第14話 調査
「......透!」
ぼやけた視界にタマの顔が飛び込んできた。
土埃に包まれた現場では、すでに黒印職員たちが制圧を終え、散らばった現象体の残留物を回収している。
「大丈夫ですか?」
楓が覗き込み、俺の腕を軽く叩く。
どうやら俺はほんの少し気を失っていたらしい。
周囲は安堵の空気に包まれていたが、黒印職員だけは冷徹な無表情で陣をはじめとした指揮系統と何事かを交わしている。
その視線が一瞬だけ、俺に向いた気がした。冷たい、刃物のような光を帯びた視線だった。
─────
基地に戻った俺たちは、それぞれの部署へと解散を命じられる。
廊下を歩いていると、不意に無骨な声が背後から響いた。
「透君、こちらへ」
振り返る間もなく、黒印職員に促され、別室へと連れて行かれる。
通されたのは、白を基調とした無機質な部屋だった。
床は磨き上げられた石材、窓ひとつなく、低く唸るような機械音が反響している。
壁際にはいくつもの装置が整然と並び、空気は刺すように冷たい。
「簡単な検査を行う。負傷や異常がないかを確認するだけだ。安心してほしい」
言葉は事務的だが、職員の声には体温を感じなかった。
俺は椅子に腰を下ろし、指示されるままに装置へと身を任せる。
脈拍を測る機械が胸に貼りつき、微かな振動が骨へと伝わってくる。
額に貼られた符が淡い光を灯し、意識の奥を覗き込まれるようなざわつきを残す。
後頭部に装着された金属製の枠が冷たく締め付け、微かな電流が皮膚を走った。
まるで健康診断のようだが、やけに精密で、念入りだった。
「少し痛いぞ」
針のような器具が皮膚に触れる。
血液でも採るのかと思ったが、痛みはなく、不思議な温もりだけが体に染み込んでいった。
それは液体ではなく、何か目に見えない波が流れ込むような感覚だった。
「......ふう」
俺は静かに息を吐き、終わるのを待った。
やがて黒印職員は無表情のまま記録用紙をまとめ、短く告げる。
「以上だ。問題は見られない。」
拍子抜けするほどあっさりと検査は終わり、俺は解放された。
ただの健康診断のように思えたが、言葉にできない違和感だけが、胸の奥に残っていた。
───同時刻、別室にて
「......やはり、想定通りです」
白衣の研究員が符に刻まれた数値を指先でなぞり、手元の書類と照らし合わせながら報告する。
壁一面の術式スクリーンに数値が浮かび、研究員たちが符を擦り合わせながら、無言で確認作業を進めていた。
「現象体との共鳴反応が顕著だ。単に力を借りているのではない。彼自身が媒体となっている」
「つまり、この原理を応用すれば......」
「これまで収容し封印してきた存在を、呼び出すことも可能になる」
黙って数値を追っていた黒印職員が、目線をスクリーンに向けたまま問う。
「“王”の座標は?」
「はい。体内に刻まれた呪痕を解析した結果、空間上に明確な座標を指し示す痕跡が現れました」
室内の空気が、一瞬にして張り詰める。
別の研究員が、震えるような声で呟いた。
「......怪異の王......ついに、辿り着ける......」
その声には、歓喜と恐怖の両方が宿っていた。
しかし黒印職員は微動だにせず、淡々と告げる。
「......いずれにせよ、彼は不確定要素が多すぎる。味方であれば有用だが、制御を外れれば組織そのものにとって脅威となる」
「データが揃い次第.....彼を.....」
静かな声が室内に落とされ、誰も否定しなかった。
そこに透という一人の人間を思う視線は存在せず、ただ「利用価値のある危険因子」としてだけ、彼は扱われていた。
一方その頃、解放された透は自室へ戻る途中で、わずかな違和感を覚えていた。
検査を終えたあと、職員たちの視線がどこか冷たくなった気がする。
笑顔で接してくれていたはずの相手が、ふと視線を逸らす瞬間が増えていた。
......気のせいだろうか。
そう思っても、胸の奥には形のない重さが残っていた。
ただ、楓や陣は変わらず接してくれる。
その温かさに、ほんの少しだけ救われる。
だが、胸の奥のざらつきは消えなかった。
知らないうちに、足元に何かが広がっているような......そんな感覚だった。
胸の奥にじっと居座るその影は、静かに膨らみ続けている。
このとき、俺の歩む先に、すでに敵意の気配が忍び寄っていたことを
────俺はまだ、知る由もなかった。




