第23話 小さな使徒の危機と、狂信者たちの目覚め
【ヒューマノイド・ユニットMk-II、起動。偵察任務を開始します】
レティシアさんの冷静なアナウンスと共に、私が設計し、廃坑の金属片と先生の予備パーツから『印刷』されたばかりの、全長30センチほどの可愛らしい人形――アリアMk-II――が、その小さな体で器用に通気孔へと滑り込んだ。
『私の発明が…ついに活躍する時が来ましたわ…!』
その姿は、フリフリの金属製ドレスをまとった、およそ偵察任務には不向きとしか思えないものだったが、搭載されたステルス機能と各種センサーは最新鋭だ。
AIスマホの画面には、アリアMk-IIから送られてくる『黒曜石の間』内部の映像がリアルタイムで表示される。
ギデオンと思わしき巨漢、屈強な護衛たち、そして祭壇の上に置かれた金属製の箱――『エネルギーコア』の可能性が高い。
『見えましたわ…!エネルギーコア…!』
【…祭壇周辺に複数の魔力トラップを確認。詳細な配置をスキャン中…敵の視線、こちらへ…!?】
アリアMk-IIが、まさにその小さな手で何かを操作し、より詳細なデータを送ろうとした、その瞬間だった。
「ん? おい、なんだありゃあ? 通気孔に…人形…?」
祭壇の近くで見張りをしていた鉄鼠組の組員の一人が、偶然アリアMk-IIの姿を捉えた。
『まずい…見つかりましたわ…!』
「人形? こんな場所に、子供の忘れ物か? いや、しかし…なんだ、このオーラは…」
別の組員も、訝しげにアリアMk-IIを見つめる。
彼らの目には、アリアMk-IIの姿が、なぜか神々しく、そして何よりも…攻撃してはならない、尊い存在のように映り始めていた。
『え…? なぜ、彼らはあんな表情を…?』
その時、ギデオンが忌々しげに吐き捨てた。
「チッ、このふざけた人形……見覚えがあるぞ。あの時逃げ出したネズミ共の手口か! また性懲りもなく来やがったか! 誰か、アレを叩き落とせ!」
ギデオンの命令を受け、最も近くにいた組員の一人が、無造作にクロスボウを構え、アリアMk-IIに狙いを定めた。
『あ、あの子が…!』
【警告! 敵対行動を感知! ユニットMk-II、回避行動に移りますが、このままでは破壊される可能性95%以上!】
レティシアさんの緊迫した声が、私たちの耳元の通信魔道具から響く。
AIスマホの画面には、小さなアリアMk-IIが必死に矢を避けようとする健気な姿が映し出されていた。
「まずい! アリア君、扉はまだか!?」
先生が叫ぶ。
「も、もう少しですの! この最後の術式さえ…!」
私も、額に汗を滲ませながら、必死に鉄の扉の魔法的ロックの解除を試みている。
『頑張れ…私の子…!』
その時だった。
「ま、待て! そ、そのお方(人形)を攻撃するな!」
「そうだ! なんてことをするんだ、お前は!」
クロスボウを構えた組員に対し、他の数人の鉄鼠組の組員が、突如として声を上げたのだ。
『え…? 何が起こっているの…?』
彼らの顔は真剣そのもの。いや、むしろ鬼気迫るものがある。
「な、何を言っているんだ、お前ら! ただの人形だぞ! ギデオン様の命令だ!」
クロスボウの男は困惑する。
「人形だと!? その輝き! その気高さ! その完璧なまでの造形美! あれは、我らが密かに憧れ、そしてお仕えすべき『アリア様』ご自身(の分身)に違いない!」
「そうだ! あのようなお方を傷つけるなど、万死に値する!」
「このままでは、アリア様(の分身)が破壊されてしまう! そんなことは、我々が許さん!」
『え…? アリア様…? 私の…?』
彼らは、勝手にアリアMk-IIを『アリア様の聖なる顕現』か何かだと確信し、真剣な(そして完全に間違った)使命感に燃え上がっていた。
「…お前ら、何を血迷って…」
クロスボウの男が呆然としている隙に、アリア様(人形)を守ろうとする兵士たちが、彼に掴みかかった。
「この裏切り者め! アリア様に弓を引こうとは!」
「我こそがアリア様の一番のしもべだ!」
「いや俺だ!」
かくして、『黒曜石の間』の入り口付近で、鉄鼠組内部での、アリア様(人形)の所有権(?)を巡る謎の内紛が勃発した。
「……何が起こっているんだ……?」
先生は、目の前のあまりにもシュールな光景に、もはや言葉も出なかった。
私も、扉のロック解除の手を止め、呆然とその様子を見つめている。
「わ、私の…人形が…?」
『まさか…私の「可愛いは正義」の理念が…こんな形で…?』
【マスター、アリア様。敵内部において、ユニットMk-IIの存在を起因とする戦闘及び降伏行動が発生。現在、ギデオン及びその直属の護衛を除く、周辺警備兵力の約70%が戦闘能力を喪失、あるいは我々に対して友好的な態度(?)を示しています】
レティシアさんの冷静な報告が、このカオスな状況を的確に分析する。
「…アリア君。君の『可愛いは正義』は、どうやらこの世界でも通用するらしいな…しかも、とんでもない形で」
先生は、乾いた笑いを漏らした。
『私の…発明が…予想外の効果を…!』
アリアMk-IIは、偵察任務の途中で発見され、破壊される寸前だった。
しかし、その『存在』自体が、予想だにしない形で敵の戦力を削ぎ、そして…奇妙な『信者』を生み出してしまったのだ。
「…先生。わたくしの人形…いえ、あの子は、今、何と…?」
私は、まだ状況が飲み込めていない様子で、先生に尋ねた。
「ああ…どうやら、『女神降臨』とでも言うべき状況らしい。ただし、女神は人形の方だがな」
『女神…降臨…?』
その時、私は扉の最後のロックを解除した。
「開きました!」
重々しい鉄の扉が、ゆっくりと開き始める。
その先には、この騒動に気づき、眉間に青筋を立ててこちらを睨みつけているギデオンと、その屈強な護衛たちの姿があった。
そして、扉の外では、アリアMk-IIを『ご神体』のように掲げ、こちらに降伏を申し出てくる兵士たちの集団が…。
『私の発明が…こんな形で成功するなんて…!』
私は、人生でこれほどまでに予想外で、そして先の読めない展開を経験したことはなかった。
『紅の書には「大胆な発明は、予想外の効果を生む」と書いてある…!』
『計算外…でも、結果オーライですわ…!』
私の「先生攻略作戦」は、思わぬ形で――私の発明を通して――新たな局面を迎えようとしていた。




