第3輪 高速くるみ割り機
「ねぇ、恭平氏。今どんな気持ち」
「ぐぬぬぬぅ……」
林田の言葉にうなるように声を出すことしかできなかった。
昨日に引き続き、ほとんど同じ流れで同じ場所で同じメンバーと昼食を食べていた。
違うところを挙げるなら今回は林田も俺を追いかけるメンバーに加担したことだ。
校舎の構造上、5つの棟に階段は1か所しかない。しかも4階建ての各棟で繋がっているのは2階と3階の2フロアのみ。それを利用されて上手く追い込まれて昨日より早く捕まった。何たる屈辱。
「林田君、そう言わないであげて。私はこうしてお昼食べられるだけで満足だから」
「……美雪は寺川を殴ってもいい」
ちゃんと1人で食べるといったのに追いかけるから逃げたんだろとツッコミたいが無駄なのは分かり切っている。
大きくため息をついて食事を進めた。
「今日のLHRってレクの話し合いだっけ?」
「うん。昨日、先生からそう伝えられてるよ」
いつものように林田が白守さんに話題を振る。
その進行が今回の仕事なわけだ。それに俺はもう一度ため息をつく。
「恭平氏、乗り気じゃないね」
「まぁな。仕事だからやるけど」
目立ちたくないから、と理由もあるがそれ以上にネックな存在がある。
精神衛生上よくないのでこれ以上に考えないようにする。
「……これあげるから」
「え? あ、ああ、ありがとう」
元気出せってことだろうか。釖木さんが小さな袋を俺に手渡す。
それを見て林田はなぜか顔を青くする。
「お嬢、それって……」
「……林田も。はい。美雪」
「郷華ちゃんありがとう」
林田の言葉を無視してそれぞれに小袋を渡す。受け取ると各自、食事に戻る。心なしか林田の箸がゆっくりになったような気がすんだが、どうしたんだろう?
見た感じ小袋の中は美味しそうなクッキーだ。とくに成分表みたいなのはないので釖木さんの手作りのようだ。お嬢様だから料理をしないと思ってたので意外だな。
少しすると全員食事を終える。腹の調子的に釖木さんからもらったクッキーはデザートとして丁度いいだろう。
「せっかくだし、釖木さんのクッキー貰うよ。ありがとう」
「……待って」
「なんで?」
「……美雪と林田と一緒に食べて」
視線でいいかと尋ねると美雪は少し戸惑いながらも首を縦に振ってくれる。
林田は額に汗をかき始めていた。
「林田? どうしたの?」
「えっと……恭平氏、これはお嬢の洗礼だよ。ある意味喜んでいいよ」
「何言ってんだお前」
林田は訳わからないことを言うと覚悟を決めたような顔になった。お前だけ住んでる世界違くなってるぞ。
とりあえず、それぞれ小袋からクッキーを取り出す。
『いただきます』
俺と白守さんだけの声が重なり、ほぼ同時にクッキーをほおばる。
うん。サクサクほろほろで美味──────
「んががががががががががががががが!!!」
飲み込んだ瞬間、顎がものすごい速度でガクガクしはじめる。
訳の分からないまま林田の方を見ると林田は首をものすごい速度で小刻みに振っていた。
白守さんが心配になったので頑張って様子を見ると俺と林田の様子にただ驚いている。
林田が言ってたのはこのことか……。
遠のいていく意識の中、白守さんの無事に安堵していたら釖木さんの顔が偶然、目に入った。
その顔はいつもの無表情ではなく、満面の笑みになっていた。
目を覚ましたのは昼休み終了5分前を告げる予鈴が鳴ったころだった。
***
酷い目に遭った。しかし、そんなこともお構いなしに授業は始まる。
5時間目は体力回復に努めた。いつもと変わらないが。
そして憂鬱な6時間目LHR。
「ちょうど来週のこの時間にこのクラスでレクをすることになりました」
白守さんがそう切り出すと騒いでた連中は黙って話を聞く。お前らなぁ……。
とりあえず、俺はチョークを持って黒板の前に立つ。
「場所は体育で使ってるグラウンドです。場所はもちろん分かるよね?」
「分かりませーん」
と1人ふざけるが白守さんが笑顔で黙殺する。たまに怖いな白守さん……。
「うちのクラスは36人でサッカーをするには少し人数が多すぎる上に確実に連続で試合するチームが出てしまうのでこうやって9人ずつに分けてドッジボールがいいと思うのですが、意見ありますか?」
そういうと白守さんは俺が事前に書いておいた簡易的な座席表に線を書き、4分割する。
縦は俺と白守さんの列で分かれ、横は俺の目の前でと別れる感じだ。
別にただのレクなので能力差は考慮しなくてもいいだろう。
それに4チームなら1チームが対戦してる間、審判をするなり出来るし、2回戦目の前に休憩挟めば連戦と言うこともなくなる。
「じゃさじゃさぁ、いいんちょ~」
「どうぞ」
ギャルっぽいクラスメイトが手を挙げると白守さんはその人の意見を聞く。徐々に意見が出始めて、いい感じに進行する。
しかし、俺が懸念していた事態が起こる。
「はいは~い美雪ちゃん」
「え、えっと、油元、くん何?」
後ろの方からしゃくれた汚い声が響く。さすがの白守さんも少し表情をゆがめる。
奴は油元宏司。釖木さんと対をなすレベルのお坊ちゃま。アメリカンサイズの脂肪を付け、目は汚くギラギラ光っている。
高校生活が始まってから何かとつけて俺につっかかってくる厄介野郎だ。俺が白守さんに触れられるからそれが気に入らないそうだ。
「負けたチームは優勝したチームに絶対服従ってのはどうかなぁ? ぐへへへっ」
「え~っと……」
今の発言のどこが面白かったのか、油元は顎を不快に揺らして笑う。
この提案の意図が分からない。
「ほら、優勝賞品があったらやる気が出るでしょ?」
と言い、下水のようなげっぷをする。一応、失礼と言ったが隣にいるクラスメイトが油元にバレないように顔をゆがめた。
モチベーション、という意味で何かしらの特典があるといいんじゃないか。と言いたいのは分かるが、たかがレク1つで学校生活を左右させるのはいかがなものか。
だんだんとこめかみが熱くなってくる。
「ふざけるな。楽しむのが目的なんだから、そんなの良くないだろ」
「黙れ下賤な屑が! ボクは美雪ちゃんとお話してるんだ。大体お前は美雪ちゃんが触れるってだけでチョーシ乗りやがって生意気だぞ。ボクを誰だと思ってるんだ?!」
何度目になるか分からない文言を言ってきたので大きくため息をついた。
「はいはい。お坊ちゃまお坊ちゃま」
「バカにしてるのかこのボクを!!」
適当に流すと顔を真っ赤にして震え出した。その様子につい、笑ってしまいそうになるが真剣な場面だ。グッとこらえる。
そしてこう言ってやる。
「少なくとも尊敬はしてない」
「なんだとぅ! パパはこの学校に融資してやってるんだぞ。その気になればお前なんてここから追い出せるんだぞ!!」
「そうだね。君のパパ『は』すごいね。だが、それはお前の力じゃない。勘違いするな」
水風船。と続けそうになったが抑える。ただでさえ収拾がつかなくなりかけているので、これ以上言うと火に油を注ぐ結果になるだろう。
「もういい! ボクは帰る」
油元はギラギラした目でしばらく俺を睨みつけ、ドアを乱暴に開けて出て行った。もう立派なウシガエルだぞ。と返してやりたいが今、大切なのはレクの話し合いだ。
視界の端に映る先生は分かりやすくため息をつき、ペンを動かす。
大きく深呼吸する。
「みんな悪い。俺が言い返したから雰囲気悪くなった」
俺は謝るがクラス全体は静まり返ってた。俺の言葉に下手に肯定すると油元の怒りを買うからだ。
幼稚ないたずらをされる程度ではあるが、俺の下僕だか何だか意味の分からないことを延々と聞かされるそうなのでクラス内では俺の言うことを表立って肯定しないのが暗黙の了解になっている。それは俺も理解しているので嫌な思いはしない。
「ううん。寺川君は────」
「白守さん。進めて」
唯一、肯定しても大丈夫そうな白守さんが沈黙を破るように口を開くが俺はそれを遮って進行するようにうながす。
その後は話し合いが遅々として進んだ。その間、俺は一言も発さずに板書をする役割を全うした。
***
もう少しで放課後だ。LHRの気まずさは精神的に来る。
といっても仕事はこなしたので一安心だ。
このあと、白守さんと一緒に今回決めた内容をまとめる予定だ。
帰りのSHRが始まるまで間、俺は先程の反省会をしていた。
油元に対してとはいえ感情的になり過ぎたと思う。
人としてはある程度、正解かもしれないが、ここにいる俺は『副委員長』だ。なら進行を重視すべきだった。ならどうすればあれは止まったか。ううむ……。
「恭平氏、お疲れ様」
「ああ、さっきはすまなかった」
「そういう事じゃないんだけど。ま、いっか」
少し困った顔で林田は帰りの準備に戻る。
さすがに返しが適当だったか。小さくため息をつく。
「寺川君。お疲れ様。さっきはありがとね」
教卓を軽く掃除してた白守さんが戻ってそう言う。
顔を机から上げて白守さんの方を向く。一番の被害者は彼女だ。
「いや、すまなかった。もう少し副委員長として上手くやれたと思う。次は上手くやる」
「う、うん。そこまで気にしなくてもいいよ」
どこか疑問符を浮かべてた様子で白守さんは、先程の話し合いでまとめた学級ノートに目を通し始めた。
何かまずい事でも言っただろうか。林田に対してに比べたらちゃんとしてた気はするんだが。
「ふあぁ~。モゴォ!」
あくびをしているといきなり、釖木さんがクッキーを口に入れる。
反射的に?み砕いて飲み込んでしまった。しかし、体には異常は見られない。
そういえば白守さんが食べたクッキーは大丈夫だったから、それの余りだったのだろう。
「……美雪を困らせないで」
「郷華ちゃん大丈夫。私は困ってないよ」
いつもより少し、冷たい口調で釖木さんが言葉を発する。それに白守さんは
なんのことかあまり分からない。
「……少し見直したのに」
ギリギリ聞き取れるレベルで釖木さんはそう言って自分の席に戻る。勝手に失望されてもな……。まぁ、こちらとしては助かるが。
そもそも、ご近所としての付き合いだし。
「訳わからない」
誰にも聞こえないように小さく。小さく吐き捨てる。
それを合図にしたかのように先生が教卓に立った。
***
放課後、俺と白守さんは少しだけ残ってそれぞれ紙にルールとメンバーを書き込んでいた。
結局、普通のドッジボールで落ち着いた。
4チームで総当たり戦なので2回戦ごとに3~5分休憩を入れる。
先生が主審をやってくれるが試合をしてないチームから1人ずつ副審判という形でメンバーを出してもらう事となった。
メンバーの名前を書いているのだが、油元だけは書かないでやろうかと思ったが一応、書いておいた。
ムカついてるのは俺個人であって副委員長としてはやってはならない。
紙を書き終え、誤字脱字がないか座席表と見比べて確認する。
「えっと、寺川君?」
様子を窺うように白守さんが声をかけてくる。
確認作業中だが紙から顔を上げて白守さんを見た。
「どうした? 今、最終確認してるところだ」
「うん。ありがとう。こっちも書き終わったよ」
進捗状況を報告し終えると確認作業に戻る。
視線を感じるので白守さんの方を見るとまだ何か言いたそうにしていた。
「何か?」
「えっとね……」
少し口をもごもごさせるように動かすとやっと白守さんは口を開く。
「油元君の件、ありがとね。私、嬉しかった」
少し目を細め、花のように微笑む。
俺はそのまま表情変えず。
「いや、あれは先生に協力してもらってあいつをつまみ出すべきだった。あの感じであれば俺が戻らないようにしてても進行はできただろう。むしろ感情的になってすまなかった。迷惑かけた」
と言い。頭を下げる。
頭を上げると白守さんの笑顔は無くなっていた。
というよりかは何かしらの確信を得たような表情をしていた。
一体何なのだろう。
「そういう事じゃないのに」
「自慢ではないが一応、学級委員の経験あるから」
「もういいよ」
今度は上手くやる、と言う前に白守さんはそう遮った。
「紙コピーしに行ってくるから寺川君は先帰っていいよ」
「いや、それは俺が」
俺が全て言い切る前に『大丈夫だから』と笑顔を向けて行ってしまった。
その笑顔が胸を締め付けた。
「本当に訳わからない」
放課後の喧騒が残る学校に俺の小さなつぶやきは静かに消えていった。