天洋第二砲兵部隊基地
時は少し遡る。
東支那海に面した中都市、天洋。ここには東アジア随一の軍事独裁国家、央麗人民独裁国(央独)のミサイル基地がある。
永らく続く西側諸国の経済制裁に、央独は苦しんできた。央独へのハイテク製品や贅沢品等の輸出は厳しく管理され、逆に、央独が西側諸国の市場を破壊する目的で輸出補助金によりダンピングしてきた品目には、西側は高額の輸入関税を課している。
輸出による成長は望めず、国内需要を喚起する目的での過度な金融緩和と過激な財政出動により、誰も行きたがらない辺境の村につづく高速道路、客が来たがらないイベント会場、完成しても誰も住まないゴーストタウン、などなど、繰り返される未曾有の国富の無駄遣いの結果、央独の国家経済はもう破綻寸前で、国民の不満も高まり、独裁体制による人民統制も限界に近づきつつある。
そんな中、郗総統の肝煎りで始まった、西嵐XL−47型中距離巡航ミサイル開発計画は、ここ天洋第二砲兵隊基地で極秘裏に進められてきた。
開発グループに設けられた、空力設計・動力設計・航空電子機器設計、など6つのチームのうち、自律飛行制御プログラムを担当する航法演算チームを率いる王強技術大尉は、ここ天洋第二砲兵隊基地の基地司令である王偉少将の甥である。
基地本部棟の屋上に立った王偉は、眼下に整然と並ぶ、西嵐XL−47型の発射台を眺める。
・全長4.8m
・全幅1.2m
・厚み0.5m
・総重量1.3t
・弾頭重量440kg
・航続距離1300km
・巡航速度840km/h
海上運用時の被視認性を下げるため、胴体の上面は濃紺、下面は灰青色に塗装されている。両端から中央に向かって厚みが増す、サーフボードを大きくしたような造形。全体に流線型の胴体全体で揚力を発生する、挙升体構造となっている。
通常航空機のような尾翼・補助翼などの制御翼面は一切ない。外板素材のすぐ裏面に取り付けた駆動装置で、胴体表面の形状を細かく変化させて、機体各部の表面に発生する空気抵抗や揚力の差を利用して姿勢制御するため不要なのだ。
発射台上に見えるカーボンファイバー強化プラスティック製の白い繭は、特徴的な濃紺と灰青色との対比色も、その美しい流線形のフォルムも、壊滅的な破壊力の成形炸薬弾頭も、西嵐XL−47型巡航ミサイルの秘密の全てを覆いかくしている。
揚力効率の低さというリフティング・ボディ構造特有の欠点を補うため、西嵐XL−47型は発射台に設置された全長24mの発射管から射出される。この長い発射管の底に仕込まれた大量の高性能推薬を一瞬で爆発させることで、充分な初速を得たのち自律飛行に移行する。
発射管からの射出時にかかる極高加速度によって本体が破損するのを防止するため、発射時、西嵐XL−47型本体は白い繭形のケーシングに包まれている。発射管からケーシングを含めた全体が射出され、ケーシングを分離したのちに、空中でエンジンに点火する設計である。
白い繭玉をいただく発射台が整然と何十基も並ぶ光景は壮観であった。
「美しい。しかし、航法演算がお粗末なままでは、とても美麗島や日本の南西諸島への攻撃には力不足だ」
そう、それこそがまさに王偉の表情を暗くしている原因であった。
央独国内の沸騰寸前の不満から党内の有力者・軍高官の注意を逸らすため、郗総統は領土的野心によって国威発揚を目論んでいる。海峡を挟んで央独に面する自由主義陣営国家美麗島への侵攻で第一陣の役割を果たすことこそが、西嵐XL−47型の存在意義である。
美麗島に到達する以前に容易に迎撃されたのでは、航法演算チーム長のポストに甥の王強を無理矢理ねじ込んだ王偉の責任にもなる。
もう開発の終盤であるはずの最近になっても、西嵐XL−47型の地対空迎撃兵器に対する回避能力は、未だ芳しいものではなかった。一方向からの迎撃には適切に回避行動を起こすのだが、二方向目からの迎撃が加わると途端に動きが直線的になって、シミュレーション結果でも、毎回、簡単に撃墜されてしまうのだ。
「強よ、シミュレーションで西嵐XL−47型が全く近接地対空迎撃を突破できないのは、何故だ」
王偉の後方に数歩下がってひかえていた王強は、言い訳を始める。
「えー、その、伯父上。ご指摘の通り、現状のシミュレーション結果では、複数の地対空迎撃ミサイルや近接防御火器システム(CIWS)による迎撃に対し、十分な回避能力を発揮できていないことは事実です。しかしながら、これはあくまで現段階での結果であり、最終的な完成形ではないことをご理解いただきたい」
王強は少し間を置き、伯父の機嫌を損ねないように慎重に言葉を選びながら続ける。
「ご承知の通り、西嵐XL−47型は、革新的な挙升体構造を採用しております。この構造には、飛行制御の複雑さを増す一方で、敵のレーダーに探知されにくいという大きな利点があります。現在の課題は、この複雑な制御システムに最適な航法演算プログラムを完成させることであり、我々チームは日夜その完成に向けて全力を尽くしています。
具体的には、多方向からの迎撃ミサイルに対する回避アルゴリズムの改良、および、実機搭載CPUの処理能力向上のためのプログラム最適化を並行して進めております。まもなく、大幅に改良されたプログラムを実装した試験機による実射試験を行う予定であり、その結果をもって、西嵐XL−47型が伯父上の期待を裏切らない、真に実戦配備に足る兵器であることを証明してみせましょう」
王強は自信ありげに胸を張ってみせ、伯父の反応を伺う。しかし、プログラムの完成が遅れていることに対する焦りと、伯父に言い訳を見透かされ、怒りを買ったのではないかという不安は隠せなかった。
「まもなく、というのは以前から何度も聞かされている。具体的にいつになったら改善されるのだ。もう、郗総統もしびれを切らしておられる。
西側諸国からの経済制裁で、性能の高いハードウェアへの換装は全く期待できん。新たな技術を導入して自動飛行制御系にテコ入れせねばならん。なにか良いアイデアはないのか」
伯父の厳しい言葉に、額から脂汗が滲み出る。焦燥感とプレッシャーに押し潰されそうになりながら、王強は続ける。
「は、はい!伯父上のおっしゃる通りです! 郗総統のご期待に沿えるよう、全力を尽くします!」
ハードウェアの入れ替えが不可能な以上、残された道はソフトウェアによる改善のみ。限られたリソースの中で、どのようにして回避能力を向上させることができるのか……。
「……伯父上、一つ、アイデアがございます。現状の航法演算プログラムは、敵ミサイルの迎撃を予測し、事前に回避経路を計算することで対応しております。しかし、この方法では、複数のミサイルから同時に攻撃を受けた際に、全ての迎撃を予測しきれないという問題がありました」
王強は少し間を置き、伯父の目を見据えて続ける。
「そこで、AI、すなわち人工知能技術を導入することを考えます。具体的には、深層学習を用いた強化学習アルゴリズムを、航法演算プログラムに組み込みます。これにより、西嵐XL−47型は、実戦さながらのシミュレーションを繰り返す中で、敵ミサイルの挙動パターンを自律的に学習し、より効果的な回避行動を自ら習得していくことが可能となります。学習を重ねることで、将来的には人間が予測し得ない、より高度な回避行動を身につける可能性も秘めております!」
「しかし、制裁により、学習アルゴリズムに必要な高性能のGPUも入ってこない。なんでもお題目のようにAI、AI、と唱えていれば良いわけではないのだ。だいいち、我が央独では、人工知能研究も西側諸国に比べ10年は遅れているではないか。どこかに、すぐにも軍事転用できるようなAI技術のあてがあるとでも言うつもりか? 国家安全保障局傘下の第7研究所でさえ、郗総統の不興を買って、3年前に解散させられてしまったのだぞ。無責任なことを言うな」
「伯父上、確かに現状は厳しいものがあります。しかし、GPUがなければAI開発ができないわけではございません! 確かに、深層学習には膨大な演算処理が必要であり、GPUはそれを高速化する上で非常に有効な手段です。しかし、GPUはあくまで手段の一つに過ぎません。CPUのみを用いた学習方法も存在し、……」
実現可能性の低い言い訳を続ける王強の言葉を
「もういい、話にならん」
と王偉は遮った。
「お前の航法演算チームの部下の若手のなかに、施明玉というのがおったな。まだ27歳で技術中尉にまで昇進した優秀なエンジニアだとのことだが、お前の目から見てどうだ」
「は、確かに施は優秀ですが、まだ実務経験が浅いかと。自身が責任ある立場で開発を監督した装備を実戦はもちろん、実戦的演習でも活躍させたことがありません」
「誰でも始めから実務経験などないのは当たり前だ。実務経験のない優秀な者を取り立てて、経験を積ませるのは、上司の重要な役目だ。
配置換えして地対空迎撃兵器回避の部分だけでもそいつに担当させることを考えておけ」
王偉は顎を軽く上げ、鋭い視線で王強を見据える。その表情からは、もはや甥への情けは消え失せ、冷徹な上官としての威厳だけがあった。
「施明玉は、若手ながら独創的なアイデアと卓越したプログラミング能力を持つとの評判を聞いたぞ。お前のような机上の空論ではなく、現実的な解決策を生み出すことができるのではないのか。
まぁ、今週来週に担当を変えろ、と言っているわけではない。施明玉も含め、お前の部署のなかで優秀な部下の人事考課票のコピーをまとめて送ってくれ。考えていることがある」
王偉の言葉は、王強にとって大きな屈辱だった。チームの部下のほうが秀でている、とは、王強の能力を否定する言葉だ。
しかし、王強には反論することができなかった。
「はい、仰せのとおりにいたします」
AI・AIと連呼する自分の言い訳が「机上の空論」であることは王偉に指摘された通りであると王強自身もわかっていた。
何よりプロジェクト西嵐の開発グループが置かれたこの天洋基地の基地司令である王偉の言葉は、絶対的な命令だったのだ。
(この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません)