第2輪 校内チェイス
高校生活が始まって何日目か数えなくなった頃。クラスの中でそれとなくグループ形成が行われ、大体固まっただろう。
もちろん、俺はどこにも所属していない。っていうのが理想なのだが……。
「おはよう恭平氏」
本を読んでますよアピール用の本に適当に目を滑らせていると、調子のいい声が俺の名前を呼ぶ。
こいつは白守さんとは逆サイドのお隣さんの林田翔太。同じクラスじゃなかったら小学生か中1くらいの少年に間違えてしまいそうなやつだ。
俺が白守さんと唯一接触できる(物理)男子なせいで面白がって声をかけてくるようになった。
情報通とは自称してるが未だにそれが発揮されたことはない。高校生活始まったばかりだから仕方ないか。
「なんだよ。読書中だぞこっちは」
「でも、それ読んでないでしょ?」
「……ど、どう見たって読んでるだろ?」
「だって外国の本じゃん。しかも逆さまだし」
「え? ホントだ」
林田の指摘に顔が熱くなるのを感じながら顔をゆがめる。
持ってくる本が適当過ぎたことを改めて後悔する。父さんの蔵書を適当に引っ張ってきたのでどういった本なのかすらまともに確認しなかったのだ。
本をひっくり返して改めて読むふりに戻る。
「冷たいな~。友人2号が間違いを指摘してくれたのに」
「はいはい。ありがとさん」
手を適当に振ってそう返す。そのにやけ面をぶん殴ってやりたい……。
どこの国かも分からない言語に集中しようとした瞬間、林田の言葉に引っ掛かりを感じた。
ハッとなって本から顔をあげて林田を軽く睨む。
「いつ俺がお前の友人になった?」
「違うの?」
「少なくとも俺はなったつもりはない。それに2号ってなんだ? お前が2号なら1号は誰だよ」
「ん」
俺の質問に林田は俺の隣の席。つまり白守さんの机を指さして答える。ってか今飲んでる牛乳、いつ出した?
俺は大きなため息をつく。
「あれは決定的でしょ。基本的に男子には触れない白守どんに唯一触れる。これはある種の信頼があるって証拠でしょ? 友人認定されてもしょうがなくない?」
「あのなぁ……」
「友人じゃないとしたらガールフレンドかな? 風上にも置けないねぇ」
そう言って肘で突くような動作をしてからかう林田。さすがにデリカシーのない発言にイラっとしてきた。
「何度も言うが俺は白守さんとは初対面だ。それで俺と白守さんが付き合ってるとしたらお前とかた────」
「おっと噂のヒロイン登場だ。じゃあモブはさっさと引っ込みますよっと」
ごゆっくり~っと付け足して手をひらひらと振って机に突っ伏す。これは寝たふりして俺と白守さんの様子をうかがうつもりだな。おい。
林田の野郎をチベットスナギツネのような目で見ていると、席に着いた白守さんが声をかけてくる。
「寺川君おはよう。どうしたの? すごい顔してるよ」
「いや、ちょっと迷惑なご近所さんがいてな」
「それって私?」
「大丈夫だ。少なくとも白守さんではない」
話しかけてくること以外は、ね。と毒を吐いてみたいものだが、白守さんと話しているとそんな気も失せる。
出会う時期が違ければいい友人になれたかもな。なんて思っていると
「……おはよう美雪」
「おはよう郷華ちゃん」
少しした冷たさを感じる声に白守さんは振り返って答える。
白守さんと同じ制服を着ているのにどこか高貴さを感じる。白守さんのお隣さん(俺の逆サイド)の釖木郷華。
なんと会社社長のご令嬢。こんな一般的な学校になぜ? と思ったのが第一印象。しかしこのクラスに限っては似たのがもう1人いるのだが正直、触れたくない。
他にも驚くべきところは寝たふりしながらこっちを見てる林田の幼馴染らしい。近いタイミングでこっちに引っ越してこうして同じ学校に通ってる。人のことからかえないと思うんだが、林田君よぉ。
表情の動きがあまりないことに加え声と少し鋭めの目、口数の少なさから誤解されがちだがこうして話してる分には雰囲気のいい奴だ。白守さんには、だが。
「……美雪、いつもの」
「郷華ちゃん。恥ずかしいよ。私、子供じゃないんだし」
「……本当に綺麗」
誤解されないように説明すると毎朝恒例になりつつある、釖木さんによる白守さんナデナデだ。釖木さんの言ってる『綺麗』は白守さんの髪のことだ。
釖木さんの髪は少し癖毛なのか軽い巻き髪? みたいだから真っ直ぐな白守さんの髪がうらやましいのだろう。別に釖木さんの髪も悪くないとは思うんだが。隣の芝生は青く見えるってやつだろう。
ちなみにこれを邪魔すると死ぬらしい。俺限定で。
「……何? 寺川。挟まりたいの?」
「けっこうです」
「……よろしい」
他のクラスメイトも見ているのだが、釖木さんには白守さんしか見えて無い様で気にしてなさそうだ。
ちなみに席順だが、白守さんの事情につき、出席番号順で1年過ごすことになるそうだ。
いい感じに白守さんの前後と左は女子で右は俺なので問題なし。
クラスメイト(主に男子)は学園天国みたいな展開が今後一切ないことには不満そうだったが、事情が事情なので納得はしたようだ。1人を除いて。
やっと訪れた独りの時間も束の間、少々強めにドアが開けられて豊川先生が入ってくる。
「ほらぁ、席に着けぇ」
いつものようにそう呼び掛けて教室を見回す。入学式のスーツとは違いジャージ姿の先生。こっちの方がしっくりくる。
出席確認が行われ、連絡事項を伝えられる。
「これで終わりだけど、白守と寺川は話があるから後で来て」
「はい」
「寺川は?」
「ん~、はい」
指名されると気が滅入る。こういう時は決まって副委員長としての仕事があるということだ。当たり前か。
「じゃあ終わり」
先生の一言を合図にクラスメイトの面々は思い思いの行動をする。
あるものは授業の準備、あるものはスマホでゲームをし始めたり……。
「ほら、寺川君も行くよ」
「へいへい」
教科書を適当に机に放ると白守さんが俺にそう声をかける。
そのままバックレようかと画策していたのに……。
力なく立ち上がり、教卓で待ってる先生のもとへ行く。
「よし、来たな。明日のLHRでクラス初のレクリエーションの話し合いをしたいから進行よろしく」
「分かりました」
「はい」
明るく返す白守さんに適当に返す俺。先生は俺の態度を注意するかの如く軽く睨むが気にしない。
「んで、2人はどこまでいった?」
「はい?」
「え?」
おちょくるような表情でそう言ってきて何のことか分からなかった。
語気の強くなった俺と不意を突かれた声を出す白守さん。
なんとなく先生が言いたいことを推測し、俺は口を開く。
「俺と白守さんの関係は世間で言うところのビジネスパートナーです。なので変な詮索はやめてください」
「あ、そういうことだったんだ」
白守さんは俺の言葉でなんのことかやっと察したようだ。少し恥ずかしそうにしている。
そうかそうかと言いながら口の端をあげる先生。これだからおじさんは面倒くさい。
「ではこれで」
これ以上の詮索を避けるためにそう言って足早に自分の席に戻る。
2テンポ位遅れて白守さんが席に戻ってくる。
「さっきのって……」
「そういうことだ。俺は与えられた仕事はするから安心しろ。最低限、お隣さんとしては話には付き合ってやる」
早口でそう言って教科書をパラパラとめくる。そして。
「だが、それ以上はダメだ。いいな?」
「え? でも────」
「ほら、1時間目始まるぞ。委員長」
抗議しようと白守さんは口を開くが、それを塞ぐように顎で入室してきた先生をさして言う。
ハッとなって前を向くその横顔はどこか悲しそうだった。
そうだ。これでいい。こうすれば誰も傷つくことはない。
かすかに痛む胸に言い聞かせた。
***
──!────かわ
何か聞こえてきた。こっちは寝てるんだ邪魔しないでくれ。
「痛っ!」
「おい、寺川なんで寝るんだ。バツとしてこの英文を訳してみろ」
授業で寝ていたら英語の花房先生に叩き起こされた。お巡りさん、こちらにパワハラティーチャーがおります。
もう授業の内容、大体分かったのに寝ちゃダメなのかぁ。
わざとらしく大きくあくびをして黒板に目を向ける。
先生が指さした場所には『Examiner, could you tell me WiFi password?』と書いてある。
そのすぐ下には『Put away smartphone』とある。
「えっと『試験官、WiFiのパスワードを教えてください』」
「せ、正解だ。いきなり指されたくなかったら寝るなよ」
そう言われてもちゃんと正解したし、文句ないだろうに。
というかなんちゅう場面だよ。試験中にスマホ出すなよ。注意されてるし。
さて、一仕事したんだしもう一眠りするか。
***
4時間目の授業中の教室に昼休みを知らせるチャイムが鳴る。
やっと昼休みだ。
日直が号令をかけて授業は終了した。
「寺川君、一緒にお昼でも」
「パス」
直後、白守さんはそう誘ってくるが俺は断って、バッグを持って教室を後にする。
帰るためじゃない。学校の探索かねて昼を食べる場所を確保するためだ。
確か無理矢理くっ付けたような『部活棟』ってところがあったはずだ。今日はそこを見てみよう。
部活棟は名前の通り部室がまとめられている部分の名称である。しかし、我が校はそこまで活発な部活もないため部室等の部屋が余っているそうだ。これは林田の言ってたことだから本当かどうかは今確認するとして……、だ。
「白守さん。なんで付いてきてるの?」
「寺川君とお昼食べようと」
「断ったはずだけど?」
後ろを追う気配を感じて振り返ると思った通り、白守さんがかわいらしい袋を持って付いて来ていた。
努めて冷たく言っても引き下がってくれる様子を見せない。
「分かった……。じゃあ、ほら中庭のベンチなんてどうだ?」
「どこ?」
近くの窓から中庭を適当に指す。
場所を確認するために白守さんが俺の横に並んで窓の外を確認する。
「そこそこ」
「あれってベンチなのかな? って寺川君?!」
白守さんが少し身を乗り出した隙に全速力で逃げる。
それに気付いた白守さんは声をかけるがそれを無視して他生徒の間を走り抜けた。
目的地の部室棟には直接向かわない。恐らく、白守さんは追ってくるだろう。しかし、昼休み。俺以外の男子生徒達はいっぱいいる。その合間を縫って俺を追いかけるのは難しいだろう。
白守さんの弱点を利用してるので心は痛むが。
ワンフロア下がってさっき白守さんと並んでた場所の真下に当たるところで曲がる。俺達の教室のある棟の1つ下のフロアだ。
フェイントとしてもうワンフロアだけ降りて比較的、人気のない特別教室の近くの男子トイレに身を隠す。
「ふぅ……」
極力吐く息を小さくして息を整える。
不意に小さな水の波紋に当たったような感覚がした。
少し疑問に思いながらもトイレから出て先程降りた階段を上がっていると。
「寺川君。なんで置いてくの?」
「げ」
なぜか白守さんが階段を降りてるところに出くわしてしまった。
白守さんは息を切らしてる様子もなく、いつものような口調で俺をたしなめるようにそう言った。
「一緒に食べるんじゃないの?」
「分かったとは言ったが了承はしてない」
「言い訳してないで。行こう」
「じゃあ、その前に飲み物でも────ぐえっ」
飲み物を買いに行くふりをして逃げようとしたら襟首を掴まれ、阻止された。
抵抗しようとするが白守さんの手は俺を掴んで離さない。そこに白守さんの強い意志が反映されているかのようだ。
しばらくもがいてみたが、どうにもならない。
「分かったギブだ」
「ありがとう」
「逃げようとしたのにお礼を言うなんておかしいだろ」
「寺川君ほどじゃないよ」
白守さんの言葉に表面上はクスッと笑って見せたが、気が重かった。
釖木さんもいただろうにわざわざ俺なんか追っかけて、そこまでする理由はいったい何だろう。
とりあえず今回は諦めるとしてこれだけは言っておかなくては。
「あくまでご近所さん、ビジネスパートナーとして今回だけ昼飯に付き合う。それでいいな?」
「そういうことにしておいてあげる」
屈託のない笑顔に毒気が抜かれる。その笑顔、なんかズルい。
小さくため息をついて本来の目的地、部活棟へ向かう。おまけ付きで。
***
「げ、なんでお前らもいるんだよ」
「……本当に来た」
「だろ? お嬢。恭平氏は僕の話を聞いて部室棟が気になるって思ったんだ」
白守さんに引き連れられたようになった俺が部室棟への連絡通路に入るとそこには壁を背にして並んだ釖木さんと林田が立っていた。ちなみに『お嬢』とは釖木さんのことだ。
俺の質問には答えず、言葉では驚いたような反応をする釖木さん。それに林田は得意げに胸を張る。
「あれ? 2人ともまだ連絡してないのによく分かったね」
「……林田が『恭平氏は間違いなくここに来る』って」
「僕の名推理さ」
帰りたい。今度から便所飯にでもしようか。と真面目に悩んだ。
俺ってこんな分かりやすいのか……。ショックだ。
内心でうなだれながら幼馴染コンビに付いていく形で部室棟に入る。
***
各空き部室は鍵がかかっており、入れなかったので屋上へ続く階段に腰を掛けて食べることになった。
自然と俺を逃がさないように俺は一番上に座らされ、真ん中と両サイドを固めるように他の3人は座っていた。
「そういえばなんで白守どんは恭平氏には触れるって分かったの?」
俺は無心で買ってきたパンをほおばってると林田が白守さんにそう質問する。
確かに気になるところだが興味のないふりをして耳を傾けた。
「クラスと出席番号を確認してたら寺川君とぶつかっちゃってね」
「……寺川、謝ったの?」
「あ、謝ったって」
「顔は向けないでだけど謝ってくれたから大丈夫だよ。郷華ちゃん」
白守さんの話を聞くと心なしか鬼の形相になっているように感じる釖木さんに迫られる。それに押されながらも答える。
なだめるように白守さんが言うと釖木さんはおとなしく引き下がった。
「でもさ、顔が見えなかったのによく恭平氏って分かったね」
「うん。だって優しい感じがしたからね」
「ゲホゲホゲホ!!」
予想外の発言に口の中を吹き出しそうになったが、何とか抑えた。しかし、そのせいでせき込んでしまう。
「……優しい? 寺川が?」
似たような感想を釖木さんも感じたようだ。必死に胸を叩く俺の言葉を代弁するように言う。
「うん。私達を突き放そうとしてるけど、結局こうして一緒にお昼食べてくれてるしさ」
「そうだね。面倒くさがりながらも僕の話に付き合ってくれるしね」
「……嫌そうでも仕事はするし」
なんだその意外な評価。やることやってるだけだし、ただの付き合いでやっているだけだ。
「別に昼飯も今回だけだって言ってるだろ? 明日からは1人で食うから」
そう言うと3人とも無視してそれぞれのご飯を口に運び始める。
俺の言葉が部室棟に空しく響いた。
「やっぱり昔から優しいよ。恭平君は」
「なんか言ったか」
白守さんが何か言ったような気がしたので聞いたが、笑顔で返された。
調子狂うな……。