『セクター0:オリジンコア』に鳴り響いた警告音と共に、私たちの周囲の壁面から無数の小型攻撃ドローンが出現し、一斉にレーザーを発射してきた!
「来たか! アリア、レティシア、防御態勢!」
先生の叫びと同時に、私たちは即座に散開し、激しい応戦を開始する。
先生は騎士剣を振るい、飛来するレーザーを弾き返し、あるいはドローンの機体を直接斬り裂く。
私は、即席で展開した魔法障壁で身を守りつつ、ドローンの編隊飛行パターンを冷静に分析し、弱点となる制御個体を見つけ出そうとする。
レティシアさんは、両腕からエネルギーブラストを放ち、正確無比な射撃で次々とドローンを撃ち落としていく。
プチアリアンズも、小さな体でドローンのセンサーを撹乱するように飛び回り、健気に援護していた。
「先生! あの編隊の中央、ひときわ動きの早い個体が制御ユニットですわ! あれを叩けば!」
私の的確な指示を受け、先生とレティシアさんは集中攻撃を仕掛ける。
数分間の激しい攻防の末、ついに制御個体のドローンを破壊することに成功し、残りのドローンも機能を停止して床に落下した。
「ふぅ…なんとか、凌ぎましたわね…」
私は息を切らしながら、額の汗を拭う。
◇
私たちが進んだ先には、ひときわ荘厳で、巨大な一枚岩をくり抜いたかのような扉が立ちはだかっていた。
扉には複雑な紋様が刻まれているが、鍵穴も、制御パネルらしきものも見当たらない。
「これは…物理的な力では開きそうにありませんわね」
私は扉に近づき、その表面を注意深く観察し始めた。
レティシアさんも同時に扉の構造をスキャンする。
「先生、レティシアさん、ご覧くださいまし!」
しばらくして、私は声を上げた。
私が指差したのは、扉の両脇に安置された、人間とほぼ同じ大きさの男女一対の美しいクリスタル像だった。
像は互いに向き合い、そっと手を差し伸べ合っているかのようなポーズを取っている。
「この像の配置…そして扉に刻まれたこの紋様のパターン…! 間違いありませんわ!」
私の瞳が、キラキラとした輝きを放ち始めた。
私はリュックから(幸いにもラベンダー煙幕の際に紛失を免れた、あるいは予備を隠し持っていた)一冊の古びた『貴重な文献』を取り出し、該当ページを興奮気味に指差す。
「わたくしの愛読する『古代神殿の秘宝と、そこに隠された禁断の儀式大全』という、大変信頼性の高い学術書によりますと、これはまさしく『双魂共鳴型・聖扉認証システム』ですわ!」
「(で、出たーーーーっ! アリア君の文献シリーズ!!)…そ、双魂…なんだって?」
先生は顔を引きつらせながら尋ねる。
私は、頬をほんのり赤らめ、しかし自信に満ちた声で説明を続けた。
「はい! この文献にはこう記されておりますの! 『聖なる扉は、選ばれし異なる魂を持つ二者が、互いの魂を最も強く共鳴させる行為――すなわち、真実の愛を込めた聖なる口づけ――を、この対なる守護像の前で交わす時、初めてその道を開くであろう』と!」
私は、続けた。
「つまり先生! わたくしたちがここでキスをすれば、この扉は開くのですわ! なんてロマンチックで、そして合理的な認証方法なのでしょう!」
私は、うっとりとした表情で先生を見つめ、期待に胸を膨らませた。
「………………はぁぁぁぁぁぁ!?」
先生の絶叫が、静かな工房内に木霊した。
「き、き、き、キスだとぉぉぉ!? アリア君、君は本気で言っているのか!?」
先生は顔面蒼白になり、必死に他の解錠方法がないか周囲を見回し始める。
レティシアさんが、クリスタル像と扉を冷静にスキャンしながら報告する。
【扉の構造を解析。物理的な開錠機構は検出されず、高度な魔力認証システムが作動していると推測されます。クリスタル像の唇部分には、微弱ながらも人間の生体エネルギーを感知するセンサーが内蔵されている可能性は67.2%と算出されました。アリア様の仮説の妥当性は、前回の『永遠の愛』パスワードの件を考慮すると、無視できないレベルにあると言えます】
私は、そんな先生の葛藤など露知らず、頬をさらに赤らめ、しかし真剣な眼差しで彼を見つめた。
「先生…わたくしは、覚悟ができておりますわ。この工房の謎を解き明かし、アストリアの未来を救うため…そして、先生との絆を、より深きものとするために…」
私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「さあ、先生…!」
私は、ゆっくりと先生に顔を近づけ、そっと目を閉じた。
長い睫毛が微かに震えている。
私の心臓が、激しく高鳴っていた。
『これは…文献の教えの実践…そして…先生との…初めての…』
私の顔が、もう触れんばかりの距離まで迫っている。
私の甘い呼吸が、先生の顔にかかる。
先生は、固く目を閉じたまま、意を決して、私の唇に向かって顔を近づけようとした、その瞬間――!
ゴゴゴゴゴゴゴ…………
突如として、目の前の巨大な扉が、重々しい地響きと共に、ゆっくりと内側へと開き始めたのだ!
「「「えっ!?」」」
私と先生(と、おそらくレティシアさんも)は、同時に間の抜けた声を上げた。
扉は、完全に開ききると、その奥に続く新たな通路と、微かに漂ってくる未知のエネルギーの気配を示していた。
キスは、寸でのところで回避された(あるいは、されなかったのか?)。
私は、パチクリと目を開け、目の前の開いた扉と、まだ顔が数センチの距離にある先生の顔を交互に見比べ、そして首を傾げた。
「あら…? キスをしなくても、開きましたわね…? …もしかして、わたくしの文献、少し情報が古かったのかしら…?」
私は、どこか残念そうに呟いた。
先生は、全身から力が抜け、その場にへたり込みそうになるのを必死で堪えた。
レティシアさんが、開いた扉の奥をスキャンしながら冷静に告げる。
【扉の開錠シーケンスを再検証。…どうやら、先ほどの防衛ドローンとの戦闘時、マスターが破壊した制御個体のドローンが、この扉のロックシステムと連動していたようです。戦闘終了後、一定時間経過をもって自動的に開錠される仕組みだったと推測されます。アリア様の『キス認証』仮説の検証は、残念ながら今回は見送られました】
「そ、そうだったのか…」
先生は、安堵の表情を浮かべた。
私は、「まあ! それならそうと早く言ってくださればよろしかったのに、レティシアさん! わたくし、また一つ貴重な恋愛経験を積む機会を…いえ、なんでもありませんわ!」と、少し頬を膨らませた。
私の前には、新たな道が開かれた。
しかし、私の『貴重な文献』への信頼(と、キスへの未練?)は、まだまだ続くようである…。
◇
私は、内心で思った。
『文献の教えは…今回は外れてしまったけれど…でも…先生との距離は…確実に近づいているはず…』
私の心の中で、何か温かいものが動いていた。
それは――
先生への想いが、確実に深まっている証だった。




