第16輪 他人の空似
慌ただしいゴールデンウィークも過ぎ、同じような日を何度も繰り返す日々に戻る。
先にある中間テストを見据えるにしてもどう手を付けたらいいか、と屁理屈こねる翔太に苦戦しつつも先生との賭けに勝つために1歩1歩努力を積み重ねた。
五月病患者もそこそこ調子を取り戻した頃、ついに我が学年最初の校外学習の日になった。
校外学習にしては珍しく私服での参加となっている。
今日は白にちょっとおしゃれな柄が入った半袖のティーシャツに灰色の上着を羽織った。ズボンは少し深めの色のジーンズだ。うちの班、一文字(仮)はほぼ全体を歩く予定なので小さなショルダーバッグに最低限の荷物と折り畳み式の手提げ袋を2つほど詰め込んでおいた。
はやる気持ちを抑えて集合場所の校庭に向かう。
「お、恭平氏。前より決まってるじゃないか」
「俺のお気に入りを着てみたんだ」
「白守どんとのデートだからね」
「美雪は関係ないだろ」
校庭へ向かう途中、絡んできた翔太と話しながら校庭付近にできた人混みを抜けていく。
翔太は裏地のオレンジが鮮やかなパーカーに訳の分からない英語が書かれた黒のティーシャツ、下は灰色のスウェットを履いていた。
その背には以前、釖木の家に泊まりに行った時と同じリュックを背負っている。
「こんなバラバラにみんなが散らばってると美雪が心配だな」
「白守どんなら大丈夫でしょ。なんだかんだいつも上手くやってるようだし」
「まぁ、そっか。にしても不思議なもんだよな……」
「なにがさ?」
「何とも言えない感じなんだよ。始めてみんなで昼めし食った時も完全に撒いたはずなのにすぐ見つかったし」
「へ~、単に恭平氏が単純だから分かりやすかったとかじゃなくて?」
「おいコラ」
その可能性を完全に否定できないことがムカつく。
確かに入学したてでどこに何があるかなんてほとんど分からないだろうが、それは美雪も同じ条件だ。どこを探したらいいか分からないはずなのにすぐに俺がいる所へ向かっていた。
なんか引っかかるなぁ……。
「恭平君! 林田君! こっちこっち~!」
考え事をしながら校庭に到着すると俺達を見つけた美雪が大きな声で呼びながら手を振っているのが見える。
振られている手を目印にクラスも班もごちゃごちゃな人混みを抜けて美雪の元へ到着した。
「白守どんは前と全然格好が違うね」
「ホントだ」
「え、えっと、改めて見られるとちょっと恥ずかしいな……」
美雪はもじもじして服装を隠すように縮こまってしまう。
さわやかな水色のワンピースに真っ白な大きめなツバの帽子にほぼ同じ色の、ん~っとなんだっけか……。
「肩にかかってるのはショールだっけ? いい感じだよ」
ショールというらしい。翔太にしては気が利くフォローだ。助かった。
「郷華ちゃんがセレクトだから間違いないと思うんだけど、やっぱ慣れないよ」
美雪はそう言って恥ずかしそうに身を捩る。
ふと美雪の足元の方に目が行く。ワンピースの裾に白のラインが3本ほど走っているのが分かった。
靴はおしゃれなベージュのスニーカーのようなものを履いている。舞も似たものを履いてたような気がする。フラッとシューズとか言ってたな。
普通の女子のようにおしゃれして、こうやって慣れない格好に恥じらっている美雪に違和感なんてない。
にしてもあの時の水の波紋に当たったような感覚は一体────
と人知れずに1人で先程の話題に戻っていた。
「恭平君どうしたの?」
俺の顔を覗き込むように美雪が首をかしげる。その様子を見ていると考えているのが馬鹿らしくなってきた。
いいじゃないか、美雪がどうであれ俺達の友人であることには変わりないのだから。
「……遅かったじゃない」
そう言われてもまだ時間前なんだけどな。なんて返すと怖いのでツッコまないでおく。
さっきは美雪に目がいってたので気付かなかったが、釖木もきちんと来ていたようだ。
「お嬢! 今日も決まってるね!」
「適当過ぎるコメントだな」
なんとも軽い感じで釖木の服装を褒める翔太。幼馴染なんだからもう少しちゃんと褒めて────幼馴染だからこそこんな感じなのか?
そんな釖木は少しゆったり目な暗めの黄色のティーシャツにクリーム色に近い白の下に広がるようなパンツを履いている。靴はハイヒールのかかとが低いバージョンなのでローヒールというやつだろう。
「それにしても良かったよ。みんな変なところで固まってるから白守どんが校庭まで着くか心配だって恭平氏と話してたところだよ」
「ちょっ! そこまでは言ってないだろ」
翔太の適当な言葉に驚く。確かに心配ではあったけどさ。
「そうなの? 私なら大丈夫なのに、ありがとうね」
「あ~、ん~。複雑だな……」
こそばゆいというか気恥ずかしいというか……。否定したいのだが美雪の笑顔を見るとその気が失せる。
翔太はムカつく顔してるし、釖木は変わらず無表情ではあるがなんかからかわれる感じがするし。
「……とりあえず先生の所へ行きましょ」
「そうだね。ちょうど豊島先生も待ってくれてるし」
「機嫌直しなよ恭平氏。校外学習はこれからだよ?」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
いちいちツッコんでると校外学習始まる前に力尽きてしまいそうだ。
大きくため息をついて、みんなより少し遅れて豊島先生の元へ向かう。
***
学校での点呼を終え、2度のパーキングエリア休憩を挟んだバス移動の末、目的地のファザー牧場へと到着する。
途中、先生の誘導に従わない生徒のせいでグダついたが入口すぐの広場の一角を借りての点呼も終えてやっと自由時間が始まった。
「さてと、まずはふれあいコーナーか」
「そうだね。カピバラさん楽しみだなぁ~」
そう言って美雪は俺の腕に絡みつく。思わずドキッとしてしまうが耐えた。
これは『変な輩に絡まれないための対策』と釖木が言っていた。翔太は当然無理として、釖木は『女子同士だと効果が薄い』とのことで消去法で俺になったのだ。
正直、心臓に悪い……。ふれあいコーナーまでの道はそんなに長くないのだが、倍近くに感じる。
「いや~委員長、副委員長コンビはお似合いだね~」
「……寺川、調子に乗り過ぎないように」
「あのな……」
小さくため息が出る。そういう目的じゃないって釖木が言ったんだろうが。嫌なら自分でやればよかったのに。
そうこうしているうちに最初の目的地であるふれあいコーナーにたどり着いた。
「思ったよりぞろぞろいるね」
「……亀までいるわ」
幼馴染コンビが目の前の状況に圧倒されている。
公式サイトで見たので知ってはいたが思ったよりも頭数が多かった。
密集していないが周りに気をつけながら美雪の目的であるカピバラのもとへ向かう。
サイトの説明だと座って落ち着いてるやつがいいんだっけか。
ちょうど少し先に某銘菓のような感じに座っているカピバラを見つける。
「美雪、あそこに」
「うん。落ち着いてくれてるみたいだね」
カピバラを驚かさないようにゆっくりと前から近付く。
かなり近づいた辺りでかがんで触った。ゆっくり様子を見るように背中からおしりにかけてゆっくりなでる
思ったより毛は硬い。毛が少し柔らかいたわしのような手触りだ。
「この子、全然動かないね」
「だな。おかげで撫で放題だ」
美雪は頭の方を中心に撫でている。気持ちよさそうなところを探すように手をゆっくり動かしていた。。
微笑みながら撫でるその姿はちょっとした絵画のようだ。
思わず携帯を取り出して写真を撮ってしまった。シャッター音に気付いた美雪が顔だけこちらへ向ける。
「写真撮るなら言ってよー。絶対可愛くない顔してたって」
「そ、そんなことない。ほら」
撫でる手はそのままで美雪は俺の差し出した携帯を覗く。
「やっぱ変な顔してる」
「そんなことないって」
「じゃあ、この顔はどんな顔なの?」
「…………」
「やっぱ変な顔じゃん」
「そんなことない。ちゃ、ちゃんとかか、可愛いよ」
純粋な気持ちを伝えたかったのに声がしりすぼみになってしまう。
誤魔化すようにカピバラの背中を少し強めに撫でる。
「そっか。ありがと」
そう聞こえたが恥ずかしくて美雪の顔を見ることができなかった。
「ぎゃっ!」
不意に短い悲鳴が聞こえる。聞きなれた声だ。
大声を出さないように配慮したのだろう。翔太が。
カピバラに別れを告げて声の聞こえた方向へ行くと一部の動物がイッカ所に固まっていた。
動物たちに興奮した様子は見られないので餌でも食べてるのだろう、と思ったら動物の集団から1本の腕が出ていることに気付く。
慌てて駆け付けた飼育員さんにハッとなって飼育員さんと一緒に毛玉の群れをどかして見るともみくちゃにされた翔太が出てきた。
途端に動物達は興味を無くしたようにその場を離れていく。
「何やってんだ、お前」
「え、餌買っただけなんだけどね……ごめんよ」
「それなら飼育員さんに言え」
腕を引っ張って翔太を助け起こす。翔太は俺の横にいた飼育員さんに軽く挨拶すると体中を軽く払った。
「林田君、大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。いやぁ、参ったよ」
少し離れたところで見ていた美雪がそう声をかけながらこちらへとくる。
服に異常が無いか確認しながら翔太は答えた。
「郷華ちゃんは?」
「お嬢は……あそこ」
翔太の指さしたところを見て声を失った。
「………………」
無表情で立ってる釖木が肩に立派なとさかの鶏を乗せている。
その鶏は釖木が手に持っている餌を一生懸命突いていた。
「あの子、なかなか人に懐かないんですよ。それでいつの間にか『懐いた人は何かしらでてっぺんが取れる~』なんて噂が立ってしまって今ではお客さんに『キング』なんて呼ばれちゃってるんです」
「へ、へ~」
確かに釖木は大物ではあるがここまでとは……。客内でできた都市伝説とはいえなかなか懐かない鶏を従えて? しまうのだから。
「ってすみません。すぐにお客様の肩から降ろさないと! ピーちゃん! お客様から離れて」
そう言って釖木の肩に乗っているキングことピーちゃんに掴みかかろうとする飼育員さん。
しかしピーちゃんはその手を避けるように釖木の肩から飛び降りた。その後、人を避けながらどこかへ走り去る。
「釖木、大丈夫だったか? 爪とか刺さってなかったか?」
「……別に? 肩が凝ってたからちょうど良かったわ」
「そうだね。お嬢は────」
「お前は黙ってろ」
空気の読めない発言をしようとする翔太の頭を軽く叩いて黙らせる。
「みんな満喫しただろうから次行こう!」
「そうだね。今度来たときは餌に気を付けないと」
「……キング、また会いに行くわ」
満喫したのか? と疑問符を浮かべてしまいそうだが、まぁ……満喫したか。
みんなにバレないようにさっき撮った美雪の写真を一瞬見た。
「さて、次は遊園地コーナーか」
ここまで来て行くような場所でもないだろうと思うが、みんなが行きたいと言うので予定に組み込まれた場所だ。
乗り放題のチケットなどがあったが時間の都合上、1つか2つくらいしかアトラクションに乗れないので購入しないことになった。
***
遊園地コーナーはふれあいコーナーのほぼ目と鼻の先にある。そのおかげで迷うことなくたどり着くことができた。
特に乗るものを決めていなかったがなんとなくメリーゴーランドの前に立ち止まる。
「どうしたんだい?」
「いや? なんとなく、な」
特になんでもないが自然と目が奪われる。
両親に手を振って無邪気に木馬にまたがる子供。その近くでバカ騒ぎしながら乗る高校の生徒。少し恥ずかしそうに乗るご高齢の夫婦。
それぞれの表情や人々が万華鏡のように模様を変える。
「……昔、こういうのに憧れてたわ」
「のわっ! おう、そ、そっか」
いきなり後ろからヌッと出てきたかtなぎに驚いた。
気を抜いてるときに限ってこういう出方をするから心臓に悪い。やめてくれ。
「そういえばそうだったね。せっかくだし乗ってみようよ。柏藤の生徒も見えたし大丈夫でしょ」
「うん! いいねいいね!」
と半分くらい俺のせいで最初の乗り物はメリーゴーランドに決定した。
係員さんにお金を支払って入場。それぞれ思い思いの木馬に腰を降ろす。
「ん。一緒に乗ろうよ」
「うわっ! そういうのは『いい』って言ってからだろ! 恥ずかしいな!!」
少し大きめの馬にに乗って恥ずかしさを紛らわせるように足をブラブラしてたら後ろに美雪が割り込むように前に乗ってきた。
「だって、郷華ちゃんの言ってたんだから、ね?」
「そ、そうだな」
「そろそろだよ」
なんだろうか俺だけドキドキしてるのか? と思うが体が密着してる関係で美雪の鼓動が少しだけ伝わってくる。俺とは全然テンポが違うが早さは近いような。気のせいか?
そんな考えを巡らせているとアトラクション開始のベルが鳴った。
メルヘンチックな音楽とともに木馬が、アトラクションが動き始める。
ゆっくりと上下しながら同じ場所をぐるぐると回る。あまり覚えてはいないが懐かしい気分になった。
視界の端に慌てた様子の女性がこちら? を見て駆け寄ってきている様子が見える。
気のせいだろう、と美雪が落ちないように腕を固定した。
次第に回転はゆっくりとなり、メリーゴーランドは動きを止めた。
係員のアナウンスにしたがってアトラクションの出口から出ると先程、視界に映った女性がこちらに来る。
「佐藤! 安静にしてないとダメって言ったでしょ!」
誰と間違えてるのか、女性は青ざめた顔で美雪の腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
慌てて女性の肩に手を置き、掴む。焦ってたせいか力加減をミスってしまった。女性は少し痛そうな声を上げる。
「あの、うちの委員長に何の用ですか? このご時世に人さらいですか?」
「お姉さん、この子は『佐藤』じゃなくて『白守』ですよ」
「え?」
「……とりあえず落ち着きましょう」
釖木の鶴の一声……っぽい言葉に俺達は頷いて、近くのベンチに女性を座らせて話を聞くことにした。
***
「す、すみません! 人違いでした!!」
少し携帯電話で話した後、女性は土下座をしそうな勢いで美雪に頭を下げる。
先程からだが、女性には余裕がない。焦る理由があるのだろう。
「大丈夫ですよ。お姉さん、一旦落ち着きましょう」
「そうだね。ひっひっふーですよ」
「……それはラマーズ法よ」
釖木の正確無比な平手打ちが翔太の頭を叩く。
そのおかげか女性の顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
「すみません。取り乱してしまっていて……」
改めて頭を下げた女性。少し長めの礼を済ませると改めて美雪をジッと見る。
「ん??」
「確かによく見ると佐藤より目が少し大きいわね。胸は少しパッドを入れれば────」
この女性は何を言ってるんだ?
顎に手を当てながら無いやらぶつくさ言って少し気味が悪い。
「あの、あまり美雪のことじろじろ見るのはいかがなものかと」
「えあ、そうですね。すみません」
見かねて声をかけると女性は何か決心したかのように立ち上がる。
そして美雪の正面に背筋を伸ばした。地面に当たるんではないかというくらいの勢いで頭を下げる。
「白守さん。私達を助けてくれませんか?!」
「へ?」
頭を下げられた張本人は戸惑いの声をあげるだけだった。




