第3話 相棒
あの夜、家に戻った俺はタマの言葉を思い返していた。
「怪異の王……」
呪いを解くには、そいつを探し出さなければならない。
だがどこから探したものか...
額に手を当てていると、ふいに背後から声がした。
「悩んでおるなぁ?」
思わず振り向く。そこには、あの狐──タマがいた。
「タマ!?なんでいるの!?」
「お前さん1人じゃ何も出来んじゃろ?心配になってついてきたんじゃ。
わしの力を奪った連中にも、借りを返す必要があるしのう」
ニヤリと笑うその仕草は、どこか企みを含んでいた。
しかし、タマの表情はすぐに真剣味を帯びる。
「ただな、今のわしにできることは限られておる。基本的にはお前さんの“力”に頼ることになりそうじゃ」
「俺の力?そんなの何も...」
呆れ顔でタマは首を振る。
「まったく、お前さんは何もわかっとらんのう」
「──お前さんは、誰に呪われたんじゃ?」
まるで真意を突いたかのような言葉に少し戸惑いつつ、答える。
「……怪異の王、だろ?」
「なら、その力もまた使えるはずじゃ」
「……え?」
呪いが力になる?悪いものだとばかり思っていたのに…
思わず掌を見つめ、そこに刻まれた印を見つける。
「…なんだ…これ」
あの山へ向かう前にはこんなものはなかった。
恐る恐る、この印について尋ねる。
「な、なぁ…この印…」
「知らん」
「……は?」
俺が聞くより先にタマが答える。
「奴の呪いが関わっている、とだけ断言してやろう。それ以上はわしでも分からん。」
「いや、だって──」
「“使える”とは言ったが、その正体まではわしでも分からん。役に立つかもしれんし、立たんかもしれん」
そう言ったタマの目は鋭く、焔のように光っていた。
「ただ一つだけ確かなのは、お前を呪った相手は並の怪異ではないということじゃ。その分、使える力も大きいが、反動もまた大きい」
「お前さんに、それと向き合う覚悟はあるか?」
強大な力──
不安が胸を締めつける。だが同時に、もう後戻りはできないことも分かっていた。
「……やるさ。この力、使いこなしてみせる」
タマは鼻で笑った。だがその目は、わずかに俺を認めているように見えた。
「よし。ならまずは怪異を探す必要があるな」
「怪異?」
「そうじゃ。怪異の王以外にも、この世には多くの怪異が蔓延っとる。あの連中も王だけを狙っていたわけではなさそうじゃ。怪異を辿れば連中とも出くわすじゃろう。王の手がかりも見つかるかもしれん」
筋は通っている。
怪異が他にもいることには驚いたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「分かった。じゃあ、明日にでも探しに行こう」
「たわけ。どうやって探すつもりじゃ? 怪異は人間の目には映らんぞ」
痛いところを突かれ、思わず反射で答えた。
「……タマがどうにかしてくれるんだろ?」
タマは深々と溜息をついた。
「はぁ……全くどうしようもないやつじゃ……まあ、元々そのつもりではあったがな」
そう言って差し出してきたのは、丸い“目玉”のようなものだった。
「うわっ……何これキモ…」
「なっ!? なんじゃと! 我が祝福『狐の瞳』を……き、きもいとはぁっ!」
祝福...?...なんだそれは...?
「もーうしらん!助けてなどやらん!」
「あー分かった、ごめん! 悪かったから!」
「誠意が足りん!」
ぷりぷり怒るタマを宥めていると、ふと妙案を思いついたように口を開いた。
「……伊達巻! 伊達巻を山ほど用意せい! そしたら考えてやらんでもない」
伊達巻??
油揚げじゃないんか。
とか思ったが、また何か言われそうだったのでやめておいた。
「はいはい、伊達巻ね。スーパーにあったら買ってくるよ」
「絶対じゃぞ!」
念を押してから、タマはようやく満足したらしい。
とりあえず先ほどの祝福について聞いてみた。
「ああ。祝福とはな、力ある怪異が他者に授けるギフトのようなものじゃ。ま、それが呪いになることもあるがな。」
そこで一拍置き、タマは誇らしげに告げた。
「で、わしの祝福『狐の瞳』はな、全てを見透す力を持っておる。これを使えば、怪異の痕跡を辿ったり、干渉したりできるというわけじゃ。」
「なるほど……つまり『狐の瞳』で怪異を探し出し、そこからあの連中を辿って怪異の王に繋げるってことか」
うむ、と頷くタマを見て、俺も大きく息をついた。
明日は忙しくなりそうだ。
布団に潜り込みながら、胸の奥に宿るざわめきを感じる。
それは恐怖と期待の入り混じった、奇妙な熱だった。