第17輪 即興レッスン
美雪に助けを求めた女性────早瀬さんから受けた説明を要約すると
早瀬さんの所属する会社は元々貿易会社でそこそこ業績が良くなってきていた。
しかし、社長が大きな失敗をして会社の経営がガタガタに。目の前に迫った倒産の文字にやぶれかぶれになった社員達は早瀬さんが適当に提案したアイドルプロジェクトに賛同した。
何故かいい人材をスカウトし、いい曲もグッズも用意できてびっくりするほど順風満帆な状況で会社の狂乱もそこそこ収まったそうな。
しかし今日、本番を目の前にして進退をかけたアイドルグループ『のーまるん。』のセンターでありリーダーの佐藤さんが頑張り過ぎによる過労で倒れ、デビューライブの開催が危ぶまれていた。
どうしたものかとファザー牧場内をうろついてると多少の違いがあれど似ている美雪を見つけ、声をかけたという状況だ。
俺なら速攻で断る話だが、美雪は快諾した。翔太たちの方に行ってもよかったのだがプロデューサー不在だと何かと不便だろうから美雪のボディガード兼マネージャーを買って出ることにしたのだ。
確か柏藤高校は芸能活動に関しての校則はないので問題はないと思うが、念のため確認と報告のため早瀬さんは釖木と翔太と一緒に先生方のもとへ向かっている。
連絡のために各班にはプリペイド携帯が渡されていたため、先生への連絡はすぐついた。
今、俺達は例の佐藤さんの様子を見に行っている。
俺と美雪の目の前にあるベッドには佐藤さんが大人しく寝転がっていた。
『世界には自分と似た人間が3人いる』とよく言われているが驚くほど似ている。
目の大きさや細かな造形は違うがよく見ないと分からないほどだ。
しかし、まとっている雰囲気? 空気? が全く違う。この感覚はどう表現したらいいか分からない。しかし俺ならどちらがどっちか正確に答えることができる。そんな確信があった。
「プロデューサーの言った通りですね。ここまで似てるなんて」
「えっと、私も驚いてます」
どうやら本人達も驚いているようだ。
だが状況は変わらない。許可が下りるにしろ下りないにしろ、時間がない。
「そろそろメンバーの所に行かないとまずいんじゃ」
「恭平君、もう少しだけ待って」
「ん? ああ」
美雪はこちらを見ずに手だけで俺を制する。
佐藤さんも頭に疑問符を浮かべながら美雪を見る。
「その、なんというか。勢いで受けてしまってすみません。でも、どうしても助けたくて」
「いいんです。元は言えば私が体調管理を怠ったせいですから」
「事情が事情だから頑張ってしまうのは無理もないですよ」
「ありがとう。でも悔しいな」
佐藤さんの表情に始めて曇りが見える。
美雪はおもむろに佐藤さんの肩に手を置き、真剣な目を向けた。
「私は佐藤さんの代わりにはなれないです。でも私がここにいるのは何か意味があるんだと思います」
なんとなくなんですけどね。と美雪は小さくはにかんで言葉を締める。
佐藤さんは美雪の手を取って強く握りしめた。
「情けないですけど、お願いします」
「はい。全力を尽くします」
そう言って美雪は佐藤さんの手を強く握り返した。
本当にそろそろ行かないとまずそうなので美雪の服の袖を引っ張る。
「では私達はこれで」
***
少し急ぎめに他のメンバーが練習場兼待機場と利用してる施設へと向かった。
遊園地コーナーを少し歩いた場所に『グリーンスクエア』と名付けられている場所がある。そこには今回のデビューライブの特設会場が立てられていた。
その脇に簡易的な小屋が目的地だ。
早瀬さんが話を通しておいてくれたのか警備員さんはすんなりと通してくれた。
中には『大丈夫なの?』と声をかけてくる人もいたがそのたびに『他人の空似です』と返した。
『のーまるん。様控室』と張り紙がある引き戸を開けて中へ入る。中には4人ののーまるん。のメンバーらしき人がそれぞれ好きなことをして過ごしていた。
本を読んでいたり、振り付けの練習をしていたり……。
「プロデューサー! ……って佐藤、じゃない?」
入って早々、少し強めの口調が印象的な女性が美雪に声をかける。
どうやらこの女性はなんとなく別人だと感じ取ったようだ。
「えっと、佐藤さんじゃなくてすみません。その早瀬さんに声をかけられて皆さんのお手伝いをしに来ました。白守です」
「付き添いの寺川、です。早瀬さんから事情は聞いてます。時間がないようなので美ゆ──じゃなくて白守に歌と振り付け教えてもらえますか?」
俺の言葉に訝し気な視線を向ける。少しして4人は顔を見合わせた。
どうやらこちらを怪しんでいるようだ。しかし状況が状況なのか最初に美雪に声をかけた女性が頷くとそれぞれリアクションを取る。
面倒くさそうに息を吐く者、何度も頷く者。これも反応がそれぞれだ。
「とりあえず、ありがと。あたしは鈴木。サブリーダー。あんたに佐藤の代わりが務まるとは思えないけど」
芯の強さを感じさせる目が美雪を捉える。当の美雪には動じた様子は見られない。
鈴木さんからは佐藤さんとは違って活発的な印象を受ける。しなやかなバネを感じさせるような肉付きは努力の結晶なのだろう。
少し攻撃的な意思を感じさせる声だ。確かにそうだわな。いきなり来て『はい、そうですか』とはならないか。
結んでいた髪の毛に違和感があったのか、髪を解いてまた後ろに1つに結びなおした。
「高橋でっす! 鈴木ちゃんいつもあんな感じだから気にしないでねっ」
第一印象はうちのクラスのトンチンカントリオだ。なんとも頭のねじが緩んでそうな感じではある。
頭が良さそうという理由だけで付けてそうなメガネは見た感じ多分、伊達だ。
頭の真ん中辺りで結んだツインテールの先は癖毛なのかクルっとしている。
「田中。今からやっても無駄だから断ってよかったのに」
気だるげに息を吐くように言った田中さん。俺と似たような印象を受ける。
短く切られた髪をかく。『歓迎してない』というよりかは『諦めている』といったスタンスのようだ。
田中さんはとりあえず流れで自己紹介しただけのようでダルそうに立ち去ろうとする。しかし鈴木さんが咳払いすると元の場所に戻った。
「伊藤だよ~~!! ホントさっとちゃんに似てるね! どこ住み? 趣味は? 本当はさっとちゃんの生き別れの姉妹だったり??」
伊藤さんは勢いよく美雪に質問を投げかける。流石の美雪も綺麗な顔に苦笑いを浮かべた。
熊の耳を連想させるお団子は伊藤さんの印象にぴったりだ。
跳ねるように美雪の前を動き回る。この中では一番美雪に友好的かもしれない。
「鈴木さんに高橋さん。田中さんに伊藤さんですね。私なりに頑張りますのでよろしくお願いします」
美雪は勢いよくお辞儀をする。
まばらな拍手が控室に響いた。
「じゃあ、早速着替えて……えっと寺川だっけ、すぐ呼ぶから出て行って」
「え? は、はい」
鈴木さんの鋭い眼光に伸ばされたゴムのように真っ直ぐになって返事をして一旦外へ出た。
***
鈴木さんに呼ばれて入ると美雪は動きやすい格好に着替えていた。
だから俺は追い出されたわけだ。納得。
しかし、美雪は着替えを持っていなかったよな……。
「みんなとりあえず白守に教えるついでに曲のおさらいするよ」
手を叩きながら鈴木さんは仕切り始める。
美雪の周りでわいわい騒ぐ高橋さんと伊藤さん。そして少し離れたところでその様子を見ていた田中さんはそれに反応して鈴木さんのもとへ集まる。
少し遅れて美雪も集合した。
「まずは1曲目の『普通だけど普通じゃない』を聞くよ」
そう言って鈴木さんは小さなスピーカーに自分の携帯を繋いで曲を流す。
ポップで明るい曲が流れ始める。収録したもののようで個性あふれるみんなの歌声が聞こえた。音楽に詳しくはないがテレビでよく聞くアイドルの曲に引けを取らない、そう思わせる楽曲だ。自然と体でリズムを取ってしまった。
気付くと1曲目が終わってしまっていた。なんとも思っていないように繕うのが大変なほどだ。
でもよく考えるとこの曲用意したのは貿易会社なんだよな?
「次は────」
「待ってください」
鈴木さんが次の曲をかけようとすると美雪が止める。
「どったの? もりもりちゃん?」
代表するように伊藤さんが質問すると美雪は目を光らせていた。
「みんな、すごいですよ! 皆さん今まで頑張ってきたんですね! 私、あまりこういう曲聞かないんですけど聞いてて楽しいです!!」
「あ、ありがとね白守ちゃん」
「えへへー! どんなもんだい!」
「伊藤はミステイクばっか出してたでしょうが」
若干、美雪の勢いに圧倒されつつもそれぞれリアクションを返す。
やっとみんなの笑顔が見れたかもしれない。
「ふん。そういうお世辞はいいから次」
少し照れた様子だが言葉の刺々しさ、冷たさは相変わらずの田中さん。なんとなくだが彼女は少し厄介そうだ。
鈴木さんは確認するように美雪を見る。それに美雪は頷いた。
「次は『BrilliantNormal』よ」
次に流れてきた曲はかっこいい系だ。バンドの力強い演奏に負けないメンバーの歌声が強い意志を感じさせる。
さっきの曲は体で感じたいタイプだが、この曲は心でかみしめたいタイプの曲だ。
心の闇や理不尽に負けそうになるけど仲間との絆、未来への希望を胸に一歩ずつ前に進むという誓いを掲げている。
思わず目頭が熱くなってしまった。
美雪の方は────
なにやら握りこぶしを上下に上げしく振っていた。
「本当にすごいです! 痺れるってこういうこと言うんですね」
「だるいからそういうのは────!!」
さっきから悪態をついていた田中さんが目を見開いて驚きの表情を浮かべる。
無理もない。美雪の目から涙が溢れていたからだ。
純粋な感動の涙。そこに嘘は一切混じっていない。
美雪を中心に揺れる波のような感覚に俺も巻き込まれて涙を流してしまいそうだ。
田中さん以外のメンバーもあまりの出来事に固まってしまっている。
「す、すみません。私はいいですから振り付けの方、いきましょう」
感動に声を震わせながら美雪が立ち上がる。
「白守、歌詞は?」
「佐藤さん──みんなのおかげで大丈夫です。みなさんのデビューライブ絶対成功させましょう!」
鈴木さんの言葉に真っ直ぐに答える美雪。
そこにはもう涙ではなく熱く、強い意志をたたえていた。
他のメンバーは何かを確信したかのように美雪の言葉にうなずく。
────田中さん1人を除いて。
***
ここで美雪はある種の才能を見せる。
美雪に感化されたメンバーの懸命な指導もあるが美雪の飲み込みの早さが恐ろしいほどだ。
このペースならライブに間に合うかもしれない。
練習自体は順調ではある。しかし、なんというか違和感がぬぐえない。
「あたし達は当たり前だけど、白守はいい感じなのに変な感じがする」
「うちも思ってたよ。なんというかゲシュタルト崩壊じみた感じがするね~」
携帯で撮影して振り付けを確認しながら鈴木さんがぼやく。高橋さんが妙な例え方をするが何となく言いたいことは分かるような分からないような……。
「てらっち! 率直な意見欲しいなん! どう?」
「え? う~ん。お手数ですがもう一度通しで見せてもらえませんか?」
「おっけっけ~」
思い出したかのように俺に声をかけられて動揺するが、俺のお願いに伊藤さんは快諾してくれる。
伊藤さんがみんなにそのことを伝えるとこちらを向く。
「始めてもいい?」
「はい。いつでも」
頷くと鈴木さんが曲をかける。歌っていないものの笑顔は出来てるし、動きも完璧だ。
その中で目が行ったのは美雪。
違和感の中心に美雪あり、といった感じだ。動き自体は問題ない。だが、なにかおかしく感じる。
中盤にはその曖昧な感じが確信へと変わっていく。
「ど、どうかしら?」
流石にずっと練習し続けたせいかメンバーは肩で息をし始めていた。
そろそろ休憩を挟まなくては。
「すみません。うちの白守が悪いっぽいです。個人的に伝えるんで皆さん休みましょう」
「そうね。夢中になり過ぎたわ」
「ふぇ~ちかれたちかれた~」
その場にへたり込んだり、汗を拭いたりとそれぞれクールダウンさせている。
美雪を手振りで呼ぶ。
「恭平君。私が悪いって?」
「そうだな。少し言い方悪くてごめん。でも美雪、合わせすぎだ」
「それのどこが悪いの?」
まぁ、そう反応するわな。俺でも何言ってるかよく分からない。でも高橋さんの発言がヒントになった。
多分、高橋さんはこういうことを言いたかったのかもしれない。
「じゃあ、まず美雪以外の動きで気になったところは?」
「えっと序盤の辺りのここ、とここは田中さんと鈴木さんの動きが────」
「ストップ。分かった分かった」
うん。俺より把握してるな……。何というか悔しい。
全部言わせると日が暮れてしまう。
「まず、これまででそのズレに対してみんな言い合ってたか?」
「大きくズレてれば言ってたけど、それ以外はなにも言ってないかも」
「つまり、今までこれでやってきたわけだ。恐らく個性を出すためかもしれない」
俺の言葉に美雪が無言で頷く。
「んで美雪はその『ズレ』に対してどう動いた?」
「間を取るように動いて見たりしてるよ」
「それによって綺麗に見えるだろうが逆に揃い過ぎて窮屈? 気持ち悪く? 見えてるのかもな」
「なるほど……」
少し納得出来ないような様子で唸る。
俺もそうだが、美雪もこの世界のことを知らなさすぎる。だからこそ美雪なりにみんなのことを考えてやっているのだろう。
「多分、美雪が合わせるべきなのは四人じゃなくて佐藤さんなんじゃないか?」
いないのに合わせるも何もないか。変なこと言っちまったな。
「今のは意味分からないな。ごめ────」
「そうか! 恭平君ありがとう! そうだよ。こんな単純なことに気付かなかったなんて」
霧が晴れたような表情で美雪は俺の肩を激しく揺さぶる。
「ちょっと美雪落ち着けって」
「あ、ごめん」
視界が少しグラグラする……。
深呼吸をして息を整えた。美雪は少し申し訳なさそうに俺の様子をうかがっていた。
「んで、俺の言葉にどう解決の糸口を?」
「そのまんまの意味だよ! 見てて」
そう言って美雪はメンバーの元へ戻って声をかけていく。
みんなどこか不思議そうな顔をするがどうやら練習に戻っることになったようだ。
「とりあえず、白守は通しでやりたいのね?」
「はい。恭平く────じゃなくて寺川、君の言う通りでした。やってみるんで一回やってみましょう!」
メンバー全員、疑問符を浮かべている感じだ。
鈴木さんが訝しげな顔をしながら曲をかける。
するとメンバーの顔はしっかりと笑顔になった。こうしてみると流石プロ? だな、と感じる。
しばらくして俺は変化に気付く。
佐藤さんがそこにいるのだ。踊ってるところなんて見たことがないはずなのに、だ。
他のメンバーも思わず笑顔を忘れてしまうほど。それでも多少のずれ程度で済ませてるところから連度の高さがうかがえる。
「白守! 一体、休憩の間に何が?」
「すごいよすごいよもりもりちゃん!!」
「白守ちゃんが佐藤ちゃんに? いや、佐藤ちゃんが白守ちゃんに?」
控室が一気に希望に満ちたかのように明るくなる。
しかし、1人だけ舌打ちしかねないような表情をしていたのを俺は見逃さなかった。




