間輪 放課後幼馴染
週明けの昼休み。
僕が先生の拷問から教室に戻ると珍しい風景があった。
いつも昼を食べてる連中、白守どんとお嬢が別の人と食べている。
確か彼女らはともちん、ちーたん、かなやんと呼び合ってる3人組だ。付属のスカーフはギリギリまで緩められていて、スカートは下着が見えるのではないかと心配してしまうくらい短くされている。
多分、白守どんが誘われた流れでお嬢もついでに誘われたのだろう。
お嬢、けっこう嫌そうな顔してるな~……。意外と分かりやすいのにみんななんで気付かないんだろ?
さて、僕も先生にお預けくらった昼食を食べに行かないと。白守どんとお嬢がいるってことは恭平氏はいつものところだね。
弁当箱を取り出して教室を出ようとすると白守どんたちのグループの会話が少し聞こえた。
「寺川なんかと絡まずにうち達と絡もうよ~。あんなパッとしないのみーちゃんに合わないって」
「言えてる~。みーちゃんには他にも男いるって~」
「今度紹介しようか? お兄ちゃんの友達とかさ」
恭平氏言われてるぞ~。まぁ、気にしないと思うけどね。
白守どんは困ったような表情をしていて、お嬢は……珍しく怒ってるね。誰も気付いてないけど。
困ったのは恭平氏もだ。この間のLHRの話し合いで確信した。
恭平氏は自分を偽って学校生活を送っている。
多分、お嬢も白守どんも気が付いている。あの時に出た少し毒舌な部分が本来の恭平氏の姿──の一部だろう。
僕達と何かと距離を取ろうとするのは過去に何かあったのだろう。しかも比較的最近、────中学生の頃とか。
過去を詮索するのは良くないだろうし、アレを使って知るのは友人失格だろう。だからその時が来たら恭平氏の口から聞きたい。
しかし、その前に恭平氏の仮面をどうにかするしかない。
恭平氏の行動には矛盾点がある。
突き放したいけど傷つけたくないばかりに中途半端なやり方になる。
押しに弱くて拒絶しても押し通せば一緒にいれる。などなど……。
今はお嬢も白守どんも行けないから他の矛盾点も探すことができるだろう。
恭平氏の悪口を聞いてても気分はよくないので教室から足早に去る。
***
次の日、先生にこっぴどく怒られてから教室に戻ると、お嬢の姿が見当たらなかった。
と(もち)んち(ーた)んか(なや)ん三人組のところには白守どんと……お嬢の重箱だけが置かれていた。
とんちんかんトリオはお嬢の重箱を突いていた。白守どんはそれを見ているだけだ。
お嬢は多分、恭平氏のところだな。
「さとかりんのオベント美味しいね」
「さっすがおジョー様」
「食べ過ぎて太っちゃう」
恐らく弁当は時間稼ぎだろう。気の怒りようだと何かありそうだけどな……。大丈夫かな。あの3人。
お嬢は昔から怪しい料理を作っては他人(主に男)にふるまって悶える姿を見て楽しむ悪い趣味がある。
女子にはやってるところは見かけたことはないが、彼女らが最初の犠牲者になるかもしれない。
昼休みも残りが短いので今日は教室で食べるとしよう。
いつもより早いペースで弁当を食べ進めているとまた白守どん+とんちんかんトリオの会話が聞こえる。
「でもさぁ、さとかりん。愛想無いよね~」
「分かる~。何考えてるのか分からないよね~」
「いいじゃん。こうして美味しいものも貰えるし、もっと仲良くなればブランドものとか貰えるかもよ!」
うわぁ……。この発言には流石の白守どんもドン引きしている。
というか失礼な。お嬢は表情豊かだぞ。なんで分からないのか。
「そうかもしれないけど、そういう目的で郷華ちゃんと仲良くするのは良くないと思うよ?」
白守どん、ありがとう。その言葉はお嬢に届いてないけど、この話を聞いたら喜んでくれるよ。
引き続き会話に耳を傾ける。
「それにね。郷華ちゃんにも表情あるよ。昨日、寺川君の話してた時、怒ってたよ」
「え~、マジィ? もしかして、さとかりんは寺川に気があるの?」
「こわ~い」
それはないかな? お嬢は多分、今の恭平氏は嫌いだと思う。
お嬢も世間一般で言うところのお嬢様だ。家の都合で不自由な思いをしているところもある。1回20歳近く離れた婚約者を用意されそうになったこともあったっけ。
だとすると、自分と似たような雰囲気の恭平氏のことは嫌いな方だ。同族嫌悪に近いものだろう。白守どんがクッションになってるとはいえ、恭平氏と一緒にいることも増えた。お嬢なりに恭平氏に感じたところがあるんだろう。
***
異変が起こったのは6時間目。
「ではここで敵が何かを感じたとされる表現『電流走る』とは言ったどういった意味なのか。────じゃあ、珍しく起きてる寺川君」
「は、はい……えっと」
先生に指された恭平氏が立ち上がった瞬間である。
恭平氏の顔から血の気が失せる。
「すみませ……」
「寺川君?!」
こみ上げてくるものを抑えるように口に手をあて、走りだす。
戸惑う国保先生。クラスのみんなが驚いた表情で恭平氏が出た扉を見つめる。
「先生、すみません。僕が様子を見に行きます」
国保先生の返事も聞かずに僕は恭平氏の後を追う。あの様子であればトイレに行ってるだろう。
トイレへ向かうと案の定、えずく声が聞こえる。足を止めずに向かうと恭平氏が虹色液体を吐き出していた。
「恭平氏、大丈夫?」
背中をさすりながらそう声をかけると恭平氏は深呼吸し始めた。
荒かった呼吸は落ち着いてきた。
「ほら、保健室行くよ」
「もう、大丈夫だ。だから」
冷や汗を流しながらそう言う恭平氏。明らかにまだ大丈夫そうではない。
これはやっぱり、今までの演技が祟ったのだろう。
「大丈夫じゃない。行くよ」
全力で恭平氏を引っ張るが少し抵抗を感じる。しばらく引っ張ってると諦めたように力を似てくれた。
「い、行くから、せめて口はゆすがせてくれ。あと、流さないと」
「あ、ごめん」
恭平氏に言われてハッとした。気付かないうちに僕は冷静さを欠いていたようだ。
水道で恭平氏が口をゆすぎ始めたのを確認してから教室に戻る。事情を説明して先生から許可証を貰って、恭平氏を保健室へ送った。
***
「誰か、寺川に荷物届けてやってくれないか?」
「私行きますね」
帰りのSHR、恭平氏の荷物を届けようと名乗り上げようとしたら白守どんが名乗り出た。
付いていこうか迷ったが、僕が白守どんと2人きりになるのは白守どんの事情的にまずい。
なので上げかけた手を気付かれないように下げる。
「じゃあ、白守頼んだぞ。これで今日は終わり。気をつけて帰れよ」
その言葉を合図にクラスメイトは挨拶して解散した。
急いで恭平氏の荷物を持って出ていく白守どんを無言で見送って、帰路につく。
廊下に出たあたりでと無言でお嬢が僕の横に並んだ。
「お嬢、一緒に帰るかい?」
「……ええ。美雪もいないし」
「そうかい」
白守どんの代わりかよ、と思いながら苦笑いをする。実は中学生の頃はいつもこんな感じでお嬢と帰っていた。
お嬢は迎えの車を断ってみんなと同じように自転車で帰っている。
「2人きりだなんて久しぶりだよね」
「……ええ」
「2人だけなんだから昔みたいに『しょーちゃん』って呼んでくれないの?」
軽く睨みつけられた。ツンとした表情になって少しだけ速足になるお嬢。
追いかけるようについていく。
「……呼べるわけないじゃない」
「さすがに僕も呼ばれるの恥ずかしいからね。ごめんよ」
返ってきたのは沈黙だが、この感じは気にしていないようだ。
「でさ、今日の昼、恭平氏と何話してたの?」
下駄箱で靴に履き替えてるとき、そう聞いた。
特に驚いた様子もなくお嬢が振り返る。
「……『嫌い』って言っただけ」
「あらま、やっぱり今の恭平氏はお気に召さないか」
冗談めいて言うが、否定しない。やはりお嬢も恭平氏が仮面をかぶっていることに気付いているようだ。
「お嬢も恭平氏のこと気になるのか~」
「……別に」
「照れちゃって」
そう言うとお嬢は絶妙な力加減で僕の頭を叩いた。ちょっと調子に乗りすぎたかな?