第11輪 思い出への投資
「んでね、あれが膨らんで驚いたよ」
「んなわけないだろう」
「お待たせしました」
雑談していること10分ほど、さっき注文を受けてくれた店員さんが料理を運んできてくれた。
サラダから揚げ物系、ちょっとしたパン類等々6人用のテーブルを約半分埋めるほどの料理が並んだ。
「ではごゆっくりお過ごしください」
ペコリと頭を下げて店員さんは逃げるように店の奥に行ってしまう。
さっきのことをまだ気にしているのか? 俺以外、気付いてなかったようだが。
それはともかく。
「サイドにしては頼み過ぎじゃね?」
これ全部食べたらメイン食べられないくらいの量が並んでいる。もしかしてさっき、シェアがどうだか言ってたのって……。
「私もあまりこういうところで食べないから、どんなのか気になっちゃって」
「……シェアするからいいじゃない」
食べ盛りの男子がいるからってことね。これだけなら食べきれないことはないだろう。これだけなら、な。
「いいのかい? 流石、お嬢に委員長! 太っ腹!!」
「あのな……」
分かりやすく目を輝かせる翔太。このままだと全部食いかねない勢いだ。
「分けてくれるとは言ってくれたが遠慮はしろよ。お前だって人に楽しみを取られたくないだろ?」
「分かってるって、ちょっとしたジョークじゃないか」
翔太に釘を刺している間に釖木と美雪は気になった物を小皿に取り始めていた。
「……これも面白そうだわ」
「でも、私たち頼んでないよね?」
「ああ、そのポテトは俺が頼んだやつだな。そっちも分けてくれるからそっちも食ってくれ」
「うん! ありがとう」
「……寺川にしては……いえ、ありがとう」
素直な感謝と素直ではない感謝を受け取り、俺も美雪たちと同じように小皿にいれる料理を選ぶ。
そこには1つ違和感のあるものがあった。
「ガーリックトースト?」
「あ、それは僕が頼んだやつ」
そう言って翔太はガーリックトーストの一部をちぎって小皿に盛る。
「翔太お前、この後人んち行くんだぞ?」
「僕もシェアするから気にしないで」
いや、そういうことでは……。多分、家の人もいるだろうし挨拶しないとだろ。
でも釖木とは幼馴染だから会ったことがあったりするのか?
こいつを気にしてたらキリがない。早く食べないとせっかくの料理が台無しだ。
サラダを少々、小さな骨付きのチキン、ポテトを小皿に盛ってっと、まずはこのくらいか。
「じゃあ、食べようか」
「……待って、その前に」
美雪が音頭を取ろうとすると釖木が止める。
なにかと待っていると少し恥ずかしそうに(見えるだけ)釖木が口を開く。
「……今日は私のワガママに付き合ってくれてありがとう」
「お嬢……」
さっきまでフォークを持って待ちきれない様子だった翔太が嬉しそうに釖木を見ていた。
美雪は控えめな笑顔で釖木を見つめる。
「このくらいなら付き合うぞ。友達なんだし」
「そうだよ! 私、いつでも付き合うから」
なごやかな空気がこの先に流れる。この雰囲気がこのまま続けばいいなと願うばかりだ。
「……気を取り直して、一文字(仮)の今後の発展を祈って」
「かんぱーい!」
『いただきます』
翔太だけがコップを高らかに掲げて別のことを言った。
座っているのにズッコケそうになるとみんなが笑う。
「いや、お嬢のセリフ的に乾杯でしょ?」
「え~、なんでよ。いつもは乾杯って言わないじゃん」
「だな」
「……ええ、今回はしょー、林田がおかしいわ」
「そんなぁ~……」
いつものように翔太が泣きそうな顔になったところで食事は始まった。
***
「んでさ、翔太お前、何飲んでるんだ?」
「ん? あ、これ?」
サイドメニューがあっという間に半分以上無くなった頃、翔太の飲んでいる物がおかしいことに気付いた。
その疑問をぶつけると翔太はにやりと笑う。
「飲んでみ?」
翔太は持っているコップを差し出し、そう言ってきた。
別に間接キスとかは気にしないが、漂ってくる臭いから嫌な予感しかしない。
意を決してコップを受け取りほんの少しだけ謎の液体を口に含む。
「まっずっっっ!!」
甘みと酸味、妙な風味に土台のようにがっしりとした苦みが舌を狂わす。
鼻を抜ける臭いは花の香りが充満した部屋に雑巾のしぼり汁をぶちまけたような混沌。
いくら語彙力のある人間でも『まずい』としか言えないだろう。
「でしょ? これはなかなか傑作だよ」
「これ、なんだ?」
「色々混ぜたよ。コーヒーにメロンソーダ、えっと紅茶のティーバッグでしょ、ミルクとシロップとレモンも入れたよ」
「ガキかお前は?!」
まさかとは思ったが、本当にドリンクバーの飲み物を混ぜる奴がいるとは……。噂は本当なんだな。
「でも、お嬢の殺人料理よりはマシでしょ?」
「命の危険を感じないからな……」
比較する対象がおかしい。これを猫のひっかきとするならば釖木の殺人料理は死神の鎌だ。
「……なにかしら?」
「な、ナンデモアリマセン」
「お嬢、ステイステイ!」
美雪との会話に夢中になってると思って油断した。普通に考えればほぼ目の前にいるんだから丸聞こえじゃないか。
一応、公共の場ということなのか釖木の手から殺人料理が出てくることはなかった。
「お待たせしました」
ちょうどいいタイミングで店員さんが次の料理を運んできてくれる。
今度は主食なので皿の数は先程より圧倒的に少ない。
俺の前に運ばれたのはカルボナーラだ。せっかくなので今日は少し贅沢をして半熟卵も付けてみた。
んでだ。
「翔太、またニンニクか?」
「え? いいじゃんいいじゃん。恭平氏も食べる?」
「いや、いい」
お隣である翔太の前に並べられたのはニンニクたっぷりのペペロンチーノにニンニクの香りがしっかりついてるオリーブオイルに浸ってる何か。それがどんなに美味しいものでも食べる気はしないが……。
「恭平君、そのカルボナーラ少し分けてよ」
「いいぞ」
俺の許可を得ると美雪は少し身を乗り出して俺の皿からパスタを一巻き持っていく。
すると美雪は自分の皿を前に出してくる。
「恭平君もどうぞ」
「別にいいんだけど、貰っておくよ」
せっかくの厚意なので俺も一巻きほど美雪の和風スパゲッティを貰った。
なんというか予想通りのチョイスで安心してる俺がいる。
「あれ? みんな、僕の取らないの? ねぇってば!」
俺と美雪のやり取りを見ていた翔太が羨ましそうに騒ぎ始める。
無視してカルボナーラの濃厚なクリームの味を楽しむ。いや、だからな。この後、人んち行くのにそれは食えんだろうが、と心の中でツッコんでおく。
女子陣も似たような考えなのか美雪は釖木に困ったような表情を向けていた。釖木はそれに対してゆっくりと首を横に振る。
「そういえばさ、釖木的にここの料理、口に合うの?」
「……ええ。むしろこの安さでこのクオリティに驚かされたわ」
バカを無視してふと思ったことを聞くと予想とは違う返答が返ってくる。
口に合わなければせっかくの食事も台無しになると思ったが、そんな心配は必要なさそうだ。
***
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものだ。テーブルにある料理はあらかた片付いた。
最後、追加でデザートも頼んだが、それもの時間を稼ぐには少々力が足りなかったようだ。
「さて、そろそろ暗くなるし出るか?」
「そうだね。いつの間にかこんな時間なんだね」
本当だ、スマホの時計は19時ちょっと過ぎを表示していた。
冬よりはましだが、それでも窓から見える外は俺たちの世代が歩くには不安を覚えるくらいには暗くなっていた。
「……今日は私が出すわ」
「郷華ちゃん待って」
レシートを取ってレジに行こうとする釖木を美雪が止める。
どこか不思議そうな表情で釖木が振り返った。
「私達は郷華ちゃんにご馳走してもらいに来たわけじゃないよ?」
「……私の夢を叶えてくれた。そのお返し」
「そうだよ、お嬢。こういうのはみんなで自分が食べた分出すのが普通なの」
「せっかくの思い出だろ? 分かち合おう、な?」
一度、席に戻って各自、携帯の計算機能を使って自分の支払い分を計算し始める。
「シェアしたんだからここら辺は等分にしようよ」
「じゃあ、僕のガーリックトーストも」
「それはお前しか食ってない」
あれこれ計算しながら美雪たちと話す。さすがに盛り上がり過ぎかと心配になって周りの様子を伺うと俺達のやり取りを釖木が静かに見守っていた。
「……本当にありがとう」
そう言った釖木の顔はどこか笑っているように見えた。
***
会計も終わり、俺達は店の外へ出る。
少し冷たい風が俺達を撫でた。羽織れるくらいの上着でも持ってくればよかったかもしれない。
「じゃあ、いい感じの時間だから解散てことで────ぐえっ」
手をひらひら振って逃げようとした翔太を釖木がパーカーのフードを引っ張って捕まえる。さっきは鶏だったが、今度はカエルのような声を出す。
「さて、自転車を取りに行かないとな」
「……その必要はないわ」
「へ?」
釖木の言葉を合図にしたかのようにメイド服を着た女性が3人現れた。
背丈はっまたく同じで左からおかっぱ、三つ編み、長いポニーテールといったヘアースタイルをしている。
「我ら釖木家がメイドの花蘭三姉妹です。長女はおかっぱのランコ」
「次女の三つ編みのカコ。ブイッ」
「三女ポニテのロン! ちなみに三つ子よ」
聞かれてもいないのに自己紹介をし出した……。
カランコロンめいた名前の三姉妹の横には俺の自転車とあと2台の自転車が置かれていた。
状況から察するに美雪と翔太の自転車だろう。
「俺の自転車、っていうか鍵は?」
「鍵を受け取るためにはせ参じました」
「私達はよく頑張りました。エックスッ」
「警察の目が怖かったわ」
別にそこまでしてくれなくても。
「なんで僕の自転車あるの? お嬢は僕を車で拉致したよね?」
「……その車で美雪とついでに寺川も乗せていくわ」
ついでと言うなついでと。
店を出るといつもの辛辣さが戻っている。もう少しくらい優しくしてくれてもいいじゃないか。
「そうすると自転車はどうするの?」
美雪の質問に答えるように三姉妹は揃って親指を自分に向ける。
「私達が責任もってお嬢様のお宅へお運びします」
「運ぶというか乗ってく。ダブリュー」
「なのでご学友方、鍵を貸して欲しいの」
美雪と顔を見合わせる。釖木の家のメイドなら警戒する必要はないだろう。
俺が頷くと美雪は懐から鍵を出して長女のランコさんに渡す。財布から鍵を出すとカコさんが手を出してきたので落とすように渡した。
「僕、鍵持ってくる余裕すら無かったんだけど」
「もう持ってるわ」
ロンさんが翔太の自転車の鍵と思われるものを指で振り回す。
示し合わせたかのように3人同時に開錠して自転車にまたがった。
「行きますよレッドウルフ号」
「あの、それ水色なんですけど……」
「行くぞ、僕らの魔神ダークサンダー。ゼット」
「色は合ってるけどさ……」
「行きますよ。チャリンチャリン丸」
「ネーミングセンスどうにかならないのかなぁ……」
エンジンをふかす音が聞こえそうな勢いで3人はペダルに足をかけて前傾姿勢になる。
俺達の自転車に変な名前を付けるのはやめて欲しいんだが。
そして誰も合図していないのに3人は音のように走り去った。俺の自転車の無事を祈るばかりだ。
「……こっちよ」
何事もなかったように先導する釖木に少し困惑しながら付いていく。
駅のロータリーの一角に黒い車がとまっており、その傍らに執事らしき初老の男性が2人立っていた。
釖木に気付いたのか、2人の男性は小走りでこちらへ向かってくる。
「お嬢様お疲れ様です。ご学友たちとの会食はいかがでしたか?」
「……思った以上に良かったわ」
眼鏡にちょび髭、白髪交じりの髪をオールバックといかにもそれっぽい執事像の方が釖木に微笑みながら話しかける。
すると翔太が俺の肩を軽く叩く。
「今、お嬢と話してる方が須原さん。僕と出会った少し後くらいからお嬢の専属になった人だよ」
「へ~。いかにもって感じだな」
なんともいえない感動が胸を突き動かす。
本物のお嬢様が、本物の執事、メイドがいるという事実がただ楽しい。
「コホン、翔太様お久しぶりですな」
「そうだね。元気だった? 恭平氏、こっちは瀬田さんね。須原さんとほぼ同じ時期に執事になった人だよ」
「ど、どうも」
中肉中背といった雰囲気で須原さんと比べると髪の毛はほぼ全て白髪だ。胡散臭さや厳しさを感じさせないおっとりとした細目は親しみを感じさせる。少し砕けた口調も軽やかな感じも好印象だ。
「申し訳ございませんが席はあらかじめ決めさせていただいてます」
「まずは白守様、寺川様、奥の席へ行ってもらえますかな」
瀬田さんが慣れた手つきで入口の席を倒して通してくれる。それに従って美雪と一緒に奥の席に座る。
見た目は家族用の大きめの車だったが、それ以上に中は広々としていた。
うちの車と違い、タバコや車独特のよく分からない臭いがしない。
「翔太様は──さすが分かってますな」
「もちろん。ほらお嬢」
「……分かってるわ」
翔太、釖木の順で着席すると瀬田さんが釖木の隣に座った。少しして須原さんが運転席に座ってエンジンをかける。
席順は前列左から空席(補助席)、須原さん。中列は瀬田さん、釖木、翔太。そして後列は美雪、俺といった感じだ。
釖木を真ん中にして守るような形だろうか。
「では参ります。シートベルトはしっかりしてくださいね」
須原さんの言葉にハッとしてシートベルトをする。どうやらシートベルトをしてなかったのは俺だけだったようで、俺がシートベルトを閉めるとワンテンポ置いて発車した。
揺れは少なく、音も静かだ。
「すぐ着きますのでしばしご歓談を。瀬田はしっかり周りを見ておくのですよ」
「分かってますよ。では、あとは若いものだけで」
瀬田さんが少し残念そうな声だったような気がする。俺達と話したかったんだろうか?
『ご歓談を』と言われても何とも言えない緊張で言葉が出ない。
「……リムジンだと思った?」
「まぁ、言われてみればそっち想像してたかも」
「……私はこっちの方が好きだからワガママ言っていつもこっちに乗せてもらってるの」
「郷華ちゃんらしいね。いいと思うよ」
どうやら俺達が緊張してるのを察したのか釖木が話題を振ってくれた。
つまりそうだった息も少しは楽になった。
「そんな緊張することないよ。お嬢のお父さん以外は大丈夫だから」
「……お父様が厳しいのはあなただけよ」
「そうかな? 恭平氏にも強く当たりそうなものだけど」
釖木の父さんか……。お嬢の性格からして厳しそうなイメージはあるがどうなんだろうか? 一応、公立に行かせてるし自由に料理もさせてもらってるようだし。
案外フランクな人かもしれない。
「そろそろ到着です」
須原さんはそう言って大きな門の前で少しの間、車を止める。
それに反応するように釖木家の大きな門が口を開けた。




