第25話 女神(人形)狂騒曲と、水着のグランドフィナーレ
ギデオンが、目の前のあまりにも異様な光景に言葉を失い、どう対応すべきか測りかねている、まさにその時だった。
「マスター、アリア様。緊急事態ではありますが、自己判断により追加の戦力(?)を展開いたしました。ご了承いただけますでしょうか」
レティシアさん(本人)が、いつもの冷静な口調で、しかしどこか悪びれる様子もなく告げた。
「追加の戦力だと? レティシア、一体何を…」
先生が訝しげに尋ねるより早く、私たちの背後、そして左右の通路の影から、ぞろぞろと何かが現れた。
それは――私と瓜二つの顔、そして私と寸分違わぬ、例の『防御結界付き最新素材下着』を身に着けた、全長30センチほどの小さなゴーレム(人形)たちだった。
しかも一体や二体ではない。ざっと見ても十数体はいる。
『レティシアさん…!まさか…!』
さらに驚くべきことに、その中には数体、レティシアさん本人と瓜二つの小さなゴーレムまで混じっている。
「レティシア…貴様…指示がない事をいい事に、一体何を…!?」 先生は絶叫した。
「マスター、エルリック様の工房にあった予備素材と、廃坑区画の金属片、そして私のナノマシンによる高速3Dプリンティング機能を用いれば、この程度の『無害なデコイ兼心理的撹乱ユニット』の量産は容易です。敵兵士たちの反応パターンを分析した結果、これが最も効率的な戦力無力化手段であると判断いたしました」
レティシアさんは、至極真面目な顔でそう答えた。
『レティシアさん…さすがですわ…!私の最高傑作…!』 私は、感動した。
目の前に突如として現れた、大量の『小さなアリア様(下着姿)』と、どこか私に似た雰囲気の『小さなレティシア様(ビキニ風)』。
ギデオンの屈強な護衛たちは、もはや思考を完全に停止していた。 先ほどまで先生たちに降伏していた兵士たちも、この光景を目の当たりにし、「おお…! アリア様の軍団…!」「レティシア様もこんなに…!」と、もはや信仰に近い熱狂に包まれている。
『これは…予想以上の効果ですわ…!』
ギデオンは、何が起こっているのか全く理解できなかった。
「…これ以上、争っても無意味だ…」
ギデオンは、絞り出すように呟いた。 彼の赤黒い瞳から、戦意というよりは、もはや生きる気力のようなものまで失われかけている。
「…撤退する。今日のところは、お前たちの勝ちだ…。だが、一つ条件がある」
「条件だと?」先生が訝しむ。
「そ、その…人形を、一体…いや、一体ずつでいい、譲ってくれ。そうすれば、この『エネルギーコア』も、そして我々が持つ『スヴェン殿下に関する情報』も、全てお前たちに渡そう。これは取引だ」
私と先生は顔を見合わせた。 あまりにも予想外の展開だが、これ以上の戦闘を避けられるなら、そして情報を得られるなら、これほど良い条件はない。
私は、悪戯っぽく微笑むと、コホンと一つ咳払いをした。
「…分かりましたわ、ギデオン殿。この子たち(小さな人形たち)も、きっとあなたのお役に立つでしょう。ただし、大切に扱ってくださいましね?」
『紅の書には「大胆な提案は、交渉を有利に進める」と書いてある…!』
その言葉と同時に、私が羽織っていた先生の外套が、はらりと肩から滑り落ちそうになった。
「あっ…」
私は慌てて外套を押さえようとするが、その拍子に留め具が外れ、完全に肩からずり落ちてしまった。
現れたのは、あの黒と青のラインが特徴的な、体にぴったりとフィットした特殊水着姿。
『ま、まさか…こんな時に…!』
瞬間、『黒曜石の間』の空気が、ピタリと止まった。
私は一瞬顔を赤らめたものの、すぐに吹っ切れた。
『もう、こうなったら同じですわ…!』
私は、どこか計算されたような笑みを浮かべると、堂々と胸を張った。 周囲に整列する『アリアMk-II』たちと、そして自分の姿を見比べ、高らかに宣言した。
「もう、こうなったら同じですわ! まさに『女神降臨』、ですわね?」
『紅の書には「自信満々な態度は、全てを圧倒する」と書いてある…!』『ここは…勝負に出ますわ…!』
その瞬間、『黒曜石の間』に、まるで光が差し込むような錯覚が起きた。
黒曜石の壁が放つ鈍い紫の光が、私の白い肌と特殊水着の青いラインを照らし出し、私の姿をより一層神々しく浮かび上がらせた。
整列する小さな人形たちは、まるで私の従者のように見え、その背後に立つレティシアさんは銀色の守護騎士のようだった。
そして、その中心に立つ私――
『これは…まさに…!』
ギデオンは、本物の『女神』の降臨を目の当たりにし、もはや完全に戦意を喪失し、その場に膝をつきそうになった。
降伏した兵士たちは、口々に「アリア様…!」「女神様…!」と囁き、その場に跪いた。
残っていた鉄鼠組の残党たちさえも、武器を落とし、呆然と私を見つめている。
『これは…計算外でしたけど…!』『でも…完璧な結果ですわ…!』
私は、先生を見た。
先生は、この光景を見て、思わず息を呑んでいた。
その瞳には―― 畏怖と、そして何か別の感情が浮かんでいる。
『先生…私を…どう見てくださっているのかしら…?』
『蒼の書には「男性は、勇気ある女性に惹かれる」と書いてある…!』『桃の書には「困難を乗り越えた後、恋は深まる」と書いてある…!』『紅の書には「自信満々な姿は、男性の心を奪う」と書いてある…!』
レティシアさんは、この騒動の間に、さらに数体のアリアMk-IIとレティシアMk-IIを完成させ、感涙にむせぶ兵士たちに配布していた。
こうして、自由都市リューンの地下深く、『黒曜石の間』を巡る戦いは、本物の『女神(私)』の降臨という、誰も予想しなかった形で、終息を迎えた。
私は、内心でガッツポーズをした。
『私の「先生攻略作戦」…予想外の展開でしたけど…!』『でも、先生は…私をどう見てくださったかしら…!』
先生は、何か悟りの境地に達しつつあるようだった。
その隣では、レティシアさんが冷静に記録を続けている。
【アリア様の『女神降臨』宣言。対象兵士たちの忠誠度、及び幸福度が最大値に到達。ギデオンの戦闘意欲、0.1%未満に低下。心理的影響、極大。今後の作戦におけるアリア様のカリスマ性の活用を推奨…ただし、マスターの精神的負荷も考慮すべし】
『マスターの精神的負荷…?』
エルリック様は、その全てを魔晶石に記録し終えると、満足げに頷き、そして高らかに笑った。
「ふぉっふぉっふぉ! いやはや、これだから若い娘は面白い! 儂の退屈な隠居生活に、とんでもない刺激をありがとうよ! これは傑作じゃわい!」
私は、この勝利を噛みしめた。
『計算外でしたけど…計算以上の結果ですわ…!』
私の「先生攻略作戦」は、思わぬ形で――『女神降臨』という形で――大成功を収めたのだった。




