英雄じゃない
白い鎧が、光を反射していた。
ありえないほど清潔で、傷ひとつない。
血と泥にまみれたこの戦場には、似つかわしくなかった。
「うわ、マジでこのボスいた! グラーヴァって確か、火に弱いんだよなぁ~」
転生者の男は、ひとりごとのように喋りながら、宙に魔法陣を展開した。
火の柱が天を裂き、グラーヴァの胴体が燃え上がる。
あれだけの絶望を与えた魔族の上位種が、まるでモブのように焼け落ちていく。
「ほらほら、次どこ? あ、東側はまだ敵残ってんの? よっしゃ片付けとくわ」
転生者は笑いながら、空を駆け、放つ魔法は地形すら書き換える。
魔物も魔族も、ひとたまりもなかった。
俺たちは──ただ、立ち尽くしていた。
シズの魔導器は壊れていたけれど、修理の必要はなかった。
カイルの盾は割れていたけれど、もう構える必要もなかった。
戦争は、この男が終わらせる。
俺たちの誰も、もう“戦い”には必要なかった。
戦いは、ほんの十五分で終わった。
転生者は、白い鎧のまま、どこも汚さず、笑顔のまま敵を焼き尽くしていった。
魔族の軍勢は消え去り、第四戦区は「無血開放」と報じられた。
転生者は“光の英雄”と称され、彼を召喚した王国は大いに賞賛された。
軍本部からの通達にはこうあった。
「作戦成功、被害軽微。英雄の活躍により、戦局は一変した」
ふざけるな。
どれだけの仲間が死んだ。
どれだけ、俺たちは血を吐いて、命をすり減らして、やっとここまで来たんだ。
「……笑えるよな」
カイルが地面に寝転がり、天を仰ぐ。
「全部、あいつがいれば良かったんだってさ。最初から。俺たちは……なんだったんだろうな」
誰も、答えられなかった。
シズは静かに魔導器の欠片を拾い集めている。魔法ももう使えないそれを、手のひらで抱きしめるように。
俺も、治癒の魔法を使うことはもうなかった。
助けを求める声は、もう聞こえなかった。
「目の前の命を救いたいって、ずっと思ってたけどさ──」
俺の手は、震えていた。
「……救えたのは、俺じゃなかった」
静かに、風が吹いた。
俺たちの誰も、英雄にはなれなかった。
けれど、まだ生きていた。
……それが、余計につらかった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
初投稿作品ということもあり、至らぬ点も多いかと思いますが、少しでも印象に残る物語になっていれば幸いです。
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