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修道士見習い・レオナール

 レオナール・クレメンスは、テルミナール王国の伯爵家の三男に生まれた。

 長男は父のあとを継ぐことを生まれたときから決められており、次男はその補佐として父が持つ子爵位をもらうことになっていた。三男の彼は、小さな邸とそれに付随する領地を成人すれば、もらえることになっていたが、それまでは「騎士として身をたてるように」と父から命じられていた。

 母は隣国サラザールの伯爵家の長女で、持参金として持って来た土地の一部が、レオナールに譲られる予定の場所だった。そこは山裾で、辺鄙なところだったが、三男の彼には文句は言えない。

 男の子が三人続いて生まれたあと、五年後に女の子が生まれた。妹を家族全員がかわいがったけれど、三人めの男の子のレオナールは、両親が意図してなくても、放っておかれることが多かった。

 その彼を、特にかわいがってくれたのは、同居している祖母のテレーサだった。彼も祖母によくなつき、祖母の裁縫室が幼い頃の遊び場となっていた。二十年前に戦で夫を亡くした祖母は、子と孫たちに囲まれた暮らしに満足していたようだが、孫の中で一番、祖父に容姿が似ている銀髪に青い瞳のレオナールがお気に入りなのだった。

 レオナールが十歳のとき、その祖母が病の床についた。医師には手のほどこしようがない重い病だった。

 そこでレオナールは、病気快癒のために巡礼に出かけようと思い立ち、父にそれを告げた。初め反対していた親たちだが、レオナールの熱心さに折れ、下僕を一人連れて出発することを許した。

 テルミナール王国の周辺には、巡礼の道がある。昔、ある聖者がひらいたもので、テルミナールの隣国・サラザールの中央神殿から始まって、ムスティエ王国、テルミナール王国、ルヴォア王国の各神殿で祈りをささげ、最後にモンドール王国の中央神殿で終わる道だった。

 レオナールはひたすら歩いた。そして道の途中にある神殿や祠で、祖母の病が癒えるよう祈った。

 三か月かけて、レオナールは巡礼の最終地、モンドールの中央神殿へたどりついた。十歳の子どもには、苛酷な旅だった。ろくなものを食べていないので身体は痩せ、足のまめはつぶれて、布で血止めをしていても、サンダルは血まみれだった。

 同じように奇跡を願って旅をしてきた巡礼たちが、神殿で祈りを捧げたあと、安堵のため、床に座り込んでいる。その人びとへ、幼い少女が果実水を木のコップに注いで、配っていた。

「どうぞ、巡礼のお方」

 少女がレオナールと従者に、果実水を満たしたコップを差し出した。

「ありがとう」

 ごくごくと一気にそれを飲み干して、レオナールは少女を見た。

 金茶の髪に金色の瞳をした、かわいらしい子だった。

 ……金色の瞳ということは、聖女? こんなに幼いのに、すでに奉仕を?

 少女は、六歳くらいに見えた。

 テルミナール王国の聖女は、自分が引退する時期がくる八年前に、次代の聖女を見い出し、教育してから聖女の場所を譲り渡すのだが、モンドール王国では先代聖女が亡くなったあと、大神官が捜し出し、神殿で教育するということを、このときレオナールは知らなかった。

「おい、ガキ。なにをぐずぐずしている。次にやることが山積みだぞ。終わらなかったら、食事はなしだ」

 黒髪の中年の神官がやってきて、乱暴に言った。

「ごめんなさい、ロレンゾ様」

 泣きそうになった少女は、お盆を床に置いて、とっさに両手で頭をかばった。

 日常的に暴力を振るわれているのかもしれない、とレオナールは思い、進み出て、少女を後ろにかばった。

「ロレンゾとかいったな。おぼえたぞ」

 にらんでも、子どもが相手だとあなどり、神官はせせら笑った。

「どこの若さまか知りませんけどね、巡礼者が口を出すことじゃないんだ」

 と、すごむ。

「ごめんなさい、ごめんなさい。私が悪いの」

 少女はひたすら謝り、レオナールへ小声で言う。

「ありがとう。あなたの願いが、叶いますように」

 そしてお盆を持って立ち上がり、神官のあとをついて行った。

 その後、少女の代わりに、白いドレス姿だが、明らかに娼婦と思われる女が果実水を配り始めた。

「この国の神殿は、腐ってるな」

「若さま、めったなことを」

 つぶやきを、下僕がたしなめた。

 そのとき、人ごみをかき分けて、叔父がやってきた。

「レオナール、母上は……二週間前に持ち直した。おまえがどこにいるか分からないから、ここで待っていたんだ。早く国へ帰ろう!」

 叔父の持って来た朗報で、レオナールは今あった出来事を忘れてしまった。そして傷の手当てをしてもらい、叔父と一緒に馬に乗って家へ帰り、元気になった祖母と再会したのだった。

 その後、レオナールは国王の騎士だった叔父について騎士見習いとなり、修行したのち、一人前の騎士として認められ、魔獣退治の功績を上げて、テルミナールの三騎士の一人、その銀髪から『銀のレオナール』として知られるようになった。

 けれども、巡礼から十年後、祖母が天寿をまっとうした。その頃には、妹は母の故国サラザールの貴族の許へ嫁ぎ、兄二人も妻を迎えて、甥や姪が生まれていた。

 祖母の死で、レオナールは何もかもが虚しくなり、家族や同僚が止めるのも聞かず、修道院の門を叩いた。そして、剣を置き、粗末な茶色の衣をまとって見習いの修道士となった。

 彼が修道院で過ごすようになって半年。信じられないことが神殿からの使いによって、もたらされた。

 隣国・モンドールで、聖女をかたった女が処刑されるという。しかし、テルミナールの聖女は、偽だと断定された少女こそが真の聖女であると告げたのだと。

 テルミナールでは、聖女の後継に選ばれた少女が、十一年ほど前に忽然と姿を消したため、高齢の聖女がまだその務めを行っていた。

「どう思うかね、レオナール」

 修道院長が彼を執務室へ呼び出して尋ねた。

「私に訊かれる理由が分かりませんが……十歳のとき巡礼で赴いたモンドール神殿で、私は聖女と思われる少女に、確かに会いました。一度、言葉を交わしただけですが、彼女は金の瞳を持つ本物でした」

「我が国の聖女さまのお言葉だ。騎士・レオナールとして、モンドールへ行くように、と」

「聖女さまの、御心のままに」

 レオナールはうやうやしく辞儀をして、修道院をあとにした。






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