処刑
「聖女をかたった女を殺せ!」
「俺たちの献金で豪華な暮らしをしていた女をぶち殺せ!」
囚人が護送用の屋根のない馬車に乗せられて処刑場につくと、そこに集まった群衆から罵声が浴びせられる。
馬車の荷台にいたエステルはそれをぼんやりと見やった。
頬にあたる初春の風を、今は冷たいとも感じない。牢を警護する兵士に気まぐれで鞭打たれた傷も膿んで熱を持っているはずなのに、他人の身体のようだ。何日も食べていないので、飢えや渇きすら感じることはなく、心はからっぽだった。
手かせをつけられ、裸足で薄い布の囚人用のワンピースだけの姿の彼女がおぼつかない足取りで馬車を降り、処刑人に引きずられるようにして、階段を上る。
処刑台に上ると、人びとの罵声がさらに激しくなった。
下にいる人たちの身なりは貧しい。痩せて、誰もが飢えていた。
「あいつらにとって、自分よりみじめな人間を見るのが楽しみの、これはショーなのさ」
目の部分だけ開いた頭巾をかぶった体格のいい処刑人が隣でささやいた。
五歳のとき、先の大神官フランシスコに聖女として見いだされ、両親と引き離されて神殿に入り、モンドール王国に住む人びとが安らかに暮らせるように結界を張って、豊穣を祈った。聖女と王族が結婚するものだと言われ、王太子のカルバンと婚約させられたが、王太子の顔を見たのは、挨拶のときだけだった。あとで侍女たちの噂話を漏れ聞いたところによれば、平民の平凡な容姿の十歳の子どもを婚約者にするのを王太子は嫌がっているとのことだった。
十二歳の男の子、それも次代の王に決まっている人からすれば、当然のことだろう、とエステルは思った。彼女は金茶の髪に金色の瞳で、顔立ちも特に美しいというわけではなかったので。
だから、それ以後、王太子に会うことがなくても、気にすることはなかった。ただ、祈りの日々を送るだけだった。
その日常に変化が起きたのは、十六歳の春先のことである。エステルを見出し、庇護していた大神官のフランシスコが亡くなったのだ。高齢であったので、老衰だろうと皆は言った。その後継は、デサント侯爵家出身のロレンゾ神官になった。黒い噂のある人物だった。
大神官となったロレンゾはエステルに告げた。
「聖女さまは、治癒魔法が使えません。結界を張っているといっても、目に見えるわけではないので、大神官のフランシスコ様以外、誰も分からないことです。はたして、あなたは本当に聖女なのでしょうか。フランシスコ様は高齢だったから、耄碌していたんでしょうな」
にやりとしたロレンゾは、さらに言う。
「フランシスコ様と違って、私が保護した少女は、治癒が出来ます。あなたと同い年のルイーザという孤児なのですが、それは素晴らしい治癒回復魔法の使い手でしてね。騎士団の救護所で試したところ、切り傷・骨折、すべてを完璧に治しました。今では騎士たちに崇拝され、ルイーザを見い出した私は国王陛下から、次の大神官に推薦され、先日、神官団の聖会議で大神官となりました」
エステルたちがいた祈りの場に、ばらばらと神殿騎士が侵入し、エステルをとらえると、別室へ連れて行く。
そこには、カルバン王太子と白いドレス姿でピンクブロンドのかわいらしい感じの少女がいた。
「偽聖女エステル、フランシスコと一緒になって、よくも我らを騙してくれたな。おまえとは婚約破棄だ。そして私は、真の聖女・ルイーザを新たな婚約者に迎える。ルイーザはすでに王国の騎士たちの支持を受け、ハマンド侯爵の養女となって、いずれは王妃となるのだ」
「カル様、うれしい」
と、庇護欲をそそる容姿の少女が王太子に右腕にすがりつく。
聖女に選ばれたなら、金色の瞳をしていると決まっている。しかし、ルイーザという少女は金色ほどではなく、黄褐色の琥珀の瞳をしていた。
この人……と、そのときエステルは思い出した。
大神官のフランシスコが迎えに来る直前、住んでいた村の山中の沢で足に怪我をしてうずくまっていた女の子。
まだあのときは、治癒魔法が使えたので、五歳の自分は何の警戒もせず、怪我を治したのだけど、女の子は何も言わずに走り去ってしまったのだ。
そのあとからだった。治癒の魔法が使えなくなったのは。
このことをフランシスコ様に話したら、難しい顔をして、「誰にも話さないように」と言われたのだった。
「偽聖女を捕えよ。国を欺いた罪で、公開処刑とする」
王太子の命令で、エステルはそのまま神殿から牢獄へ連行され、今、処刑場に立っている。
処刑人がエステルを引き据え、首を剥き出しにして、そこへ刃を振り下ろした。




