第15輪 唐突な初バイト
「明日からゴールデンウィークなわけだが、なんかするのか?」
ゴールデンウィーク前日の昼休み、いつもの階段上で話題に一区切りついたところでみんなに聞いてみた。
三者三様ではあるが難色を示す。
「ゴールデンウィークは家の手伝いで忙しくて」
「……家の都合で空いてないわ」
「僕はアニメ鑑賞が────」
翔太に俺達の視線が向けられる。圧に負けたのか翔太は手振りで落ち着くように促す。
「分かってるから、ちゃんと勉強もするよ。でもせっかくのゴールデンウィークなんだし少しくらいいいでしょ?」
「『少し』とかいってアニメの比率が高くなりそうだが」
「……寺川にしては勘がいいじゃない」
「信用なさすぎるなぁ……」
まぁ、普段の行いというか翔太の性格というか。心配な要素が多すぎる。しかし。
「確かにせっかくのゴールデンウィークだし、やってるかどうか確認するのはこっちにとっても手間だ。ここは信用して自由に過ごさせてやろう」
「そうだね。林田君を信じた方が友達として正解だもんね!」
「……だそうよ。林田」
「わ、分かったって。ここまで言ってくれるなら僕なりに努力するよ」
翔太はバツの悪そうな顔をしながら後頭部を少し強めにかく。
どちらかというと信用して内部類に入るのだが、美雪と釖木が用事となると監視出来るのが俺だけになってしまう。すると面倒なことになるので放っておくことにしたのだが……。
恐るべし美雪。
「そうなると俺は暇になるな……。何しよう」
「私の手伝い来る?」
「う~ん。接客だっけ? 俺じゃきつくないか?」
「そう? 恭平君なら大丈夫だと思うけど。嫌なら大丈夫だから」
和菓子屋なら立ち寄る人も増えるだろうし万が一、美雪の家の人に迷惑をかけてしまったら責任の取りようがない。
「……ならうちの臨時の執事でもやる?」
「命がいくつあっても足りなさそうだからパスで」
主に料理絡みで。
「……そう、刺激的な体験させてあげられたのに」
「絶対ヤバそうだからパス」
「……あら残念」
釖木は残念そうな表情(に見える)で引き下がった。
流れ的に次は────
「じゃあ、僕と────」
「却下」
「なんでさ!?」
「どうせお前のアニメ鑑賞に付き合わされるんだろ?」
「それのどこが嫌なのさ」
外国のコメディみたいに大げさにリアクションする翔太。あのな……。
「興味のないものに付き合わされるこっちの身にもなってみろ!」
「勉強を強要してる恭平氏が言えたことじゃないよね?!」
「それは結果的に翔太のためにもあるだろ。色々な意味で」
「ぐぬぬぬ……」
心から悔しそうな顔をして翔太を引き下がる。
一文字(仮)の同好会化は俺達のとりあえずの目標だ。結成には俺と翔太の頑張りが必須。まぁ、俺はほとんど問題ないがだからといって翔太が頑張らなくてもいい理由にはならない。
もしも俺に何かあったら翔太の力が必要になる。
「とりあえず適当に教科書パラパラ見るか」
ため息混じりに呟く。一応、同好会の話は俺にも関係あるし、そうするしかないか。
***
「暇だぁ~」
ゴールデンウィーク初日の昼下がり。俺の部屋を少し大きな独り言が振るわす。
午前に惰眠を貪り、教科書はテスト範囲になりそうなところは軽く見た。
やることが半日ちょっとで終わってしまった。
それを誰もいない部屋で言ってもしょうがないし、このままだと体中からカビが生えそうだ。
息を大きく吐いて部屋着を脱ぎ散らかして着替える。
こういう時は外に出るに限る。
***
足の向かうままに家の近所にある商店街、小門通りにやってきた。
俺が幼稚園生かそこら辺なの頃はそこそこ活気があった記憶があるが、今はその活気は失われつつある。
そのせいか、たまに来ると新しい店が出来てたりする。なので気が向いたら見に行くようにしていた。
八百屋にちょっとしたスーパー、オーダーメイドの服やなどなどここはあまり変わっていないようだ。
少し歩くと十字路に出た。
真っ直ぐ行くともう商店街の外になってしまうのでいかないとして。右に行くとこの商店街の延長線上に小さな山、『亜真山』がある。麓にはちょっと洒落た喫茶店があるのでそこで一服すのも悪くない。しかし先日のファミレスの出費は痛かったので我慢しよう。
ってことは左だな。
左はそのまま行くと一回ずつ信号と踏切を挟むがそのまま駅前に行けるコースだ。
入れ替えも多めのエリアなので今日の暇つぶしをするにはちょうど良さそうだな。
といっても曲がったところから踏切までの間には変化はなさそうかな?
ちょうど曲がったところと踏切の中間地点にある和菓子屋の前で足を止めた。
釖木の家で勉強してた時、食べたおはぎ美味しかったなぁ。なんて思って店の入り口を見ると『休憩中』の文字があった。
休憩中なら仕方ないか。少ししたら開くだろうからその時にでも────
「すみません。立て込んでましてまだ休憩中に……って恭平君!?」
その場を去ろうとすると聞き覚えのある声で名前を呼ばれる。この呼び方は間違いない。
「美雪?! なんでこんなところに?」
と言ったものの美雪が持っているバットみたいなのには『和菓子 白や』と書かれている。
つまりここは美雪の親がやってる和菓子屋ってことか。
「ってか立て込んでるってどうしたのさ?」
「それがね。お手伝いの人がぎっくり腰になっちゃって急遽お店閉めるかどうかお父さんとお母さんが話し合ってって」
「そうか……」
美雪が学校で『忙しい』と言うレベル。それが意味するのは収入的な理由で臨時休業にするのは危険なのだろう。
「あのさ、恭平君」
「ん? なんだ?」
「恭平君が良ければやっぱ手伝って欲しいなって」
「あー」
接客が嫌だみたいなことを言ってしまった手前、素直に首を縦に振ることができない。
口から母音しか出せなくなりながら考え込んでしまった。
結果だけ言おう。暇なうえに事情を知ってしまったので断ることは出来なかった。
それに美雪は恩人だ。NOと言う奴がいるだろうか。
***
裏口からお店の中へ通してもらう。
「家、ではないんだな」
「そうだね。簡単に寝泊り出来る場所はあるけど、休憩か忙しい時期にお父さんくらいしか使わないの」
売り場と和菓子を作るための機会が大半を占めているようだ。
「ごめん恭平君。ここで手洗ってもらっていい?」
「もちろん。そんな謝らないでくれ」
裏口入ってすぐある水道で手を洗う。丁寧にも手の洗い方のポスターが貼ってあったのでそれに従った。
「さっき言ってた部屋にお父さんとお母さんがいるから」
「あ、ああ」
なんでだろう。釖木の両親に会うときにはこんな緊張してなかったのに、心臓がバクバクいってる。
階段を登る一歩一歩が重い。
「お、お父さん。お母さん」
「お、美雪片付けありがとな」
「お茶でも飲みましょ、ね?」
上がり切ると美雪は部屋を覗く形で中にいる人と会話をしている。
中から聞こえる男性と女性の声は美雪の両親だろう。
「その前に恭平君入って良いよ」
「君……だと?」
「あなた落ち着いて」
もう入りたくないんだが……。でも手伝うと決めたからには行くしかない。
足がすくんでなかなか一歩が踏み出せないでいると美雪が少し強めに俺の腕を引っ張る。
部屋に入ると美雪の両親らしき人がこちらを見ていた。
美雪のお父さんと思われる人はやせ形で少し弱々しそうな印象があるが芯の強さが伝わる目をしている。美雪のお母さんと思われる人は少し肉付きがよく、のんびりとした雰囲気を感じさせる。美雪ほどではないが長い髪を後ろに束ねていた。
「お、お邪魔します~。えっと普段、美雪さんと仲良くしてもらってる寺川です」
震えそうなになる喉ををどうにか抑えて声を出す。
想像していた反応とは違かった。
美雪の両親は驚いたような目で俺を────厳密には美雪が掴んでいる俺の腕を見ている。
ああ、そっか。美雪の事情については本人の次くらいに詳しい人達だったわ。だから驚いてるんだ。
「なるほどな。君が娘の話してた子か」
「あらあら~」
なんとも複雑そうに美雪父は声を出す。反対に美雪母は頬に手を当ててくねくねしている。
思ったよりは歓迎……されてるのか?
「こんな緊急時にその友人がどうしたんだ? もしかして」
「ち、違うよ! 偶然店の前で会ったからお手伝いお願いしたの!! 私が触っても大丈夫な人だからマツさんの代わりになるでしょ?」
「いいじゃない哲君。これで仕事出来るわよ」
「う~ん……背に腹は代えられない、か」
腕を組んでこれまた複雑そうな表情を浮かべて唸る美雪父。
決心したように鼻から息を出した。
「そんなにバイト代出せないかもしれないがいいか?」
「いえいえ、気にしないでくださいよ。ちょうど暇だったんで」
そんなわけでいきなり俺の人生初のバイトが始まるのだった。
***
さっき白守親子と話していた部屋で服を着替える。
今回は美雪父────哲夫さんの予備のショップコート?を借りた。少し動きづらいが普通の動きをするには支障はない。エプロンを腰に、バンダナを頭に巻いて恰好はこれでいいだろう。
慣れない服装に期待と不安に包まれていると部屋の戸を叩く音がする。
「恭平君、着替え終わった?」
「おう」
そう答えると美雪が入ってきた。
入ってくるなりこちらを見てほおを緩めている。
「えっと美雪? どうした?」
「あ、いや、何でもないよ。お父さん達がお仕事の説明してくれるから降りてきて」
「オッケー」
美雪についていって階段を下りる。
ちょうど外から見えてたカウンターの後ろだ。
「とりあえず、恭平ちゃんはレジと商品を詰めるのお願いね。包み方は合間合間に少しずつね」
「はい」
『恭平ちゃん』って……っとツッコみたいがあっちは非常事態で真剣だろうから茶化すようなことは言わないでおこう。
レジの操作の仕方と商品の取り方、詰め方を説明してくれた。とりあえず、レジはスバールバルトリプルツイスト式で何とかなりそうだ。商品の詰め方は実践あるのみだ。
「佳純に手は出すなよ」
「いや、出しませんよ!」
奥から通る声で哲夫さんがそう言う。思わず焦って返しまう。
哲夫さんと美雪は奥で商品を作る役割だそうだ。美雪の事情を考慮するとそうなるか。
「え~お母さんは歓迎よ」
「お、お母さん!」
今度は焦った美雪の声が聞こえる。俺の口からは乾いた笑いが出た。
「冗談よ。美雪の恭平ちゃんを取るわけないじゃない」
「そんなんじゃないから!」
佳純さんの言葉で美雪が口とがらせてしまっている。
そういう俺も焦りにも恥ずかしさにも似た気分になった。
どこか訝しげにこちらを見る哲夫さんは心臓に悪いので見なかったことにする。
「じゃあ、開店するぞ」
談笑して場が少し和むと奥から出てきた哲夫さんが暖簾を表に出して入り口横にある看板をひっくり返して『営業中』にする。
すでに待っているお客さんがガラス越しに見えていた。
***
俺の人生初のバイトは予想以上に忙しかった。
なんとかレジのやり方を理解しておいて正解だった。今、俺はお客さんとお金のやり取りをするマシーンと化している。
失礼な気がするが忙しいとは言っててもそこまでとは思わなかった。レジを打つ手がもつれてしまいそうだ。
「恭平ちゃん大丈夫?」
「な、なんとか。でも詰め込みが間に合わなくなりそうです!」
「よく言ったわね。美雪、恭平ちゃんをお願い」
「うん。分かった」
奥から美雪が早歩きで向かってくる。俺の手からフードパックを受け取った。
「恭平君、オーダーは覚えてる?」
「こしあん、きなこのおはぎ3にみたらし6本」
「ありがとう。もう少ししたらひと段落付くから踏ん張ってね」
「ああ。ありがとう」
他の注文と混同しないうちにレジを打ち込んで会計をする。
ちょうどお釣りを渡した辺りで美雪が入れ終わった容器を渡してくれた。
その様子を見ていたおばちゃんが眩しいものを見るような目で話しかけてくる。
「新顔のお兄ちゃん。美雪ちゃんと息ぴったりね」
「いや、まだ出会ったばかりですけどね」
「あら、そうかしら?何年か前には出会ってるような貫禄よ!」
俺の肩を軽く叩くと手を振って店から出て行った。
慣れない接客に疲労を覚えながら次のお客さんの対応に入る。
「考えておいてよかったわ『新人フォーメーション』!」
「だね! 役に立ったね。お母さん!」
普段暇なのかな? と邪推してしまいそうだが何とか抑え込む。
白髪の合間からきらりと光る逃避が見えるお爺さんがカウンター越しに俺の前に立つ。
「葛餅1つにこし餡団子を10本。それと佳純さんのスリーサイズ」
「ボンキュッボンよ~」
おじいさんの言葉に反応して佳純さんがセクシーポーズをする。
店内に男性陣と佳純さんの笑い声が響く。その傍ら俺と美雪と哲夫さんを含め女性陣は冷ややかな目で見ていた。
あまりにもくだらないので思わず小さく笑ってしまった。
「おう、兄ちゃんもいい顔で笑うじゃねぇか。その調子でな」
俺に向かって大きく手を上げて小さく振って(セクハラ)おじいさんは店を後にする。
もしかして緊張してる俺を笑わせようとしてくれたのか?
「あんのじーさん性懲りもなく佳純にセクハラしやがって……」
そうでもないみたいだ。ただのセクハラじーさんだったか。
***
「さて、これで終わりだな」
お客さんも来なくなり、一通り掃除が終わると哲夫さんが最後の器具を片付けながらそう言った。
途端に緊張の糸が緩み、空気の抜けた風船のようにへたり込んだ。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様、恭平君」
「流石ね、委員長と副委員長!」
「もー、からかわないでよぉ」
やはり何度もこの状況を経験してる白守家は余裕がありそうだ。
このままへたり込んでては格好がつかないのでバンダナを外しながら立ち上がる。
「恭平ちゃん。お礼も兼ねてうちでご飯食べてく?」
「あー」
そんな時間ではあるが急遽バイトをすることを親に連絡していないし、この時間だと多分、俺の分も晩御飯は作られているだろうな。
「いや、今日は親に連絡してなかったので大丈夫です」
「あらら残念」
少し残念そうに佳純さんは言ってくれた。連絡しなかった俺が悪かったわけだからなんか罪悪感を感じる。
「さて、今日は寺川が来てくれたからいいけど、明日からどうしようか」
「ぎっくり腰じゃマツさんはダメだろうからね」
「うん。今日みたいに恭平君が偶然来てくれるわけじゃないからね」
唐突に家族会議が始まる。黙って帰るわけにもいかないので様子を見守る。
考え込む白守家の視線が俺に向けられた。まさか、ね。
「恭平君。明日って予定ある?」
「ま、そうなるよな……」
もちろん、こんな夜遅くから募集しても来てくれる人なんていないだろう。
来たとしてもまた1から教えるのは大変だろうし、すぐ戦力なる人材の確保は難しい。
なら店員(娘)と面識もあるし、少しでも仕事を経験した人がいた方がいいのだろう。
なにより断り辛い。
結果、ゴールデンウィークの最終日以外は『白や』でお手伝いすることとなった。
高校1年目のゴールデンウィークは疲労困憊ではあったが刺激と良い経験に恵まれたものだった。




