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最終話 狐の瞳の向こう側

吹き荒れる衝撃波が床を砕き、天井の蛍光灯が一斉に破裂した。

俺は刀を握りしめ、目の前の“父”──神代 隆と対峙する。


隆の背後には、暗闇を揺らがせる四つの影。

怪異の王の直系とされる四体。その姿は人型でありながら、人ではない何か。


隆は静かに指を鳴らした。


「始めようか。透。」


四体の怪異が同時に襲いかかる。


ひとつは巨腕を振り下ろし、もうひとつは空間そのものをえぐるように伸び、

残りの二体は高速で影を滑るように接近してくる。


「くっ......!」


あまりの速さに体が追いつかない。

衝撃波により態勢が安定しない中で、鋭い斬撃が首を一直線に狙ってくる。

どうやら父は俺のことを母を甦らせるための道具としか思っていないらしい。

気づけば直系の攻撃は眼前に迫っていた。


ヒュンッ────


完全に切られた。

慌てて首元を押さえる。


「......あれ?」


何ともない。

致命傷は免れないと思っていたが、かすり傷一つついていなかった。

横に目を向けると幻影の怪異がフフッと笑った。

それを見て隆も笑う。


「幻影で時間稼ぎか。だが──甘い。」


次の瞬間、直系達はフッと消えたかと思うと、俺たちの周囲に瞬間的に移動した。

このまま距離を縮められれば、幻影でも打破は難しいだろう。


俺は咄嗟に鉱石の怪異へ目を向ける。

すると、その意図を察したかのように周囲へ巨大な黒柱を生成し、直系からの攻撃を遮断する防御壁となった。


「ひとまずはこれで安心じゃな...」


タマが呟く。


「だが、この壁もどこまでもつか...」


陣の言うとおり、黒柱もどれくらい耐えられるかわからない。

ひとまずの攻撃は防げたものの、先ほどからドスンッ、ドスンッと重い衝撃が絶え間なく続いている。


「どうしたものか....」


悩む俺たちを嘲るかのように外から隆の声が聞こえる。


「壱級怪異にしてはやるじゃないか。だが、それもどこまでもつかな?」


ビシッ


ついに黒柱にヒビが入る。

額に冷や汗が走る。

鉱石の怪異も表情に疲労が表れ始めていた。


何かないか...この状況を打破する突破口...


「───黒柱を解け」


切り裂くような声が響く。

突拍子もない発言に目を向けると、タマが鋭い視線でこちらを見上げていた。

俺が理由を尋ねるよりも先にタマが口を開く。


「待たせたな。時間稼ぎご苦労じゃった。」


すると、タマの瞳が金色に輝きだした。


「わしの本気を見せてやる。さぁ、視界を開けよ。」


本来の能力を取り戻したタマの力。

どうやらその力が十分に馴染んだらしい。

正直不安もある。が、俺はタマの力を信じることにした。

鉱石の怪異へ黒柱を解くよう指示をする。

巨大な黒柱が崩れ落ち、直系と俺たちを遮るものがなくなった。


「ほう...諦める気になったのかな?こちらとしてはもう少し遊んでもよかったが、そのほうが楽で助かる。」


隆の発言にタマが返す。


「諦める?フッ、笑わせてくれるわ。その言葉、そっくりそのまま返してやる。」


そう言うと、タマの瞳がより一層輝きを増し、あたりを一瞬の閃光が走る。

咄嗟に目を閉じ、ゆっくりと見開くと、そこには巨大な妖狐が佇んでいた。

そしてこの姿を俺は見たことがある。

その巨大な口は、タマとの出会い、神哭山で俺を丸吞みにしようとしたときのそれだった。

青銀色の毛並みに、対照的な赤い紋様が怪しく明滅している。

妖狐の本来の姿──玉藻前の顕現である。


「これが...タマの本来の姿...」


タマが俺のほうを見て少し微笑む。

そして直系に目を向けたかと思うと、巨大な尾を振り抜き、囲んでいた直系すべてを吹き飛ばした。


「やはり古怪異は凄まじい力だね。神として崇められるだけのことはある。」


自身の怪異が吹き飛ばされたにもかかわらず、その表情にはまだ余裕があった。

そして古怪異という単語...父さんはタマについて何を知っているのだろうか。


「ただ、その力を利用せず、弱者との共生を選んだことは理解に苦しむよ。」


隆の目の色が変わる。


「力っていうのはね、こうやって使うんだ。」


奇怪な呪文を唱えたかと思うと、吹き飛ばされた直系たちが不気味に立ち上がる。

かなりのダメージを受けたはずなのに、その姿は先ほどよりも禍々しいオーラを放っていた。

そして、タマに向かって一斉に攻撃を仕掛ける。


「くっ...」


タマも必死に対抗するが、徐々に押されていた。

いや、4体の直系を相手にしていることを考えれば、これでも善戦しているというべきだろう。

だが、やはり純粋な暴力とそうでないものとでは、戦闘力に明確な差が生まれていた。


「透!ぼやっとするな!」


陣の声に我に返る。


「俺が隙を作る。その隙にヤツを叩け!」


タマのほうを見る。


「そやつの言う通りじゃ。あのバカを止めてこい!」


しかし、直系の攻撃は益々激しくなる。

戸惑う俺に、タマが叫ぶ。


「大丈夫じゃ、こんな被造物ごときに負けるわしではない!!」


心配はある。しかしタマの気持ちを無駄にするわけにはいかない。

自身の気持ちを押し殺して踵を返す。

そして陣とともに父のもとへと走りだした。


「喰らえ!」


陣の銃弾が一点を狙い撃ち、隆の袖がかすかに裂けた。

隆が一瞬だけ目を見開いた。


「......陣。君は相変わらずだな。人間の限界を、まだ信じている。」


「うるせえよ......あんたなんざ、上官でも父親でもねぇ!」


陣は弾倉を叩き込み、再び撃ち続ける。

その執念が隆の注意を確実に削っていく。


そして──


俺は全てを織り交ぜるように駆け、隆の懐へ飛び込んだ。


「父さん......終わりだッ!」


刀が隆の頬をかすめ、血が散る。


隆は後方に跳び退くと、口元に笑みを浮かべた。


「──ふふ。良い成長だよ、透。」


だが、その笑みには不穏さが宿っていた。


─────────────────────


隆がパンパンと手を叩く。


「お前たち、もう十分だ。」


すると、先程まで殺意に満ち溢れていた直系怪異は、次々と機能を停止し、黒い霧となって消えていった。


「透。母さんに会えるよ。」


「え...?」


同時に背後で、何かが蠢く音がする。


ゴポポポポポポポ────パリンッ


振り向くと鎖に繋がれていた怪異の王が、

巨大なガラスの球体を突き破り、おぼつかない足でそこに立っていた。


「おや、そちらが先に起きてしまったか。君にはもう少し眠っておいてもらいたかったんだがね。」


隆が特殊な杭を手に王の元へ歩み寄る。

すると王は足元で眠る母の方へ目線を落とした。


「おい...まさか...やめろ!!!」


しかし、王はそのまま母へ近づき身体を密着させる。

そして、ボキボキと音を立てながら、その境目が曖昧になっていく。


「うっ」


思わず嘔吐く。

見るに堪えないおぞましい光景。

実の母でありながら、混ざってしまったそれは、もう別の何かであることは明白だった。


隆は肩越しに言った。


「この戦闘で発生したエネルギー。

それを王に吸わせ、母さんの中の怪異を王へ移し、“人”として甦らせるはずだった......。

だが......これは......」


王の身体が膨張し、光の管が母であったものの身体を引き裂くように絡みつく。


隆が絶望の声を上げた。


「こんなことは望んでいない......貴様だけは....貴様だけは許さんッ!!」


怪異の王は咆哮とともに拘束を完全に破壊し──


“異形の王”として目覚めた。


その存在は、世界そのものを圧迫する“災厄”だった。


─────────────────────


タマは真正面からぶつかるが、王の尻尾のような触手に吹き飛ばされ、壁を砕いて倒れ込む。


陣の銃弾は空間ごと捻じ曲げられて消滅する。


幻影は一瞬で霧散し、鉱石の壁は触れる前に粉砕された。


隆でさえ、王の咆哮だけで吹き飛ばされ、床に激突して動かなくなる。


──絶望。


膝が折れかけた、その瞬間。


透の刀が淡く光り、

空気が柔らかく震えた。


時が止まったかのように、光の中から一匹の狐が姿を現す。

白銀の毛並み、赤い瞳。

鉱石の怪異と戦ったあの時に現れた、狐の少女。


「そ......その気配......まさか......」


タマが震える声を漏らす。


狐は微笑んだ。


「久しいな、玉藻前。いや、タマと呼んだほうが良いか?相変わらず小柄で可愛いな。」


そしてそのまま俺を見る。


「剣の腕はまだまだだが、前回よりは成長したようだな。」


狐の存在に気付いた王が触手を振り下ろす。


「危ない!!」


そう思ったのもつかの間、狐が手をかざすとその攻撃は俺たちをすり抜けた。

何度も攻撃を続ける王だが、その攻撃はことごとく無効化される。


「折角の再会を邪魔しないでほしいね。」


そして再度こちらを見る。


「私は天狐。君の母──御影 沙耶さや、そしてその先祖、怪異の王の生贄となった巫女の友であった者だ。

私はあの二人を救えなかった。

だからせめて......最期くらい、きれいに終わらせてやりたくてな....」


そして思いつめたように口を開く。


「私だけの力では、攻撃は防げても致命傷は与えられない。

そこでそなたの力を貸してほしい。」


「力...?」


「そうだ。そなたには神代家の血と御影家の血が流れている。

哀れな姿となった彼女たちを鎮めるには、二つの力が必要なのだ。」


「わかった。やってみる。」


「恩に着る。だが、わかっているな?その....姿は変われどそなたの肉親であることに変わりはない。」


一瞬動揺したが、それでもなぜかこれは自分がやらなければならないことだと感じた。

母さんのためにも、生贄になった御影の巫女のためにも、こんな因縁はここで断ち切らなくちゃいけない。

でも、わがままを言うなら、もう一度だけ会いたかった。


「大丈夫。もう覚悟は決めてる。」


天狐の身体が光の粒に変わり始める。


「そうか...強いな....そなたは。重ねて礼を言う。」


そう言うと、タマのほうにも目を向ける。


「タマ。透達のことは......任せたぞ。」


「ふん、折角の再会じゃというのに、もうお別れか。

それでよくわしの師匠を名乗れたもんじゃ。次会うのは100年後かの。」


天狐は何も言わず微笑み、こちらへ振り向き手を重ねた。


「受け取れ。天狐の力を──そして、御影の巫女たちの想いを。」


光が俺の胸に溶けこみ、刀に宿った。


天狐は消える直前、囁くように言った。


「どうか、彼女達を......救ってくれ。」


そして光は、消えた。


─────────────────────


刀を構える。


タマはまだ立ち上がれない。

陣も動けない。

隆は意識を失っている。


──もう、俺しかいない。


「母さん......行くよ。」


葛藤はある。

だが、母を“閉じ込めているもの”を断ち切るために。

跳躍し、空を裂くように刀を振り下ろす。


しかし、王も触手を伸ばし俺を貫こうとしてくる。


その時、ポケットで何かが脈打った。


狐の瞳。


タマからもらった、あの小さな欠片。


それを握った瞬間、刀身が眩い光に包まれた。


王の攻撃は淡い光に溶け、こちらには届かない。


「さよなら...母さん」


そしてついに、光が王を貫いた。


─────────────────────


怪異の王の身体が、大きく、深く、空間ごと裂ける。

その裂け目は異世界のように輝き、俺を包み込む。


「──これが、狐の瞳の向こう側......。」


そして裂けた空間へと吸い込まれる。


そこは静かな光の世界だった。

目の前に、若い頃の母──御影 沙耶が立っていた。


「透......大きくなったね。」


今までの思いが溢れ出る。

涙が止まらない。

俺は声も出せず、ただ泣きながら母に抱きついた。

母は俺の気が済むまで抱きしめてくれた。


やがて、もう一人。

巫女の少女が姿を現し、微笑む。


「ありがとう。私たちを、御影家を救ってくれて。」


その姿はもう消えかかっていた。

ふと振り向くと、母の姿も消えかかっている。

それはもう残された時間が少ないことを示していた。


俺は溢れ出る涙を拭いながら、彼女たちに笑って別れを告げた。


天に昇っても悲しまないように。ただ笑って手を振った。


母と巫女は光に包まれ、天へと昇っていく。


「母さんッ!!」


「大丈夫よ、透。あなたなら......きっと。」


俺の叫びは、光に溶けていった。


─────────────────────


俺は現実世界に戻った。

怪異の王は消滅し、辺りは静寂に包まれていた。


「終わったんだな」


振り向くと陣が煙草を咥えて立っていた。


「ああ」


「もうACBも終わりだな。このバカは俺が医務室まで運んでおく。」


フッと笑うと、「そこの小さいやつの面倒を見てやれ」と告げ、陣は父を担いでその場を後にした。


目線を向けると、力を使ったせいでまた小さくなっていたタマが横たわっている。

慌てて駆け寄ると、どうやら寝ているだけのようだ。


そして、俺はタマを抱えてその場を後にした。


─────────────────────


その後────


組織のトップを失ったことで、ACBは機能を停止した。


神代 隆は、ACBに拘束されていたが脱走。そしてACBのすべての罪を告白した。

どうやらあの時、父も母と再会できたらしい。

彼女の最後の言葉が彼を変えたのだ。

これにより事実上ACBは解体となった。


陣はACB解体後、自身と同じ志の職員を集め、新たな組織を立ち上げた。

王が消えても怪異は消えない。

ACBが解体されても、まだ残っている怪異を適切に管理する組織は必要だ。


「これでちょっとはあいつも認めてくれるかな」


陣は空を見上げ、かつての後輩を思うのであった。


俺はタマと共に、春から始まる大学生活までの休みをのんびりと過ごした。

本来の力を取り戻したタマも、「こっちのほうが過ごしやすい」といってずっと小さいままである。


怪異の王も、怨念も、御影家の因縁も消えた。


春の風が吹き、タマと並んで歩く。


「......なんか、あっという間だったな。」


「うむ。だがわしらの旅はこれからじゃぞ?」


フッと笑い、タマのほうを見る。


「そうだな。これからも、よろしくなタマ。」


タマは尻尾を揺らし、微笑んだ。


──物語は終わり、そして続いていく。

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