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天才魔導師(美女30)が、情けない恩師(42)を全力で守って落とします ~ポンコツ乙女の暴走ラブコメ~  作者: よっしぃ@書籍化


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第11話:賢者の塔と、動き出す影

 リューンでの騒がしい一夜が明けた。

 私は鏡の前に立ち、新調したばかりの旅装をチェックする。

 動きやすさを重視した濃紺の長ズボンに、清潔感のある白いシャツ。上から羽織るジャケットは、冒険者としても通用する丈夫な素材だ。


 完璧な「優等生」の装い。

 けれど、その下には――

 昨日、震える手で購入した黒いレースの下着が、肌に密着している。


『紅の書の教え、第三章……「見えないところにこそ、大胆な罠を仕掛けよ」。……完璧ですわ』

 鏡の中の自分に向かって、私は小さく頷いた。


 これはただのオシャレではない。

 私にとっての、ヨルグ先生を落とすための「戦闘服」なのだ。

 この「秘密」があるだけで、不思議と背筋が伸びる。


『先生は、まだ気づいていらっしゃらない…でも、いつか必ず…!』

 私は、自信満々に頷いた。


「先生」

 気合を入れ直し、私は隣室との仕切り戸を開けた。

「『賢者の塔』へは、私一人で行ってきますわ」


 部屋では、先生とレティシアさんが地図を広げていた。

 先生が顔を上げ、眉を寄せる。

「一人で……? 大丈夫か?」

「ええ。万が一、追手の目があるかもしれませんし、レティシアさんの存在もまだ公にはできませんもの」


 これは合理的で、誰もが納得する判断だ。

 けれど、本当の理由は別にある。


『先生が心配してくださっている……!「一人で行かせる不安」こそが、再会した時の安堵を倍増させるスパイス……!蒼の書の教え通り…!この距離感、計算通りですわ!』

 内心でガッツポーズを取りながらも、表面上は涼しい顔を保つ。


「分かった。だが、何かあったらすぐに連絡しろ。レティシアのセンサーで、君の位置は常に把握しているからな」

「ありがとうございます、先生」

 私が微笑むと、横に控えていたレティシアさんが淡々と口を開いた。


「マスター、アリア様。『賢者の塔』周辺の監視記録を再分析しましたが、スヴェン殿下の手の者と思われる明確な敵性反応は確認できませんでした。ただし、リューンは情報のるつぼ。常に警戒を怠るべきではありません」

「ありがとう、レティシア。君の分析能力は本当に頼りになるな」


 そう言って、先生は自然な動作でレティシアさんの銀色の髪をそっと撫でた。

 本当に、無意識に、ペットを愛でるかのように。


「……ッ」

 胸の奥がチクリとした。


 レティシアさんは無表情のまま、けれど心なしかその瞳を輝かせているように見える。

 彼女はアンドロイドだ。性別を超えた存在だ。

 分かっている。

 それでも。


『私も、先生に頭を撫でられたいですわ……!』


 唇を噛み締め、私はその光景から目を逸らすように踵を返した。

 今は任務が先だ。成果を持ち帰れば、きっと私だって――


『蒼の書には「焦りは禁物」と書いてある…!いずれ、私の番が来る。必ず!』

 私は、そう自分に言い聞かせた。


 ◇


 朝のリューンは、活気という名の混沌に包まれていた。

 様々な種族が行き交い、香辛料と鉄の匂いが混ざり合う。

 私はその喧騒を縫うように歩きながら、肌を刺すような視線に神経を尖らせていた。


 敵か、味方か、あるいは単なる好奇心か。

 でも、私は怖くない。


『紫の書には「危機こそがチャンス」と書いてある…!この緊張感が、先生との絆を深めるのですわ…!』

 私は、前を向いて歩いた。


 やがて、街の中心に聳え立つ『賢者の塔』が見えてきた。

 石造りの巨大な尖塔は、周囲の空気を圧するように静まり返っている。


 入り口の門番が、私の姿を見て槍を下げた。

「失礼します。私はアリア=セレスティア。賢者ハインリヒ・シュトラウス様に会いに来ましたの」

「アリア=セレスティア……? ああ、あのライナスの娘か。お前の師匠なら、いつもの三階の研究室だ」


 顔パスで通れたことに安堵しつつ、私は螺旋階段を上る。

 ひんやりとした塔の内部は、古い紙とインク、そして微かなオゾンの匂いがした。

 懐かしい、私の原点に近い場所。


 三階の研究室。

 重厚な扉をノックし、中へ入る。

「やあ、アリア君。久しぶりだね」


 書類の山から顔を上げたのは、白髭を蓄えた好々爺、ハインリヒ・シュトラウス。

 ゴーレム技術と古代文明研究の権威であり、父の旧友でもある私の師だ。


「ハインリヒ様、ご無沙汰しております」

 礼儀正しくカーテシーを行うと、彼は眼鏡の位置を直しながら苦笑した。

「君がわざわざここを訪ねてくるとは、珍しい。何か困ったことでもあったのかい?」


 私は表情を引き締め、手短に状況を説明した。

 ヨルグ先生のこと、レティシアさんのこと、そして私たちが追われている現状について。

 もちろん、「先生を落とすためのバイブル(恋愛指南書)」のことは伏せて。


 話を聞き終えたハインリヒ様の表情から、好々爺の柔らかさが消えた。

「……ふむ。あのヨルグ殿が、そのような状況に……。そしてアリアよ、お主が開発に関わったというその『新しいゴーレム』。……それは、もしかすると、この世界のパワーバランスを根底から覆すものになるやもしれんな」


 彼の言葉は、予言のように重く響いた。

 でも、私は動じない。


『私の最高傑作ですもの…!世界を変えるくらい、当然ですわ…!』

 私は、内心でガッツポーズをした。


 ハインリヒ様は立ち上がり、厳重に鍵のかけられた棚から、一束の古文書の写しを取り出した。

「これを。かつてこの大陸に存在したという、高度な機械文明に関する記述じゃ」


 受け取った羊皮紙に視線を落とし、私は息を呑んだ。

 そこに描かれている奇妙な文様、そして機械のスケッチ。

 それは、どう見ても――先生が持っていた「スマホ」や、レティシアさんの内部構造に酷似している。


「まるで……先生の故郷、日本の技術と似て……?」

 私の呟きに、ハインリヒ様が鋭い視線を向ける。

「もし、ヨルグ殿が追っているという『陰謀』が、この古文書にある『失われた力』に関係しているのなら……事態は我々の想像を遥かに超える。アリア、心して聞け」


 彼は声を潜め、警告した。

「しばらくは身を隠せ。スヴェン殿下の追手だけではない。この『力』の臭いを嗅ぎつけた何者かが、すでに動き出しているかもしれん」


『でも、私には先生がいる。レティシアさんもいる。大丈夫…!』

 私は、前向きに考えた。


「ありがとうございます、ハインリヒ様。……ご忠告、肝に銘じます」

 私は古文書の写しを胸に抱き、塔を後にした。


 ◇


 宿に戻ると、先生とレティシアさんが待っていた。

「おかえり、アリア君。何か分かったか?」

 先生の声に、焦りの色が滲んでいる。


 私はテーブルに古文書の写しを広げた。

「師からは、これを。……先生、これを見てください」


 先生はスケッチを見るなり、目を見開いた。

「これは……日本の技術と似ている……? いや、それどころじゃないな」

「ええ。私もそう思いましたわ」


 先生は厳しい顔で、自身のスマホの画面を私に見せた。

「俺たちの方でも、厄介な情報を見つけた。日本の……それも最新の試作型エネルギーコアらしきものが、このリューンの闇市場で取引されている可能性がある」


「なんですって!?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。

「日本の技術が、どうしてこんな場所に……しかも、闇市場で……」

「考えられるのは、俺以外にも日本とこの世界を往来している者がいるか、あるいは……何者かが意図的に日本の技術を持ち込み、悪用しようとしているかだ」


 部屋の空気が凍りつく。

 でも、私は負けない。


『これは…先生との距離を縮める絶好のチャンス…!桃の書には「困難こそが二人を結びつける」と書いてある…!』

 私は、前向きに考えた。


「マスター、アリア様」

 レティシアさんが静かに、しかし力強く割って入る。

「情報を統合し、分析した結果、以下の行動を提案します。第一に、この宿は既に安全とは言えません。早急な拠点変更が必要です」

「……確かに。私の師も、身を隠すよう助言してくれました」

「第二に、闇市場のブツを確認し、可能であれば回収、あるいは無力化する必要があります」

「ああ。危険は承知の上だ。だが、放置すれば取り返しのつかないことになる」


 先生の決意のこもった瞳。

 私はその横顔を見つめ、覚悟を決めた。


『この人と一緒に、最後まで戦う…!そして、必ず先生を攻略してみせますわ…!』

 私の心は、燃えていた。


「アリア様。師の知人で、市内に安全な隠れ家を提供してくれそうな心当たりは?」

 レティシアさんの問いに、私は記憶の糸を手繰り寄せる。


 頑固で、偏屈で、でも腕は確かな……

「……一人だけ、いますわ」

 私は顔を上げた。

「昔、父がお世話になったという古い錬金術師、エルリック・ザイドラー様です。今は引退して、街外れの廃れた地区で暮らしていますが……口の堅さは保証します」


「よし、決まりだ」

 先生が即断する。

「まずはそのエルリック殿と接触し、一時的な『アジト』を確保する。その後、闇市場への潜入準備だ」


 ◇


 夜の帳が下りるのを待ち、私たちは宿を抜け出した。

 向かうはリューンの外壁近く、迷路のような路地が入り組む旧市街。

 湿った石畳と、腐った木材の匂い。

 忘れ去られたような一角に、蔦の絡まる古い石造りの家がひっそりと佇んでいた。


 私は深呼吸をし、古びた木の扉をノックする。

 しばらくして、中から不機嫌そうな、しわがれた声が響いた。

「……誰じゃ? こんな夜更けに……何の用じゃ。怪しい奴ならポーションの実験台にするぞ」


 相変わらずだ。

 私は苦笑しながら、扉越しに声を張る。

「夜分に申し訳ありません、エルリック様。私はアリア=セレスティア。ライナスの娘です。折り入って、ご相談したいことがございまして……」


 ギィィ、と重苦しい音を立てて扉が開く。

 現れたのは、背の低い、しかし眼光鋭い老人だった。

 鼻をつく薬品とアルコールの匂い。


 彼は私をじろりと舐めるように見て、背後の先生とレティシアさんに視線を移した。

「……ほう。ライナスの忘れ形見か。それにしても……何やら厄介事をたっぷり抱え込んでいる顔つきじゃな」


 エルリック様は、ニヤリと口の端を歪めた。

「まあ、入れ。話くらいは聞いてやる。ただし、つまらん話ならカエルの干物にするからの」


 家の中は、カオスそのものだった。

 足の踏み場もないほど実験器具が散乱し、本棚からは古書が溢れ出している。

 私たちはその一角を借り、事情を説明した。


「……ふむ。異界の技術者ヨルグ殿と、アリアと、美しい人形。面白い組み合わせじゃな」

 髭をしごきながら、エルリック様は楽しげに笑う。

「ライナスの娘が頼みに来たんじゃ、断る理由はないわい。ここを使うがよい。ただし、家賃代わりに少しばかり実験を手伝ってもらうぞ」


 その言葉に、私は心の底から安堵のため息をついた。

「ありがとうございます、エルリック様!」

「ふぉっふぉっふぉ、若いもんは見ていて飽きんわい」


 こうして、私たちはリューンでの「拠点アジト」を手に入れた。

 薄暗い工房の一角、薬品の匂いが漂うこの場所が、私たちの新たな城だ。


 その夜。

 借りた毛布にくるまりながら、私は枕元に5冊の「バイブル」と、先生から借りた日本の雑誌を並べた。


『明日から、先生と一つ屋根の下……共同生活の始まりですわ!』

 私は、ワクワクした。


 寝返りを打ち、先生が眠る方向をそっと見る。

 外の世界では陰謀が渦巻き、命の危険さえある。

 けれど、不思議と怖くはなかった。


『これは…先生との距離を縮める絶好のチャンス…!黒の書には「共同生活こそが最強の武器」と書いてある…!』

 私は、自信満々に頷いた。


 私の「先生攻略作戦」は、この偏屈な錬金術師の工房で、第2フェーズへと移行するのだ。


 私は、黒いレースの下着をそっと撫で、ニヤリと微笑んだ。

『計算通りですわ…!』

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