表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

≪前編≫

短編の続編になります。前作はこちらです。

https://ncode.syosetu.com/n2682gl/

 俺は今、とても混乱している。

 数日前から噂になっていた幽霊を俺も見たからだ。その幽霊は皆にも見えるらしく、駅ホームはもう大混乱。怒号が行き交い、ホームから逃げよう、幽霊を見よう、撮影しようという連中と、新しくホ-ムに降りて来る人達でごった替えしている。押し合いへし合い、人の波に揉まれながら俺は青くなっていた。幽霊を見たからだけじゃない。俺にはあの幽霊が何者か想像がついたのだ。

 あれは茅瀬(かやせ)だ。茅瀬の幽霊がまた現れたのだ。



 ここ数日、校内どころか街中である幽霊の噂が広がっていた。曰くその幽霊は朝と夕方、駅ホームに突然現れる。姿形がはっきりせず人型の黒い『もや』のようだという。顔は分からず人間かどうかも判別できない、喋ることもなく怪しく動めいている。霧やガスなどでは絶対無いと言い切れるほど大きく、動きに意思を感じるという。勇気ある者が触ったり蹴ったりしてみたが、掴むことはできず身体を通り過ぎてしまったという。

 人を襲ったりはしないようだが、突然動きを変えてホームをあっちに行ったりこっちに現れたりする。通行人が驚き一人がホームから落ちて怪我をしたことから、駅では昨日より厳戒態勢が取られた。よく現れる一体周辺を柵で囲んで封鎖し、通行を制限したらしい。


(なにそれ。あのホ-ムにゃ、なんかそういうのがあるのか。呪われてんじゃないの)


 他人事として俺は軽く笑っていた。

 つい先日、俺もその駅ホームで幽霊を目撃した。その正体はうちのクラスで一番の美少女と名高い茅瀬(かやせ)梨香だった。交通事故で意識不明となった彼女は幽体離脱をしたそうだ。自我を保っていた彼女は、自分の身体に戻ろうとするも上手くいかない。そこで彼女は、相談できる相手を探し、駅や学校内を徘徊して大声を出したり踊ってみたりして自分が見える人を探していた。その姿を俺は駅ホームで見かけたのだ。

 あの時の彼女は何故か俺にしか見えなかったが、今回現れた幽霊らしきものは誰の目にも見えるらしい。だったら関係ない。そいつが何かは知らないが、調査や退治するのは駅員達だろうし、ご苦労様という話だと思った。


 大間違いだった。


 実際に見た瞬間に気づいた。アレは茅瀬だ。

 全身が大きな黒い『もや』に覆われてるが分かる。あの動きは前回見た茅瀬の踊りだ。ヒップホップダンスとも違う全身を使った激しいやつ。輪郭が大きくぼやけているので分かりにくいが、指で上を指したり飛び跳ねたり、ターンで長い髪をひるがえしていたあの動きそのものだ。『もや』が大きく途中で途切れたりしているので、皆には人が踊っているように見えないのだ。だが元ネタを知っている俺には分かる。あの『もや』の中にいるのは茅瀬で、彼女が駅ホームで再び踊っているのだ。しかも大騒ぎになっている。


(なんだアレ、なんだよアレは?)


 分からない。何が起きているのか、さっぱり分からない。どうしてだ。なんで今になって現れた。あの『もや』はなんなんだ。

 駅から出た俺は足早に学校に向かう。


(茅瀬は? 茅瀬はどうなってるんだ)


 息を切らして教室に入る。どのクラスもそうだが、うちのクラスも騒然としている。駅ホームでの出来事を登校した生徒達が話まくっているのだ。

 茅瀬の席を見る。いた。仲の良い数人が、彼女を囲んで同じように騒いでいる。


(いる? 本人か。大丈夫なのか?)


 さりげなく前方に回り、茅瀬達の横を通り過ぎる。茅瀬本人だ。間違いない。今日も可愛い。国枝達と一緒に「えーっ」「何ー」「怖いねー!」と興奮して騒いでいる。

 無事を確認した俺は、ホッとすると同時に激しく脳内でツッコまざるを得ない。


(イヤイヤイヤ、あれお前だから! お前の生霊だから! なんで気付いてないの! というかアレ何? なんでお前ここにいるの? なんであんなの出てきたの? なんで今頃?)


 声を大にして叫びたかった。しかし本人はまったく心当たりがないようで、他人事として騒いでいる。

 そうか。彼女は幽体離脱して徘徊していた時の記憶が無いらしい。病院で意識が戻った際に全て忘れてしまったらしく、駅ホームや教室で踊ったり話しかけてりして俺を見つけ、病院に連れて行き自分の肉体に戻ろうとしたことを忘れてしまったようなのだ。だから、あのよく分からない『もや』のような幽霊が、自分だなんて考えもしないのだろう。

 つまり、駅ホームのアレが、茅瀬だと気付いているのは俺だけなんだ。


 どうする? これ、どうすりゃ良いんだ。自分の席に向かいながら俺は独り言ちる。


「キャアアアアアアーーーーッ!!」


 突然女子の悲鳴が教室内に響いた。

 慌てて振り返ると丹波さんが教壇の方を見て青ざめている。一瞬誰も彼女が何故怯えているのか理解できなかった。


「きょ…教卓の上、いる……?」


 丹波さんの声に引かれるように皆の視線が教卓の上に注がれると、そこでゆらり……と教卓の上に黒い『もや』が立ち上がった。

『もや』はあっという間に人間大の大きさになり、ゆらゆらと左右に揺れだした。


「「うわああああああーーーーっ」」「「キャアアアアアアーーーーッ!!」」


 教室は大騒ぎになった。教卓周辺の生徒達は逃げ出して教室奥へと逃げてくる。俺は走ってきた数人にぶつかられながら、茫然とその『もや』を見つめる。


『もや』はフッっと消える。と思ったらまた現れる。途切れ途切れ、擦れ擦れだが間違いなく教卓の上に『何かが』存在している。みんなもそれを理解している。初めて見た連中の怯えようはひどく、誰もスマホを取り出して撮影しようとさえしない。

 数秒立って『もや』が完全に消えた。俺はすぐさま国枝の席に視線を移す。国枝の机横にゆらりと『もや』が新しく立ち上がった。


「「キャアアアーーッ!!」」


 それに気付いた茅瀬達が、悲鳴を上げて更に教室奥へと逃げる。釣られて他の連中も四方に逃げだす。『もや』が移動してくると分かったからだ。しかし、どこへ逃げれば良いか分からず皆大混乱。多くが廊下に逃げていく。


(次は確か)


 俺は立っているすぐ左横を見た。俺の目の前でぶわりと黒い『もや』が立ち上がった。ぞわっと背筋が泡立つ。

 生徒のすぐ傍に現れたのを見た女子達が、新たに悲鳴を上げる。俺は恐怖で動けないまま確信した。


 あの日と同じだ。


 茅瀬が教室に生霊として現れた朝と、こいつは同じ順番で行動している。

 あの日、俺が茅瀬の生霊を駅ホームで見た日。教室に来た俺は教卓の上で踊っている茅瀬を見つけた。動揺して目を離したら国枝達の傍に立って話しかけていた。さらに数秒数には今俺の立っている横の席、豊田達に話しかけていた。彼女は自分を認識できる人を探して、踊ってみたり声を掛けて回っていたのだ。数秒で移動できるなんておかしいのと、通り過ぎる人が彼女の身体を通過したことで、俺は彼女が幽霊となっていることに気が付いた。

 この『もや』はやっぱり茅瀬だ。何故か分からないが、あの日と同じ行動をなぞっている。


「こぉらーーっ お前ら、何してるーーーっ!!


 突然担任の怒声が響いた。一斉に生徒達はびくりと身を震わせた。教室の前扉から生徒達を掻き分けて担任がやってくる。


「早く教室に入らんか!」

「阿部センセーッ!」「幽霊、幽霊!」「駅の幽霊!」「いる、いる其処に!」「助けて!」「なんとかして!」


 先生の怒声に負けず皆が一斉に訴え、阿部先生は目を白黒させた。皆の勢いに戸惑っていた先生は、話を聞くもいぶかしげな表情で教室に入ってくる。


「どこだ? ……いないぞ、そんなもん」


「いいからとっとと入って来い!」という先生の怒声におっかなびっくり生徒たちは戻ってくる。

 確かにいないようだ。それを知ると続々と皆が席に戻ってくる。大人の一喝は効果が高い。だが実はいなくなっていはいない。凄く薄くなって一見して分からなくなっているだけで、未だ俺の前にいるのだ。


「おい、大丈夫か」


 大藪が教室内で固まっていた俺に声を掛けてきてくれた。


「え、あ……あーっ……。 びびってて固まっちまった」


 大藪が肩を叩いて離れていく。咄嗟に嘘をついてしまい、もやもやしながら自分の席に着く。

 先生は怒りながら注意事項を話し出した。曰くおかしな噂が広まっているが、むやみに騒がず落ち着いて行動するようにとかなんとか。どうやら駅ホームの騒ぎは職員室の朝礼でも話題になったらしい。そして教室に来てみれば、まさに自分のクラスがむやみに騒いでいたので腹を立てたようだ。先生は幽霊の存在を信じていないらしく、そんなのいる訳ないだろうと怒鳴り散らしている。

 こちらにしてみれば先生個人の感想なんて知ったこっちゃない。見えりゃ怖いのだ。皆そわそわと教室内を見回して怯えている。

 俺だけは違う意味で先生を凝視しながら怯えていた。

 あの朝、茅瀬の生霊は教卓から国枝、豊田の席に移動した。その後――――教卓横に立った。

 今、阿部先生は教卓左横に立ってバンバンと教卓を叩いている。丁度姿が重なっているか、『もや』は先生の陰になって皆には見えない状態になっているのだ。


(動くな。動くな阿部センセ! 絶対動くな!)


 こっそり指を組んで俺は必死に祈っていた。もし先生が移動した瞬間、その背に『もや』が立っていたのに気づいたらどうなる。流石の先生もひっくり返るだろう。煩いけどこういう時には頼りになっていた大人が騒げばどうなる。みんな一瞬でパニックになるに決まっている。さっき以上の大騒ぎになる。


(幽霊! 動かないで。頼むから動かないで。今だけ消えていて! 先生もう少し説教してて良いから動かないで!)


 生まれて初めて説教を続けて欲しいなんて祈った。

 俺の祈りが通じたのか、十分以上先生は説教を続け、立ち去った後に『もや』は存在しなかった。生徒達も教室内を見渡して、『もや』が見当たらないのを知ると、段々と普通の状態を取り戻してきた。

 安心した俺は鞄から水筒を出してガブ飲みする。


(なんてこった。危なかった。めっちゃ危なかったぞ……)


 もう朝のHRだけで疲れた。

 しかし、しかしだ。


(あー……。ああーっ……。ど、どうしよう。どうしようもないぞ)


 この後の展開を想像して絶望した。

 あの日、一時間目の授業は数学。茅瀬の生霊は自分が見える奴を探して教室中を歩き回り、皆に声を掛けて回ったのだ。



          ◇



「「うわああああああーーーーっ」」「「キャアアアアアアーーーーッ!!」」

「いるいるいるいる!!」「ヤダヤダヤダ!」「助けて!」「マズイって!」「なんなの!」「ヤバイって!」


 一時間目、十分も経たない内に教室は大パニックになって、生徒達は叫びながら廊下へ飛び出していく。


 予想した通り、授業が始まって三分も経たないうちに、教室左前列の机脇に黒い『もや』が現れた。横に立たれた岡崎は最初気付かなかったようだが、うわあっと叫んで窓に張り付き動けなくなった。『もや』の右側に座っていた連中が騒ぎながら逃げだす。『もや』は少し漂ったまま。すぐ次の席に移動した。

 二番目の席にいる女子は花井さんだ。逃げようとしたが、窓際の席で右横に立たれたので逃げ場がない。キャーキャー言いながら頭を抱え丸くなった。『もや』は話しかけているポーズなのだろう、ゆらゆら揺れている。三番目以降の席の子達が慌てて逃げ出したので、他の皆も席を立ちだした。

 俺は予想通りのドッキリを見せられている気分で、その光景を眺めていた。まさかアレは茅瀬の幽霊だなんて言っても誰も信じないだろうし証明もできない。下手に話せば自覚していない茅瀬本人にも迷惑が掛かる。だから警告することもできず、起きると分かっていたこの光景を眺めるしかなかった。


 前回と曜日が違うので授業は理科、若い女性の輪島先生だ。最初は唖然としていたが、皆に落ち着くようにと声を張り上げる。生徒達の期待に押されるように少しずつ『もや』に近づいたが、一巡した『もや』が教壇に迫ってくるのを見ると悲鳴を上げて逃げ出した。教師が悲鳴を上げたことで、あっという間に教室はパニックになった。我先にと廊下に逃げ出す生徒達。コケた藤田さんのスカートがめくれチラっと中が見えてしまった。その藤田さんを大藪が脇に抱え廊下に駆けて行く。格好良かったが藤田さんが障害物に当たるのをまったく気にしないので、ガンガン机や椅子にぶつけて行った。あれ多分怪我してる。後ですっごい怒られるだろう。

 俺は廊下に出ず、教室の後ろまで下がって『もや』の動きを観察する。廊下から「早く来い」と声を掛けてくるが動く気はない。アレの動きは知っているので安全な場所が分かっているのと、何より声を確認したかったのだ。駅ホームでは喋らなかったそうだが、前回茅瀬の生霊は教室で皆に話掛けて回っていた。何故か俺にはしっかり肉声が聞こえてちびりそうになった。今回はどうだ。姿が『もや』で分らなくても、声がはっきり聞こえてしまえば話が違う。クラスの連中が聞けば、茅瀬の声だと正体がバレてしまう。

 耳をすますがよく聞こえない。ボソボソ言っているか? くぐもっているから分かりにくい。これなら大丈夫か。

 周囲がうるさいので、確信が持てない。静かにしてよという気持ちで、廊下に手で制するようにジェスチャーすると、何故か(おおーっ)と歓声が上がった。何だと思ったらこの状況、幽霊に一人立ち向かう勇敢男子に見えているのだ。嘘にも程がある。

 すると俺なんかに良い恰好はさせまいと思ったのか、ヤンチャ男子が数人教室に戻って来た。先生の静止なんか聞いていない。あの声は輪島先生じゃないな。隣のクラスの先生達も出てきているようだ。

 須藤君が『もや』に近づいていく。ゆっくり移動している『もや』をせわしなく観察していたがいきなり殴りかかった。女子達がキャーッと叫ぶ。当然あっさり腕は通過した。ぐるりと振り返った『もや』がびっくりするほど巨大化したのを見て、須藤君が悲鳴を上げる。腰を抜かし這ったまま逃げ出した。仲間達が慌てて助けて引き下がっていく。


(!?っ……やばい……)


 須藤君が『もや』を殴った瞬間、一瞬中が見えた。……女子の制服の一部が。

 慌てて廊下を振り返ると何人かが驚いた顔をしてひそひそ話をしている。


(バレたか?)


 見られたか。何とか誤魔化せないかと考え須藤君達を追って廊下に出た。速攻で騒ぎを聞きつけやって来た阿部先生に捕まり、何故避難しないのかと怒鳴られた。

 一通り怒られた後、ドア近くに立っていた松永さん達に声を掛けられた。


「ねえ……さっき幽霊を須藤君が殴った時、中に人がいなかった?」


 やっぱり気付かれてた。俺が一番近くにいたから確認したいのだろう。誤魔化せるだろうか。


「……そ、そう? というか、アレって幽霊なの?」

「え?」

「なんか、もやもや動いているだけに見えるけど……幽霊とかじゃ、ないんじゃない?」


 そう聞き返したら松永さん達は顔を見合わせる。自信がなくなったようだ。


「だって、動いているだけで、なんもしてこないよ」

「……」「そう…だけど」「でもさ……」


 俺が言い返したら納得いかない風に口ごもり、それを聞いていた周囲も首をかしげだした。

 うまく誤魔化せたろうか。周囲も「幽霊じゃないの」「そういえば、ただ立っているだけな」と言い出す。


 叱られている間、頑張って考えたのだ。下手に人だと答えれば確認しようと近づくかもしれない。ならば幽霊じゃない。よく分かんないものだ、と言った方が良いかなと考えた。


 生徒の何人かがスマホを出してあの『もや』にかざした。ヤバイ。もし撮影されて、茅瀬の姿が写ったらヤバイ。慌てて左右を見渡し……仕方なく阿部先生の袖を引く。

 阿部先生がこちらを向いたので、俺は連中の方を向いて視線を誘導。


「!?っ コラァ!! 何してんだ! 遊んでんじゃない!」


 一喝でスマホをかざしていた連中がびくついて撮影を止めた。間に合っただろうか。一人は俺が告げ口したと気付いたらしく睨みつけてきた。仕方ないじゃないか。俺が遮って邪魔したら怒るだろう。でも理由は絶対言えないからしょうがないんだ。


 更に男性教諭が数人やって来て話し合いを始めた。阿部先生が教室に入って危険性を確認しようとすると、学年主任の後藤先生が引き止めた。生徒達を空き教室に移動させるのが先だと言い出す。確かに両隣のクラスからも生徒達が出てきて、野次馬になっている。このままではどのクラスも授業にならない。

 阿部先生が声を張り上げて三階の空き教室に向かうよう指示をしてきた。他のクラスの先生達も教室に戻るように声を張り上げる。

 俺達は手ブラのまま空き教室に避難することになった。皆それぞれ文句を言いながら階段を昇る。


「なんでだよ」「どうなってんだよコレ」「アレなに」「なんで教室に出るの?」「駅に出るんじゃなかったの」「誰か引っ張ってきたんじゃねえの」「他の教室にも出るのかな」「今日どうなるの」


 皆の言葉は疑問ばかりで、当然誰からも回答はない。教室に着いたが先生達は誰も来なかった。多分あの『もや』を調べているんだろう。皆それぞれ勝手に集まって騒ぎ出す。俺にも事情を聞いてくるのはいたが、適当に誤魔化して椅子に座り、大きく息を吐いた。


(はーー……っ)


 ……とりあえず、あの『もや』からは離れられた。先生達が調べると思うけど、何か気付くだろうか。分からない。そもそもアレはなんなのだろう。幽霊? でも茅瀬本人がここに居る。あの時の生霊の幽霊? 訳が分からない。

 今分かっているのは、あの『もや』は生霊として校内を徘徊していた茅瀬の行動をなぞっているってことだけだ。そして、アレが茅瀬に関係あるってバレたらヤバイってことだ。

『もや』の噂は校内だけじゃなく街中に広がってて駅でも問題になっている。その正体が有名な茅瀬に関係があると知れたらどうなるか。たぶん噂は爆発的に広がる。学校内外から興味本位で彼女の顔を見ようという連中がでてくるだろう。アレはなんだ、お前は何を知っているんだなんて、芸能レポーターみたいに聞いてくる奴等だって出てくる。下手すりゃ駅員や警察が聞き取りに来るだろう。警察に呼ばれたなんて知れたら悪者扱いされて更におかしな噂が出るに違いない。本人は何にも知らないのに加害者で被害者だ。最悪学校に来れなくなって引き籠る可能性さえある。

 そこまで想像して俺は頭を抱えた。考え過ぎだろうか。でもそんなのは御免だ。なんとか阻止しなくちゃいけない。


 茅瀬を眺めていたら、ふいにこっちを見た。慌てて目をそらす。びっくりした。あれから茅瀬はよく俺を見てくる。

 あの日、生霊として現れた彼女を何故か認識できた俺は、彼女に捕まり事情を聞くことになった。そのまま彼女が眠っている病院に同行し、スマホで検索した【幽体離脱 戻る方法】を実践しているうちに、勝手に彼女は肉体に戻ってしまった。しかし、復活した彼女は幽体離脱中のことまったく覚えていないらしく、俺とのことも忘れてしまったようだった。

 これから漫画みたいな展開が起きるかもと身悶えていた俺は、肩透かしをくらい超落ち込んだ。腹いせに彼女が踊っていた踊りを体育の授業中に披露してたら、それを目撃した茅瀬が血相を変えて走って来た。俺は慌てて逃げたが、体育館を半周もしないうちに教師に笛で二人揃って叱られ、すごすご戻って授業を受け直した。彼女はこちらをずっと睨んでいたが、興味を引かれた女子達の追及をかわすうちに、こちらを見ることはなくなった。

 それから茅瀬は何故か授業中百面相を繰り返しては、さりげなく視線をよこしてきた。俺はさりげなく人陰に隠れる、机の下に隠れる。というおかしな攻防を下校まで続け、鐘が鳴ると同時に速攻で逃げ帰った。

 翌日以降、俺は何時問い詰められるかビクビクしていたのだが、呼び出されることもなく、ただ今のように視線を感じるようになった。そしてすぐにあの噂が広がって、今日こんな目にあっているのだ。

 なんだろう。俺があの時、何かヘマをしたのだろうか。もしかして茅瀬の生霊を戻す方法を間違えたのか。俺の所為なのか。この騒ぎ俺が原因なのか。ちょっと待ってくれ。俺はスマホの検索結果を試してもらっただけだぞ。ただの中学生に無茶言わないでくれよ。


 輪島先生が教室にやって来て、この教室で授業を再開すると言ってきた。皆声を揃えて抗議する。このクラスまとまり皆無なのに、何故かこういう時だけ揃う。

 学級委員の藤原が、教科書等は教室にある。戻って取ってきていいのかを聞く。そうしたら女子達が一斉に抗議した「ヤダ!」「怖い!」「行きたくない!」気持ちは分かるけど、帰りはどうするつもりなのだろう。輪島先生も分かるーという感じで一緒に困った顔を浮かべている。

 そこへ別の男性教師がやって来て輪島先生を廊下に呼び出した。何か話し込んでるがヤバそうな様子だ。皆も不安そうに廊下を気にしている。何だろう。


(!!っ)


 気が付いて時間を確認する。もう二時間目になっていた。

 あの日、茅瀬の生霊は一時間目教室にいた。そして二時間目は音楽で、音楽室に付いてきたんだ。曜日が違うので俺達は今日、音楽の授業はない。別のクラスがこの時間、音楽室を使っているはずだ。


 ……出たんだ。音楽室にあの『もや』の幽霊が。


「ちょっと待ってて。もう少しこの教室に待機しているように」


 輪島先生達は慌ただしく居なくなった。皆は先生達の様子がおかしいことを感じて不安がっている。何人かが廊下に出て、校内が騒がしいと言い出した。

 思い切って廊下に出た。後ろから制止してくる声が掛かるが気にしていられない。俺に釣られて何人かが追ってきた。向かうのは中庭に面した廊下だ。うちの校舎はH字になっていて、音楽室は中庭を挟んだ対面の同じ三階にあるのだ。廊下を進んでガラス窓向こうの棟にある音楽室を見る。

 ……生徒達が皆、音楽室から出てきて廊下で騒いでいた。


「なにアレ?」「さあ……」「もしかして……」


 一人が確認しようと渡り廊下の方へ向かっていくが、俺は待機してた教室に戻る。あの光景だけで分かった。俺が誰にも言わなかった所為で、あのクラスは『もや』の幽霊と遭遇して大騒ぎになったのだ。すまないと思うが、どうしようもなかった。

 待機教室で頭を抱えていたら、戻って来た奴が「アレ音楽室に出たって!」と喚いて回る。皆が一斉に騒ぎだした。男子はどうなってんだと話し合うが、女子達は安堵した顔になって「怖かったねー」と終わった事みたいに話しだした。

 他のクラスにも被害が広がってしまった。

 だが逆に、俺達だけじゃなく校内全体の話になった。おそらく輪島先生達は緊急職員会議でもしているのだろう。

 実は俺も少し安心している。このあとどうなるか予想が立ったからだ。あの『もや』が茅瀬の行動をトレースしているのはもう間違いない。なら今日の夕方には校舎を出て病院に向かうだろう。それでたぶん……消えるんじゃないのかな? 前回はそこで肉体に戻って復活したんだから。

 病院で騒ぎになるかもしれないが、正直俺は学校にさえ出てこなければいい。茅瀬とバレなきゃいい。勝手かもしれないが、解決方法がはっきり分からないからどうすることもできない。このまま関わらないで俺も帰ろう。


 二時間目が終わり、近い教室の三年生達が俺達の存在を知って話しかけてくる。顔見知りの連中が嬉々として話し込み、笑顔で「本当かよ」「ヤベーよ」と騒いでいる。各クラスの野次馬が次々押し寄せてくるので、自慢話を披露しているみたいになってる。完全に気が緩んでる。


「これ、授業中止になって強制帰宅になるんじゃないか?」


 誰かが呟いたら皆が喰いついた。やれ帰ってゲームしようだの、どっか遊びに行こうだの気の早い連中が予定を立て始める。不安そうに騒いでいたのが嘘のようだ。俺もそうなってくれた方がありがたい。あの『もや』は校内をうろついて昼休みには教室に戻ってくる。今日は校内に人がいない方がありがたいのだ。


 三時間終了後の休み時間に、校内放送が入った。


「校内の安全確認のため、本日四時間目からの授業は全面中止となります。全校生徒は直ちに帰宅するように」


 校内中が大歓声に包まれた。

 現金なもので幽霊騒ぎで嫌な空気が蔓延していた校内は、一転して嬉々とした歓声が飛び交い始めた。阿部先生が来て教室に戻って荷物を持って帰るように言う。歓声と共に返事をして拍手までする馬鹿がいた。皆嬉々として階段を降りていく。教室に入る際もヤンチャ系須藤君達が喧嘩ポーズしながら乗り込み、何もいないのを確認すると廊下にまで笑いが広がった。

 俺は苦笑いしながらまっすぐ窓際に進む。四時間目、あの『もや』はグラウンドにいる筈だ。一応それを確認しておこうと思ったのだ。

 窓際に立ってグラウンドを見下ろす。あの日、確か茅瀬の生霊はグラウンド脇で体育を休んでいる女子達の廻りをうろついて話しかけていた。『もや』を探す。


 ……………………………………いない。


(ん?)


 記憶違いだろうか。別の場所かな。

 授業中止となったので、グラウンドには誰もいなくて探しやすい。しかし玄関先も、奥も、周囲にも、『もや』の姿はなかった。

 薄くなっているのかな。今日は曇りだから暗いが、それにしてもあんな真っ黒な動く『もや』があったら見逃すことはないだろう。

 ちょっと焦ってきた。よく思い出せ。何分頃だっけグラウンドの茅瀬を見つけたのは。結構早くみつけたよな。

 時間を再確認して見直す。玄関付近から出て来るの遅れているとか。……出て来ない。左側?……いない。右か? 違う。奥。グラウンド中央。フェンス側。外壁側。


 …………………どこにもいない。


(あれ。嘘? 嘘だろおい)


 そんな筈はない。

 そんな筈はないのだ。

 まさか本当にいないのか。

 前回と違う行動してる。どうしたんだ。行動をなぞるのを止めたのか。それともなぞれなくなったとか。


(……どうなってんだよ!)


 俺は黒い『もや』があの日の茅瀬と同じ行動をするのだと思ってた。放っておけば奴は病院に行って、勝手に成仏? して、いなくなるんじゃないかと思っていた。だから今日一日過ぎればなんとかなるだろうと高を括っていた。


 もし違ったらどうなる。

 

 いや違う。違う違う。勘違いだ。たぶん『もや』が薄くなっているんだ。だから見えてないだけなんだ。本当はグランドのどこかにいるんだ。捜せ。


「「キャアアアアアアーーーーッ!!」」「「わああああーーっ」」


 突然、廊下から悲鳴と騒ぎ声が聞こえてきた。クラスの何人かが廊下に出て確認している。二つ隣の教室にアレが出たとの声が聞こえる。


(…………)


 足が震えてきた。

 二つ隣の教室? 知らない。そんな行動を茅瀬の生霊はしていないはずだ。

 奴は……奴は茅瀬の生霊と違う行動をしている。もしかしたら、このままずっと校内を徘徊し続けるかもしれない……。


(嘘だろ……)


 俺は蒼白になった。


 ……これ、どうすれば良いんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ