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第19輪 替え玉デビュー

 特設ステージに移動してまずは位置の確認から始まった。

 ステージ自体は思ったよりしっかりした作りだ。ライトも俺が今座っている観客席もしっかりしている。スピーカーも立派でステージの背後にはテレビ番組で見るような立派なモニターが鎮座していた。


 悪いところをあげるならやっぱり開催する場所だろう。

 首都圏とはいえ都心からかなり離れている。

 人材に曲に衣装にステージにと良いものを揃えられてるだけに残念だ。


『マイクテスト~ほら、白も……じゃなくて佐藤』


 念のためなのかリハーサルからメンバーは美雪のことを『佐藤』と呼ぶことにしている。

 メンバーから見たら『よく似ている他人』なので少し苦戦しているようだ。


 センター(代わり)の美雪からヘッドホン型のマイクのテストを行う。


『えぇっと、なんか恥ずかしいな……』


 やはり慣れないせいか声から緊張の色が伺える。

 ステージの上で高橋さんが美雪の背中を軽く叩いた。それに対して美雪が声を出さずに怒るような動作をする。


『もう、痛いですよ~!』

『も、さっとちゃん敬語も禁止!』

『それは……う、うん頑張り……頑張るよ』


 マイクテストなのに普通にしゃべっていいのか? と思うが誰も注意する様子は見られない。


『鈴木です! 大丈夫ですか~?』

『高橋~。ハウってなさそうだぁね』

『田中。もう少し話せ? めんどい。これでいい?』

『伊藤! 今日も絶好調だよ~ん!』


 メンバーが声を出していく。それにスタッフさんは大きく親指を立てる。

 すると隣に座っている早瀬さんがマイクを取り出した。ブツッとマイクをオンする音がスピーカーの大音量で流れる。


『ごめんなさいね。とりあえず音声の確認を兼ねて1曲目から』


 そう言って早瀬さんはメンバーが定位置に付いたのを確認してから合図を出す。少しの間を置いて曲のイントロが流れた。

 メンバーは練習通りに動いている、つもりなのだろうが俺から見ると少しぎこちないような感じがした。


「早瀬さん、もしかして彼女達……」

「寺川君にも分かりますか?」

「かなりあがってますね」

「本番直前です。しかたありません。それにトラブルで昼にリハーサルできませんでしたからね」


 トラブルって佐藤さんのことか……。

 メンバーが欠けた状態でリハーサルする意味は薄いから待機させられていたのだろう。

 ここまで用意したのにライブが中止になって、会社もメンバーも将来が閉ざされるか不安だったのかと考えると美雪の選択は彼女らの救いになったのかもしれない。

 それがどうかはこれから決まることだ。


 1曲目が終わり、メンバー達がうなだれる。

 やはり、本人達も上手くいってなかったことに気付いてるようだ。


『練習より動けてないのは分かるわよね?』


 マイク越しに早瀬さんがそう問いかけると全員、首をたってに振った。


『とち狂った大人達が自棄になって出したプレゼンに乗ったことから始まり、いきなりスカウトされたのにも関わらずこんなふざけたプロジェクトに真剣に取り組んだくれた。曲も衣装もこうしてステージも良いものが揃った。正直、ロケーションはもう少しどうにかならないのかとは思ったわ。佐藤が気負い過ぎで倒れて中止になりかけたけど、こうして手を差し伸べてくれた勇気を出してくれた白守がいる。そのおかげで今のステージがあるわ』


 一回言葉を区切り、早瀬さんは一度深呼吸をする。


『だから、その勇気に応えましょう』


 一瞬、場がシンと静まる。

 ステージのみんなは目を閉じていた。


 美雪以外のメンバーには色々あっただろう。控室で見せてくれたあの仲の良さはそういうことがあったからなのだろう。

 それを噛みしめるように静かに目を閉じ、目を開ける。


『『『『『はい!!』』』』』


 弾けるような声がステージいっぱいに響く。


 ***


 それからのメンバーの動きは見違えるほど変わった。

 練習、いやそれ以上の動きかもしれない。

 その様子に安心したのか早瀬さんは一旦、席を外していた。


 確認は一段落付いているがプロデューサーが不在なので下手な事は言えない。だからいったん休憩を取ってもらうことにした。

 メンバーは客席こっちには来ずに舞台袖に行ってしまったので追いかけるように舞台袖に行った。 そこではスタッフが甲斐甲斐しくメンバー達の汗を丁寧に拭いたり、服装のチェックを行っているところだ。

 一瞬、美雪のことが心配になったが時代なのかこういう世話をする人は同性のようだ。

 人知れずに安堵の息を漏らしていると複数の足音が聞こえてきた。


「みんなお疲れ様」

「早瀬さんもお疲れ様です。それと────」


「佐藤?!」

「佐藤ちゃん!」

「さっとちゃんだ!」

「リーダー!」


 美雪が言葉を言い終えるより先に各メンバーが反応して佐藤さんの周りに集まる。

 佐藤さんの額には冷却シートが貼られていてまだ少しフラフラした感じだ。


「白守さんありがとうございます。リハーサルまでやってるってことは」

「そうよ。白守は上手くやってくれた」

「短い時間で歌もダンスもほぼカンペキだったんだよー!」

「白守ちゃん、田中ちゃんのツンデレにも対応できてるし」

「ツンデレじゃない! でも代わりにしては上等……だと思う」

「でも、私は佐藤さんの代わりにはなれなさそうです。今はみんなに合わせることで精一杯で……すみません」


 メンバーが絶賛(一部不明)する中、美雪は謙遜、というよりは力不足を感じているようだ。

 傍から見ると別に問題はなさそうに見えるが、本人からすると不満な部分があるのだろう。

 様子を見守っていると俯く美雪に佐藤さんは近付いて手を取る。


「ううん。白守さん────美雪ちゃんは上手くやってくれてるわ。みんながここまで言ってくれてるんだから自信持って、ね?」

「そう、ですね。ちょっと不安ですけど頑張ってみます」

「うん。それでよろしい。あと私にもタメ口、でね?」

「は──うん!」

「でも頑張り過ぎないようにね。私みたいになったら困るからね」


 佐藤さんは自虐的に笑う。しかし、美雪は真剣な目で佐藤さんを見つめた。


「佐藤さんの背負ってるもの、確かにお預かったよ。拙いかもしれないけど演じきって見せるからね。だから見守ってて」

「ええ、事情は知ってるかもしれないけど気軽ね」


 そう言って佐藤さんはヒシと美雪を抱きしめる。

 メンバーと共にその光景を眩しそうに見ていた。


 ***


 器材確認を兼ねたリハーサルは終わり、開演30分前になった。

 今は特設ステージの外でうろうろしている。なんだかんだ、このデビューライブにどのくらい人が集まっているか気になってしまったのだ。

 立地的な問題であまり人が来ないと思っていたのだが予想よりも多くの人が観客席に集まっていた。


 その中で翔太と釖木が前の方の席に仲良く座っているのを見つけた。


「おう翔太、釖木。デートはどうだったか」

「恭平氏、開口一番それはどうなのかな?」


 肩を叩かれて少し驚いた様子を見せたもののいつもの感じで苦笑いを向けてくる。

 疲れた様子からして今まで大変だったのだろうな。この様子だと2回、いんや3回くらい兵器りょうりを喰らわされたな。


「……んで美雪達の仕上がりは?」

「大丈夫だと思うぞ。色々あったけど」

「ふ~ん。でも恭平氏の表情かおを見た感じ大丈夫そうだね」

「……そうね。客も集めた甲斐があったものよ」

「集めたって……なんかやったのか」


 それがなんなのか見当もつかないが、釖木は釖木なりに協力してくれていたようだ。だからこんな時間にもかかわらず人が来てるのか。


「……大したことではないわ」

「美雪もみんなも喜ぶよ。ありがとう」

「へ~……恭平氏、白守どんというものがありながら浮気かなぁ~?」

「何言ってるんだ?」


 浮気も何も美雪と俺の間には何もないだろうに。

 まぁ、さっきの仕返しといったところだろ。


「とりあえず楽しんで、な保証する」


 返事を待たずに幼馴染コンビに背を向けて舞台袖へと向かった。


 ***


「恭平君! おかえり」

「おう」


 舞台袖に戻ると美雪が出迎えてくれた。

 衣装にも慣れたようで流れるような動きで俺の元へ寄ってくる。しかし、その動きに少し違和感があった。


「美雪?」

「ん?」


 アルカイックスマイルで小首をかしげる美雪。普段なら見逃してしまうそうな違和感。


「ごめん、みんな少しだけ美雪借ります」

「いいけど、開演までには戻ってきて」

「すみません」


 メンバーに頭を下げて美雪の手を引いて特設ステージの裏へと向かう。その間、美雪の手が小刻みに震えてるのが分かった。

 違和感の正体はこれか。

 ステージ裏へ着いて周りを見て誰の目もないことを確認する。


「無理、してないか?」

「そんなことないよ?」

「手、震えてたぞ」


 確信を持ってからその笑顔が無理している物だと分かった。

 真剣に見つめると美雪は諦めたように俯く。


「恭平君には敵わないや」


 声は震えていた。それが伝染するように体が小さく震える。


 赤の他人の命運を背負っているといっても過言ではないこの状況。美雪が何も感じないわけがない。

 初対面の人間に囲まれて不安な中、ここまでやってきたのだ。


「!!?」


 思わず美雪を抱きしめてしまった。何を考える間もなく自然とそうした。

 腕の中で美雪が驚いている様子が分かる。それでも俺は毛布で包むように優しく抱きしめる。

 少しすると美雪の震えが止まっていた。最後に少しだけ力を入れて抱きしめて開放する。


「お、落ち着いたか?」

「うん。恭平君。ありがとう」


 お返しとばかりに美雪も軽く俺を抱きしめる。

 何とも言えない感情、感覚が体を駆け巡る。その心地よさに小さく笑みがこぼれた。


 ***


「本当に少しで戻ってきたのね」

「そう言ったじゃないですか」


 2人で舞台袖に戻ると鈴木さんがそう言って出迎えてきた。

 ちょっとで済む話だったのだから当たり前だ。


「全員揃ったわね」


 早瀬さんがメンバー善意がいることを確認する。

 それを見て別のところに行こうとした。


「寺川さんもここにいて」

「え? はい」


 内心で首を傾げてその場にとどまる。


「さっきも言った通り今回、白守さん、そして寺川さん、2人の学友、先生方に助けられて今、この瞬間があるわ」


 その言葉に4人は頷く。

 俺も? ただ見てただけなんだけどな。


「それに予想よりもお客様が来てくださっている。全員をファンにする気持ちで全力を出しなさい!」

「「「「「はい!!」」」」」


 5人が真剣な顔で返事をする。

 そして早瀬さんは美雪の肩に手を置く。


「さ、リーダー掛け声を」

「え? えっとのーまるん。行くよ!」

『オーーーーーーー!!』


 5人の声が1つになって舞台袖を震わせる。スタッフさんが大きく拍手をする。俺も釣られるように拍手をする。

 新しくデビューする5人はステージ横に並んだ。

 メンバーが手を握りあっている様子を見守る。どうやら美雪は大丈夫そうだ。

 一安心したところで早瀬さんと並んでモニターからステージの様子を見守ることにした。


「寺川さん」

「はい。なんでしょう?」


 早瀬さんが小さな声で呼んでくる。自然と同じ声量で返事をした。


「熱い抱擁でしたね」

「な────」


 一気に顔が熱くなる。

 アレを見られていたのか? いや、でも誰も見てなかったはずでは。

 落ち着け、やましい気持ちはなかったんだ。


 何とか気持ちを落ち着かせようとするが上手くいかない。

 深呼吸を何回かしてやっと、落ち着いた。


 ***


 メンバーが待機し始めて5分ほどしてから開演前のアナウンスが流れ、ステージが暗転する。

 観客席から少ししたどよめきが起こるがそれを前奏が書き消す。

 ライトが点いてメンバー全員を照らし出す。


 歓声が上がる。それは新星の誕生を祝うように大きかった。


『初めまして! 今日、デビューしたのーまるん。です! デビューライブに来てくれてありがとう!』


 リーダー(代役)である美雪が最初に挨拶する。その声は佐藤さんと少し違うが、誤差の範囲だろう。

 観客が応えるように声をあげる。


『メンバー紹介! まずは私、リーダーのピンク担当、佐藤です!』

『サブリーダーの水色担当、鈴木よ!』

『黄色担当! 高橋だよ!』

『緑担当、田中』

『オレンジと元気担当、伊藤で~す!!』

『みんなに送る最初の曲──』


『『『『『普通だけど普通じゃない』』』』』


 全員が自己紹介と曲のを済ませて数秒後歌に入る。

 歌も踊りも練習通り──いや、練習以上かもしれない。観客のボルテージに応えているかのようだ。

 その様子にホッと一息ついてモニターから目を離さずに水を飲む。


 トラブルらしいトラブルは起きずに1曲目が終わる。

 歌いながら動くのは体力を使うのだろう5人とも軽く方で息をしていた。


『ごめんね。少しだけ息整えさせてね』


 真っ先に美雪が話す。観客たちは拍手で返してくれる。


『待ってくれてありがとう! 冒頭でも自己紹介したけど改めてするね。私はリーダーのs……佐藤です!』

『佐藤。なんで自分の名前で噛むの?! こんなリーダーを支えてる鈴木です!』

『のーまるん。頭脳担当! 高橋でーす!』

『嘘つけ、とツッコみたいけど本当に頭がいいから何も言えない田中です。よろしく』

『元気の担当! みんなを照らす太陽! 伊藤でっす!』


 美雪がうっかり白守ほんみょうを言いそうのを鈴木さんが上手くフォローする。その様子にホッと息を吐く。

 大丈夫ではあるがそれはそれで油断してしまうようだ。全く、美雪は。

 思わずクスリと笑いがこぼれた。


『私達の名前は芸名ではなく本名です! 知ってる人もいるかもしれないけど日本の苗字ランキングベスト5の名前の子で構成されてるんだ!』

『だからあたし達の名前忘れないよね?』

『覚えて帰ってね、よろしく』

『たなちゃん、ぶっきらぼー! ダメだよ~!』

『伊藤ちゃん。これ照れてるだけだから』

『そ、そんなことない!』


 会場が笑い声に包まれる。MCの練習なんてしてなかったのに上手く話せているようだ。恐らく、これは即興だ。

 美雪とメンバーが短い間に築いた信頼関係が強固なものだと伺えた。


『ほらほら、ずっと話してないで次行かなくちゃ!』

『そうだね。短いと思うけど次で最後の曲です』


 「えー」とか「そんなー」と言う声が舞台裏のこっちにも聞こえてきた。

 モニター越しのメンバーは嬉しそうに微笑む。


『ごめんね! でも絶対にうちらの事、忘れられないほどの時間をあげるから!』

『僕らの覚悟を見せるよ』

『いつもキュートな伊藤でも今回はクールに決めるねん!』


『『『『『BrilliantNorma』』』』』


 力強い曲に力強い振り付け。そのパワーが音と振動となってこちらに伝わってくる。

 のーまるん。のメンバー、会場のお客さん、そしてスタッフ達の心がつながっていくような気がした。

 歌詞ことばの持つ意味ちからがマイクを、スピーカーを通して会場中に響く。


 文字通り、モニターに釘付けになってしまった。


 時間が加速したように過ぎていつの間に曲も終わる。

 会場は驚くほど静かになっていた。

 小さな拍手の音が聞こえてきた。

 それが呼び水となって拍手の音が広がっていく。そして大きな音の波となってステージを飲み込んだ。


 マイクから喜びの息遣いが聞こえる。

 ステージの5人は手をつないで頭を下げる。


『『『『『ありがとうございました!!』』』』』

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