第13話 作戦準備と、私の決意
5冊のバイブルの真実が判明した日の午後。
衝撃は大きかったけれど、私は気持ちを切り替えて作業台に向かっていた。
落ち込んでいる暇はない。
先生を助けるため、そしてこの恋を成就させるため、私は手を動かさなければならないのだ。
「エルリック様、闇市場の『エネルギーコア』について、もう少し詳細を」
先生が、薬草の粉砕音に負けないよう声を張る。
「ふむ。おそらく本物じゃろう」
エルリック様は手を休めず、乳鉢に怪しげな色の液体を垂らした。
「このリューンには、時空の歪みからか、あるいは何者かの手引きか、異界の品が流れ着くことがある。それを嗅ぎつけて群がるのが闇商人どもじゃ」
「取引場所や、組織については?」
「小僧、儂を誰だと思っておる」
エルリック様がニヤリと、歯の抜けた笑みを見せる。
「取引は三日後、新月の夜。場所は廃坑区画の最奥、『黒曜石の間』。仕切っているのは『鉄鼠組』じゃ」
「鉄鼠組……」
聞き慣れない、しかし不穏な響き。
レティシアさんが即座に反応する。
「データベース照合。該当組織あり。リューンを拠点とする武闘派犯罪シンジケート。主な活動は違法売買、賭博、暗殺。構成員は元傭兵や脱獄囚が多数。リーダーの『ギデオン』は、身体の40%以上を魔導義体に置換した改造人間との情報あり」
「改造人間……」
先生の眉間にしわが寄る。
「ほう、そのアンドロイド、なかなか優秀じゃな。そこらのゴーレムとは次元が違う」
エルリック様が感心したように目を細めた。
『当然ですわ……! 私の最高傑作ですもの!』
私はドライバーを握りしめ、心の中でガッツポーズをする。
自分の子供が褒められたようで、鼻が高い。
「三日後か……準備期間としてはギリギリだな」
先生は腕を組み、私の方を向いた。
「アリア君、レティシアの武装強化や、潜入用装備の準備は間に合いそうか?」
私は作業の手を止め、工房の設備と、自分が持ち込んだマジックバッグの中身を脳内で計算する。
職人としての思考モードへ切り替える。
「はい、先生。この工房の設備をお借りできれば、レティシアさんの出力安定化と、私たち用の簡易隠密魔道具程度なら作成可能です」
私は冷静に答えたが、すぐに表情を曇らせた。
「ただ……本格的な戦闘になった場合、今のレティシアさんのエネルギー効率では、長時間は持ちません。最悪、機能停止します」
「エネルギー効率……。それが、今回のコア奪取の最大の理由でもあるな」
先生が重く頷いた時、レティシアさんが一歩前に出た。
「マスター、提案があります」
「何だ?」
「闇市場への潜入は、当機が単独で行います。マスターとアリア様は、この工房で後方支援と脱出ルートの確保をお願いします」
私は思わず声を張り上げた。
「レティシアさん! それは危険すぎますわ!」
「当機のボディ表面に、アリア様が先日購入された『防御結界付き最新素材(と主張する)下着』のデータを応用し、特殊な魔力コーティングを施せば、生存確率は54%まで上昇します」
……待って。
さらりと私の「勝負下着」のデータの話をしないで! しかも先生の前で!
私が赤面する隙も与えず、先生が即答した。
「却下だ」
短い、しかし絶対的な拒絶。
「レティシア、君は優秀だが、まだ起動したばかりだ。それに『鉄鼠組』は甘い相手じゃない。危険すぎる」
「ですが、マスター……」
「これは命令だ。潜入は三人で行う。誰も置いていかないし、誰も犠牲にはしない」
先生の強い眼差し。
レティシアさんは一瞬演算処理で固まったようだったが、やがて静かに頭を下げた。
「……了解しました、マスター」
その光景を見て、私の胸は高鳴った。
リーダーとしての決断力。仲間を守る強さ。
『先生……かっこいいですわ……!』
『紫の書』第4章。「危機的状況における男性の決断力は、恋の炎を加速させる燃料となる」。
まさにその通り! 今の先生なら、ドラゴンだって素手で倒せそうに見える!
『計算通り…いえ、計算以上ですわ…!』
私は、内心でガッツポーズをした。
「ふっふっふ……面白い小僧じゃ」
エルリック様が楽しげに笑う。
「いいじゃろう、三日後の作戦、この老いぼれも一枚噛ませてもらおうかの。家賃代わりに、とっておきの『発明品』を貸してやる」
◇
こうして、怒涛の作戦準備が始まった。
私はレティシアさんのメンテナンス用ベッドの横に陣取り、精密作業に入る。
「レティシアさん、エネルギーブレードの出力回路をバイパスします。少し熱くなりますわよ」
「了解。痛覚センサーはオフに設定済み」
私は拡大鏡を装着し、髪を束ねた。
目の前にあるのは、複雑な魔導回路と、先生の世界の技術が融合した奇跡の構造。
美しい。
一人の技術者として、この完璧な設計に見惚れる。
『私の技術と先生の技術が融合すると…こんなにも完璧な作品に…!』
私は、幸せな気持ちになった。
『蒼の書には「共同作業は二人の絆を深める」と書いてある…!これも、先生攻略の一環ですわ…!』
私は、ニヤリと微笑んだ。
「アリア様、質問があります」
作業中、レティシアさんが淡々と尋ねてきた。
「先ほどの『防御結界付き最新素材下着』ですが、構造解析の結果、物理防御力および魔法防御力は皆無と判定されました。アリア様はなぜ、虚偽のデータを?」
手が滑りそうになった。
「しっ……! 静かになさいレティシアさん!」
私は声を潜めて、工房の隅でエルリック様と地図を広げている先生の方を盗み見る。
聞こえていない……よかった。
「あれは、『精神的防御力』を高めるための装備なんですの!」
「精神的防御力……?」
「ええ。『これを着ている自分はイイ女である』という自信が、最大の防御になるのです。紅の書にも『自信を持って言い切ることが大切』と書いてありますわ!」
「……理解不能。ですが、マスターの生存戦略に寄与するなら、その定義を一時保存します」
危ないところだった。
AIの純粋な疑問は、時に最強の武器になる。
『でも、間違ってはいませんわ…!紅の書の教えは正しいのです…!』
私は、心の中で頷いた。
その頃、先生たちの作戦会議も佳境に入っていた。
「よし、基本方針はこうだ」
先生が私たちを呼ぶ。
「まず、エルリック様の用意してくださる『瞬間閃光混乱薬』を使って陽動を行い、警備を手薄にする。その隙に、アリア君と俺の二人で『黒曜石の間』内部へ潜入。『エネルギーコア』の捜索と確保を行う」
……え?
今、なんと仰いました?
先生と……私……二人で潜入?
「レティシアは外部からのハッキングと、退路の確保だ。内部は狭く、トラップも多い。身軽な人間の方が動きやすいと判断した」
先生の論理的な説明が、私の脳内でピンク色に変換されていく。
暗い地下道。
二人きりの潜入。
迫りくる危険。
高まる鼓動。
『これは……実質的なデートですわ!! しかも、吊り橋効果付きの!!』
『桃の書の第7章…「困難な状況こそが、二人を結びつける最高のシチュエーション」…!』
『まさに、この状況ですわ…!』
「アリア君、いいか?」
「は、はいっ! 喜んで! あ、いえ、了解いたしました!」
思わず裏返った声が出てしまった。
『計算通り…!いえ、計算以上の展開ですわ…!』
私は、内心で大喜びした。
◇
作戦決行の前夜。
私は寝袋の中で、鞄からこっそりと「それ」を取り出した。
漆黒のレースがあしらわれた、勝負下着。
月明かりの下、それは妖艶な光沢を放っている。
明日は命がけの戦場だ。動きやすい格好が一番なのは分かっている。
でも。
『紅の書の教え……「見えないところにこそ、大胆な罠を仕掛けよ」』
私は決意を込めて、それを胸に抱いた。
もし明日死ぬとしても、私は「最高に可愛い私」で終わりたい。
いいえ、死なない。
この「お守り」を身につけて、必ず先生を守り抜き、あわよくばドキッとさせてみせる。
『桃の書には「困難な状況こそが、二人を結びつける」とありますもの……!』
枕元には5冊のバイブル。
蒼、紅、桃、紫、黒。
スヴェン殿下の奥方様たち、どうか私に、愛と勇気と、あざといまでの女子力を!
私は静かに目を閉じた。
『明日は、先生との距離を一気に縮める絶好のチャンス…!』
『私の「先生攻略作戦」、地下迷宮編の始まりですわ…!』
決戦の時は近い。
私の「先生攻略作戦」は、地下迷宮という新たなステージで、クライマックスを迎えようとしていた。




