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第5輪 無理がたたる

 今日も1人で昼食だ。厳密には昨日は林田もいたが、来た時にはほとんど食べ終えていた。今回、林田は小テストで素晴らしい点数を取った(悪い意味で)ので先生からお呼び出しされている。ここまでかかるってことは相当だな……。ナムサン。

 しかし今日は用意してきたものは全て食べ終わり、適当な時間まで時間をつぶしだけだ。

 いやぁ、腹が膨れると少し眠くなるな……。

 なんて考えているうちに瞼が下がっていく。一瞬、瞼の重さに視界が暗くなる。


「……」

「のわぁ!!」


 目を開けると目の前に無言で釖木さんが立っていた。アイエエェ! 釖木さん!?  釖木さんなんで!?

 いきなりの出現に眠気も吹っ飛んでしまった。


「あのぉ、釖木さん。何の御用でしょうか?」

「……別に」


 釖木さんがそういつものように呟くと階段に腰を下ろす。

 何も持っていないところ、どうやら昼食は食べ終えているようだ。


「えっと、白守さんは?」

「……教室でまだ他の人と食べてる」

「そうか」


 会話が続かない……。この沈黙は気まずい。

 横線を長く真っ直ぐ伸ばしたような空気が続き、息が詰まりそうだ。


「……美雪は楽しんではいるわ」

「そうか。それはよかった

「……それは本心?」

「え?」


 刺すような返しに思わず間の抜けた声が出てしまう。

 いつもよりきつめな視線が俺の目を捉えている。その手には毒々しいオーラをまとう団子が握られていた。一体どこから出したんだ?

 俺のおびえた様子を見て満足したのか、釖木さんは殺戮兵器だんごをしまう。

 それを確認して釖木さんの質問に答える。


「そ、そりゃ、そうだろ? 楽しめてるならそれに越したことはない」

「……でも寺川と一緒にいる時の方が楽しそう」


 それは光栄なのか、な? しかし、たかが委員長と副委員長の関係だ。

 時間が経てばいともたやすくそれ以上の関係になるだろう。


「……他の人では寺川以上になれない」

「それってどういう意味だ?」


 釖木さんに質問するが返ってこない。まるで『分かっているだろう?』といった風だ。

 今日はいつもより口数が多い気がするが、やはり言葉数が少なくて分からない部分があるのは変わらない。

 大きくため息をつくと釖木さんはゆっくりと口を開く。


「……私は今の寺川が嫌い」

「ならなんで一緒にいるんだ?」

「……知りたいから」


 相変わらず抑揚のない言い方だ。なぜ嫌いな奴のことを知りたがるんだ?

 訳が分からない。


「どうせ、俺は白守さんのおまけだからだろ?」


 そういうと釖木さんは立ち上がり、俺の目の前に立つ。


「なんだよ?」


 次の瞬間、乾いた音が響いた。

 俺の顔が強制的に右を向かされた。釖木さんにビンタされたのだ。

 首を動かし滲む視界で釖木さんを捉える。


「俺が先生に言ったら停学だぞ。いいのか?」

「……別に構わない」


 我ながら小物じみたセリフを言ってしまったが、出てしまった言葉が無かったことにできない。

 釖木さんは見た感じは変わっていないが怒っているように見える。手も出してきたし。


「……なんで?」

「は?」

「……なんで寺川は選べるのに不自由そうにしてるの?」


 言葉が詰まった。俺自身、別にそういう風には思っているわけではない。

 1人になることも良き隣人、副委員長をしていることを選んだのは俺自身だ。

 なぜ『不自由』と言われいるのか分からない。


「不自由ではないだろ。これは俺が自由に選択した結果だ。俺が不自由に見えるってのは釖木さんがお金持ちの家だからそう見えるのか?」


 またビンタされると思った。

 しかし、釖木さんは俺をジッと見たまま動かない。ただ、先程より怒ってるような感じが強くなった気はするが。


「……寺川が思ってるほどいいものではない。勝手に結婚相手を決められそうになるし、興味のないこともやらされる。むしろ寺川達の方が選択肢が多い」

「そうかい。こっちも釖木さんが思うほどいいものではない。つまり、お互い不自由なのかもな」


 そう言っておどけて笑って見せる。それっぽい動作もおまけにつけるが釖木さんはピクリとも反応を示さない。


「……気持ち悪い」


 状況をよくするどころか、かえって釖木さんを不愉快にさせたようだ。

 釖木さんに気圧されて乾いた笑い声しか出ない。


「悪かったよ釖木さん。」

「……寺川にはそんなの似合わない」


 釖木さんは背を向けて階段を降り始める。ゆっくりと綺麗に。

 俺の何を知って言ってるんだか……。


「……このままだと美雪が可哀そう。明日、美雪が来ると思う。その間、林田も他の人も上手く止めておくから」


 振り返らず釖木さんが言うと校内に予鈴が鳴り響いた。

 俺も自分の荷物をまとめて自分の教室へと向かうとするか。

 釖木さんに叩かれた頬を軽くさする。腫れもしてないし、痛みもそんなに残っていない。

 教室へ向かう途中、1年学年室──1年生の担任を持っている先生が待機している部屋の前で足を止める。

 今ここで釖木さんに叩かれたことを言うべきか。釖木さんならあっさり認めるような気がする。

 そうすればそれなりの処罰が課されるだろう。


「はぁ……」


 何故か言う気が失せた。ため息をついて足早に教室へ向かう。


 ***


 ────ヤバい。

 異変を感じたのは5時間目の終盤頃。見えない手で絞り出されているような軽い吐き気がした。

 大したことないと思っていたが少しずつ悪化している。

 今日最後の授業──6時間目の中盤差し掛かる辺り、軽い頭痛までしてきた。


「ではここで敵が何かを感じたとされる表現『電流走る』とは言ったどういった意味なのか。────じゃあ、珍しく起きてる寺川君」

「は、はい……えっと」


 国語の先生である国保こくぼ先生に指名されてフラフラと立ち上がるといきなり胃袋からグイっと搾り上げられたような感覚がする。


「すみませ……」

「寺川君?!」


 先生の戸惑いの声を背に教室を飛び出してトイレへ向かう。勢いよく個室に駆け込み、こみ上げたものを吐き出す。

 2回目の波がが来た時に林田らしき声が聞こえてくるがそれに構っている余裕がない。


「恭平氏、大丈夫?」


 恐らく林田が背中をさすってくれているのだろう。

 少しだけ楽になった。

 1回深呼吸をして胸を叩く。

 多少気持ち悪さは残るが、何とかなりそうだ。


「ほら、保健室行くよ」

「もう、大丈夫だ。だから」

「大丈夫じゃない。行くよ」


 半ば無理矢理、林田に連れていかれる。

 抵抗はできるが、それは林田の親切心を無下にする行為だ。おとなしく従おう。でも、


「い、行くから、せめて口はゆすがせてくれ。あと、流さないと」

「あ、ごめん」


 そう言うと林田はおとなしく放してくれた。林田はそれで冷静になったのか口をゆすいでる間、先生に事情を話に行ったようだ。

 何度か口をゆすぐと、やっと口の中の不快感がほとんどなくなり、臭いは……考えないでおこう。


「ほら、先生に話してきたから行くよ」

「分かった」


 ***


「とりあえず、この時間だけ休んでなさい」

「はい。ありがとうございます」


 林田に連れられ保健室に着いた。林田が貰っていた届け出を受け取ると保険医の宍粟しそう先生が少し面倒くさそうに奥のベッドへ通してくれる。

 ベッドに寝転がり、大きく息を吐きだす。


「全く、心配したよ」

「大丈夫だ。無駄話してると先生に怒られるぞ」

「いいって。『また恭平氏が吐いた』って言えばどうにでもなる」

「俺を使って授業サボる口実を作るな」

「バレた?」


 そう林田がおどけていうともの言いたげな顔をした宍粟先生がエチケット袋を持ってこちらに入ってきた。

 それを受け取って枕元に置く。


「そろそろ行かないとまずいぞ」

「分かったって。あと少しだけ」


 林田はそう言うと急に真剣な顔になる。

 それで話したいことは大体わかったような気がした。


「だから言ったろ? 慣れないことはするもんじゃないって」

「それが今回の原因と?」

「まぁね。それとちゃんと自分と向き合えたかい?」


 緊張をほぐすような笑顔で言う林田。それに俺は黙り込んでしまう。

 その様子を見て林田は出ていこうとする。


「今日は釖木さんと話した。恐らく明日は白守さんと話すことになる。だから」

「へぇ、お嬢が……。うん。じゃあ、そろそろ」


 手をひらひらと振って林田はその場を後にする。

 小さく息を吐いて、天井を眺める。


「ほう、悩み事かい少年」


 と隣のベッドから声をかけられた。

 仕切りがあるので声が女性であることしか分からない。宍粟先生ではない。

 他のベッドには誰も入ってなかったはずなので俺に話しかけているのだろうが、無視した。


「無視とは酷いな」


 急病人にそのテンション絡む方がよほど酷いと思うんだが……。


「無駄に後輩に絡まないの。あんたとは違ってちゃんとした急病人なんだから」

「はいはい。分かりましたよ~っと」


 宍粟先生の注意を軽く受け流す女性……ではなく女子か。しかも先輩なのか。

 保健室でサボる人まだこの時代にいたんだ。


「んで何の悩みだ? 女か?」

「先生の話聞いてました?」


 思わずツッコんでしまう。半分は合ってるような間違ってるような……。

 そもそも顔すら見えない先輩に話すような内容ではない。


「ちょっと馴れ馴れしかったな。親交を深めるために先輩と縄跳びでもしよう」

「鬼かあんたは!」

「お前も鬼にならないか?」

「はぁ……」


 先輩のテンションについていけずにため息をつく。

 こころなしか少し気持ち悪くなって気がする。最悪だ。


「静かになったな……。まさか、本当に鬼になりたいのか?!」

「なりたくないです!」


 もうやめてくれ……。これ以上ツッコませないでくれ先輩。


「さて、嫌がらせはここまでにして」

「自覚あったんですね……」

「まぁな。あたしは空気の読める女だからな」

「空気が読めるなら普通、こういうことしないんです」


 疲れたようにツッコむと宍粟先生の咳払いが聞こえてきた。

 ほら、先生が黙れってよ。先輩。


「話から察するに自分を見失っているか自分の本心が分からなくなってるんだろ?」

「そう、なんだと思います」


 急に真面目になった先輩に戸惑いながらも、曖昧に答える。聞いてたなら最初からそうして欲しかったんですけど。


「簡単じゃないか。自分がどうしたいかだ。考え過ぎるな。以上。寝る」

「は、はぁ」


 先輩はそう言うと静かになった。本当に寝たっぽい。振り回されっぱなしだな本当。

 相談に乗るにしてももう少し俺から話を聞いてから答えを出してほしかったものだ。

 初対面の人に求めることでもないか。


「俺は本当はどうしたいか、ね」


 小さく小さく呟いて、考えてみる。

 林田、釖木さん、舞そして先輩。言っていること、言いたいことは何となく分かった気がする。

 だが、それは自分の決意を曲げてしまうことだ。


 それに俺にはその資格はない。


 ***


 体感で20分くらいだろうか。授業終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 すると隣のベッドから仕切りを開ける音がした。


「じゃあ、あたしはこれで。頑張るんだぞ」


 そう言って先輩は保健室を────


「いいのか? あたしの顔を見とかなくて」

「二度と会わないと思うんでいいです」

「そうか? あたしはまた会えるような気がするけどね。まぁいい。じゃあな」


 保健室のドアが開け閉めする音が聞こえた。今度こそ出ていったようだ。

 先輩に待ち伏せされたりすると嫌なのでもう少しだけ保健室にいよう。

 それに横になってるだけでも少し体調は良くなった気がする。そろそろ教室に戻ろうか。


 そう思っていると、また保健室のドアが開け閉めされた音がした。

 またあの先輩か? と思っていると


「すみません。1年2組の白守です。寺川君はどこに?」

「彼なら、仕切りが閉まってるところよ」


 どうやら白守さんが来てくれたようだ。

 足音がこちらに近付き、仕切りを開けられる。


「寺川君、気分は大丈夫?」


 心配そうに聞いてくれた白守さんの腕には俺の荷物が抱えられていた。


「うん。変な先輩に絡まれたけど大丈夫」

「変な先輩?」

「その話すると疲れるからいいよ」


 そう言って件の先輩の話題から白守さんを遠ざける。

 あの先輩は刺激が強過ぎるって……。


「あのね、寺川君」

「ん、どうした?」


 少し気まずそうな様子を見せる白守さんになるべく普通な態度をとるようにする。


「その最近、一緒にお昼ご飯食べてないから心配かけちゃったかなって」

「いや、別に大丈夫だよ。楽しいならそれで大丈夫だし」


 そこまで気にしなくてもいいのに。本当にいい人だ。白守さんは。


「でもね。やっぱ明日からは寺川君達と食べようと思うんだ」

「いいのに気を使わなくても」

「ううん。気なんて使ってないよ」


 真剣な声で、優しい表情で白守さんは言ってくれる。その表情は俺にはまぶしくて目を軽くそらしてしまう。


「そろそろ帰らないと、な? いつまでもいたら先生に迷惑かかっちゃう」

「そうだね。荷物はこれね。特に連絡事項はなかったから」

「ありがとう。助かったよ」


 白守さんから荷物を受け取って、忘れ物がないか確認する。

 その間、白守さんは黙って待っててくれた。


「じゃあ、行こうか」

「おう」


 下校する生徒でにぎわう廊下を白守さんと2人で歩く。

 そこに言葉はない。流れている空気は悪くない。

 しかし俺は人知れず。恐怖に震えていた。

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