六本木電力産業(中)
(本日2話投稿、これは1話目で、2話目は朝6時すぎです)
多田助教は、施明玉の方に向き直った。
「共同プロジェクト、ということですが、いまお持ちのドローン技術をどう改良したいのか、そこに当方の技術がどんな風に応用できると考えているのか、具体的なアイデアはすでにお持ちですか?」
多田助教の質問に、明玉は少し戸惑った様子を見せた。彼女は、用意してきた説明資料をちらりと見ながら、口を開いた。
「まず、従来のドローンでは、飛行経路を事前に設定する必要がありマシタが、それを、AIによる画像認識技術を用いて、自律的に飛行経路を生成できるようにしてイマス。例えば、果樹園であれば、果樹の位置を認識して、その間を自動で飛行する、といったことはもうできるようになってイマス」
明玉は、ややたどたどしい日本語で説明を続けた。
「また、飛行制御アルゴリズムについても、風の影響を受けにくく、安定した飛行を実現してイマス。ただ、飛行中のドローンに鳥が群がってきて、これを回避しながら飛行するのに困難が伴いマス。ドローンの回転翼に反射する光が鳥の興味を惹くらしいのデス。一度に一羽の鳥による襲撃には対応できるような機械学習モデルはすでに完成していマスが、複数の鳥が別方向から同時に飛来すると、衝突されるまで真っ直ぐ飛び続けて、思うような回避行動を取れないのデス」
「なるほど、興味深いですね。複数方向から同時に飛来する鳥と、一度に一羽のみ飛来する鳥への対処には、異なった学習モデルが必要になるのかもしれませんね」
多田助教は、感心したように言った。しかし、明華には、多田助教が明玉の説明に納得していないことがわかった。
「ところで、施さん、」
綾川が、初めて口を開いた。
「AIによる画像認識技術をドローンに応用する場合、どのような課題があると考えていますか? 例えば、明暗の影響による認識精度の低下や、動体の認識など、様々な課題が考えられるでしょう?」
綾川の鋭い質問に、明玉は一瞬言葉を失った。彼女は、困ったように李凱の方を見た。李凱は明玉に頷いて、さらなる情報開示を許可することを伝える。
「実は、現在開発しているドローンは、光学画像認識技術にはそれほど依存していないのデス。6つの回転翼を各頂点に配置シタ、正6角形の枠の中央に、急速に減衰する電波を使用した極短距離レーダー受発信機を搭載してイマス。鳥のように飛来する障害物の検知ニワ、主としてそれを使用するのデス。
補助的な役割ではありマスが、受動的センサとしての光学カメラからの画像認識も重要視してイマス。画面の明暗の影響や認識対象の移動による影響は、時系列上で隣接する画像の差分をAIへの主入力とすることで排除できることが分かってイマス」
明玉の言葉に、綾川は深く頷いた。
「なるほど、極短距離レーダーを併用しているのですね。確かに、光学カメラは、天候や光の影響を受けやすいですからね。時系列データの差分を入力とするというのは興味深いアプローチですが、具体的なアルゴリズムについて、もう少し詳しく教えていただけますか?」
明玉は、少し戸惑った表情を見せた。
「具体的なアルゴリズム……ですか?」
「ええ、例えば、どのようなニューラルネットワークを使っているのか、学習データはどうやって収集したのか、といった点です」
綾川は、さらに深く掘り下げようとした。明華は、姉が答えに窮していることに気づいた。しかし、学生時代からずっと優秀だった姉のこと、技術的に深い質問に答えられない、ということではないだろう。
明玉が改良しようとしている制御プログラムは、おそらく農業用ドローン用ではなくて、央独人民独裁軍が開発している兵器用なのだろう。
アルゴリズムや学習方式の詳細について本当のことを開示してしまうと、農業用ドローンには不要なはずの要素技術の詳細について語らざるを得なくなり、そこから開発しているのが農業用ドローンではないことが露見してしまうのをおそれているのだ。
明玉は、再び李凱の方を見た。李凱は、小さく咳払いをしてから口を開いた。
「申し訳ありません、綾川さん。具体的なアルゴリズムについては、企業秘密であり、この場では詳細をお話しすることができません。ただ、我々の開発したAIは、非常に高い精度で鳥の検知と回避を行うことができます。その点は保証いたしマス」
李凱は、にこやかにそう言ったが、綾川は納得していない様子だった。彼は、腕を組んで考え込むような姿勢をとった。
「そうですか……しかし、AIの性能を評価するためには、アルゴリズムの詳細を知る必要があります。でなければ、本当に有効な共同研究ができるかどうか判断できませんよ」
綾川は、一歩も引かない構えを見せた。李凱は、少し焦った表情を見せた。彼は、明玉の方を見て、何か指示を出そうとした。しかし、その前に、前原教授が口を開いた。
「まあまあ、綾川君。今日は、まずは六本木電力さんの技術概要を理解することが目的だからね。細かい技術的な議論は、また後日、個別にやり取りすればいいだろう」
前原教授は、穏やかな口調でそう言った。綾川は、少し不満そうに唇を噛み締めたが、それ以上は何も言わなかった。
李凱は、ほっとした表情で、前原教授に頭を下げた。
「ありがとうございます、前原教授。では、我々のドローンが、実際にどのように飛行しているのか、ビデオをご覧いただきましょう」
李凱はそう言って、リモコンを操作した。
§ § §
スクリーン上には、緑豊かな田園風景が広がっていた。上空には、小型のドローンが飛行している。
「これは、我々のドローンに、農薬散布を行わせている様子です。ご覧のように、AIによって、正確に飛行経路を制御し、無駄なく農薬を散布することができます」
ドローンは、地上15メートルほどの高度で、田んぼの畝に沿うように一直線に滑らかに飛行していく。時折、鳥がドローンに近づいてくるが、ドローンは、巧みに鳥を回避しながら、飛行を続けている。
「すごいですね、これが全部自律操縦でできるんだ……」
支倉が、感心したようにつぶやいた。他の学生たちも興味深そうに、スクリーンを見つめている。
明華は、ビデオを見ながら、複雑な気持ちだった。姉が開発したとされているドローンは、確かに素晴らしい技術かも知れない。
しかし、ここで前原研の技術を利用して行う「ドローン制御技術」の改良は、本当は、なにかの兵器の改良に転用されることになるのだ。
「……ご覧いただいたように、我々のドローンは、高度なAI技術によって、安全かつ効率的な飛行を実現しています」
李凱は、自信満々に胸を張った。前原教授は満足そうに頷き、他の学生たちも感嘆の声を漏らしていた。しかし、綾川だけは、腕を組んだまま、厳しい表情でスクリーンを見つめていた。
「確かに、興味深い技術ですね」
綾川は、皮肉っぽく言った。「しかし、ビデオを見る限りでは、そのドローンが本当にAIで制御されているのか、疑問が残ります。事前にプログラムされた経路を飛行しているだけのビデオとどこで区別するのでしょう?」
(この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません)