間輪 Connection
大成功といってもいいステージは終わり、その熱も冷める間もなく施設内のべーべキューコーナーにいた。
のーまるん。のメンバー、プロデューサーの早瀬さん、運営スタッフを労うために手配されていたようだ。
のーまるん。と早瀬さん達の厚意で俺と美雪────
「いやぁ、あんな良いライブ見させてもらった上にごちそうまでしてもらえるなんてね」
そして翔太と釖木も招かれていた。のんきなことを言いながら始まるのを今か今かと待ちわびてる翔太と慣れたような様子の釖木。釖木の方は少し疲れているようにも見える。
美雪は主役(代理)だったのでのーまるん。全メンバーと早瀬さんと会場前方の簡易的なステージに立っている。
「学生の皆様はこちらを」
給仕さんからオレンジジュースを受け取り、少し周りを見回す。
他の人達も給仕さんから飲み物を受け取ったようだ。
『皆様、飲み物を受け取られましたでしょうか? まだ受け取ってない方は周りのスタッフさんに言ってください』
マイクを持った早瀬さんの言葉を聞いて見回した。しかし何人かが俺と同じようにしているだけだ。
『では続けます。我が社の起こした自棄から始まったデビューライブですが成功といってもいい結果でした。ご協力いただいたスタッフ、従業員の皆様、誠にありがとうございます』
小さめな拍手が会場に響く。みんなに習ってコップの中身をこぼさないように手の甲を叩いて音を出した。
『知っている方もいらっしゃるとは思いますが本日、メンバーの佐藤が過労で倒れてしまいました』
ステージ上で佐藤さんが申し訳なさそうにお辞儀をする。
佐藤さんの体調はだいぶ良くなったようで軽い食事程度なら、とこの慰労会に出席してくれたそうだ。
「にしても本当に白守どんとそっくりだよ」
「そうか? そんなに似てない気がするけどな」
早瀬さんのスピーチを邪魔しないように翔太が小さな声で話しかけてきた。
釣られるように小さな声になる。
「……ええ、肌の色味が違うわ。美雪がブルべ系、佐藤って人の方がイエベ系かしらね」
「ブルべ系? ブルーベリーのことかい?」
「ブフッ」
翔太のセリフについ、吹き出してしまった。
大きな声にならないように口を抑えて笑いを殺そうと抑え込む。
「そんな笑うことないじゃないか。そういう恭平氏はどういう意味か分かるの?」
「いや、ごめん。俺も似たリアクションしてたから」
「……肌の色味の話よ。それだけ」
そう言って釖木は軽く顎で『ステージの方を向け』と指す。
『しかしそんな私達を白守さんが────白守が救ってくれました。校外学習という一度しかない機会を、学友たちとのかけがえのない思い出を作る機会を犠牲にして我々のーまるん。のピンチを救ってくださいました』
ステージ上の美雪がお辞儀をする。賞賛の拍手が響く。
『その白守の勇気に、優しさのおかげで我々は今こうしてこの場に立てています。聞けばグッズも完売したという報告も聞きました。メンバーにもまだ言ってませんでしたがスポンサーの話も来てました。そして次の仕事の話も来ました』
その言葉を聞いて壇上のメンバー含め会場がどよめく。
人が来ていたとはいえ上手くいきすぎではないか? と思う自分もいるが今は祝おう。
「……遅過ぎよ」
歓声の中、釖木がつぶやく声が聞こえたので釖木を見てみると心なしか微笑んでいるように見えた。
『すみません。ここまで長く話すつもりはありませんでした。ではのーまるん。のこれからと白守の勇気とやさしさに乾杯!』
会場の参加者全員がグラスを掲げる。少し遅れて掲げると翔太が肩を叩いてきた。
「白守どんの所に行こうよ」
「……そうね。今日の一番の功労者なんだから」
2人についていくようにメンバーのみんなと話している美雪の元へ向かう。
人混みというには人数が少ないので楽に進めた。
「白守どん。お疲れ!」
「……お疲れ様」
「あ、みんなぁ!」
パッと咲くような笑顔で振り替える美雪。その様子に我が子に向けるような優しい視線を向けるメンバー一同。
「郷華ちゃんも林田君も久しぶりに会ったような感覚だよ」
「……美雪、少し変わったわね」
「数時間だけしか離れてなかったのにね。不思議だね」
言われてみれば今回の出来事は今日のうちに起こったのだ。半分、当事者のような俺でも信じられない感覚がする。
「この2人が寺川さんと美雪ちゃんのお友達ね。はじめまして私は佐藤。みんなの美雪ちゃんとの時間を取っちゃってすみません」
そう言って佐藤さんは壇上で頭を下げたよりも深く頭を下げる。それに合わせて他のメンバーも頭を下げた。
「頭を上げてください。事情は早瀬さんから聞いてましたし、あまり気にしないでください」
「……ええ、代わりに良いものも見せてもらったので」
「そうだね。思ってた以上のものだった……ですよ」
戸惑いつつも言葉をかけると少ししてやっと頭をあげてくれた。
「あたしがサブリーダーの鈴木」
「うちは高橋」
「田中よ」
「伊藤だよ~! 推してね!」
「……釖木よ」
「林田っす」
みんなが自己紹介をし合って流れが一段落する。
そして思い出したかのように佐藤さんが口を開く。
「それよりもお友達の皆さん、美雪ちゃんと乾杯してあげて、私達と乾杯せずに待ってたんだから」
「そーだよ! 伊藤達も早く乾杯したいから早く早く!」
促されるままにグラスを胸の前に構えた。
お互いの顔を見ながら小さく頷く。
「一文字(仮)の校外学習成功を祝って乾杯!」
「白守どん、これは成功なのかな?」
「んなの将来、いい思い出話になるんだからそれでいいだろ」
「……そうね。そう考えた方がいいわ」
グラスのぶつかる音が気持ちよく響く。
待ちわびたようにのーまるん。のメンバーが美雪と、一文字(仮)と乾杯をした。
「さぁ、焼く準備ができましたので皆さんこちらへ」
早瀬さんに呼ばれてみんなで1つの焼き台へと集まった。
***
ある程度、腹が膨れたせいか炭の遠赤外線効果にやられたせいか体が火照ってきたのでテラスへと出て外の空気を浴びる。
本当に色々あった1日だった。もしかしなくても他の生徒よりも濃い経験をした気がする。今日という日を噛みしめるように息を吐いた。
「恭平君、こんなところにいたんだ」
「んあ? ああ、ちょっと暑くてな」
飲み物を両手に持って美雪が声をかけてくる。ボーッとしてたせいで素っ頓狂な声が出てしまった。
「隣いい?」
「別に許可取らなくてもいいって」
「ありがとう。あ、ウーロン茶だけどいる?」
「ああ、ありがとう」
美雪からグラスを受け取り、1口だけ飲む。熱くなった食道を冷たいウーロン茶が通っていく感覚が少し気持ちよかった。
「実はね、最初ね今日(のーまるん。)の件、断ろうかなって思ってたんだ」
「へぇ」
しばらくの沈黙を破って美雪がしみじみと語り出す。
あまりにも突然だったのでリアクションが薄いものになってしまう。
「まぁ、あれは怖かっただろうしなぁ」
「そうだね。必死だったとはいえ、あんな顔で迫られたから怖かったよ」
「ならなんで話を受けたんだ?」
そう聞くと美雪は俺の目をじっと見始める。
「恭平君だよ。ゴールデンウィークの時、お父さんの店手伝ってくれたでしょ?」
「まぁ、そうだけど、それに何の関係が?」
「だってあの時、恭平君は断ることも出来たんだよ? 『俺には関係ない』って突き放すこともできたはずなのに困ってた家族に手を差し伸べてくれた」
「そうだが、なんかほっとけなくてさ」
照れ隠しのために美雪の顔から視線を外す。
「だからね。私も誰かに手を差し伸べようって思って、ね」
「そうか。美雪は立派だな」
「そんなことないよ。やっぱり今日も恭平君に助けてもらっちゃったもん。私1人だったらライブ、成功してなかったもん」
「そうか? あの感じならいけそうな気がするけどな」
そう言って小さく微笑んで見せる。しかし美雪は小さく首を横に振った。
「ううん。やっぱり恭平君がいなかったら私、プレッシャーの押しつぶされてたよ」
「そうか、だからあんなに震えてたのか」
「恥ずかしいけど、そうだね」
自嘲するように笑って見せる美雪。思わずその頭に手を置き、撫でる。
自分のしていることに気付き、とっさに手を戻してしまう。
「ごめん! なんか勝手に」
「ううん。いいの、出来るならもう少しだけ────」
「恭平氏~! 白守ど~ん! デザートだってよ~。貰いに行こうよ」
「……行きましょ」
中から翔太が大きく手を振って俺達を呼んでいた。
「んで、もう少しなんだって?」
「ううん、いいの。それよりも行こう!」
美雪に手を引かれ、浮かれた喧騒の中へと再び戻った。
***
校外学習が終わった週明け。
俺達はいつものように階段で昼ご飯を食べていた。
みんなとの会話の中、ふと美雪のスクールバッグに目をやる。
そこにはのーまるん。のデビューライブで売られていたアクリルキーホルダーが付けられていた。これはのーまるん。との別れ際、早瀬さんから貰っていたものだ。その時、佐藤さんが何やら耳打ちをしていたが、その内容は聞き取ることができなかった。
『ありがとう』の一言にしては少し長かったような気がする。
メンバーの眩しい笑顔がプリントされたそれは俺達の会話に参加しているかのように小さく、小さく揺れた。




