第11話 休息
ACBとの現場から帰宅後。
俺は少しの仮眠の後、ようやく手に入れた休日を街の小さな喫茶店で過ごしていた。
掌に残る感覚──妖刀を握った時の熱。それに続いて現れた「彼女」の姿。あれは幻じゃない。
「......結局、なんだったんだ」
独り言が漏れた瞬間、背筋にぞわりと気配を感じた。
「ふむ。お前さん、また考え込んでおるのか」
振り返ると、そこにタマがいた。
"やることがある"と言い残し消えたタマが、何事もなかったかのように席の隣に腰を下ろしている。
「お、おい......急に戻ってくんなよ!今まで何してたんだ!」
「ちと、わしの領分で片付けねばならんことがあっただけじゃ」
「領分って......何だよそれ」
「お前さんが知る必要はない。」
含みを持たせ、タマは湯気の向こうで目を細める。
問い詰めたい気持ちはあるが、この妖狐が本気で隠すことを、俺が知れるはずもない。
「......ほんと、お前は何考えてるかなかんねぇな」
「その割には、よう呼び戻したのう」
「別に呼んでねえよw」
そう言うと、タマはくつくつ笑った。
だが、タマが戻ってきてくれたのは素直に嬉しい。
俺は深くため息を吐き、コーヒーを飲み干した。
──その時、ポケットの端末が震える。
画面に表示されたのは「陣」の文字。
「......嫌な予感しかしない」
通話に出ると、すぐさま耳に鋭い声が突き刺さった。
『悪いな。休日に呼び出して。だが人手が要る。すぐ局舎まで来てほしい』
「はぁ!?俺、まだ新人みたいなもんだぞ!」
『新人だからこそ経験を積ませる。......フッ、安心しろ、俺が横にいる』
プツリと通話が切れる。強引さは相変わらずだ。
「フッ、じゃねぇよ....ったく......」
「お前さんも大変じゃのう....w」
明らかに労いではないことが伝わる表情のタマ。
肩をすくめた俺は、未練がましくカップを見やりながら席を立つ。
──こうして俺の「休日」は、あっけなく終わりを告げた。
────────
局舎に着くと、既に陣と数名の白印職員が装備を整えていた。
前回と異なるのは朱印職員も複数名集まっていることだろうか。
壁際には黒い銃器が並び、その中に、この前の収容作戦でも使用されていた銃があった。
「404......」
俺が口にすると、陣が振り返り、口の端をわずかに上げる。
「ああ。保安課の基本装備だ。
現象体が持つ霊体としての在り方を“なかったこと”にする。
鎮圧課ほどではないにせよ、これでも十分無力化可能なものだ。今回はお前にも使用してもらう」
「なかったこと......って、物騒すぎるだろ」
「奴らに情けは不要だ」
短く言い放ち、陣はマガジンを叩き込む。その仕草には、容赦の欠片もなかった。
俺は背筋を正す。どうやら、また命がけの現場に放り込まれるらしい。
「透さーん!タマさーん!」
聞き覚えのある明るい声。
振り返ると、楓が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。
「遅いぞ、楓。」
陣が呆れたような顔で言う。
楓は「すいませーん!」と頭を下げながら、俺たちを連れて準備作業に取り掛かった。
陣の指示のもと、楓に教わりながら装備を整えていく。
黙々と手を動かしているうちに、ふと気になったことを口にしてみた。
「なあ、職員たちがつけてる、白とか朱色の印って......あれ何?」
楓は手を止めずに答える。
「あー、そういえばまだ説明してませんでしたね。あれは、各職員の"ランク"みたいなものです」
そのまま、さらりと続ける。
「全部で四つのランクがあって、下から順に“白印”、“朱印”、“黒印”、“金印”になります。
それぞれ、対応できる現象体の等級も違っていて......白印は基本的に朱印職員の同行が必要ですが、弐等級までなら収容許可が下ります」
「なるほどね。
......黒印とか金印の人って、全然見かけないけど、何か特別な任務でもしてるの?」
「ええ。......おそらくは、ですけど」
「おそらく?」
「実は私も、詳しいことは知らないんです。
黒印の方はたまに見かけますけど......金印の職員となると、私自身一度も見たことがありません」
楓の声が、少しだけ硬くなる。
「彼らが主に担当するのは、“零等級”以上の現象体。......そうそう現れるようなものじゃないんです」
零等級。
この前戦ったのが参等級だったことを考えると、それがどれほど危険な存在なのか想像もつかない。
そんなことを考えているうちに、装備の準備は一通り終わった。
ちょうどそのタイミングで、陣が皆を集める。
「──次のターゲットについて説明する。作戦会議室に来い」
俺たちは小さくうなずき、足早に会議室へと向かった。




