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安住の地

 レオナールが馬を預けた宿屋は、エサ代がかかったと難癖をつけ、馬を取り上げて、ロバを寄越した。レオナールは仕方なく、ロバに小さいエステルと女神を乗せ、自分は手綱を引いて歩き出した。犬のトマスがそのあとをついてくる。

「エステルのおかあさんになって、いい?」

 女神が子どもに訊いている。

 子どものエステルが赤くなって、こくりとうなずく。

「かあさま、といって?」

「かあさま」

 女神は、ぎゅうとエステルを抱きしめた。

 女神アニエスとエステルは、母子のように見えた。

 聖女は守護神の愛し子というのは、本当のことだな、とこれを見て、レオナールは思った。修道士の修行をしていても、聖典にある神々の話は絵空事だと感じていたのだが、考えを改めた。

 途中、陽がとっぷりと暮れてしまったので、野宿をすることになり、レオナールの携帯食を出して食事にしようとしたら、女神が神力でテントと食事を出し、快適に過ごすことが出来た。

「こんなことがお出来になるのなら、空を飛んでテルミナールへ入ればよいのでは?」

 皮肉でなく、本気でそう言った。

「歩いて国境を越えなくては、ならないの。神々の世界にも、いろいろとあるのよ」

 と、返された。

 朝になりそれぞれが身支度を整え、女神は子どものエステルの世話を焼いて、朝食を摂ると、テントが消え、彼らは再びロバを伴って、隣国へ通じる街道を歩いて行った。

 道では、誰とも会わなかった。しかし、国の境である峠にさしかかると、目の前に、黒いドレス姿で長い金髪の美女が姿を現した。

「レオナール・クレメンス。ご苦労。私はこれまでテルミナールを守護していた女神・シエル」

「お目に掛かることができ、光栄でございます」

 レオナールは丁重に挨拶をした。

「アニエス、テルミナールをよろしく頼みます」

「シエル……また、会いましょう」

 二人の女神が挨拶を交わしたあと、女神シエルは姿を消した。

「さて、レオナール。空を飛んでいけばいいのかしら?」

 悪戯っぽく笑った女神に、レオナールは顔を引きつらせ、黙って頭を下げた。

 と、次の瞬間、レオナールが父からもらう予定だった村にいた。そこの管理を任せているシュバリエという老人が領主館の管理がてら住んでいた屋敷の門前だった。修道士姿のレオナールと娘姿のアニエスが立ち、ロバの背に幼いエステルを乗せている。犬のトマスは警戒して、うなった。

「おまえは、何者だ」

 門衛が誰何すいかする。

「クレメンス家のレオナールが来たと、シュバリエに伝えてもらいたい」

 顔をしかめた門衛が奥に引っ込むと、門が開き、着飾った中年の男が護衛を連れて現れた。まるでこの邸の主人のように見える。

「シュバリエは父だ。その父は、去年亡くなり、息子の俺が伯爵さまから管理を任されている。ただし、クレメンス家に三男のレオナールは存在しない、とお達しがあった。あんたがそのレオナールだとしても、あんたには何の権利もないんだ」

「確か父は、成人したら、ここを私にくれると約束してくれたんだが。シュバリエもそれを承知していたはずだ」

「じゃあ、権利を剥奪されたんだろうさ。クレメンス家とあんたは、何の関係もない」

「困ったな」

 腕組みをしたレオナールは、女神アニエスを振り返った。

「どうやら、私が修道院に入ったことで、義絶されたようです」

「まあ、普通は神に仕える息子がいて、喜ぶところなのにね」

 二人が話していると、男がわめく。

「おまえはもう、よそものなんだよ。さっさと消えな!」

 ぺっと唾を吐いた。それはレオナールとアニエスには届かなかったが。

「まあ、下品。唾がいっぱいなようね」

 女神がつんとして言ったので、機嫌を損ねて何かされてはまずいと、レオナールが言葉を継いだ。

「では、我々が住むような土地があるだろうか」

「ここにはないが、ずっと山の上へ行けば、あるだろうさ。確か隠者のじいさんが山小屋を作っていたはずだ。そいつも暮らしていけなくて、どこかへいっちまったがな」

 嘲笑が返ってきた。

「申し訳ありません。行き違いがありました。行きましょう」

 レオナールはアニエスをうながした。

 そして、人目がないところへ行くと、女神はまた転移し、彼らは山頂近くの山小屋の前にいた。

 小屋は朽ちていて、人が住める状態ではない。

「テルミナールでも、ヒトは薄情なのね」

「すみません。みっともないところをお見せして」

「いいのよ。そんなもんでしょ」

 と、女神がロバの背からエステルを下ろして抱いた。そして右手を振ると、朽ちた山小屋は、しっかりとした石造りの家となった。

「ロバを馬小屋へ入れてらっしゃい。エサと水をやってね。当面の食糧はあるわ」

 レオナールに言いつけ、女神は我が家に帰ってきたように、中へ入って行った。

 ロバの世話を終えたレオナールが室内へ入ると、領主館の小型版といった様子だ。壁にはタペストリーがかかり、暖炉には火が入っていて、シチューが煮込まれていた。

「この服に着替えて」

 女神が大きな衣装箱の蓋を開けて、空色のチュニックと黒いズボンと上着を取り出した。平民でも晴れ着にするような、ちょっと良い品だ。

「これは?」

「遠慮しないで。あなたが本来、受け取るはずのものなんだから。ああそれと、私はエステルの母親代わりだけど、あなたの親代わりのつもりでもあるのよ」

「えっ」

 レオナールはどう受け止めていいか、判断に迷った。女神が親? 恐れ多いことだ。しかし神は人を試し、返答しだいでは神罰を下すと言う。特に、言葉には気をつけねばならない。

「……姉というのは、どうでしょうか」

「あらあ、それもいいわね」

 けらけら笑う女神に、正解だったかな、とレオナールは、ほっとしたのだった。









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