第18輪 衝突ジレンマ
異変? 事故? は起こされそうになった。
「田中! さっきから何やってるのよ!」
「うっさいな」
先程まで順調だった練習は鈴木さんの怒声と田中さんの悪態で悪い方へと向かっていた。
今なぜ田中さんが怒られたかというと振り付けの練習中に事故を装って美雪にちょっかいをかけようとしていたのだ。
どういったわけか美雪はそれを上手くかわしていた。そのせいで田中さんの行動をヒートアップさせてしまっている。そのせいでかわす美雪も位置がズレてしまっている。
結果、さっきまで綺麗に決まっていたフォーメーションはめちゃくちゃになっている。
田中さんは美雪をよく思っていないのだろう。練習前の悪態から何となく想像できる。それが練習で
恐らく理屈ではない。感情的な部分でそうさせてしまうのだろう。
難しい話だ。苦労して習得したものをぽっと出の奴が簡単に習得してしまったのだから。
俺の出る幕ではないのだろうが少々心配だ。
「田中ちゃん、どうしたの?」
「そだよ! たなちゃん、いつもなら面倒くさがりながらもやってたじゃん!」
責めるというよりも心配してる様子が強めに高橋さんと伊藤さんが田中さんに詰め寄る。
それに対して田中さんはうつむくだけで何も言わない。
「田中。ちゃんとと話しなさい。あなたのことだから何か理由があるのだと思う。言わないと始まらない」
「わか……ない」
「はっきり言いなさい」
「分からないよ!!」
俺も含めてみんながその声に驚いた。
誰もが声も出せずに固まってしまっている。
「なんでみんな平気なの?! プロデューサーが用意した代わりなんかにリーダーの代役なんて……って思ってたのに……」
「田中さん……」
「なんでワタシ達が頑張って磨き上げてきたものをいとも簡単にこなしちゃうのよ?! 苦労したワタシ達がバカみたいじゃない!!」
「でも、佐藤の復帰が無理なこの状況、白守にすがるしか……」
「分かってるよ! 分かってる。だから悔しい。この気持ちはどうすればいい?」
決壊したダムのように田中さんの感情が吐き出される。
やり場のない気持ちが重い空気のように控室の床に広がるような感覚がした。
あまりにも強い感情に声も出せない。他のメンバーもどうしたらいいか分からず、口を動かすだけだ。
感情を吐ききって肩で息をする田中さんに美雪はゆっくりと近付く。
「田中さん」
「………………」
美雪の呼びかけに田中さんは何も反応を示さない。それに意を介さず田中さんの手を取る。
「あのね。みんなから見たら私は部外者かもしれない」
優しい声で美雪は語り出す。
それを俺達は何も言わずに見守る。
「でもね、今日佐藤さんが倒れちゃってピンチだったところに私が偶然来た。これって何か意味があると思うんです」
「………………」
依然、田中さんは口を開かない。が、なんとなく美雪の言葉は聞いているようだった。
「多分ね、のーまるん。はここで終わっちゃいけないからだと思うんです。のーまるん。ここから羽ばたけるから。だから私にそのお手伝いをさせてください」
美雪は頭を下げる。
少しだけ間をおいて鈴木さん、高橋さん、伊藤さんが集まり、2人を抱きしめた。
「偽物でものーまるん。のセンターになってみせますから」
美雪は声を震わせながら決意を口にする。
「そこまで、そこまで言うなら付き合ってあげる。でも少しでもヘマしたら替え玉だって言ってやる」
「え~、たなちゃんひっど~い!」
「伊藤ちゃんこれ、いつものツンデレだから」
「ツンデレじゃないし!」
凍り付きそうなほど緊迫した空気が解放された。
笑ったり泣いたりしてみんな表情がぐちゃぐちゃだ。
もしかしたら美雪はとんでもないものを救ったのかもしれないな。
「あたしも正直、白守が佐藤の代わりをやるのに抵抗があった」
「そう、ですか」
美雪が鈴木さんの言葉に肩を落としかけるが、鈴木さんはその肩に手を置く。
「でもね。白守なりにあたし達の力になろうって思ってくれてるのが伝わった」
「ありがとうございます」
「佐藤がいない間、あたし達のセンター預けるから」
「はい!」
美雪と鈴木さんがひしと抱き合う。
ってか今更だが、俺のこと忘れてないか?
「みんな待たせたわ。少し時間取ってしまったわ」
目の前の光景に疎外感を感じていると早瀬さんが控室に入ってきた。
疎外感を紛らわせるために軽く会釈をする。
「寺川さん、私がいない間ありがとうございました」
「いえいえ俺は一言二言、言った程度なのであとは彼女達の頑張りです」
「でも白守さんとしては寺川さんがいてくれるだけでも心強かったはずですよ。これ、水です。良かったら飲んでください」
「ありがとうございます」
早瀬さんに言われたことを少し考えると確かにそうかもしれない。
よく考えれば全く知らない人だらけのグループに入るなんて厳しいことだ。なんとなくついていって正解かもな。
「みんな! お疲れ様。飲み物買ってきたから────どうしたのみんな! 顔がぐちゃぐちゃじゃないのよ!」
美雪とメンバーの顔を見るなり、早瀬さんは驚きの声をあげた。慌てながらタオルを持ってきたりと忙しそうに動き回る。
メンバーは涙や汗をタオルで拭い、笑い合う。
「一体、何があったんですか?」
「『色々』ですよ」
「気になりますが大変な思いをさせましたね」
「とんでもないです。とても大切な場面に立ち会えましたよ」
確信を持って言えた。ここまでくればもう、大丈夫だろう。
***
「申し訳ないわ寺川さん。そろそろ点呼の時間だから白守さんと一回、学校の先生達のところに戻ってください」
メンバー達が振り付けや歌の細かいところを詰めてるところを眺めてると早瀬さんがそう声をかけてきた。
「あ、点呼にはいかないといけないんですね」
「はい。アイドルのデビューライブの代役のために借りますと言って連れ攫われるか心配だそうですので安全確認のためだそうです」
「なるほど、分かりました」
俺が返事すると早瀬さんは美雪に同じ話をするためか、美雪を呼ぶ。
その間、俺は自分の荷物の所在を確認して外に出た。
まだまだ外は明るいがここまで来るのに時間がかかった。だからこの時間に点呼を取って出発するのだろう。
少しすると美雪が扉から駆け出てきた。
「お待たせ。早く行こうか」
「そうだな、って練習着で行くのか?」
「う~ん。時間もないから仕方ないかな~って」
それならいいんだが、少し薄着なので春になったとはいえ少し心配だ。
美雪の言う通り、時間が惜しいので少し急いでいくとしよう。
目的地は俺達が最初に点呼のために集まっていた入り口付近の広場だ。
俺と美雪のいるグリーンスクエアからは少し遠い。少し前までのんきにメリーゴーランドに乗っていた遊園地エリア。最初に色々ドタバタしたふれあいコーナーの脇を駆け足で抜けていく。
息も絶え絶えになりそうになった頃、雑談しながら俺達を待っている先生たちの姿が見えた。その近くには翔太と釖木が待っている。
ぶっ倒れてしまいそうなのをこらえてまずは幼馴染コンビの元へ行く。
「お疲れ、恭平氏」
「……美雪もお疲れ」
激しく肩を上下させて息する俺と軽く汗を書いてる程度の美雪に2人は声をかけてくれた。
「いやぁ~、まさかあんなことになるとはねぇ」
「……とりあえず点呼とりましょう」
「そうだね。みんな待たせちゃってるし」
ちゃんと4人揃ったのを確認して美雪を先頭に先生の元へ向かう。
途中、翔太が俺の肩を叩く。
「なんだ?」
「白守どん、なんか変わった?」
難しい表情でそう聞いてくる翔太。上手く表現するのが難しいのだろう。
「服装だろ?」
「違うよ! そういうことじゃない」
「わーってるよ」
茶化すと軽く睨みつけてくる翔太。それに俺はニヤリと笑って見せた。
言いたいことは分かる。明らかにのーまるん。とのレッスンをしてから美雪の様子が少しだけ変わったような気がする。
これは多分だが人間として成長する前触れなのかもしれないし、変わらないかもしれない。
確信を持って言えることは美雪が変わったとしても俺達の友人であることには変わりない、ということだ。
そうこうしてるうちに美雪が点呼のために豊島先生に声をかけていた。
俺達は少し後ろで待機している。
「おー、白守。恰好が違うと雰囲気変わるな!」
「何も相談しないで決めてすみませんでした」
「校長先生も出てきたけど、大丈夫だ。少し面倒だったが釖木が上手く言ってくれてな」
「郷華ちゃんがですか?」
驚きながらこちらの方に振り返る。
近くにいた釖木は主張の弱いピースサインを美雪に向けた。
「釖木、何かしたのか?」
「……ライブの時間知らないのかしら?」
「あ~、そういえば聞いてなかったかも」
「……全く」
首を傾げながら答えると釖木にため息混じりに言われた。
突然のことだからそんなことを確認する余裕なんてなかったし……。
「……15時出発で美雪のライブが17時からよ」
「それじゃ……」
「……そう。美雪を置いておかなくちゃいけない」
集団行動を重んじる校外学習においてそれはあってはならないだろう。
1人のために全員の帰り時間を遅らせるのはまずい。帰りが遅くなろうものなら保護者からの苦情は避けられない。
「だからね。お嬢は僕達の帰る車を用意してくれたんだよ。多分、ライブが始まる頃には着くんじゃないかな?」
「……美雪と私、林田とついでに寺川も残るわ」
「そうだそうだ。それについてだけど、白守と寺川は親に連絡しておけよ」
「はい。ありがとうございます」
「あ~……」
そっちも忘れてた。控室に戻ったら電話しておかなくちゃな。
「担任として言うべきことは言ったからな。白守、大変だろうけど頑張れよ」
「はい! ありがとうございます! 絶対に成功させてみせます!!」
適当に手を振る先生に美雪は凛とした様子で返した。
近くに他の生徒らしき人が見当たらないところを見ると俺達で最後だったのかもしれない。
「恭平君。戻ろうか」
「そうだな。もう2時間切ってるのか。行かないとな」
携帯の時計を確認して戻ろうとする。
そういえばと思い、幼馴染コンビの方向へ向き直った。
「2人は練習見に行かないのか?」
「……行きたいのだけれども」
釖木が隣にいる翔太を一瞬見る。
そういや翔太、前科持ちだわ。メンバーの着替えを覗こうとしそうだ。
「そうだな。かなり待たせちゃうけど大丈夫か?」
「……任せて」
「え? なんで? 僕は行きたいんだけど?!」
釖木のアイコンタクトが見えなかった翔太は納得してない様子で抗議の声をあげる。
俺はそれを無視して待ってくれてた美雪と一緒に控室へ走った。
***
「みんな、これからリハだから一回、着替えましょう」
手を叩き、最後の詰めをしているメンバー達に声をかける早瀬さん。
仕上がりは良い感じだと思う。よく分からない俺でもなんとなく分かる。
感心しながら一息つくメンバーを眺めていると鈴木さんが厳しい表情で迫ってくる。
「着・替・え・る・ん・だ・け・ど」
「あ、すみません。ちょっと考え事してて」
軽く頭を下げて急いで控室から出る。
壁にもたれかかりながら暗くなり始めた空を眺めた。入学して2ヵ月弱なのにそれよりも長い時間を過ごしたような気がする。
懐かしい感覚だ……。小さく黒くて重い雰囲気の空気を吐き出す。
『あれ』を懐かしい、か。
「寺川君。申し訳ないわ」
扉を開ける音とともに早瀬さんが俺の隣に来る。
「いや、俺がボーッとしてたせいなので」
「メンバーもあそこまで気さくに接するのは稀です」
「そう、なんですかね?」
「寺川さんがよろしければのーまるん。のマネージャーやってみますか?」
突然の誘いに固まってしまう。数秒の間、考えたが答えはすぐに出た。
「すみません。俺はやっぱ友人達と学校生活送りたいので」
純粋な気持ちだった。
恐怖心がない、といえば嘘となる。でも根拠はないが信じたいと思える。
「そうですか。残念です」
言葉は残念そうだが早瀬さんの表情はどこか嬉しそうだった。
「恭平君。着替え終わったよ」
扉から恥ずかしそうに顔を出しながら美雪が俺を呼んでくれた。返事する前に美雪は扉の奥に逃げるように入っていく。
「寺川君、女の子は待たせない方がいいですよ」
「含みがある言い方ですね」
「それはどうでしょう」
肩を軽く上げるだけで反応する早瀬さんに軽くため息を出しながら控室の扉をくぐる。
「寺川、白守のアイドル衣装見てあげなよ」
「ちょっと! す、鈴木さん!」
鈴木さんが美雪の肩をがっちりと掴んで目の前に差し出す。
白のフリフリした服をベースに濃い赤紫色を深い赤色のチェック柄のケープとスカート、靴はこげ茶のかかとの大きめなヒールを履いている。
違いを上げるとしたら美雪のリボンや腕飾り? 等の小物がピンク。鈴木さんは水色、高橋さんは黄色、田中は黄緑、伊藤はオレンジとなっている。
「可愛いけど、なんか少し違和感が? ん~」
なんとも言えない違和感に首をひねってしまう。
「それはね多分、白守ちゃんがブルべ系だからだね~」
「ブルべ?」
得意げに説明する高橋さんだがそれに疑問符をいくつか浮かべてしまう。
ブルーベリーのことだろうか? それ以外思いつかないんだが。
「ブルーベリーじゃなくてブルーベースね。佐藤ちゃんはイエベ系──あ、イエローベースだからちょっと違和感があるのかも」
「「へー」」
って美雪も知らなかったんかい。
俺の感じた、まとってる雰囲気の違いの正体はこれなのかもしれない。
「ちょっと大変かもしれないけど後でメイクするからある程度は誤魔化せるよ。だからそれまで我慢ね」
「はー……い?」
またしても首をひねる。何が言いたいんだ? ま、いいや。
「動きづらそうなきがするけど、どうなの?」
「思ったよりは動きやすいよ! でもスカートが……」
「あ~……」
自然と美雪の足元に目がいく。いつも美雪は校則の規定通り、ひざ下までの丈にしている。
それに比べると衣装の方はひざ上の丈なので美雪としてはやっぱ気になるのだろう。
「その……恥ずかしいからあまり見ないで」
「いや、そういう意味じゃ……ご、ごめん」
視線を飛び上がらせるように美雪のスカートから外す。
どこに目を向けたらいいか分からず視線が右往左往してしまった。
「変態」
「うわっ! ち、違いますって!」
呟くようにはっきりと俺を刺すように田中さんが後ろから言う。
思わず驚き、声が少し震える。後ろめたいことをしてるわけじゃないんだ。
「まぁまぁ、てらっちはもりもりちゃんにゾッコンだからね!」
「そ、そういうのじゃないですって! いつもと違う恰好なんでちょっと見ちゃっただけです」
「へぇ、いつもの姿って? って学生さんだっけ。制服はどんなの?」
「えっと女子はセーラー服で男子は学ランです」
「ふ~ん」
「興味ないなら聞かないでください」
「普通過ぎて」
「え~……」
制服の話に花が咲かず、田中さんの態度に理不尽さを感じる。
少しすると控室に手を叩く音が響いた。
「衣装は大丈夫? 大丈夫ならメイクしてもらってからリハーサルよ」
早瀬さんがメンバーにそうアナウンスする。
そうすると美雪も含めたメンバーの顔に緊張感が走った。




