第5話 黒い檻
「──参等級現象体『道化』の沈黙を確認。」
「収容はどうした。」
「......申し訳ございません。取り逃がしました。」
「取り逃がしただと?どういうことだ。」
「はい。禍境内に侵入していた民間人が......吸収しました。」
「吸収....?
おい、その民間人について直ちに調べろ。」
「承知いたしました。」
「それと、新人の管理も怠るなよ。」
「はっ。心得ております。」
──────
────ピラッ
──
─
「終わった....のか...?」
激しい戦闘の末、あの怪異は掌の印に吸い込まれて消えた。
静寂が残る。
「倒した...よな...?」
「おそらくは。じゃが油断はならん。その印には常に気を配っておけ。」
胸の奥にざわつきが残る。
怪異への不安か、それとも──。
割り切れぬ感情を胸に押し込み、俺はひとまず帰宅することにした。
────
部屋で体を休めながら、今後の行動を整理する。
戦闘中、妙な「視線」を感じていた。
怪異のものとも違う。なにか、ずっと監視されているような...
「おまへはんも、きがふいへおったか」
タマが伊達巻を頬張りながら言った。
「んぐ…あの場所じゃがな、少なくともわしら以外の人間が潜んでおった。
恐らく怪異を狙っていた連中じゃ。」
「じゃあ、追わないと!」
「まぁ待て。少なくとも、相手は怪異を狙う連中じゃ。
正面から対峙しても返り討ちに合うのが落ちじゃろう。」
「でも......!」
「落ち着かんか。まずは調査じゃ。
夜になれば狐の瞳もまた使える。今日の夜、あの場所に戻るぞ。」
もどかしさを抱えながらも、俺は頷くしかなかった。
──夜
俺たちは再び現場へ戻っていた。
「お前さん、あの時わしが唱えた祝詞は覚えておるか?」
「祝詞......?」
「そうじゃ。狐の瞳を起動するには祝詞を唱える必要があるんじゃが......その様子じゃと覚えておらんようじゃな。」
タマは呆れつつも、丁寧に唱え方を教えてくれた。
「今お前さんが見たいものを強く念じろ。それで効果も変わってくる。
あとは祝詞を唱えるだけじゃ。」
教えられた通り、心に念じ、祝詞を口にする。
パキッ...ギイィィィィン────
視界が光に包まれ、空気がざわめき始めた。
その光の中に、黒い影のような残滓が浮かび上がる。
「......あそこじゃな。」
影が示す方向へ進むと、複数の足跡、燃えかけの札、そして紙片が落ちていた。
手に取ると──それは何かの報告書だった。
「国家現象管理機関...?」
どうやらどこかの組織のものらしい。
これがタマの言っていた連中だろうか。
内容は断片的だが、次の怪異に関する記録が残されていた。
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<国家現象管理機関_怪異収容局_現象体収容指示書>
記録名:案内人<冥界ノ扉>
案件符:ACB-朱印-域-019
等級:弐等級
目撃場所:████市████町███神社にて目撃。
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黒塗りが多く、読めるのはここまで。
けれど、その神社の名は知っていた。
「この場所......俺、行ったことある。
ここからもそんなに遠くないはず...」
「ほう。お前さんこの場所を知っておるのか。
連中と正面から鉢合わせるのは避けたいが、
今は夜──怪異が最も活発に動ける時間じゃ。
奴らとて、わしらと怪異の両方を相手にするのは骨が折れるはず。行くなら今じゃがどうする?」
そう言ってニヤリとこちらを見る。
「──もちろん、行くに決まってる」
フフッと笑うと、タマが俺の肩に飛び乗る。
「良い返事じゃ。では案内せい!」
俺たちは、目的地の神社に向けて歩き始めた。
────
歩くこと数十分。
例の神社には到着したが、連中はおろか怪異すら見当たらない。
「ここで間違いないはずだけど……。」
辺りを見渡してみる。
真っ赤な鳥居とその奥に佇む本殿。
特に異常は見えない。
「中を確かめてみるか。」
俺たちは鳥居をくぐった。
その瞬間──
ぐにゃり
空気が重く変質し、肌に粘りつく。
タマが毛を逆立て、低く唸った。
ギギギギギギ......
背後からの不快な音。そこには────
異形の怪異が、闇の奥からこちらを睨みつけていた。