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ただの回復兵で英雄は俺じゃない  作者: ねもねも。
2/3

②撤退、そして再び

魔力が尽きる音は、しない。

だけど、俺にはわかる。体の奥が、空っぽになっていくのが。


「カイル、シズ、下がれ! ここは──」


俺の声は、雷鳴のような咆哮にかき消された。


黒い霧の中から現れたのは、四つ目の巨躯。異形の魔獣、“ヘルゲイザー”。

その一撃が、地面を抉り、隊列を丸ごと吹き飛ばした。


「っく……あれ、討てる相手じゃない……!」


シズが息を切らせながら後退する。彼女の魔導器はもう焦げ付き、起動符が次々に砕け落ちていく。


カイルは、割れた盾を構えたまま、傷だらけの体で俺たちの前に立った。


「撤退命令、来たぞ! 走れ!」


味方の旗が、赤く点滅している。

第四戦区、全面撤退。


足を引きずりながら、俺たちは逃げた。背後では、魔獣の咆哮と、残された仲間たちの断末魔が響いていた。


ーーー夜。

テントの外では、負傷兵のうめき声が止まらない。

かつて仲間だった顔が、次々と白布に包まれていくのを、俺はただ見ていた。


「……三小隊、全滅。第五中隊も、半数が死亡。俺たちがいた前衛斥候隊は……三分の一が生存」


シズが紙の報告書を手に、かすれた声で呟く。

彼女の眼は赤く、泣いたのを隠すように魔導器の調整を続けていた。


「俺たちは……運が良かったのか?」


カイルが苦笑交じりに言う。包帯で固めた左肩が、じわじわと血を滲ませている。


「運が良かったんなら、もっと多く生きてたさ」


俺の声は、自分でも驚くほど乾いていた。

助けられなかった命の数が、魔力の枯渇より重く胸にのしかかる。


「なあ、また最前線に戻るんだってな」


カイルの言葉に、俺とシズは一斉に顔を上げた。


「……補充もない。魔導支援部隊は壊滅。お前ら、もう十分戦ったろ。命令無視して逃げたって、俺は責めねぇよ」


それでも、俺たちは誰も口を開かなかった。


布の継ぎ接ぎの天幕の中で、沈黙が続く。


「でも、俺は行くよ」


静かに立ち上がりながら、俺は言った。


「たぶん、また救えないかもしれない。それでも……あの戦場に残ってる誰かを見捨てたくない」


「……やめてよ」


シズの声がかすれた。

魔導器の調整をしていた手が止まり、ぎゅっと膝の上で拳を握る。


「あたしは……戻りたくない。もう、誰かの叫びを聞きたくないし、血の臭いも嫌。もう十分じゃないの?」


沈黙が落ちた。

カイルも口を開かない。ただ、こちらをじっと見ている。


シズの肩が震えた。


「でも……2人が行くなら、行くよ。誰かが後ろにいなきゃ、あんたらすぐ死ぬから」


苦笑のように言って、シズは立ち上がった。


「ホントにバカ。死ぬなら、せめて一緒にね」


「ああ、死ぬ時は一緒だ」


カイルが笑って立ち上がる。

その笑顔に、俺も自然と頷いていた。


再び、地獄へ向かう。


今度こそ、誰も失いたくなかった。


ーーー再出撃は、夜明け前に下された。

残存兵の中から“動ける者”だけが選ばれ、部隊番号すら与えられない即席の小隊が編成された。


「第四戦区、魔族の主戦力が残っている可能性あり。殲滅目標ではなく、生存者救出および情報回収が主目的」


軍の説明は、ただの建前だった。

生存者を回収する余力なんて残っていない。

俺たちはただ、“何人かを犠牲にしてでも情報を拾ってこい”と命じられただけだ。


空はまだ暗く、霧が濃い。

戦場に向かう道中、誰も口を開かなかった。


やがて、焦げた鉄と肉の臭いが鼻を刺し、俺たちはまた“あの場所”へ戻ってきた。


かつて仲間が死んだその地に。

自分たちも、きっとまた死ぬだろうという場所に。


「……あれ、なんだ?」


カイルの声に、俺とシズが前方を見た。


薄明の中、霧の向こうに“それ”はいた。


巨大な影。八本の腕。頭部には仮面のような骨をかぶり、体から魔力の瘴気を吹き出している。


魔族上位種──“屍喰いのグラーヴァ”


「ッ、無理だ……あんなの、討てるわけない……!」


シズが震え声で呟いた。魔導器が音を立てて拒絶反応を示す。


俺の膝も、無意識に力を失いかけた。


それでも、カイルが前に出た。


「くそが……俺たちの“最後の仕事”かもしれねぇな」


俺たちは、構えた。

恐怖で震えながら、それでも目の前にある命を守るために。


「魔法陣展開……っ! リュウ、援護お願い!」

「了解、すぐ行く……!」


そうして俺たちは、絶望の中に飛び込んだ。


魔法が焼け、盾が砕け、叫びが響く。


その瞬間までは──


「あっれ〜? なんか見たことあるマップだな〜?」


まるで別の世界の音のように、軽い声が戦場に響く。


全員が凍りついた。


そして次の瞬間、天から降り注ぐ閃光が戦場を包み、グラーヴァの腕が一本、跡形もなく吹き飛んだ。


死にかけていた俺たちの眼に、

白い鎧を纏った笑顔の“英雄”が映っていた。


第2話までお読みいただき、ありがとうございます。

戦場の中で揺れる気持ちや葛藤が少しでも伝われば嬉しいです。

いよいよ次話で完結となります。


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