第17話 決意
楓が死んでから、まだ数日しか経っていない。
それなのに、時間の感覚はひどく歪んでいた。
俺とタマは、街の外れにある廃ビルの一室に身を潜めていた。
割れた窓から吹き込む夜風が、埃を舞い上げる。
「......タマ、眠れそうか?」
「すまんな......わしは大丈夫じゃ。お前さんこそ先に休んでおくといい。」
そう話すタマの表情は暗い。
日が経つにつれて勢いを増すACBの捜索に、俺もタマも疲れ切っていた。
「楓......」
小さく呟き、拳を握る。
その名を口にするたびに、胸の奥がひりつくように痛んだ。
彼女の最期の言葉と、血の温度が、今も焼き付いて離れない。
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一方その頃、陣はACBの詰所に残っていた。
机の上には、楓の形見となった刀の一部が置かれている。
その刃の欠片を見つめながら、陣は深く息を吐いた。
「......やってられないな」
最愛の弟子を撃ったのは、同じACBの人間だった。
理由は命令。上の判断。それだけ。
“異常は排除しろ”。その一言で片付けられる世界に、もう何の正義も感じなかった。
ACBに見切りをつけた陣は最後に楓から伝えられた約束を果たすため、深夜の研究棟へ忍び込んでいた。
警備の目を避け、かつて楓が扱っていた怪異データの保管端末を開く。
正規の手順を避け、隔離保管のログサーバを探る中、断片的ではあるが興味深い記録が目に入った。
《特別等級現象体:怪異の王》
《ステータス:収容済み/責任部署:特務課》
その一文を見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。
ACBがずっと追っていた“怪異の王”が、ついに捕らえられたというのか。
だが、特務課───そんな部署は、正式には存在しない。
陣は、理解した。
ACBはもう、自分の知る組織ではない。
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俺とタマが潜伏を続けていた夜。
小さな物音が、静寂を破った。
「......来たか」
反射的に立ち上がり、タマを庇うように前へ出る。
次の瞬間、外壁が爆ぜ、閃光弾が投げ込まれた。
視界が白に染まる。
声を上げる間もなく、俺たちは包囲され、拘束された。
俺が最後に見たのは、タマが尾を逆立てながら必死に叫ぶ姿だった。
気がつくと、暗いコンクリートの部屋だった。
手錠で繋がれ、タマは隣の隔離セルに閉じ込められている。
頭の奥で鈍い痛みが響く。
「......ここは、どこだ」
返事はない。
ただ、蛍光灯の低い唸りだけが続く。
ACBに捕らえられたことは明らかだった。
どんな尋問が待っているのか、想像するまでもない。
深く息を吐き、目を閉じた。
そのときだった。
────カチャ。
自動扉の錠が、音を立てて開く。
眩しい光が差し込み、そこに立っていたのは───
「......陣?」
陣は何も言わず中へ入り、手錠を外す。
その動きは手慣れていた。
「ACBを......裏切ったのか」
「裏切ったって言葉は好きじゃないけどな。あんな組織、もう終わってる」
タマも檻から出され、俺のもとへ駆け寄る。
その小さな手を握ると、確かな温もりが返ってきた。
「陣......なんで助けてくれた?」
「楓が死んだあと、いろいろ調べたんだよ。そしたら......」
陣から”怪異の王“が収容されていることを聞かされる。
その声には疲れと焦りが混ざっていた。
そして、その情報を持ち出すことが、どれほど危険なことか、俺にはすぐに分かった。
「行く気か?」
苦笑いした陣の顔は、すでに俺の返答を知っているようだった。
「当たり前だろ。俺の解呪のためだけじゃない。死んだ楓のためにも、奴らには一泡吹かせてやる。」
「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ。」
陣と目を合わせ、最後にタマの方を見る。
怪異でありながら、彼女の表情には人間以上の覚悟が宿っていた。
「ああ、わしも行く覚悟はできておる。奪われた力も取り戻さねばならんからな。」
陣が扉の外を確認し、手で合図を送る。
廊下の向こうでは、警報の赤い光がゆっくりと点滅している。
「時間がない。急げ」
三人は静かに通路を進む。
ACB内部──かつて仲間だった場所。
だが今は、俺たちに牙を剥く檻そのものだ。
冷たい鉄の階段を下りながら、自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。
恐怖でも怒りでもない。
ただ、確かな“決意”だけが残っていた。
「行こう。すべてを終わらせるために」




