シャロット
高浜は駅から吐き出された。
人込みから目を逸らすと、曇天に突き刺さるビル群が足を止めた高浜を見下ろしていた。
「寒っ……」
十二月は今年の寒さはこんなものかと思っていたが、さすがに二月は寒い。二人を邪魔だと言うように自転車が駆け抜けた。
「おはよ」と道瀬。「ひかれるやんか。ところで高浜くん、私立の自己採点どうしたん?」
高浜はスマホを出した。
高校二年のことだ。高浜は何気なく京阪百貨店にいたとき、ウォータハウスのシャロットの女という絵の娘に惚れた。幽閉されたシャロットは鏡越しでなければ世界を見てはいけない呪いをかけられ、塔内で鏡に映る世界をタペストリーに織っていたが、そこにランスロットの姿を見た。これがランスロットを見つめるシャロットの女という絵だ。ランスロットを見る彼女の覚悟の目が僕をとらえた。愛しいランスロットを見たいという気持ちを抑えられずに、命を捨てられるのかと引き込まれて、待ち受けにした。ただ今、もっと違う意味を彼女から問われているような気がしている。
「シャロットやん。わたし怖いねん」
道瀬が冗談ぽく話した。
「怖いかな。睨まれてるから?」
「ちょっと違うかな。何かうまく言えんけどランスロットを見つめるシャロットは怖い」
「オフィーリアの方が怖くない?」
「あれは風流な土左衛門やん?」
「風流な土左衛門て」
「わたしが言うたんやないで。確か夏目漱石が言うたんやないかな。草枕?それから?」
「沈みかけの土左衛門が怖くなくて、生きてるシャロットが怖いの?」
「何でやろ」
高浜は自習室で道瀬と別れた。翌日も道瀬は私立大学の受験だと。高浜は何が怖いのか知りたいが、今は話すのは控えることにした。
帰るとき、
「明日も受験やから早く帰る。自己採点したんよ。高浜くんと同じくらい。学部は違うけど」
翌朝、ラインに気づいた。
「今から受験です」
「あ、ああ」高浜はぎこちなく頷いた。
「がんばれ!」と送信した。
「やるぞ!終わったら連絡するわ」
「気合いやで!」
高浜が緊張してきた。布団から出るとインスタントの珈琲を淹れた。いつからか彼女の気持ちも揺れている気がしたし、自分も不安に襲われる。これが忘れていた受験の重圧だ。
「がんばれ」と呟いた。
寒いダイニングで珈琲を飲んだ。鍋で三つ卵を茹でて食べた。ここまで来れば、もうやるべきことはない気もする。
「何で怖いんやろ」
高浜はダイニングテーブルに置いて冷めたスマホを手にすると、そしてシャロットの待ち受けを消した。逃げようとしているのではないかと責められてるような気がしたからだ。
ラインが来た。
「英語、難い」
「シャロットになれ」
「あ、そっか。覚悟決めんとね」
☆☆☆☆
「高浜くん、一緒に写真撮ろう」 スーツ姿の高浜と道瀬は、入学式の看板の前で写真を撮った。二人とも空っぽのカプセルを頬に押しつけて。 おわり