第18話 潜入
ACBの地下施設は、息をすることすらためらうほどに静まり返っていた。
白い照明が並ぶ無機質な廊下。その奥で、俺たちは気配を殺して進む。
「いつ気づかれてもおかしくない。急ぐぞ」
俺とタマは頷き、足音をできるだけ抑えながら速足で後に続く。
陣の話によると、この施設の最下層には、常に立ち入りを禁じられた区画があるという。
過去に大きな事故があったという噂もあったらしいが、今思えばそれも怪異の王を隠すためのフェイクシナリオだったのだろう。
警備職員の目を掻い潜り、無機質な施設を進む中、タマがふいに足を止めた。
「どうした?」
「行きたい場所があるんじゃ」
白い毛並みの尻尾がゆっくりと揺れる。
その瞳には、何か決意のような光が宿っていた。
「お主らを巻き込むことになるかもしれんが......ついてきてくれるか?」
俺は陣に目をやる。
ため息をつきつつも、「あまり時間をかけるなよ」とだけ言って頷いた。
「よし、行こう。」
俺が答えると、タマは短く笑った。
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タマの導きで進んだ先は、封鎖区域だった。
分厚い鉄扉には、生体認証とカードキーが二重で設けられている。
「どうする?突破は厳しいぞ」
陣が言う。
「方法ならある」
タマがこちらを見る。
はっと気づいた俺は、掌から影の怪異を呼び出す。
扉前の職員の影から、黒い靄が立ち上る。
やがて、それは職員そっくりの姿を形作った。
「なっ、何者だ!!!」
影に気づいた職員が武器を構えようとしたが、影の手刀により一瞬で無力化された。
「.....全く便利な力だな」
陣が呟く。
影がカードを通すと、重々しい音とともに扉が開いた。
冷気が流れ出し、内部の照明が青く灯る。
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部屋の中央に、奇妙な装置が鎮座していた。
円形のガラス容器の中で、淡い光が脈動している。
「......やはり、ここにあったか」
タマが近づく。その表情は怒りでも悲しみでもない。ただ、静かな確信。
「お前さんと出会った時、ACBに力を奪われたといったな。──それがこれじゃ」
「これが......」
ゆらゆらと揺らめく光はタマが歩み寄るにつれて光度を増す。
淡いながらも、どこか力を感じるオーラが漂っていた。
タマが手をかざす。
光が脈動を強め、やがて装置のガラスが砕け散る。
眩い光が部屋を満たした。
───風が起こり、影が蠢き、金属が歪む。
その瞬間、俺は思った。
“これが、タマの本来の姿か”。
獣でも、人でもない。
何か、根源的な“力”そのもの。
「ふぅ......懐かしい感覚じゃ」
タマの瞳が深い紅に染まる。
「これでようやく取り戻した。わしのすべてを───」
光が収まると同時に、タマは静かに目を閉じ、周囲に手をかざした。
空気が揺れる。まるで世界の膜を撫でるように。
「......陣の予想通り、下層からただならぬ力を感じる」
「怪異の王......」
俺が呟く。
「行くぞ。今度こそ、すべてを終わらせる」
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陣とタマの案内のもと、さらに奥へと進む。
すると、前方に下層へと続くエレベーターが現れた。
「あれだ......」
だが、通路上、エレベーターに乗るにはセキュリティゲートを通過する必要がある。
警備員も他の区画より明らかに多い。
「透、いけるか...…?」
「ああ」
掌から幻影の怪異を呼び出す。
「ふぁぁ.....。久々の出番かしら......」
眠そうに伸びをする幻影。
呼んだのは影の怪異と戦闘したとき以来か。
幻影はあたりを見回した後、俺の顔を見て笑う。
「ふふ、いい表情をするようになったわね」
そう言うと、周囲の空間が微かに歪んだ。
「これで気づかれないはずよ」
恐る恐る歩みを進める。
警備員の目の前を通り過ぎたが、相手は一切気づく様子はなかった。
やがて、セキュリティゲートの前に辿り着く。
「この先に、怪異の王が......」
ゲートからエレベーターまでは長い廊下が続いている。
遠目ではわからなかったが、壁にはおびただしい数の札が張り付けられていた。
その一つ一つが、封印の補助を担っているのだろう。
エレベーターに向かって歩みを進めようとしたその時────
「待って!!!」
幻影が俺の前を塞ぐ。
「私の力で欺けるのは“人”や“怪異”だけ。このゲートのセンサーはご主人達を検知するわ」
すると陣が口を開いた。
「それでも、俺は行く」
らしくない発言に一瞬動揺したが、もう後戻りなどできないことを俺自身も理解していた。
「ああ、俺も同じだ」
「お前さんがその気ならわしも行くぞ!」
三人の意思を汲み取った幻影は、呆れながらも笑って言った。
「まったく....仕方のない人たちね。時間は私が稼ぐわ。」
そして、俺たちはゲート内へ足を踏み入れる。
────"警告。ゲート内に生体を検知しました。関係者は直ちに対象を無力化してください。"
アラームと同時に、警備職員たちが一斉にこちらへ向かってくる。
「そうはさせないわ」
幻影が手をかざすと、空間が歪み、職員たちは逆方向へ駆け出していった。
しかし、警備ドローンは真っ直ぐこちらへと向かってくる。
焦った表情の幻影がこちらへ振り向いた。
「さぁ、早く行きなさい!!」
幻影を背に、俺たちは全速力でエレベーターへと走る。
しかし、ドローンはすぐ後ろまで迫っていた。
「このままだと追いつかれるぞ!!!」
咄嗟に手をかざし、鉱石の怪異を呼び出す。
黒い柱が床を貫き、背後に迫るドローンを粉砕する。
しかし、次々と別の機体が迫ってくる。
エレベーターは目前。
ギリギリのところで乗り込み、急いで扉を閉める。
───ガチャ
扉が閉まり、下層へと動き出した。
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どれくらい経っただろうか。
エレベーターは深度を下げ続けているが、一向に止まる気配がない。
そして、ある異変に気付く。
寒い。
下層に進むにつれ、冷気が濃くなっていく。
吐く息はすでに白くなっていた。
「そろそろじゃな...」
タマが呟いた瞬間、エレベーターのベルが鳴る。
──“禁等級 第零保管区”
アナウンスと共に扉が開く。
目の前に広がるのは、巨大な空間だった────
「......ここが」
息を吞む。
岩肌が露出した壁面。無数のケーブルと装置が張り巡らされ、その最奥には圧倒的な存在感を放つ、分厚い鋼鉄の扉が聳え立っていた。
歩みを進め、扉の前に立つ。
その中心には、ACBのシンボルマークと“特務課”の刻印が刻まれていた。
「準備はよいか...?」
タマの声に、俺は頷いた。
「...ああ、行こう!」
陣が銃を構え、俺は掌から刀を抜く。
「開くぞ!!」
タマが目を閉じ、念ずる。
その意志に呼応して、扉がゆっくりと開いた。
異様な静寂。
天井の高い空間に、巨大なガラスの球体が浮かんでいた。
中に収められているのは、黄金色の鎖に縛られた“何か”。
「これが......怪異の王......?」
それは人の形をしていた。だが、顔も輪郭も曖昧で、まるで“人という概念”を無理やり形にしたような存在だった。
その胸は特殊な封印符で固定され、周囲には黒い触手のような影が蠢き、時折、ガラス越しに何かを探るように這い回っていた。
──だが、それだけではなかった。
ガラスの外側、球体の根元にもう一つの“生命体”が繋がれていた。
透明な培養液の中で、ゆっくりと呼吸するそれからは、どこか懐かしい存在を感じた。
「......人間?」
小さく息を呑む俺たち。
タマの紅い瞳が、微かに震えていた。
「いや、違う......あれは──」
タマが言いかけたその時────
「そこまでです。」
声のした方を振り向くと、そこには──見覚えのある人物が立っていた。




