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第1輪 邂逅と破綻

 自転車を押しながら指定された駐輪スペースへ向かう。

 通常の鍵とロックチェーンの鍵を閉める。これで大丈夫だろう。入学早々自転車を盗られて目立つこともない。

 同じ新生徒の間を上手く避けながら昇降口へと向かう。


 ここでも同じ出身校の人同士であろう人が固まって話していた。

 中にはぎこちない印象を受ける連中もいた。前の学校で何かあったのかな?

 なんて余計な詮索を内心しながら昇降口前に立てられた簡易的な掲示板を眺める。


 俺の所属はっと……。

 寺川恭平てらかわきょうへい、寺川恭平っと────あった。

 1年2組の22番。気持ち悪い数字の並びだな。2年になっても同じ組、同じ出席番号だったら笑うぞ。


 と思い、内心で小さく笑う。

 さて、と組と出席番号さえわかればあとは──────


「キャッ!」


 昇降口に向かおうと体の向きを変えた時、女子生徒に当たってしまった。

 普通に考えればクラスを確認するためにここには人が密集するんだからもう少し周りに気を使うべきだった。


「ごめん」

「いえ、私も────」


 短く謝って女子の返事を聞く前にその場を去る。

 顔も見ずに行ったから後で声もかけられることもない。だろう。多分。

 ぶつかってごめんな。

 内心で改めて謝り昇降口に入る。


 ***


「ふう……」


 指定された自分の席に付き、一息つく。

 校舎内に入ったら丁寧に教室まで案内があったので迷うことなく自分のクラスに着いた。

 道中、同じ新入生以外にも先輩らしき人も見かけた。「~先輩の兄弟」だかなんか騒いでたり、「あの子かわいい」なんて言ってた人もいた。本当に平均以上の偏差値の学校なのか?と疑問を抱くほどであった。

 まぁ、俺には関係ないけどな。と内心呟く。

 予定通りであればもうすぐ────


「ほらぁ、座れ」


 そう言いながら中年男性が入ってくる。

 もちろんだが生徒ではない。このクラスの担任、豊川先生だ。

 白髪交じりの黒髪でスーツをそれっぽく着こなしてる。


「じゃあ、まずは入学式の流れを────」


 新年度お決まりっぽい説明が始まる。

 俺はそれをBGMにしながら机に置いてあった書類に目を通す。そこには明日の持ち物や何をするか書いてあった。先生自身が作ったであろう自己紹介が書かれた紙にはダジャレらしきものが所々目立ったが無視した。なるほど、そういう人か……。

 豊川英紳とよかわえいしん先生ね。名前に『会』や『組』を付けるとそれっぽいな。(株)でも面白いな。なんて失礼なことを考える。

 座席表もあったので適当に目を通す。やはり、知らない人ばかりだ。ヨシ。


「じゃあ、廊下に出席番号順に二列に並べよ~」


 話の内容をまともに聞くこともないまま説明は終わり、先生がそう言って廊下へと誘導し始める。

 席を立ち、軽く首を鳴らして廊下に並ぶ。


 新しい風が響く廊下を俺の小さいあくびが少しだけ揺らす。


 ***


「じゃあ、書類を忘れないように。自転車通学のやつは特にな」


 入学式が終わり、軽めの伝達を済ませ先生がそう締める。

 出席番号1番の生徒が号令をかけさせられて、それぞれ頭を下げた。

 挨拶の後すぐに書類をファイルに突っ込み、カバンに入れる。これでとりあえず、初日は問題なく──────


「寺川君────だっけ?」

「へ? あ、ああ」


 隣から声に間の抜けた声で返してしまう。

 声のした方を見る。


 そこには美少女がいた。比喩ではない。そこにある真実であった。

 きちんと手入れされてると思われる髪の毛は真っ直ぐな清流を想像させるほど美しい。こちらを見る目は曇りのない綺麗な黒。闇というより宝石と例えた方がいいほどだ。

 そしてなぜか一瞬、世界が水没したような感覚がした。


 『傾国の美女』なんて言葉があるが将来、そうなるであろうという確信を持ってしまうほどだ。

 っと見惚れてる場合じゃない。


「えっと、白守さん? だっけか。なにか?」

「なんで名前……。あ、座席表か」

「ま、まぁね」


 お隣の白守美雪しらもりみゆきさんが可愛く小首を傾げるが座席表の存在には気付いていたようだ。良かった。気付いてなかったら俺がストーカーか何かと間違われてたぞ。


「寺川君も同じ中学校だった人がいないのかなって」

「え? ああ、まぁね。なんでそう思ったの?」

「ずっと誰とも話してなかったからさ」


 へいへい。どうせ俺はボッチですよ。なんて悪態をつくわけにもいかないので、それっぽい表情を貼り付けて会話を続ける。


「そうだよ。困ったもんだよ」


 本当はそれで助かってるが困ってるふりをする。なに、序盤の席替えまでの関係だ、と考えていると────

 嫉妬や怒りのこもった視線を感じた。


 クラスの一部男子がこちらを見ている。その視線だ。

 当たり前だ。驚くほどの美少女なんだから入学式前から目立つのが普通。ましてや彼女候補として目を付ける奴がいてもおかしくない。

 それに声をかけられた男なんて格好の餌じゃないか……。やばい。切り抜けなくちゃ。


「私もちょうど一緒の学校だった人がいなくて────」

「そんなことより、白守さんと話したい人がいるっぽいよ。俺なんかよりもその人達の方が……」


 と話を遮り、視線を向けてた男子を見る。

 白守さんが俺の見た方に目を向けると男子どもは顔を逸らす。そうするんならこっち睨むなよ……。

 内心ため息をついてると白守さんがこちらに顔を戻す。そして話の続きをしようとした瞬間、


「そうだよ。こんな地味な奴なんかよりも俺と話そうぜ」


 来た。世間でいうところの陽キャと言われる人間が白守さんの肩を叩きそう言う。

 俺が地味であることは自覚しているがそう嫌味ったらしく言われると腹立つな。でもこれで変に目立つこともないだろう。


 しかし、この後俺が予想しえなかった事態が起こる。


「──────」


 男子が触れた瞬間、白守さんが言葉を失い、うつむいて震え始めたのだ。それは極寒の地にいるように。なにかの衝動を抑えるように。

 次第に震えが大きくなり、垂れ下がってる髪の毛の間からでも分かるほど顔が青ざめている。

 これはヤバい。それはクラスの人達も感じたようだ。


「白守さん大丈夫?! どうしたの?」

「お、俺は何もしてないぞ!」

「とりあえず保健室────どこだっけ?」

「せ、先生だ。先生を呼ぼう!!」


 それぞれがパニックになりながらも白守さんを助けようと思い思いの行動をし始める。声をかけた男子はただただ戸惑っていた。

 その中、俺はその騒ぎに乗じて逃げるように帰った。

 なぜか右腕の古傷がうずいた。これは中学生特有のそれではない。昔に負った傷なのだがあまり覚えてない。その時、気絶してたかなんかだった気がする。


 思わぬ形だが、これで俺の印象は薄れてくれるだろう。

 何もできなかった罪悪感と逃げ切れた安心感が混ざり合った複雑な気持ちだ。寝て忘れよう。


 ***


「昨日はごめんね。驚いたでしょ?」


 翌日になり、提出書類の準備をしていると気まずそうに白守さんが声をかけてきた。

 確かに驚いたが俺は騒ぎに乗じて逃げ帰ったんだ。なにも謝られる理由はない。


「大丈夫だよ。それよりもまた昨日みたいになったら大変だろ? あまり話さない方がいいんじゃないか?」

「いや、それはね」


 白守さんが話をしようとすると教室の扉が開かれ、豊川先生が入ってきた。

 一部のクラスメイトはそれを合図に急いで席に着いた。


「ほら、まだ立ってるやつ席に着け~」


 話し込んでいるクラスメイトに着席を促し、それを見守る。


「そうだ。白守、昨日は大丈夫だったか?」

「は、はい。その節はご迷惑おかけしました」

「というわけだ。白守には事情があるから男子は白守に触らないようにな」


 訳の分かってないクラスメイト半分、残念そうな返事中するクラスメイト半分と言った感じか。その中、俺は納得がいっていた。

 新しい環境に慣れてないせいだと思っていたが、なるほどね。男性恐怖症みたいなものか。

 先生が詳細を語らなかったのだからそういう関係のものだろうと推察していた。

 じゃあ、なおさら白守おとなりさんとは関わらない方がいいわけだ。隣なのがネックだがそこはお互い気を付けていけばいい。


「気を取り直して自己紹介に入ろう」


 場の空気を変えるためか先生が何度か手を鳴らしてそう言う。

 入学2日目恒例行事、自己紹介が始まった。


 ***


 例の少女、白守さんはそこそこ良い女子中からわざわざ進学してきたようだ。そのまま高等部に行けただろうになんでだろ?

 自己紹介の中で改めて昨日のことを謝り、詳細を話さないもののごく一部を除いて男性に触れられないことを説明し自己紹介を進めた。

 俺はまぁ、無難にこなしましたよ。無難が一番よ。


「じゃぁ……次はクラスの役職決めだな」


 自己紹介が終わると豊川先生は手元の紙を確認しながらそう言う。

 黒板にクラス役職名と定員を書き始めた。

 もちろん、ここでも目立たないようにクラス委員長、副委員長以外を狙う。できればそれっぽく流せる定員1~2人のものがベストだ。

 環境整備なんて良さそうだ。そこにしよう。


「まず、クラス委員長は誰がする?」


 教室の端にイスを置き、腰を掛けた先生。その声掛けにワンテンポ遅れて白守さんが手を挙げる。

 いや、それはまずいんじゃないか? と思い先生の様子をうかがう。

 考えるそぶりを見せながらコンマ数秒から1秒くらいで先生は口を開く。


「クラス委員長は力仕事も少しある。だから白守が委員長をする場合、副委員長は男子の方がいい。だから白守はやめた方がいいんじゃないか?」


 先生は言葉を選ぶようにそう言った。

 そうなるだろうな。先生としては白守さんが男子と接触する機会を減らしたいはずだ。なら委員長は特にだめだろう。

 だが、一応なのだろうか白守さんに黒板に名前を書くように促し、白守さんは委員長の枠に自分の名前を書き込む。


「誰か白守の代わりに委員長やってくれる奴いるか?」


 と先生は呼びかけるが誰も手を挙げようとしない。序盤は特に雑用が多いのは分かっているのだろう。

 多分、この後すぐに仕事があるだろうし。


 『誰かやれよ』といった空気は思ったよりも早く終息した。

 意外にもその沈黙を破ったのは例の白守さんだ。


「その、私が触れる男子、います」


 そう言い、壇上からこちらを指をさす。

 誰だろうと後ろを振り返ると後ろの席の女子が『は?』と言いたげな視線で睨んできた。

 申し訳なさそうに前に視線を戻す。


「寺川、とりあえず前に」


 先生の一言に俺は内心焦っていた。

 さすがにまずい。なんだこの漫画チックな展開は。やめてくれ。

 どう切り抜けるか。どんな言い訳をすればいいのか考えていると。


「寺川」


 先程より低めの声で先生が俺を指名する。

 力なく立ってトボトボと前に出る。夢なら覚めてくれ……。


「白守、本当に寺川には触れるのか?」

「はい」


 先生がそう確認すると白守さんは言葉でも首でもしっかり肯定した。

 マジかよ。


「じゃぁ、証明できるか?」

「はい。寺川君。ジッとしててね?」

「え? いや……うん」


 流れ的に否定もできないのでとりあえず返事をしてしまった。

 これは本当にまずい。困った。

 視界の端には昨日、白守さんに声をかけた男子が申し訳なさそうに縮こまっていた。


 ここでわざとこちらから強めに当たって拒否反応? を起こすべきなのか? いや、それはよくない。白守さんが昨日のような状態になってしまうのはクラスメイトや先生はもちろん、俺も望んでいないことだ。それに白守さんのそういう恐怖を利用して逃げるのは人としてどうなのかと思う。

 なら、白守さんが自分から触った結果『昨日のような状態になってダメでした』となる確率に賭ける方が最善だ。

 いるのかいないのか分からない神に祈るように固まる。クラスメイト達の視線的に注目は白守さんの手に向かっているようだ。

 心臓音のサウンドエフェクトでも入りそうな雰囲気の中、思ったよりも強めなタッチで触られた。そしてギュッと腕を掴まれた。


 クラス内にどよめきが走る。

 恐る恐る、白守さんのいる方向を見ると昨日のような状態の白守さんはいなかった。

 制服越しに白守さんの体温を感じる。なぜか俺の脈拍に呼応するように腕の古傷が小さく主張した。


「分かった。じゃあ、副委員長は寺川で」


 そう告げられた瞬間、俺の中の何かが音を立てて崩れ去った。声を上げることすらできず、委員会決めは進む。

 この後、俺はクラスメイトの名前を黒板に書き込むだけの存在と化していた。

 ほとんど記憶が残っていなかった。


 俺の平穏な学校生活が……。

 『クラスのヒロイン的な存在に右腕として指名されて、しかもクラスで唯一触れる男子である』その事実だけで目立つには充分過ぎる。

 いくら考えても1年生である間に目立たなくなることはない。という結論しか出てこない。

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