コマンド【か↓か↑はか↑】
幼馴染の千秋は、ゲームマニアだ。流行りのものから、マイナーなものまで何でもプレイしている。そんな彼女にいつも俺はボコボコにされる。特に格ゲーが苦手だ。今日も連戦連敗。
千秋はしたり顔で言う。
「コマンドも憶えられないなんてザッコ」
「よく、一歩も動けない俺をぼこすかに殴れるな」
「だって、隆文のリアクション面白いんだもん」
はー。そうですか。
千秋は満足げな顔をして、飲み物を取りに行く。これが俺たちの日常の過ごし方だ。普通の友人よりは気さくに話せて、居心地がいい。でも、恋人ではない。ただの幼馴染。この距離感がどこか落ち着くんだよなぁ。
千秋が戻って来た。
少しだけ頬が赤い。まさか、酒でも飲んだな。
「大学生だからって、飲み過ぎるなよ」
「はぁ、私が飲んでるのはジュースですー」
「じゃあどうして顔赤いんだよ」
俺の問いに、千秋は、
「ゲームの弱いアンタにとっておきのコマンドを教えてあげようと思って」
と、ブロックメモを一枚渡してきた。千秋は、勝ち誇ったような、自信に満ち溢れたような。そんな顔をしていた。気になって、俺はメモの内容を確認する。
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さ↑か←た←↓や↓
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「さかたや……何だこのコマンド?」
俺が暗号を解こうとすると、「ぷぷ」っと笑う千秋。オレンジジュースを片手に楽しげだ。俺は、ゲームのことに疎い。ひらがなのコマンドゲームってあったかな?
俺は素直にヒントを求めた。
「スマホで検索したら出てくるわよ」
「ん、そんなに有名なコマンドなのか。さかたやって」
「訊く前に、やって見たら?」
少し急かされている気がする。俺はスマホで『さかたや』と検索するが、ゲームらしいものの情報は引っかからなかった。
(矢印が意味のあるモノだとしたら……)
もしかしたら発音記号なのではと思った。四声的な。最近は声でキャラを動かすゲームもある。もしかしたら『さかたや』にアクセントを付けることで、何らかのゲームでの戦況が有利になるのかもしれない。
俺は口に出して言ってみた。
「さぁあかーたやぅ……」
場の空気が一瞬固まる。千秋が腹を抱えて笑った。
「変な声ー!」
「悪かったな!」
悔しかった俺は、スマホでいろんなゲームを検索しまくった。夢中になっている俺を千秋は、「おーおー必死ですねー。見つかるんですかねー。私のとっておきのコマンド♪」とからかってくる。
オレンジジュースを飲み終わった千秋は、
「最大ヒントでーす!」
そう言って、俺の前に座った。
「主人公は弓矢使いのフリック君です」
「弓矢使い? フリック……あ!」
フリックって、もしかして文字入力するときに行う動作か?
(だとしたら矢印とひらがなはセットだ!)
俺はスマホのキーボードを眺めながら、一語一語指で弾いた。
さ↑=す
か←=き
た←↓=だ
や↓=よ
「……」
なんとなく言いたいことが解ってしまった。『すきだよ』このメッセージは、千秋のいたずらなのか。それとも本心なのか。分からないが、目の前にいる千秋は、満足そうだ。
「どう。効いた?」
「いやどうって言われても……」
「もー、せっかく告白したのにー」
俺は茫然としていた。告白ってこんなに急にされるものなのか? 俺は千秋のために何もしていないぞ。ただ、一緒にゲームをしてボコられてるだけ。オープンワールドでは足手まといだし、アクションゲームでも即死するし……。
惚れる要素どこにもないだろ。
「お前かわいいし。他にもっと良い奴みつけろよ」
俺の言葉を、千秋は、
「アンタとゲームしてる時が一番面白いの」
そう返してニコッと笑った。告白された後だからか、心臓がバクバクしている。
(くそぅ。意識させやがって)
そっちがその気なら。俺だってとっておきのコマンドを用意してやる! 俺はスマホで暗号を千秋に送りつけた。
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あ↓ら→ま↓た←↓や↓
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俺からのメッセージを解読した千秋は、顔を真っ赤にしていた。その後。俺は、容赦なく格ゲーでボコボコにされた。
(これじゃ、いつもと変わんないな)
なんて思いつつ。これが俺たちの最善な付き合い方なのかもしれない。そんなことを思うのだった。