第10話 リューンの洗礼と、お風呂騒動
あの夜、工房を脱出してから三日が経った。
私たち三人は、レティシアさんが展開する生体反応抑制フィールドに守られながら、森を抜け、岩がちな丘陵地帯を越えて、ようやく自由都市リューンの城壁が見えてきた。
「レティシア、追手の気配は?」
先生が、小声で尋ねる。
「半径5キロメートル圏内に、組織的な追跡パターンを示す魔力反応はありません。ただし、複数の不審な単独行動者が散見されます。スヴェン殿下の密偵か、あるいは賞金稼ぎの可能性も否定できません」
レティシアさんの分析能力は、本当に素晴らしい。
私は、安堵のため息をついた。
あの夜の脱出は、本当に危なかった。
でも、レティシアさんの完璧な支援のおかげで、何とか逃げ切ることができた。
『やはり、私の最高傑作は違いますわ…!』
私は、内心でガッツポーズをした。
「賞金稼ぎ、か…厄介だな」
先生が、苦々しく呟く。
「先生、あまり思い詰めないでください。今は、まずリューンに無事たどり着くことが肝心ですわ」
私は、先生を励ました。
先生は、あの謁見の間での屈辱以来、少し元気がない。
でも、私がいる。
レティシアさんもいる。
先生は、もう一人じゃない。
『私が、先生を守ります…!』
私は、心の中でそう誓った。
やがて、私たちの眼下に、巨大な城壁に囲まれた都市が広がっていた。
自由都市リューン。
様々な種族が行き交い、活気に満ちているが、同時に無法者や裏組織の噂も絶えない場所。
「ようやく着きましたわね」
私は、先生を見上げた。
「ええ。エルリック様に会えるのが楽しみですわ」
「よし、まずは情報収集と、レティシアのエネルギー補給だな。それから、その老錬金術師に会いに行こう」
「はい。ただ…この姿で会いに行くのは、少々…」
私は、自分の水着姿を見下ろした。
外套を羽織っているとはいえ、やはり恥ずかしい。
「はは、確かにそうだな。まずはまともな服を調達しないと、『賢者の塔』どころか、門番にも怪しまれる」
先生が、苦笑する。
私たちは、リューンの城門をくぐった。
街の喧騒と、多様な種族の往来に、少し圧倒される。
でも、レティシアさんのナビゲーションのおかげで、すぐに衣料品店を見つけることができた。
「先生、まずは服を! 私の秘密のへそくり(金貨)は、工房の床下に隠していたので無事でしたの。今日は私がパトロンですわ!」 私は、懐の金貨袋を鳴らしながら、先生を強引に店の中に引き込んだ。
店内には、様々な服が並んでいる。
旅装、街着、そして――
「まあ! 素敵な下着ですわ!」
私は、下着売り場で足を止めた。
レースやフリルのついた、とても魅力的なデザインの下着が並んでいる。
『これは…紅の書の「勝負下着」の章で推奨されていたデザインですわ…!』
私は、興奮で胸が高鳴った。
「アリア君、あまり派手なものは避けてくれよ。我々はまだ追われている身かもしれないんだ」
先生が、困ったような顔で言う。
でも、私は既に決めていた。
「先生、これは必要経費ですわ。それに、このデザイン…よく見ると、特殊な魔術繊維が編み込まれているようです。防御結界の機能があるかもしれません」
「…本当か?」
「ええ。技術者としての勘ですわ」
私は、自信満々に答えた。
実は、そんな機能があるかどうかは分からない。
でも、紅の書には「勝負下着は女性の最後の武器」と書いてある。
これは、絶対に必要。
結局、私はレースのついた黒い下着をいくつかと、動きやすい旅装、そして質素ながらも品のある街着を購入した。
そして、レティシアさんが事前にリストアップしてくれた宿へ。
部屋に入るなり、私は言った。
「さ、まずは何よりもお風呂ですわ!」
三日間の旅で、体は汚れている。
それに――
『お風呂といえば、紫の書の「入浴の技術」…!先生との距離を縮める絶好のチャンス…!』
私は、ワクワクした。
私は、外套を脱ぎ捨て、この水着のファスナーに手をかけた。
「ちょ、アリア君! 待て待て! まずは着替えるのが先だろう!?」
先生が、慌てて制止する。
「あら、先生。合理的ではありませんわ。お風呂で汗を流してから新しい服に着替えるのが一番効率的です」
私は、意に介さず、水着を脱いだ。
そして、新しく買った下着を身につける。
黒いレースのついた、とても大胆なデザイン。
『これで…先生の視線を釘付けに…!紅の書の教え通り…!』
私は、鏡で自分の姿を確認した。
悪くない。
いや、完璧。
私は、バスタオルを体に巻き、湯殿へと向かった。
お湯は、ちょうど良い温度。
私は、ゆっくりと湯船に体を沈めた。
「ふぅ…いいお湯ですわ…」
しばらくして、私は決意した。
『紫の書の教え…「疲れた殿方を癒やすには、入浴を共にするのが効果的」…!』
私は、湯船から上がり、バスタオルを体に巻き直した。
先生は、隣の部屋で休んでいるはず。
私は、そっと扉を開けた。
「先生」
「ん? どうした、アリア君?」
「少し、お話がありますの。湯殿で、ご一緒してもよろしいですか?」
先生は、一瞬驚いた顔をした。
でも、すぐに苦笑した。
「アリア君…またその作戦か」
「作戦ですって? 私は、ただ先生と一緒に入浴したいだけですわ」
私は、上目遣いで先生を見た。
先生は、少し考えてから、ため息をついた。
「…分かった。だが、あまり無理はするな」
私は、内心でガッツポーズをした。
『やった…!紫の書の教え、効果がありましたわ…!』
私は、先生を湯殿に案内した。
先生は、服を脱ぎ、タオルを腰に巻いて湯船に入る。
私も、バスタオルを外し、下着姿のまま湯船に入った。
「ア、アリア君…! 下着は脱がないのか!?」
「あら、先生。これは水中活動用の特殊素材ですのよ。濡れても問題ありませんわ」
私は、さらりと嘘をついた。
実は、ただの普通の下着。
でも、紅の書には「下着姿を見せることで、男性の保護欲を刺激する」と書いてある。
これは、計算通り。
「先生…お疲れでしょう? 少し、肩を揉んでもよろしいですか?」
私は、先生の背後に回った。
「い、いや…大丈夫だ…」
「遠慮なさらないでください」
私は、そっと先生の肩に手を置いた。
その時――
「失礼します、マスター」
扉が開き、レティシアさんが入ってきた。
「レティシア!? 君まで!?」
先生が、驚きの声を上げる。
「マスターの護衛、及び健康状態のチェックは私の任務の一つです。入浴中は最も無防備な状態ですから、ご一緒すべきと判断いたしました」
レティシアさんは、その美しいアイスブルーの瞳で、淡々と答える。
そして、そのまま湯船に入ってきた。
「それに、レティシアさんの言う通り、この湯船、三人でも入れないことはありませんわ。効率的ですもの。ねえ、先生?」
私は、悪戯っぽく微笑んだ。
先生は、完全に諦めた表情で、湯船に沈んでいる。
『ふふ…紫の書の教え、完璧ですわ…!先生との距離が、さらに縮まりましたわ…!』
私は、内心で大満足だった。
風呂上がり。
私は、新しく買った下着を着て、鏡の前に立った。
黒いレースのついた、とても大胆なデザイン。
「先生、この下着、どう思いますか?」
私は、先生に尋ねた。
「い、いや…俺に確認されても困るんだが!? というか、早く服を着てくれ!」
先生が、慌てて目を逸らす。
『先生の反応…完璧ですわ…!紅の書の教え通り…!』
私は、満足そうに頷いた。
その夜、私は新しい服を着て、ベッドに横になった。
枕元には、5冊のバイブルと、日本の雑誌。
「さて…明日は『賢者の塔』に行って、師匠に会いますわ」
私は、蒼の書を開いた。
「知的な会話で心を掴む」
『先生との距離は、着実に縮まっています…!この調子で、次の作戦も…!』
私は、ワクワクしながら眠りについた。
明日から、リューンでの新しい生活が始まる。
まずは、賢者の塔で「まずは、賢者の塔でエルリック様の情報を得て、それから彼の隠れ家へ」
そして、先生との距離を、さらに縮める作戦を実行する。
私の「先生攻略作戦」は、新たな舞台で、さらに加速していく――。




