第13話 邂逅
現象体の圧倒的な力に追い詰められる中、黒印をつけた武装集団が現場に現れた。
その中の一人が無言で腕を振り上げる。
次の刹那、凄まじい衝撃波とともに、少女の形をした現象体は地響きを立てて吹き飛ばされ、柱に叩きつけられた。
間髪入れずに容赦のない連撃が浴びせられる。
少女も鉱石の装甲で対抗するが、無残にも砕け散った。
「......強すぎる」
これがACBの精鋭、黒印。
常識を超えた力に、ただ圧倒されるしかなかった。
職員は冷たい声で言い放つ。
「終わりだ」
その手が振り下ろされようとした、その時───
少女が苦悶の声をあげると、床一面に鉱石の結晶が走り、瞬く間に俺の足元まで侵食する。
「うわっ......!」
咄嗟に身を引く。
だが遅かった。
黒石の壁が立ち上がり、職員との間を隔てて閉ざす。
「お前さんッ!」
外からタマたちの叫びが聞こえる。だが、すぐに音も気配も完全に遮断された。
───鉱石の結界。
外からの攻撃は一切通じず、この空間には俺と少女だけが取り残された。
少女は俺を見下ろしながら、かすれた声で呟いた。
「人間......なぜ......おまえの中に....」
結晶の刃が伸び、針のように迫る。
俺は掌を開いた。
「来いっ......!」
妖刀が呼応するように手の中に現れる。
迫る結晶を斬り払い、無数の刃から繰り出される致命傷を回避する。
火花が散り、衝撃が腕に響く。だが怪異の力は重く、斬っても斬っても押し返される。
(くそ......これじゃっ......!)
掌を見つめ、吸収した怪異を呼び出そうとする。
────が、何の反応もない。
どれだけ念じても応じる気配がなかった。どうやらこの鉱石の結界が、召喚そのものを阻害しているらしい。
繰り返される連撃に、ついには受け止めた刃ごと俺の身体は壁に叩きつけられた。
肺の中の空気が抜け、意識が暗く沈み込む。
そこへ少女が手をかざした。
───グサッ
「......あ?」
次の瞬間、右腕が焼けるように熱くなった。
見ると、腕から無数の結晶が突き出している。
「うあああああああああッ!!」
あまりの激痛にのたうち回る。
だが少女は冷たく言い放つ。
「......次は外さない」
集まる結晶が棒状に変化し、やがて巨大な剣を形成する。
鋭く、無機質で、確実に殺すための刃だ。
「......ここで死ね。」
振り上げられたその大剣が、俺へと振り下ろされる。
───その瞬間
妖刀から白い光が迸った。
時が止まったかのように、光の中から一匹の狐が姿を現す。
白銀の毛並み、赤い瞳。
タマとも違う。もっと鋭く、気品と血の匂いを纏った存在。
「──やれやれ、随分と鈍ったものだな」
狐は低く笑うと、その姿を人型の妖狐に変える。
狐の姿と同じ銀髪に真紅の瞳。
一歩踏み出すと、その気配だけで空間が揺らぐ。
「返してもらおう。我が刀を」
俺の手から自然と刀が抜ける。
妖狐の手に収まった刃は、より一層禍々しい光を帯びて脈動しはじめた。
彼女は少女へと体を翻し刀を構える。
「.....さらばだ」
次の瞬間────
一閃の斬撃が走る。
少女の身体が、音もなく真っ二つに裂けた。
結晶は粉々に砕け散り、哀れな悲鳴が残響のように掻き消える。
妖狐は刃をひらりと回し、無造作に俺へ投げ返す。
「次は、もっとうまく使いこなして頂きたいものだね」
俺は震える手で刀を受け止めた。
そしてその腕を見て気づく。
先ほど受けた傷が跡形もなく消え去っていた。
妖狐の方を見上げると、既にその姿は淡く、光の粒となって溶けるように消えていく。
残されたのは静寂と、鉱物の残骸。
それは黒い靄となり、俺の掌の印に吸い込まれていった。
膝をつき、荒く息を吐く。
(……今のは……なんだったんだ……?)
だが答えは返らない。
ただ一つ確かなのは、また新たな怪異が自分の中に収まったことだけだった。
やがて結界が崩れ、外の光が差し込んでくる。
仲間たちの声が、遠くで聞こえる。
俺は刀を収め、ゆっくりと立ち上がった。
震えはまだ残っている。だが心の奥に、新たな熱が宿っていた。
───自分は、確実に変わり始めている。




