第36話 開かれし扉の奥は…魅惑の聖衣工房? と、世紀の大発見(箱)
先生は、混乱のあまり、めまいを覚えたようだった。
しかし、私の反応は全く異なっていた。
私は、目の前の光景に一瞬呆然としたものの、すぐにそのアイスブルーの瞳を技術者特有の強い探究心でキラキラと輝かせ始めた。
「まあ! 先生、レティシアさん、ご覧くださいまし! このレースの編み込みの緻密さ! 現代のどんな刺繍機でも再現不可能ですわ! そしてこの繊維…触れてもよろしいかしら…?」
私は、勝手に触りながら続けた。
「…信じられないほどの伸縮性と耐久性、そして肌触り! しかも、微弱ながら魔力を帯びていますわ! これは単なる衣類ではありません! 何らかの機能性を付与された、まさに『聖衣』と呼ぶにふさわしい逸品です!」
私は、ディスプレイされていた極薄のキャミソール(のようなもの)を手に取り、その素材や縫製技術に感嘆の声を上げている。
そして、ふと思い出したようにポンと手を打った。
「分かりましたわ! これは、わたくしの愛読する『英雄叙事詩に学ぶ!彼の心を射止めるための決戦礼装大図鑑』に記述のあった、装着者の魅力を最大限に引き出し、戦闘能力すら向上させると言われる伝説の『魅惑の戦闘衣』の製造工場に違いありませんわ! まさか、こんな場所に実在していたなんて!」
先生は、心の中で絶叫しているようだった。
レティシアさんは、私とは異なる視点で周囲をスキャンしていた。
【これらのランジェリーが収められている箱…アリア様、そちらの箱の内部構造に興味深い点が。外部容積と比較し、内部空間に異常な拡張性が確認されます。未知の空間歪曲技術、あるいは高次元ストレージの原理が用いられている可能性が極めて高いです】
レティシアさんが指し示したのは、ランジェリーが一つ一つ丁寧に収められていた、美しい装飾の施された小さな箱だった。
「まあ! 本当ですわ!」
私はその箱の一つを手に取り、中を覗き込むと、見た目の数倍以上のランジェリーが整然と収められている。
「こ、これは…! 先生、この箱、とんでもない技術ですわ! まるで無限に物が入る魔法の箱…! こんなものが実在したなんて!」
私は、ランジェリーそっちのけで(いや、ランジェリーも気になるが)箱の構造に夢中になっている。
先生も、その異常な収納力を持つ箱を見て目を見開いた。
「なんだその箱は…!? そんな技術、アストリアでは見たことも聞いたこともないぞ…!」
「先生、これは世紀の大発見ですわ!」
私は、目を爛々と輝かせ、一つの『無限収納箱』を手に取ると、信じられない速さで周囲のディスプレイから様々なデザインの古代ランジェリーを次々と詰め込み始めた。
「この未知の繊維の解析、縫製技術の再現、そして何よりこの素晴らしい『無限収納箱』の技術! これらを持ち帰れば、わたくしたちの今後の活動に、そしてアストリアの未来に、必ずや貢献できるはずですわ!」
そして――私は、内心で付け加えた。
『ついでに、先生好みのランジェリーも見つかるかもしれませんし!』
私の言葉は、後半に行くにつれて若干本音が漏れていたが、私は研究者としての使命感に燃えているつもりだった。
先生は、あっという間にパンパンになっていく『無限収納箱』と、どこか嬉々としてランジェリーを選別している私の姿を交互に見比べ、深いため息をついた。
「アリア君…そんなに大量の…その…『研究資料』をどうするつもりなんだ…?」
その時、レティシアさんが部屋の奥へと続く、別の隠された扉の存在を示した。
【マスター、アリア様。この部屋の構造、及びエネルギーの流れを分析した結果、ここは工房全体のほんの表層部分、あるいは来訪者用の展示区画である可能性が高いです。工房の真の機能は、この奥に隠されていると思われます】
「やはり…!」
先生は気を引き締めた。
私は、『無限収納箱』(中身は大量の古代ランジェリーと、なぜか先生の分の着替えも数点紛れ込んでいるかもしれない)を大事そうに抱え、「ふふん、これで荷物の心配もありませんわね! さあ先生、工房の真の秘密を解き明かしに参りましょう!」と、すっかり元気を取り戻し、意気揚々と奥の扉へと向かった。
◇
私が『無限収納箱』を大事そうに抱え、意気揚々と先導する形で、私たちは『ランジェリー生産工場(表層)』の奥にあった重々しい扉を開いた。
その先には、先ほどまでのきらびやかでどこか俗っぽい雰囲気とは全く異なる、荘厳で静謐な空間が広がっていた。
そこは、まるで神殿の内部を思わせるような、天井の高い広大な回廊だった。
壁面は滑らかな未知の金属で覆われ、そこを青白いエネルギーラインが複雑な幾何学模様を描きながら脈動している。
「まあ…! ここが、この工房の本当の心臓部の一つなのでしょうね…」
私は、『無限収納箱』をそっと床に置くと、目の前の光景に息を呑んだ。
技術者としての魂が、未知のテクノロジーへの渇望で震えているのが分かる。
【マスター、アリア様。この区画のエネルギーパターン、及び情報密度は、先ほどの表層区画とは比較になりません。恐らく、工房全体の管理・運営システムがここに集約されているものと推測されます】
回廊の最も奥、一段高くなった場所には、巨大なクリスタルで構成されたかのような制御タワーが鎮座し、その表面には無数の古代文字や紋様が明滅していた。
「あれが、メインコントロールシステムのようですね。アクセスできれば、工房の全体像や、各セクターの機能、そして…放棄された理由も分かるかもしれませんわ」
私は、決意を秘めた瞳で制御タワーを見据えると、レティシアさんと共に慎重に近づいていく。
制御タワーの基部には、いくつかの操作パネルらしきものがあったが、それらは現代のアストリアの様式とは全く異なっていた。
「これは…古代の魔導インターフェースですわね。しかも、多重のセキュリティプロトコルで保護されているようです」
私は、額にうっすらと汗を滲ませながら、解析を開始する。
レティシアさんもその隣で、自身の演算能力をフル活用し、私の解析をサポートする。
しばらくして、私は「第一段階のプロテクトは解除できましたわ!」と声を上げた。
しかし、次に表示されたのは、より複雑な紋様の組み合わせと、パスワードの入力を要求する画面だった。
「うーん…この紋様の配列、どこかで見たような気がするのですが…」
私は腕を組み、うーんと唸る。
その時、私の脳裏に、以前熱心に読みふけっていた『貴重な文献』の一節が閃光のように蘇った。
『確か…あの『古代恋愛神話に学ぶ!彼の心を永遠に繋ぎ止めるための秘術大全』に載っていた、恋人たちが互いの愛を誓う際に用いたという、神聖な紋様の配列と酷似しているような…?』
私は、ハッとした表情で顔を上げた。
「先生! レティシアさん! 分かりましたわ! このパスワードは、きっと、この工房を創造した古代の人々の、何か普遍的で、そして最も強い想いが込められた言葉のはずです!」
「…というと?」先生が訝しげに尋ねる。
私は、頬をほんのり赤らめ、しかし自信に満ちた声で言った。
「それは、『永遠の愛』ですわ!」
先生は、そのあまりにもロマンチックな言葉に、思わず「いや、それはいくらなんでも…」と口を挟もうとした。
しかし、それよりも早くレティシアさんが反応した。
【アリア様の仮説に基づき、関連キーワードによるパスワード認証を試行します。『ETERNAL_LOVE』…認証成功。セキュリティレベル1、クリア。工房内基本情報へのアクセス権限を取得しました】
「…………え?」
先生は、自分の耳を疑ったようだった。
私は、「ふふん、やはりわたくしの推察通りでしたわね! 愛の力は偉大ですのよ、先生!」と、得意満面の笑みを浮かべた。
『やはり…文献の教えは正しかった…!』
アクセス可能になった情報パネルには、工房の基本的な構造図や、各セクターの名称、現在の稼働状況などが表示され始めた。
「…これは…! この工房は、大きく分けて7つの研究セクターから構成されているようですわ。そして、私たちが今いるのは、その管理統括を行う『セクター0:オリジンコア』…。そして、気になるのは…これ…」
私が指差した画面の一角には、【第7研究セクター:特殊生命体創造プロジェクト(コードネーム:キメラ)】という、ひときわ不穏な文字が赤く点滅していた。
「特殊生命体創造プロジェクト…キメラ、だと…?」
先生の顔に緊張が走る。
私は、その文字を見つめ、「なんと…興味深い研究テーマなのでしょう…! 一体どのような生命を…」と、技術者としての好奇心を隠せなかった。
「さらに詳細な情報にアクセスするには、各セクターのセキュリティを個別に解除していく必要があるようですわね」
その時、制御タワーのどこかから、これまでとは異なる低い警告音が鳴り響き始めた。
レティシアさんが即座に反応する。
【警告。セクター0内部において、複数の未確認エネルギー反応を検知。急速にこちらへ接近してきます。おそらく、工房の自律型防衛システムが、我々のアクセスを感知した模様です!】
「ちっ、やっぱり一筋縄ではいかないか!」
先生は剣の柄を握り、私を背後にかばうように身構えた。
私は、『無限収納箱』(の中のランジェリーコレクションと先生の着替え)のことはすっかり忘れ、その瞳に再び闘志と探究心の炎を宿らせた。
「望むところですわ! この工房の謎、全て解き明かしてみせます!」
私の心の中で――文献の教えが正しかったことへの喜びと、そして先生と共に困難に立ち向かう高揚感が、熱く燃え上がっていた。




