第17話 黒曜石の死闘と、水着の天使(リベンジ)
扉が開かれた瞬間、視界を埋め尽くしたのは、壁一面に埋め込まれた黒曜石が放つ妖しい紫色の輝きだった。
広大な地下空洞。『黒曜石の間』。
その中央、祭壇の上に鎮座する金属製の箱――間違いなく、日本の『エネルギーコア』だ。
『あれが…!』
私は、目を見開いた。
だが、祭壇への道は、無数の殺気によって遮断されていた。
「――ネズミが三匹。陽動に釣られるとでも思ったか?」
地の底から響くようなしわがれた声と共に、祭壇の前の闇が揺らぎ、巨体が姿を現した。
鉄鼠組リーダー、ギデオン。
身長は2メートルを超え、筋肉が鎧のように隆起している。
何より異様なのは、その両腕だ。
皮膚に直接埋め込まれた無数の魔石が、脈打つように禍々しい光を放っている。
「チッ、待ち伏せか!」
先生は即座に剣を抜き、私とレティシアさんの前に立った。
『先生…!』
「ようこそ、俺の城へ。……スヴェン殿下がお探しの『呪われたエージェント』と『賢しらな女狐』だな? 首を持って行けば、さぞかし喜ばれるだろうよ!」
ギデオンが地面を蹴った。
ドンッ!
爆発のような踏み込み音と共に、巨体が砲弾のように迫る。
速い!
「アリア、レティシア! 散開しろ!」
先生の叫びと同時に、ギデオンの剛腕が空を裂いた。
先生は剣で受け流そうとするが、衝撃で身体ごと吹き飛ばされる。
「ぐぅっ……! 重い……!」
「先生!」
私は、悲鳴を上げた。
そして、援護の魔法を放つ。
「氷結の矢(『アイス・アロー』)!」
数本の氷の矢がギデオンに殺到するが、彼はそれを素手で払い落とした。
魔力障壁すら展開していない。
肉体そのものが魔法に対する耐性を持っているのか。
「ハハハ! 効かんわ! 貧弱な魔術師風情が!」
ギデオンの裏拳が、今度はレティシアさんを捉えた。
エネルギーシールドを展開したものの、飽和攻撃に耐えきれず、レティシアさんの身体が壁まで弾き飛ばされる。
【警告。装甲損傷率15%。エネルギー残量低下。対象の戦闘能力は、こちらの予測を大幅に上回っています】
『レティシアさん…!』
強い。強すぎる。
先生は、血の味を噛み締めながら立ち上がった。
入り口からは、増援の部下たちがなだれ込んでくる。
完全な包囲網。
『まずい…!このままでは…!』
その時、先生の手が、ポケットの中の何かに触れた。
出発直前、エルリック様から渡された小瓶。
『煙幕じゃ。逃げる時に使え』
「アリア、レティシア! 私の近くへ! 防御態勢を取れ!」
先生が叫ぶと同時に、小瓶をギデオンの足元へ全力で叩きつけた。
「エリック特製、目くらましだ! 食らえ!」
パリン、と小瓶が割れる音が響く。
次の瞬間――
ズガアアアアアンッ!!!!
煙幕? 否。
それは、狭い地下空間を揺るがすほどの、とてつもない大爆発だった。
閃光が視界を焼き、爆風がギデオンを吹き飛ばす。
黒曜石の壁に亀裂が走り、天井が崩落する。
そして――
崩れた壁の向こう側から、轟音と共に「それ」が押し寄せてきた。
ドッパァァァァァンッ!!
大量の水。
壁の向こうにあった地下水脈が、爆発の衝撃で決壊したのだ。
鉄砲水が濁流となって空洞に雪崩れ込み、全てを飲み込んでいく。
「なっ……水!?」
先生が絶叫した。
水かさは瞬く間に増し、腰まで達する。
ギデオンと部下たちが、濁流に足を取られて流されていく。
「ぬおおおっ! な、なんだこれはぁぁ!」
私たちもまた、激流に翻弄されかけた。
重い装備が水を吸い、身体が沈む。
先生が、息ができなくなっている。
『先生…!』
その時だ。
私は、決断した。
『これは…まさに、私の「特殊スーツ」の出番…!』
『紅の書の教え…「準備した武器は、必ず使う時が来る」…!』
私は、着ていた旅装の上着を脱ぎ捨てた。
露わになったのは、あの黒いレースの下着――
いえ、違う!
今着ているのは、黒地に青いラインが入った、体にぴったりとフィットする「水中活動用特殊スーツ(という名の競泳水着)」だ!
濁流の中で、先生の手をガシッと力強く掴んだ。
「先生! こちらですわ!」
先生が、目を丸くした。
「ア、アリア君!?」
私は、水飛沫の中で、これ以上ないほどの満面の笑み――いえ、勝ち誇ったドヤ顔を見せた。
「ご覧になりまして!? 先生! まさにこの時のための『特殊スーツ』ですわ!」
私は叫んだ。
水流などものともせず、仁王立ち(水中だが)している。
『計算通り…いえ、計算以上ですわ…!』
『この瞬間のために、私はこの水着を買ったのです…!』
「このスーツは水流抵抗を極限まで減らし、さらに水中での身体能力を強化する魔術が付与されていますの! 今のわたくしは、陸上よりも自由! まさに無敵ですわ!」
私の目は「ほら見なさい! わたくしの買い物は正しかったでしょう!」と言わんばかりに輝いている。
『蒼の書には「準備を怠らない女性は、男性に信頼される」と書いてある…!』
『先生、私の有能さ、見てくださいまし…!』
先生は、この極限状況下で、まさか水着姿の私に説教(自慢)されるとは思わず、呆気にとられている。
でも、確かに私の言う通りだ。
重装備の敵が沈んでいく中、私だけがスイスイと動いている。
「先生! レティシアさん! さあ、わたくしにしっかりつかまってくださいまし!」
私は、細くしなやかな腕を先生に差し出した。
「この水流に乗って、崩れた壁の裂け目から一気に脱出しますわよ! わたくしがエスコートいたします!」
『桃の書には「女性が男性を守る瞬間、男性は運命を感じる」と書いてある…!』
『これは、まさにそのシチュエーション…!』
「……っ、頼む!」
先生は、迷わず私の手を掴んだ。
レティシアさんも私の腰にしがみつく。
「行きますわよ! 全速前進!」
私が水を蹴ると、信じられない推進力で三人は濁流を逆手に取り、加速した。
水没していく『アジト』。
もがき苦しむギデオン。
「逃がすかぁぁぁ!!」
ギデオンの怒号が聞こえたが、私の水泳速度には到底追いつけない。
三人は泥水と共に、闇の奥へと流されていく。
『やりましたわ…!先生を守れましたわ…!』
『私の「特殊スーツ」、大成功ですわ…!』
私は、先生とレティシアさんを引っ張りながら、心の中でガッツポーズをした。
『エネルギーコア』は手に入らなかった。
だが、命は繋がった。
ずぶ濡れの水着姿で、私は先生を導いた。
『紅の書の教え…「準備した罠は、必ず効果を発揮する」…!』
『計算通りですわ…!いえ、計算以上の結果ですわ…!』
私たちは、死地を脱したのだった。




