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現在連載中の「悪役王弟だが王都を追放されたので王位を簒奪することにした」の番外編です。
https://ncode.syosetu.com/n7653jh/
本編だと、ちょうどこのあたりのシーンになります。
https://ncode.syosetu.com/n7653jh/6/
リーファニア王国の王宮ハウスメイドであるカトリーナは、推しのぬいぐるみを作っていた。
これで二体目である。
(ジョフリー・アイアンド様――す・て・き)
まだ顔も髪の毛も付いていない、ただの肌色の布だが、カトリーナには完成した姿が見えていた。
(がっちりしていて、かっこよくてたくましいジョフリー様ぬいには、やっぱり綿をたくさん入れなくちゃね)
ジョフリーとは、黒竜騎士団の副団長である。
二メートル近くある身長に、屈強な身体。
王都最強と呼ばれる騎士団の中でも目立つ偉丈夫で、剣聖・イズレイル・ギデインに次ぐ地位の持ち主である。
メイドたちの人気はイズレイルに集中していたが、カトリーナは断然ジョフリー推しだった。
(やっぱり殿方は素手でクマを倒せそうなかたが、一番素敵よね。ジョフリー様って畑もバリバリ耕してくれそうな、頼りがいのあるところがいいな。正装姿も立ちくらみしそうなほど素敵だけど、農夫の姿をして畑を耕しているところも、一度でいいから見てみたい……)
カトリーナの男性趣味を聞いた他のメイドたちは「信じられない」と口々に言ったものだったが、カトリーナは気にしなかった。
メイド仲間と一緒に、きゃあきゃあ言いながら推すよりも、一人で静かに推すほうが性に合っているからだ。
今日も空き時間に、手芸という名の推し活をしていた。
ジョフリー本人と話す勇気もなければ、そうする気もないカトリーナにとって、至福のときである。
そのとき、廊下から足音が聞こえたかと思うと、控えの間のドアが勢いよく開いた。
「た、大変大変大変っ」
メイド仲間であるメリッサが、血相を変えて飛び込んできた。
つい先ほどメリッサは、昨日玉座の間で倒れた王弟ギルロードの様子を見に行った。
そして慌ててここへ来たということは――。
「まさか……ギルロード殿下に何かあったの!?」
「あったわ」
恐ろしいことにメリッサは肯定した。
そして息を整えたあと、続ける。
「ギルロード殿下が、こっちを向いてね……。しかも『お疲れ様です』って、私に言ったのよ!!」
「えええええええええ!?」
メイドの控えの間が、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「え、喋ったの? あの殿下が?」
「喋った喋った!」
「お礼を言ったって……信じられない!」
「ていうか私、殿下の後頭部しか印象にないんだけど、どんな顔をしてたっけ?」
(あの殿下が振り返ったって、凄くない?)
カトリーナも、思わず手を止めた。
ギルロードには、専任のハウスメイドがいない。
人間と接することが苦手なギルロードは、たとえ使用人でも必要以上に他人を近づけなかった。
幾度となく専任の世話係を付けられようとしていたが、すべて拒否していたのである。
独学で魔法の研究をしているという話もある。邪魔になるから、あるいは秘密を知られたくないから、他人を遠ざけるのだろうと噂されていた。
食事だけは、何人かのメイドが順番に持って行った。
ギルロードは常に背を向けたまま、すぐにメイドを退出させる。メイドが片付けるころには、すでに部屋にこもっていて姿を見せなかった。
カトリーナはギルロードに食事を持って行く係に当たったことは、一度もない。
食事を持って行く係のメイドが、うんざりしたような顔で愚痴を言っているのは、何度も見ていた。
王族に感謝をしてほしいとまでは、誰も思っていない。身分の高い者は、身分の低い者に対して関心を持たないものだ。
だが、あまりにも相手の反応がなさすぎるのも、やりがいがない。木を相手にしているほうが、ましだと言うメイドたちの気持ちも分かった。
ギルロードに関しては皆が諦めていただけに、メリッサの報告は衝撃的である。
「まさか、殿下……王宮を追い出されるショックで、喋ることができるようになった……のかな」
「追い出されたら、喋らないわけにもいかないもんね。買い物もできないし。心を入れ替えたのかな」
「そのあたりは、一緒に追放になるイズレイル様がやってくれるのかも。イズレイル様、おかわいそう……」
「追い出されるショックじゃなくて、頭打ったせいかもよ。玉座の間で、頭からドーンっていったらしいじゃない。打ち所が悪かったんじゃないかなあ」
「外的か内的か知らないけど、ショックで別人になった感じよねえ」
言いたい放題のあと、メイドたちはメリッサに詰め寄る。
「で、どんな顔だったの、ギルロード殿下」
「国王陛下と、どっちの顔がいいの?」
皆が気になったのは無理もない。
先代国王の王妃でギルロードの母は、国民すべてが認めずにいられない、圧倒的な美貌の持ち主だ。
国王も美貌を引き継いでおり、王の横顔をかたどった即位の記念金貨は、令嬢たちの部屋に美しく飾られているという。
メリッサは、にやりとする。
「殿下の顔、超良かった。さすが王家の人間だわー。血筋って凄いねえ」
「えええ、いいなあ! 殿下、見てみたい!」
「前、ちらっと見たときは印象薄かったんだけど、やっぱ顔がよかったんだ」
「私、正面顔、全然見たことないよ」
カトリーナは聞き耳を立てていたが、話に乗らず、ぬいぐるみを黙々と縫い続けていた。
カトリーナも、いままで一度もギルロードの顔を見たことがなかった。全く興味がないといえば嘘になるが、わざわざ話に乗るほどではない。
それより筋肉である。
推しであるジョフリーには筋肉があるが、ギルロードは痩せていて筋肉がない。庭や廊下で数回見かけた背中は、驚くほど華奢で頼りなげだった。
(いくら顔がよくても……ねえ。筋肉あっての男性だと思うし。外に出ないと、どうしても身体が弱るから、まともに旅もできなさそうよね)
ぬいぐるみを縫いながら、しみじみ考えていると、控えの間の扉が開いた。
そこには、眉をつり上げたメイド長が立っている。
メイド長は両手を二回打ち鳴らした。
「貴女たち、騒ぎすぎですよ。静かになさい」
次の瞬間、メイドたちは口を閉じて縮こまった。
メイド長は険しい顔のまま続ける。
「ギルロード殿下がお目覚めなら、お食事を持って行くように。昨日の夕食も召し上がらないまま、お眠りになっていたのですよ。しかも、もうすぐお昼だというのに、朝食を取られていません。殿下はきっと、おなかを空かせておいでです」
メリッサを含む、三人のメイドが一斉に返事する。
「はい、いますぐ持って行きます!」
三人は顔を見合わせる。
「え、今日は私の当番の日でしょ」
「メリッサは、さっき殿下の顔を見たじゃない。次は譲ってよ」
「そうよ。だって殿下、明日には追放でしょ? 今日と明日の朝と昼しかチャンスがないんだよ」
「あんたたち、昨日までは『殿下の部屋に食事持って行くの、ダルい』とか言ってたじゃない。なに、この変わりよう」
「それはメリッサも同じ……」
メイド長は額に青筋を立てて、大声で割って入った。
「貴女たち、いいかげんにしなさい! なんですか、王宮のハウスメイドともあろう者が、はしたない。恥を知りなさい!」
三人は、口を閉じた。
メイド長はカトリーナのほうを向く。
「カトリーナ。貴女の用事は終わっているようね。なら、ギルロード殿下の部屋には、貴女が行きなさい」
突然命じられて、カトリーナはあやうく、ぬいぐるみの綿を落としそうになった。
「わ、私が……ですか?」
メイド長が、じろりと睨む。
「そうです。返事は?」
「は、はいっ」
カトリーナはメイド長の迫力に推されて立ち上がった。
メイド長は険しい顔のまま頷いた。
「厨房に殿下の朝食が用意されています。――いいですか、決して粗相のないように」
「はいっ!」
カトリーナは姿勢を正した。