六本木電力産業(下)
(本日2話投稿、これは2話目です)
綾川の言葉に、李凱は顔をしかめた。明玉も、不安そうに李凱の方を見た。
「綾川さん、それは言い過ぎです」
李凱は、少し声を荒らげた。
「我々のドローンは、間違いなくAIで制御されています。その証拠に、鳥の接近をリアルタイムで検知し、自律的に回避行動をとっています」
「ええ、それはビデオでも確認できました」
綾川は、冷静に答えた。
「しかし、鳥の検知と回避だけなら、それほど高度なAIは必要ありません。単純なアルゴリズムでも実現可能です」
「では、綾川さんは、どのようにすれば、我々のドローンがAIで制御されていると納得していただけるのでしょうか?」
李凱は、挑むような口調で言った。
綾川は、少し考えてから、答えた。
「例えば、ドローンの飛行中に予期せぬ事態を起こさせてみてはどうでしょうか? 例えば、強風を発生させたり、障害物を設置したりして、ドローンがどのように反応するか観察すれば、AIの性能を評価できるはずです」
李凱は、綾川の提案に戸惑った。明玉も、困ったように李凱の方を見た。
「それは……少し難しいですね」
李凱は、言葉を濁した。
「我々のドローンは、あくまで農業用です。そのような過酷な状況下での運用は想定していません」
「そうですか……」
綾川は、残念そうに言った。
「では、AIの性能を評価することは難しい、ということになりますね」
綾川は、諦めたように肩を落とした。その様子を見て、李凱は安堵の表情を浮かべた。
しかし、その瞬間、前原教授が口を開いた。
「李さん、綾川君の言うことも一理あります。我々としては、共同研究を行う以上、AIの性能をしっかりと見極めたい。そこで、提案ですが、簡単なデモンストレーションを行っていただくことは可能でしょうか?」
前原教授の提案に、李凱は驚きを隠せない。明玉も、目を見開いて李凱の方を見た。
「デモンストレーション……ですか?」
李凱は、戸惑いながら繰り返した。
「ええ、べつに会議室の中で、ドローンを実際に飛行させる必要はありません。シミュレーション環境で、ドローン飛行のための各回転翼を駆動するモータに供給するエネルギーや、回転翼の迎え角を制御することで、ドローンがどんな挙動をするかを計算することは可能でしょう。そのシミュレーション環境内の世界で、ドローンに搭載した近距離レーダーや光学カメラが観測するはずの障害物などの映像を逆算することもできるでしょう。それらをもとに、次の瞬間のドローン制御出力を、刻々の瞬間にAIに計算させてフィードバックしてやれば、シミュレーションされた世界の中でデモンストレーションが可能になる。もちろん、センサ入力を受け取って、制御出力を計算するためのAIは、御社が実機で運用しているAIそのものを使用すればよいはずです。そして、綾川君が言うように、強風を発生させたり、障害物を設置した環境下で、ドローンがどんな反応をするのか、見てみたい」
前原教授は、穏やかな口調で言った。
李凱は、明玉と顔を見合わせ、しばらく沈黙した。
「前原教授の提案は、大変興味深いものです」
李凱は、慎重に言葉を選びながら答える。
「しかし、我々のAIは、実際のドローンに搭載することを前提に開発されたものです。シミュレーション環境では、その真価を発揮できない可能性があります」
「それは理解できます」
前原教授は頷く。
「しかし、シミュレーション環境でも、AIの基本的な性能を評価することはできます。例えば、障害物回避能力や、安定飛行能力などを確認することはできるでしょう。それらの結果を見て、共同研究を進めるかどうか判断しても遅くはないと思います」
李凱は、まだ迷っているようだった。文官である李凱には深い技術的な判断はできない。彼は、再び明玉と顔を見合わせた。
しかし、西嵐XL−47型用に開発したAIが、シミュレーション環境でのデモンストレーションで充分な性能を発揮することには、明玉は自信を持っていた。むしろ、明玉が心配していたのは、シミュレーション環境で飛ばす「ドローン」の機体性能が一般の農業用ドローンよりずば抜けて高性能であることが露見し、央独が前原研究室を引き込もうとしている共同研究開発の対象が平和利用ではなく、軍事技術であることを看破されてしまうことだった。
その様子を見て、明華は、姉を助けたいという気持ちに駆られた。明華は、少し緊張しながら口を開いた。
「もし、シミュレーション環境でのデモンストレーションが難しいのであれば、ワタシがお手伝いできるかもしれマセン。ワタシは、この研究室で、シミュレーションを使ったAI制御の勉強をしていマス。御社のAIを動作させるシミュレーション環境の構築に協力できたらと思いマス」
明華の申し出に、会議室にいた全員が驚く。
李凱と明玉は、目を見開いて明華を見つめている。前原教授や多田助教も、意外そうな表情を浮かべている。
綾川だけは、興味深げに明華を見ていた。
「明華さん、あなたは……」
李凱が明華のことを知っていることには、誰も驚かなかった。
央独人離れした銀髪碧眼を持つ明華と明玉とは、誰が見ても姉妹であることが明らかなので、仮に李凱が明華に会ったことがなくても、会議に出てきた研究室のメンバーのなかで明玉の妹としての明華を容易に見つけることができるのは当然だったのだ。
「……シミュレーションの専門家なのですか?」
「まだ勉強中ですが……でも、頑張りマス」
明華の言葉に、李凱は少し考え込んだ。
「李さん、明華さんの申し出は、大変ありがたいですね。彼女なら、きっと力になってくれるでしょう。それに、明華さんは、明玉さんの妹さんなのですよね? それなら、なおさら、共同研究がスムーズに進むのではないでしょうか」
前原教授の言葉に、李凱は、はっとした表情を見せる。
「なるほど……確かに、それは心強いですね」
李凱は、笑顔で言う。
「では、明華さん、ぜひ、お手伝いをお願いします」
「ハイ、頑張ります」
こうして、明華は、姉の窮地を救うために、シミュレーション環境でのデモンストレーションに協力することになった。明華は、自分がスパイ活動に巻き込まれていることにまだ納得していなかったが、それでも、姉のために、精一杯頑張ろうと決意したのだった。
(この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません)