第10話 発現
ACBとの収容任務を終えた帰り道。
タマは「やることがある」とのことで、今は別行動している。
久しぶりに一人きりになったせいか、街の静けさがやけに耳につく。
夜間作業だったこともあり、すでに東の空は白み始めていた。
その柔らかな光が、路地に伸びる影をゆっくりと長くしていく。
ゆらり──
ふと、自分の影が微かに揺れたような気がした。
気のせいか?
立ち止まり、足元に視線を落とす。
ゴポポポ.....
───凝視したその影が、ゆっくりと地面から浮かび上がった。
同じ輪郭。
同じ仕草。
まるで鏡の中の自分が、現実へと滲み出してきたかのようだ。
「......!!!」
すぐさま掌の印から妖刀を引き抜く。
同時に、影の怪異もにやりと笑って掌を広げる。
黒々とした刀身が、その手に形成されていく。
──それは、妖刀の写し。
「......マネ、する気か」
言葉を吐く暇もなく、鋭い斬撃が飛んできた。
咄嗟に受け止める。金属音が狭い路地に響き渡る。
キィィンッッッ!
だが──重い。
人間と怪異との、明確な力の差。
衝撃が腕を痺れさせ、地面を滑るように数歩後退する。
「ちっ.....!」
影は愉快そうに口角を吊り上げ、さらに畳みかける。
剣筋はぎこちないながらも、人間の肉体より遥かに鋭く速い。
容赦ない斬撃の嵐に押され、俺はじりじりと壁際へ追い詰められていく。
「このままじゃ.....やられる.....!」
振り下ろされる必殺の一撃。
俺は歯を食いしばり、腕で受けようとした。
───その時。
掌の奥が、不意に熱を帯びた。
黒い水面のような揺らぎが広がり、そこから細身の女がぬるりと姿を現す。
白い肌、しなやかな指。
彼女は軽やかに一歩前に出ると、影の刀を片手で受け止めた。
「.....っ!?」
思わず息を呑む。
その姿には見覚えがあった。
──かつて吸収した怪異。姿形を変える異形。
見た目に多少の違いはあるが、間違いない。あの交差点で掌に吸い込まれた怪異である。
女は涼やかな笑みを浮かべたまま、軽く首を傾げる。
「まったく。私を吸収したご主人がこれじゃ、この先心配だわ。......私、戦闘向きじゃないのだけれど。」
その声音には、呆れと余裕が入り混じっていた。
次の瞬間。
周囲の景色がぐにゃりと歪む。
石畳が泥のように溶け、路地は歪んだ鏡の迷路へと変貌する。
「な、何だ.....っ!?」
影の怪異が一瞬、動きを止める。
視界が乱れ、影との距離が曖昧になっていく。
「ご主人、今のうちに」
女は刀を押し返し、振り向きざまに微笑んだ。
俺は小さく頷き、全身の力を妖刀へと込める。
幻惑の一瞬──その隙を逃さず、渾身の一太刀を叩き込んだ。
影が断末魔を上げ、霧のように崩れる。
そして、あの時と同じように掌の印へと吸い込まれていった。
ただ、最後まで俺を嘲るような笑みを残したまま。
......静寂が戻る。
深く息を吐き、掌を見下ろす。
黒い残滓が揺らめき、その中で先ほどの女が薄く微笑みながら静かに消えていく。
「.....何だったんだ......」
───怪異を呼び出す力。
自分の中に眠る新たな力を感じながら、もうすっかり明るくなった道を、ゆっくりと歩き出した。




